ブルクハルト・チェリウス
そんなこんなでルゥ姉はノヴァエスノ屋敷とオルトルートを行ったり来たりとする中、俺もシルバーと一緒なら近場の外出を認めてもらえるようになった。
思ったよりも信頼を得るのに時間がかかったと言うか、人が良い振りして警戒されたなと感心したが、やっぱりルゥ姉の妊娠と、ノヴァエスの子供を置いて旅立つと言う言葉と引き換えにようやく信頼を勝ち取ったのだろう。
なにぶん数百年と王のいない国でもあり、王を追放して略奪した国と言う成り立ちがやっと動きだしたのだ。
精霊と共に王が国を治めるという、この大陸の国の特殊な関係上、大国と言われるフリュゲールはやっと正常化したと言ってもいいだろう。
やっと自由の利いた身で俺はポケットに忍ばせておいた紙切れを取り出す。
ブルクハルト・チェリウス
船旅でルゥ姉をティア姫と呼び、そして船を下りた時に遊びに来てくれと住所の買いたこの紙を手渡してくれた人物だった。
もっと早く会いに行くべきだったが、意外にも監視の目は厳しく、ハウオルティア最後の王族につながる血統としてその理由は十分すぎた。
少しのお小遣いをもらって城からでもみえる菓子屋へと足を運ぶ。
ランのお菓子事件でこの国のお菓子状況はどうなってるのか気にはなってたが、基本騎士団の隊舎で食べさせてくれるお菓子が一般的なのだろう。
まっすぐにお菓子屋に足を運び飴玉や焼き菓子を買う。
紙袋に入れてもらいながら残ったお小遣いを片手に店を冷やかしながら城から距離を取ろうとすれば頭に鎮座するシルバーがこれ以上離れるなときゅうんきゅうんと切なげに鳴く。
「シルバーいいか、別に店が気になって離れているわけじゃない。
このメモのお屋敷に行ってブルクハルトに会いに行くんだ。
場所は地図で覚えてるから急いで会いに行こう」
だから大丈夫と言えばなるほどーと言うように鼻息1つで納得したシルバーを頭に乗せたままだいぶ人の少なくなったマルシェを駆け抜けて行った。
メモの他には簡単な目印を書いただけの地図が手の中に在る。
マルシェの噴水をまっすぐ抜けて、貴族の屋敷が並ぶ貴族街に入り、そのなかでも大きな屋敷がブルクハルト・チェリウスの屋敷だった。
騎士団の仕事を学びながら防衛の為の地図だろう。
各家の所在地が記入された地図が在った時は、緊張で手が震えながらもブルクハルトの屋敷の位置を確認せざるを得なかった。
前アレグローザが言うにはこの人物が一番の元老院の長になるにふさわしい人格者だと言う。
船で出会った時は好々爺とした爺さんだったがとんだ咬ませ犬のようだった。
ならあの時一緒に居た人達も元老院の仲間だったのだろうか。
今となっては判らない関係になってしまって、惜しい事をしたと思う。
門番の立つ屋敷を見上げ、不審そうに俺を見下ろす門番に
「おじいちゃんに遊びにおいでって言われてたんだけど会えるかな?」
門番にそのメモを見せれば門番は訝しげに眉間を細めるも、その紙に書いた文字と家紋の押されたいわゆるハンコの図面に息をのみ少しだけ待たされてすぐに通らされることになった。
こう言う時は不審者として扱われ追いかけまわされるのがセオリーだが、さすが人格者と言うべきか、屋敷の人間も常識ある人だったようだ。
が、世の中そうは甘くなかった。
「で、ディは一人でどこに遊びに行くのかな?」
聞き覚えのある声に冷や汗が流れる。
ゆっくりと振り向けば制服を着たままのランと、騎士団の上着を脱いだブレッドが立っていて、当然ランの頭の上にはシュネルが鎮座しているおなじみの光景だ。
「ふふふ……僕を出しおいてこのお屋敷で美味しい思いをするつもりだったのだろうがそうは甘い」
「悪いな。こういう時の為のシルバーだ。
クヴェルから連絡があってすぐに駆けつけた次第だ」
「くそ、シルバー裏切ったな」
「いや、シルバーはお前の妖精じゃないし」
当然の結果だと言うブレッドのしたり顔に舌打ちするも、俺達三人の顔ぶれにまとめて屋敷の中に案内されるのだった。
華美はないが落ち着いた品の良い深い緑色で纏められた室内の中で俺達は主のブルクハルト・チェリウスを待つ。
出されたクッキーを1人美味しそうに食べるランはやっぱり度胸があるよなと思いながらも、緊張から紅茶にすら手を付けれないでいた。
毎度ながら感心していれば
「お待たせしました。
お久しぶりです、ディック坊ちゃん、そしてフリュゲール陛下、アクセル総隊長」
「おじいちゃん久し振りです!
なかなか会いに来れなくてごめんなさい」
「気にしないでいいんだよ。それにしても船で一緒だった時も思ってましたがすごい人をお連れになられましたね」
「俺も騎士団側の人間だから元老院側の顔と名前は一致しない方が多かったが、まさかあなたがブルクハルト・チェリウスだとは思いもしなかった」
「おやおや、お父上にお聞きになってるかと……」
「悪いが俺に父親は居ない」
何処か堅い声のブレッドに室内は静寂に包まれるも
「噂はかねがね聞いておりますが、やっぱりまだお父上をお許しになられないのですか?」
「許す許さない以前に父は居ない。俺はあの人間とは同じ城で働く人間の一人しか見ていない。それだけだ」
「そうかもしれませんが、仕事でも話が出来ると嬉しそうな顔で報告に来るから……」
「気持ち悪いのなら本人に向かって行ってくれ」
俺に言う事じゃないだろうと真顔で言うブレッドの声の固さに何があったんだろうとブルクハルトに視線を向ければ
「前アレグローザ卿と言う人物はとても子煩悩な人物でね、子供のやんちゃでどんなことをしても許してしまうような悪い癖があるんだよ」
「俺の家を三回燃やして、母さんや従業員の女の人達をどこかに売り飛ばそうとして、12歳の俺を敵国に売って半殺しにした奴らにもう二度としてはいけないよの一言で済ます男を誰が人と認める」
「そんな事が、あの事件も……
聞いてた話と随分違う……」
「あの男の理解力にかかればみんな悪戯の範囲になる。
さすがにこれをもみ消したのは四公の力って奴だ」
「四公ってやりたい放題だな」
「でも珍しい話じゃないよ……ね?」
何所か不安そうに尋ねるランの顔にブレッドはもちろんブルクハルトも難しい顔をして
「あってはならない話です」
「ごめんなさい」
ランの非常識がまさかのこの場で披露された。
しょぼんと身を小さくしてカリカリと焼き菓子を食べるランにブレッドは溜息を吐くも
「して、本日の要件は?」
ブルクハルトが場を仕切り直して俺へと視線を向ける。
まっすぐ俺の視線へとその深い知識を携える視線を向けられて手の内を探ろうとする眼光に
「貴方に元老院の長を引き受けてもらいたい」
他国の事に首を突っ込むのはマナー違反だろう。
だけどそうも言ってられない。
何故?と白いものが雑じる眉毛をそよがせる男に
「ルゥ姉に子供が生まれる。
その前に少しでもここが平穏である為に貴方に元老院の長になってもらいたいんだ」
ルゥ姉の妊娠は知っての事かあまり驚きはなかったものの
「この言葉は陛下はご存じで?」
「僕は国が国として正常に稼働するなら、他薦自薦どちらでも構わない。
意欲があり、精霊と国の約束が守られるのなら誰でも構わないと思ってる。
そもそも、王がいなくてもやって来れた国だ。
王がいないと何もできない国になって欲しくはない」
「なるほど。
だが、前々から四公八家の長アレグローザ卿に陳情を申し上げた通り、我々の待遇、そして四公八家の優遇の問題を解決していただかなくては話にならない」
「だから、陛下とフリューゲルにこの場に来てもらったんだ」
そう言うブレッドの顔は何処か真剣だった。
「これは四公八家の当主にしか伝わらない呪いだ。
ひょっとしたら貴方達も知っているかもしれないが……」
「さすがに詳しくは。
ですが、精霊フリューゲル様がお戻りになられた。
その事に何か繋がりがあるのでしょう」
「だとしたら話は正確に伝えよう。ただし聞く以上彼らの身の安全も兼ねてこの事は他言できない、そして元老院の長になってもらう。それでどうかな?」
ランが新たに淹れてもらった紅茶に砂糖を一つ入れてくるくると混ぜていたスプーンをブルクハルトの眉間にぴたりと向ける。
何気ない動作だったが、ブルクハルトは息を一つの見込み「承知しました」と小さな声で答えただけだった。
「だったらシュネル、お願いするよ」
ぴゅるる……
心地よい声が室内に響いたと思ったらシュネルの目の前に光の玉が浮かび、それがブルクハルト、ブレッド、そして俺へと向かって投げかけられた。
驚きに目が見開くも、体の中にすっと溶け込んだ光は頭の中に膨大な知識が書き込まれていくのを、思わず両手で頭を支えながら突然与えられた情報に衝撃にくらりと倒れ込みそうになる。
ブルクハルトもブレッドもさすがと言うか、ブレッド何て顔をしかめるくらいだが、ブルクハルトなんて与えられた知識に動揺を隠せずに「そんなばかな」「そんな事があっていいはずが」「四公八家がそんな……」と、顔を青ざめてソファの手すりにもたれ込んでいた。
「四公八家を優遇する理由はそんな所。
貴方もこの精霊フリューゲルの恩恵を受けてきた身だ。
四公八家を生かせるための、そしてレッセラートを助けなかったこの地に住まう者達への呪いでもある」
「ですが、それでも!」
「ここに一枚の大陸地図がある」
シュネルとランが呼べばシュネルの羽ばたきから一枚の地図が現れた。
「貴方達なら知っているだろう。
これがこの国の精霊地図だ。
かつてフリューゲルの力が封印された時、その直前にフリューゲル達が持ち出した物」
「これが……
しかしフリュゲールの精霊地図、失われてたと聞いていたが・……」
「シュネルが持ち出しただけだよ。
そして封印されたために取り出せなくもなったこの国が国である為の証。
精霊と契約した以上僕らは精霊の下僕となる民。
その契約は各国国の王族が契約者となり、王と呼ばれる存在となる。
しかしこの国では契約者こそ王だったが、王に課せられる契約は四公八家に与えられた。
彼らを生かし続けさせる以上鳥籠の中から逃げようと思わないくらいに安らかにに過ごしてもらわなくてはいけない。度が過ぎればエンダースのように裁かなくてはいけないけどね」
結局エンダースは次のエンダースに引き継ぎが終了と共に王都に連行された者達は極刑となった。
残された子供達も塩田で質素な服に身を包み、手や足は荒れ果て、強い日差しに何度も皮がめくれまだらになり毎日倒れ込むまで働かされ、四公の屋敷で育った面影はもうどこにもない。次期エンダースと言われた男は母のした罪の深さに首を吊り、子供を身ごもった天心爛漫だった娘は護岸に変わり果てた姿をひっそりと横たえていた。
一人贖罪を終えていた男は今もマーダーの屋敷から一歩も出る事無く、人目のない場所で屋敷を支え、そして新当主の話し相手となっていた。
後味の悪い事件は今でもエンダースでは語り継がれている。
度が過ぎれば裁かなくてはいけない。
ランの言葉と行動にどっかりと椅子の背もたれに身体を預けて、執事にブランデーを用意させてブレッドにもふるまい一気に煽った。
俺達にはジュースだったが子供だから仕方がないだろう。
きっと噂に聞いていた話と真実とのギャップに飲まないとやってられない状況なのだろう。
かく言う俺だって、この優しい顔をした王様にそれを遂行させるだけの決意が口先だけではないと言う事を知ってるし、シュネルこと精霊フリューゲルにまた何かがあった時には容赦しないと言う口ぶりに重みが深まる。
「僕は貴方の問いに誠実に答えたつもりだ。
ブルクハルト・チェリウスの答えを聞きたい」
「これは、答えるまでもないでしょう……
これを聞いて断るなんて言葉……私には探す事が出来ない……
謹んで元老院の長として勤めさせてもらおう」
「よかった。
なら、貴方の部下となる人の推薦を許す。お願いするよ。
体制は前のままだから必要な人数は判るよね?
前アレグローザ公に調整を任せよう」
「後程指示書を送りましょう」
「さっきも言った通り、この四公八家の呪いの重み、彼らの命にかかわる問題として貴方は口にする事が出来ない。
悪いけど、僕はシュネルの千年の苦しみを考えたら元老院がつぶれようがなくなろうが知った事じゃない」
「千年……」
「無限の時を生きるだけのただの鳥に成り果てた無力なシュネルの苦しみだ。
精霊なのに世界から切り離されて、魔法も使えず一人ぼっちだったシュネルの孤独。
それなのにこの国はのうのうと与えられた守りと豊かな森に囲まれて生きてきたんだ。
僕は千年かかってもつり合いは取れないと思ってる。
ブルクハルト、貴方には口に出せないこの秘密を抱えていく以上これから仲間との衝突があるかもしれない。
だけど、このシュネルの愛した森を守るためにその知識で持ってみんなを納得させてもらいたい」
ランの一言にブルクハルトは深々と頭を垂れて
「この命続く限り、王の願いに従いましょう」
「それを聞いて安心したよ。
もし聞きいられなかったら貴方がどうかなってしまったら僕は悲しいからね」
僕はともかく、シュネルの下僕達は容赦ないからとジュースを口にしながら微笑むランを見て誰もが間違った選択をしなくて良かったと乾いた口で息をのみ込んでいれば
「旦那様、お客様がお見えになりました。
ルーティア様が陛下に呼ばれたのでと申しておりましたが」
「ここに通してくれ」
この場で呼ばれたと言う事はルゥ姉にもなにかやるのかと俺は隣に座るランを見るもランは美味しそうに焼き菓子を口にするだけ。
そしてシュネルにも分け与えてるのをブルクハルトと一緒に眺めていればすぐにルゥ姉はアウリールを引き連れてこの部屋へと通された。
俺達一同の顔ぶれと部屋に満ちたブランデーの香りに顔をゆがめ
「何があったかお聞きしてよろしいでしょうか?」
「それは城に帰ってからでも十分な話だから、それよりもブルクハルトが元老院の長を務めてくれる事になったんだ」
「民の代表ですね。おめでとうございます」
「ティア姫、ありがとうございます。
そして姫も子供を授かったと噂を聞きました。おめでとうございます」
「ありがとう。
それで、私を呼んだ理由を聞いても?」
ルゥ姉の席にお茶と焼き菓子が並び、アウリールはランの背後に立つ。
「前に言ったと思うけど、ルゥ姉とディを保護した理由、そしてその代償に魔法を教えてもらいたいと言ったけど、ルゥ姉は気づいたはずだ。釣り合いが取れないと。
だから元老院も決まった今、僕の、僕達の本心と願いを聞き入れてほしい」
「いつ聞かされると思いましたが今でしたか」
「子供を産んだらいつ居なくなるか判らなくなるからね。
それにこの僕らの行動は元老院側にも理解してもらいたい。
僕は本来この国に王様になりたくて来たわけじゃないのだから」
ブレッドは知ってるのかブランデーを一口だけ舐めるように飲むだけで動揺は全くない。
「僕はこのシュネルの国に、シュネルにかけられた呪いを解きに来たんだ」
呪いとは一体……と、誰となく眉をひそめる。
「この精霊地図に書かれた名前、フリュゲール、これはフリューゲルと言う名前を間違われて書かれた物。
だけど、詳しくは言えないけど、書き認める時の鍵を間違った為にフリューゲルの能力はこの地図に封印されて、精霊とは呼べない存在になってしまった。
だけど、僕がシュネルと名前を与えて、それが多分フリューゲルの一部に触れる物だったんだろうね。フリューゲルの本来持つ力の一部が解放されて、僕と契約し、僕を精霊騎士として盟約する事になった。
だけどシュネルの力はまだ大半が封印された状態。
その封印を解放するにはこの精霊地図の名前を正しく書き直さなくてはいけないんだ」
「どうやって……」
ルゥ姉も知らないのか顔を歪めて伺うように聞けば
「精霊地図を描きかえる。
書き換えるのに大量の魔力が必要なだけなんだ。
精霊がこの地図に魔力を込めた様に同等の魔力を集めなければいけない」
「だったら……」
「アウリール達はダメだ。
アウリール達はフリューゲルの下僕だから、地図の書き換えの為の権利がない。
もちろんこのフリューゲルに住む妖精達も同じだ。
だから、フリューゲルとは関係ない他の国の人達に助力を乞わなくちゃいけない」
「つまり、我々の目的が達成した暁には書き換える為の魔力を集めてほしいと?」
「もちろん一人じゃなくて、たくさんの人にお願いしても構わないらしい。
その為に二人の目的を達成できるように最大限の助力をするつもりだ。
僕の持つ力はこの間のドヴォーの一件で判ってもらったと思う。
そしてアウリール達の力もだ。
方法は二人の意見を尊重するし、僕個人の願いだから国には要請できないけど、僕が持ち得る力を、精霊騎士の剣を持って立ちふさがる敵を僕が切り捨てる」
時折ランが言う精霊騎士の剣を持ってと言うフレーズがあるが、その度にブレッドはあからさまに顔をゆがめ反対の色をあらわにするが、ランにとってはそれはかなりの決意なのか真剣な瞳で俺の眼を射抜く。
「ルゥ姉……」
「貴方が決断しなさい。
私の忠誠を受け取った貴方に私はどこまでも従うまでです」
「ああ、在ったね、そんな事……」
男としてのトラウマが再発掘されたが俺は思い出さない様にそっと……それは何だ?と言う周囲の視線と目を合わさない様に視線を反らせる。
「俺は、ブルトランの王と直接対決して勝つ。
その願いを叶えてもらった時にランに保護して守って貰って、生活を支えてもらって、知識を与えられた礼としてその地図の名前を書きかえるだけの魔力を集めよう。
だけど何事も想定外の出来事が起きる。
魔力集めに思わぬ時間が掛ったりする場合もあるし、直接対決の前に地図を書き換えてもらわないといけない場合があったりする……」
「僕はどんな想定外があってもブルトランの王との直接対決の場を用意しよう」
「俺は必ず地図の名前を書き換える為の魔力を、どんな手を使っても集めよう」
「それは勇ましいを通り越して物騒だね」
ふふふと笑うランに俺も随分毒された物の考え方をするようになったなと呻いてしまう。
「ちなみに俺がブルトランの王の前に立つまでに死んだりとか、ブルトランに負けたりした場合は……」
「その時は次のチャンスまで待つよ」
「暢気だな……」
「時間だけはあるからね」
そうなったらそうなったで仕方がないよと苦笑を零しつつも
「ブレッドもブルクハルトも聞いた通りだ。
僕はシュネルの為にこの国に来てシュネルの為に呪いを解く為にこの国に居る。
その先の事は考えた事が無いけど、僕は王の前に精霊騎士だ。
僕がいなくてもこの国が成り立つように、どうかよろしくお願いします」
「ラン……」
「承知しました。元老院の長として、いずれ呪いを解く旅に出ようと、この国は精霊と王の愛した国であり続けるようにいたしましょう」
「俺は……」
ブレッドにしてはすぐに答えが出せずに、言葉を飲み込んでしまった。
この国よりもランを大切にしているブレッドは旅に出るならついて行くと言った所だろうか。
答えを出せないブレッドにランは俯いてどこか暗い笑みを浮かべ
「僕は精霊と盟約した精霊騎士だ。
もう普通の人じゃない。
シュネルと一緒の時を過ごす住人だ。
今は人並みに成長してるけど、肉体のピークを迎えるとともに、シュネルの願いを叶えるまで永遠を生きる事になる。
あともう一人の彼女との盟約も叶えなくてはいけない。
精霊騎士の盟約はひたすら精霊の為に在る。
これは僕が望んだ事だ。
同じ時を生きるのは今のほんの一瞬なんだ。
だからブレッド、どうか……よく考えて」
思わぬ告白にブレッドどころかルゥ姉まで息を止めたかのような強張った顔が見守る中ランは立ち上がり
「じゃあ僕今からでも学院に戻るね。
またお昼にね」
そう言ってアウリールを連れて部屋を駆け足で飛び出して行ってしまった。
「ラン、俺は一体……」
ブレッドのまるで親に捨てられたような子供の目でその後ろ姿をに送った後ふらりと立ち去るようにこの場を後にしたのだった。
残された俺達三人は不安げにその姿を見送るも……
その夜
ブレッドは紙の束を抱え夜遅い時間にオルトルートに現れランと長い時間話し込んでいた。
ルゥ姉と一緒に盗み聞きしようとするも防音設備は完璧なのか声は全く聞こえず、朝早い時間にブレッドは帰り、ランは一日部屋から出てこなかった。
これではまるで朝帰りですねとルゥ姉は呆れて言うも、結局どんな話し合いをしたのか教えてくれず……
次に二人がそろっているのを見た時は普段の仲のよい二人だったので気の使い過ぎだったかと俺とルゥ姉は顔を見合わせるのだった。
この日ランはテオ、ディック、フランを連れてシェムエルの森に居た。
穏やかな陽だまりの中遊びに来た妖精達と花冠を作って遊んでい居れば
「ランってオリヴィアとアデラだったかしら?
どっちがタイプなの」
フランの突然の切り出しに妖精と遊んでいたテオとディックは息を止める。
ここで聞くか?今聞くか?
二人はそーっとランの様子を盗み見てみるもキョトンとした顔。
「まぁ、選びにくかったかしら。
そうね、オリヴィアみたいな美少女タイプと、アデラみたいな正統派美人タイプ。
四公のレオンハルトの女当主って言う立場も、敗戦国の人質の姫って言う立場もすっごく物語としてきゅーんってなる設定じゃない!」
「ごめん、よくわかんないんだけど……」
さすがのランも引き気味でテオに助けを求めるもフランは一人物語の世界に旅立ったまま
「愛しい王様に恋をしてしまったけど立場上王の下僕としてこの恋を語る事は許されず、けどずっといちずに傍らで、やがてめとるだろう王妃の出現に毎夜枕を涙でよごし、方や人質となった姫は敵国でもある王に恋心を抱いて日々葛藤。
人質としていつでも心の準備は出来ているのに、ただひたすら何も起きない平和な日々にやがて来ると信じる王を思って涙を流す日々……
恋愛小説よりも素敵よね!」
「悪いな。恋愛小説何て読まんから分からん」
ディックもバッサリと切り捨てるも
「だから、ランはオリヴィアとアデラ、どっちが好き?」
二択なら判るでしょ?というフランにランも困惑顔。
「どうしてもどっちかじゃなきゃダメ?」
ひょっとして両方と言うぜいたくな悩みかと思えば
「オリヴィアはいつも怒ってて怖いし、アデラにはイエンティのジークベルトがいるだろ?」
それなのにどっちかなんて無理だよと言うランにフランも首をかしげる。
「イエンティのジークベルトって最上級生のジークベルト?」
「うん。ジークベルト・イエンティ。
イエンティのおじいちゃんの孫」
「いや、何でそこで孫が」
「それがさ、先日ね……」
学校の帰り道だった。
この日は騎士団の訓練場でブレッド達と一緒に練習する日だった。
基本幼いころから労働を虐げられてきたランにとって体を動かす事は苦痛ではない。
教科書で知識を得る事も、初めて知る事ばかりでわくわくして苦痛でもない。
ただ、ランの大好きなアルト、ジル、ブレッドと一緒に身体を動かす事は最高に楽しくて今では一番充実する時間でもある。
駆け足で学院から帰ろうとする中、その前に立ちはだかったのがジークベルトイエンティだった。
顔を真っ青に、多分自分の一番大切な剣なのだろう。
八家ならでわの見るからに素晴らしい作の鞘に納められた剣は、その器に相応しい一振りの剣が収まってるはずだ。
ジークベルトは膝を折り、胸に手を上げ剣を差し出す。
「陛下に是非に聞いて欲しい事があります」
一番の楽しみを前にえー?とランは不満を心の中でぶちまけるも
「どうかアデラを、私の妻としてお与えください」
何て事ない一言だった。
「え?いいんじゃない?
じゃあみんなに聞いて来るよ」
なるほど、ジークベルトはアデラをお嫁さんに欲しかったんだと心の中で反芻しながら驚愕に満ちた顔を隠せずに見上げる視線にランは首をかしげる。
「あ、あの、陛下?」
「何?」
キョトンと道中で見つめ合う中、ジークベルトはすぐそこに在った高級そうな店へと案内された。
その店は行きつけなのかすぐに二階の個室へと案内されて、昼食前なのでご飯はちょっとと断ったランに付き合うように紅茶と木の実を甘くローストしたお菓子を用意出来た所でジークベルトはお茶を飲み終えるまでにお話を終わらすのでと話を切り出した。
ランはそっとその紅茶に口をつけながら木のみのお菓子をポリポリと食べる。
甘くて、最近フリュゲールでもみかけるようになったオージェのシロップに浸けた木の実にランは目を見開いて食べる。
あっという間になくなりそうだ。
その勢いにジークベルトは紅茶を口にするのも後回しにして
「ドヴォーの毛と共にアデラが毛織物を学びにイエンティへと来ていただいているのはご存じだと思います」
「うん。ブレッド達がお奨めって紹介してたよ。
彼女はガーランドに戻れないから仕事として里帰りぐらいは出来るようにいろいろ学ばせるって」
「なるほど。所で話しは前後しますが……」
言ってジークベルトは顔を赤らめ
「彼女は陛下の妻に当る方なのですか?」
「え?それは一番に在っちゃいけない事でしょ?」
「え?」
「あれ?」
二人して首をかしげる。
だけどランは木の実を口へ放り込み砕きながら
「ブレッド達も僕との結婚はないって言ってたし、僕の考え方も敗戦国の姫をこの国の王族に組み入れるわけにはいかないって言う考えなんだ。
だから、何か功績を上げた人に彼女を娶らせるのが一番良いだろうってアルトは言うんだけど、ゼゼット隊長が良いかなーなんて考えてみたけど奥さんいるし、さすがにガーランドのお姫様を愛人ってわけにはいかないでしょ?
エンダースの新当主の人がまだ独身だからその人に押し付ける……じゃなくって、どうかなって話に持っていこうかって話になってるんだけど、まだ決まってないんだ」
彼女の身の上が難しすぎるから、一日中監視できる家が良いんだけどとランは最後の一つになった木の実をぱくりと食べて幸せそうな顔で口の中を紅茶ですすぐのだった。
「あの、でしたら!
どうか私の妻にどうか1つ考えてください!」
「僕はいいと思うけどブレッド達がどういうかな……」
うーんと悩むランに
「陛下の推薦の一言で決まるでしょう」
何とかここで言質を取りたい。約束を言葉だけでもうんと言わせたいとジークベルトが言えば、ランは今まで学校で見せる事のなかったほどの冷たい感情のない視線でジークベルトを見下ろした。
それを知る者が居たとするならそれはこの国に来る前のランの姿を知る者と言う事だ。
「確かに俺は陛下なんて呼ばれてる王様だけど、人の未来を僕の意志で決めるようなヤツにはなりたくない。
俺はアデラが一番幸せになる方法を与えてあげたいんだ。
イエンティのおじいちゃんはもちろんみんなに話はしてみるけど、権力を利用しようとするお前の事を俺は信用しない。
アデラは人質だけど物じゃない。
人質とは言え結婚ってアデラの心あっての物だ。
お前がアデラの事好きなのはわかったけど、俺は今のお前にアデラを預ける事は出来ない」
寧ろ遠ざける存在だと言って紅茶の最後の一口を飲み干しアウリールと呼ぶ。
何か?
影から現れたアウリールはこれほどないと言うくらいにジークベルトに冷たい目を向けるのを見て、今の話しを総て聞かれていた事を悟った。
ちなみにだがアウリールはシュネルとラン以外に対しては誰にでもこんな視線だが、それこそ知らなくていい話。
普通なら一人で勘違いしてと言う所だが、今回ばかりはそうでもないのが痛い所で実際そうなのだから。
一度だけ深呼吸したランは
「急いで帰ろう。お腹すいちゃった」
「承知」
「じゃあ」
その一言を最後にランはアウリールと一緒に店を出た。
急がないとブレッドが心配すると駆け足で人ごみを駆け抜けていく後姿をジークベルトはべっとりとした冷や汗を全身で流し、顔を真っ青にして見送ってたのをランは知らない。
「と言う事があって、暫くアデラの事は様子見なんだ」
「ジークベルト先輩って……」
「王様にケンカ売るとかありえん。って言うか、最近姿見てないのはそれが原因か」
「私がアデラだとしてもお断りよ!」
人を何なんだと思ってるのよ!と喚くフランに誰ともなく苦笑。
よく周りを固めてとかいう言葉があるけど、その前にみっともなくとも当たって砕けてみろ!と言うもディックが冷静に砕けたら意味ないじゃんと言うもフランは華麗にスルーした。
「相手が王様だから焦ったんだろうな。
身分的にも叶わないし、きっとアデラはランの事が好きなのをジークベルト先輩は察して言わずにはいられなかったんだよ」
だからそんなにも怒るなとディックは言うが、ランは同じ事をジルにも言われたとむすっとした顔で近くにいた妖精を抱き寄せてその頬を摺り寄せる。
八本の角をはやす鹿のような妖精はランの隣に座り、ランに引き寄せられるがまま首にしがみつくのを嫌な顔一つもせず心地よさそうに目を細めていた。
「アデラはね、最初の頃は物投げたりして怖かった時もあったけど、働く事を覚えて達成感なんだろうね。自分の意味を見つけて自分がやりたい事が、自分のした事が形となって見えるようになって、すごく毎日が楽しそうで、だからみんなアデラの事好きになるんだろうね」
目を瞑り妖精の首に頬を摺り寄せる。
心地よさ気に今にも眠りそうになるものの、鹿の妖精は寝てはダメと言うように首をかしげてランを起こすようにちょっかいをかける。
だけどよほど心地がいいのだろう。
ランは鹿の妖精の上に乗り上げてしまうも、鹿の妖精は困った顔も見せずすくっと立ち上がった。
そして俺達を見て「家まで案内しなさい」と言うような視線を向けられて本日の妖精との対話は終えるのだった。
勿論ぽっくりぽっくりとランを乗せて歩く鹿の妖精は王都の人込みの中では目立つし、迎えに来ていたブレッド、ジル、アルトも何でこんな事がと呆れかえりながらもランを受け取り、ブレッドはお礼に鹿の妖精にランのおやつにと用意していたチェリッシュの実を鹿の妖精に与え、そして森へと帰って行くのを見送るのだった。
「で、何でこんな事になったのです?」
「大方さっきの妖精ベリエスの首の匂いでも嗅いだんだろ。
ベリエスって言うのは首筋から眠くなる匂いを放っていてな、首筋を咬みつくようなよう敵を眠らせて逃げるんだよ」
「そう言えばベリエスの首筋にしがみついてたわね」
なるほど、原因は分かったと頷く中
「皆様お揃いで……陛下はお加減悪いのですか?」
噂のアデラがイエンティからの帰宅だろうか馬車と護衛を連れてやってきた。
やっぱり美人だなーとテオはでれーとしたみっともない顔をするも
「ベリエスって言う鹿に似た妖精の匂いのせいで眠ってい待ったみたいです。
ご心配には及びませんよ」
ニコニコと説明するジルにアデラも良かったと胸をなでおろす彼女のランを見る視線は愛しい人を見る瞳。
オリヴィアとアデラと言う二大美少女(?)のアプローチを受けつつも気付かないランの鼻をテオは思わずと言うように摘まむ。
「この幸せ者め!」
うーん、うーんと魘されるだけのランに何を言いたいのか察した大人組は苦笑を零しつつ、一刻ほどは目を覚まさないだろうからベットに寝かせとくかというブレッドにお願いしますと頭を下げて帰路に着くのであった。