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多分これを幸せと言うのだろう

評価・ブックマークありがとうございます!

まったりと進めているのでまったりと楽しんでください。

結局サファイアが戻って来たのは昼食の時間になってだ。

それまで俺は自室で放置状態だったが、ドア一枚隔てた場所では何かと騒がしかった。

多分廊下の飾りのツボだろう割れる音、何が起きたかわからないが全力で謝罪する声、そしてなぜかメイド達全員の発声練習…

一体何が本当に起きているんだと気にはなるも俺には別の気になる事がある。

雪兎の記憶を取り戻して以来俺とリーディックはなかなか息の合ったコンビだと思っていた。

リーディックを擬人化しているものの、ようはリーディックとしての俺と雪兎としての俺の葛藤の様なのだが、自己分析する時などもう一つの角度の視点から眺める癖を持つ俺はこのいわゆる転生した先での記憶の復活に戸惑う状況でリーディックの俺に慰めてもらい、右も左も判らない俺に色々と常識を教えてくれたと言う、記憶の混合を理論的に完了するためにそう言う存在にしていたと言うしょうもない理屈をつけて納得してきた。

だがそれなのにこの数日間スムーズなやり取りをできていたはずなのに朝食の場での一件で彼の気配はどこにもなくなってしまった。

俺がリーディックを思い浮かべる事が出来てもそれを形作る事が出来ない。

仕方がなく、彼の足取りを掴むにあたってあの記憶を再度覗く事にした。

正直気持ちのいいものではなかった。

全身鳥肌が立つのは体が記憶する反射だけではない。

雪兎だって嫌悪する光景だったが、それでも9歳の心にはダメージが大きく、二度三度、脅迫交じりに髪を掴んでは国中の子供達は満足に体さえ洗えず、こんなサラサラな絹のような髪なんて憎しみの象徴だと引き抜かんばかりに振り回されていた。

頬を触りながら私の子供さえ飢えて頬が骨ばっていると言うのに、公爵家に生まれたばかりに贅沢ばかりしてと言っては服で見えない所を抓っていく。

毒のような言葉を授業の間ずっと浴びせられて、澱のように心に積もった言葉の毒は立派なトラウマとなって見えない傷をつけていた。

思い出すだけで頭痛と吐き気を覚えるも、受けた暴力はこの程度までのようで正直安堵した。いや、この程度と言うにはひどすぎるが。

リーディックは言葉の毒によってこの事を親に告げる事も出来ないまま長い時間を過ごしていたが、さすがに周囲が察するだけの変化があった。

だけど、それに続く記憶には安堵できない状況が続いていて、食事をした後吐き出していた様子や、家庭教師が来る前日は恐怖からか緊張で眠れなかったりとサインは誰もが見過ごせないほどに現れていた。

ひょっとして俺の記憶が戻った時リーディックは熱を出していたが、幼年期に済ますような高熱はそれが切っ掛けだったのではないかとたどり着く。

そして家族の評価からリーディックはいたずら好きの悪ガキなのに対して俺の記憶ではいたずらぐらいはするが何処か気の弱い子というイメージからかけ離れていた。

実際件の家庭教師以前はその評価その物なのだから。

どれだけ心を傷つけたのか知らないがひょっとしてリーディックは死にたいほど嫌だったのではないかと考えてしまう。いや、死ぬとは言わなくても消えてしまいたいと言う思いから姿が無くなってしまったのではないかと…思って後悔した。

それから熱で魘される中、家庭教師を解雇したと言う言葉を聞いたが、深い心の傷を負ってしまったリーディックにはそれが治療の切っ掛けになる事にはなかった。

そんな中、出会った雪兎の見知らぬ記憶を覗いては見知らぬ景色に興奮していたのは記憶にも新しい。

あれは何だ?これは何だ?ひっきりなしの質問に苦笑しながら教えていたその時はまさかこんな事になっているとは気づきもしなかった。

それだけプライドが高いと言うのだろうか。

ちがう。ただ虚勢を張っていただけだったのだ。

たった数日だけの小さな分身とも言うべき友達に心から「ごめん」と言うもこの言葉はもうどこにも届かない。

つらい、しんどい、もどかしい、そんな感情が渦巻くも、やがてひょっこり現れるだろうリーディックを待って俺はその日までこの体を預かる事にした。

仮令それが自己満足としてもだ。

再会の日を祈りながら俺はリーディックとして生きていく事を決意する。

とはいえ


「やっぱりこの世界学問が進んでないんだな…」


リーディックの事を考えながらでも終わってしまった問題集は紙の質の悪さもあって見た目の厚さよりも問題は少ない。

それにサファイアの手作りの問題集なので問題と問題の間隔が広くてさらに問題が少ない。

紙だって貴重だろうに贅沢だなと思う。

それが許されるのが貴族と呼ばれる人種なのだが、件の家庭教師の言葉に偽りのない内容があるとするなら、ひょっとしてこの国はとても危険な状態ではないかと勘繰ってしまう。

だって、いくら何でも国中の子供が栄養失調の状態だなんて想像が追いつかない。

どうしたもんかと思えば、そんな時にサファイアが戻って来た。

一糸の乱れなくノックをしたのち俺の返事の後名乗ってから許可なく部屋に入って来た。


「まだどうぞって言っていないんだけど」


「先ほども言ったでしょう、時間は有限だと。

 これから私とリックの間ではそんな程度の事簡略化致しましょう」


どこまでもマイペースな女だった。


「所で渡した問題集は?」


どこまでできたと言う言葉すら省略し、差し出された手を見てすでに全問回答を書き込んだ問題集を差し出す。

それをぱらぱらと見て


「よろしい。ではお互いまだ初対面の間柄。天気も良いですし少しお庭でも歩きながら自己紹介でもしましょう」


言ってさあ行きますよと部屋を出て行ってしまった。

俺の問題集の採点は?

そんな言葉をかける隙もなくいなくなってしまった彼女の背中を追いかけるように、先に階段を下りるサファイアの後をついて行く。

そして彼女は日傘すら持たずに屋敷を出て行き、勝手知ったる他人の家と言ったように薔薇園の方へと歩いて行く。

萎えた体には正直サファイアの歩みは少し早いと思うのだが、そんな弱音を出さずに一生懸命この小さい体で追いかける。

それからサファイアは驚く事にこの薔薇園に咲く薔薇の名前を一つ一つ丁寧に紹介していき、薔薇園を抜けた先にあるガラス張りの温室で少し休みましょうかと提案してきた。

正直ふくらはぎが痛いと思っていたので助かるとその提案に乗れば、既にメイドがお茶の用意をして待っていた。


「この温室も随分殺風景になってしまいましたね」


メイドが下がって周囲に人影もなくなった所でサファイアは口から零れ落ちるようにため息とともにそんな感想を零した。


「さあ、あまり温室に来た事ないから」


「でしょうね。男の子が楽しむにはちょっと物足りない空間でしょうから」


男の子が花を見て綺麗ね、こっちの鉢に植え替えてあげる、と言う光景はどちらかと言えばこの世界では職人の仕事だとリーディックの知識は言う。

俺が出来るのはせいぜいその貴重性すら知らずに手折ることぐらいだろうか。

そんな温室での過ごし方を想像していればサファイアはふふふと微笑ましそうに笑う。


「かつてはここには他国から頂いた貴重な南国の花などが一年を通して咲き乱れてました。

 ですが、それを取り扱っていた庭師が老齢で亡くなってしまって後に雇われた庭師にはそんな知識はなく次々に枯らしてしまってね。

 それ以来奥様も足を運ばなくなってしまって、いつの間にか煉瓦を敷き詰めた床とどこにでも咲いてる程度の花が枯れた状態で並ぶだけの光景になってしまったのよ」


寂しそうに説明しながらカップを傾ける。

むせ返るような花の香りが充満する極彩色の南国の花が咲き乱れる過去を見る様な視線の彼女を視界から反らして席を立つ。

枯れた植物の鉢を眺めながら声をかける。


「つまり、今はここは誰も管理してないわけだ」


「そうですね。とりあえず温室と言う形を保たせているだけです」


とたんに彼女らしい口調に戻のを聞いて心の中だけで苦笑。


「だったら父上にお願いしてこの温室を貰おう」


言いながら鉢をひっくり返して中の土を捨てる。

立ち上る砂埃と出来上がった小さな山を踏みつけるその様をサファイアは面白そうに目を細めるだけで先を促してくる。


「バックヤードに要らないソファや机があるだろ?」


「ここで使うつもりなら日光による劣化が進むのでカウチをお勧めしましょう」


「所で屋敷からここは丸見えか?」


「庭木を斬れば執事が待機する部屋からは見えるはずですが…今の状態では無理なようです」


言って執事が待機する執務室を見上げるも、見える景色は木々の緑一色だ。

外からも中からも丸見えで無防備な温室と言う室内なのに木々に囲まれた周囲のせいで恐ろしく不可視の場所になっていた。


「魔法を覚えたいんだけど」


「読み書き計算は問題ないようなのでそれは構いません」


「屋敷の外に出てみたい」


「それは私一人で判断できぬ問題なので、まずは叔父様に許可を頂いてください」


「宮廷魔導師だったんでしょ?何でやめたの?」


「おやおや、聞きたがり屋さんですね。

 ですが別段隠す事ではないのでお話ししましょう。

 単に私の研究と情熱をささげる方が居なかった。それだけです」


「それは王様?」


「まさか。病床に着いて王の任を全うできない王に捧げる物を持ち合わせるわけないでしょう。

 今回は私の師となる方が先日不幸にも亡くなってしまい、王宮に居る意味が無くなった。それだけです」


「結構不敬罪な言葉連続して言ったけど」


「リックが口を閉じていれば済む話です」


「所で私からも一つ質問が」


「どうぞ?」


「あなたは誰です?」


「俺?俺はリーディック・オーレオ・エレミヤだよ」


冷や汗が流れるもテンポよく名前を返して気づかれないようにほっとするが


「まぁ、今はそれでいいでしょう。

 ですが私から一言言わせていただければリーディックならばもっとアホの子を演じなさい」


「あんた何言ってんの」


「馬鹿貴族でいる事が貴方の仕事です。何も言わないのもそれでいいでしょうが、駄目貴族でいる事がリーディックの命を繋ぎます。

 詳しくはこれから教えますが、一つでも優秀な所を周囲に知られないように注意しなさい」


「…意味わけわかんないんだけど」


さっきとは別物の冷や汗が流れる。

この女は一体何を知って何を言っているのだろうかと。


「お互い初対面です。

 私は貴方の事など知らなく貴方も私の事を知らない、それでいいのです。

 が、恩ある叔父様の願いによって私は貴方と言うリーディックを預かりました。

 中身が入れ替わっているなんて些細な問題は関係ありません。

 何せ私はリーディックと言う人物を知らないので。

 叔父様にあだ名す存在でなければその血と名を持つリーディックであれば問題ありません」


サファイアの瞳が俺を貫き


「貴方は私に学びも、何が最善かを選択する必要もない道化でいなさい。

 私の知識と力を総て使って貴方を守りしましょう。

 それが叔父様との契約です。

 貴方は理解しなくて十分です。

 貴方はただ生きる、それだけを貫けばいいのです」


「……」


「理解できたようですね。

 では最初の授業とまいりましょう。

 先ほどひっくり返した鉢の中の土を外へと捨ててきなさい。

 お掃除の時間ですよ」


言いながらどこからか箒と塵取りを取り出してきた。


「せっかくなので温室中掃除でも致しましょう。

 萎えた手足にはちょうど良い運動ですね」


「えー?」


「私の前で演技はいらないですよ。

 なんせお互い初対面なのですから気を使う必要なんてありません。

 さあ、秘密基地作りです。

 まずは頑張って掃除をしましょう」


目を細めて腕をまくり笑う彼女の顔を見て、初めて彼女が笑っているのに気が付いた。

常に微笑んでいる彼女だけにその微細な変化に気づくのは難しいけど、分かったのは今確かに彼女はこの状況を心から楽しんでいるという事だ。

とりあえずがっつりと怪しまれているが、それを知っていて黙っていてくれる寛容な彼女との奇妙な師弟関係が始まった。

 

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