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コルネリウス・ヴァルタ・ガーランド

お久しぶりです!

転生したから……の話しの前の段階のフリュゲール組の話しを書き上げて戻ってきました!

精霊騎士である為に

時間があれば覘いていただけると幸いです!


後書きにもおまけがあるのでよかったら見てやってください。

ドヴォー狩りの日付は瞬く間に決まった。

冬が来る前に、遅い夏を迎えたガーランドの地に俺達はいた。

気候は涼しく、蒸し暑さを感じるフリュゲールから来たらここは別天地だった。

もっともこの地の人には十分暑いようで、少し息苦しくしている人が何人か見当たる。

この暑さで耐えられないのによくフリュゲールを侵略しようと思ったなとどことなく仰々しい光景を眺めながら見晴らしのいい天幕の片隅でぼんやりと無限に広がるとでも言いたくなるようなモンゴルの様な草原を眺めていた。

森林限界値だっけ?もうそこを通り越して低木樹もあまり見当たらない。

しかもだいたいが禿げあがっている。

これが話に聞いていた食害と言う奴だろうか。

そんな風景を眺めながらランはガーランドの王、コルネリウス・ヴァルタ・ガーランドと同じテントの下で暢気にお茶を飲んでいた。

いや、別に暢気にではない。

戦争の勝者と敗者が同じ席に座り、一人は一族の未成年だった子供二人を残してすべて殺すように命令した王と、半分しか血のつながらないたった一人のあまり顔も覚えてない妹を人質に取られた王と。

周囲は緊張しまくるも、戦争勝者のフリュゲール王は景色を楽しむようにガーランド王に話しかけていた。

ガーランド王は可哀想なぐらいに顔を青ざめながらも、何を言われるのかとびくびくしながら懸命に頷きながら話を聞く事に徹している。

仕方がない。

まだ親兄弟が絞首刑になって数か月しかたっていない揚句、恐怖の対象に粗相があれば今死ねと言われてもおかしくないとガーランドの家臣から言われ続けていた恐怖の言葉がガーランド王の心の中に刷り込まれているなんてフリュゲール側は想像もしていない事だ。

そんな光景を見ながら俺もブルトランと一緒の席で楽しくお茶なんて飲めないよなと考えていればルゥ姉が子供達を連れてやって来た。


「フリュゲール王、大変お待たせしました。

 お言葉に甘えさせてこちらの隅で見学させていただきます」

「子供達の面倒を見させて悪かったね。

 聞いた話ではまだ時間がある。少し座らせて休憩しようか」

「ご配慮ありがとうございます」


そう言ってルゥ姉は捕虜の子供達を全員連れて敷物の上に座らせた。

ガーランドからの配慮でお茶を用意してもらい、軽食を広げて食べるように進める。

その中にはアデラも居て、半分しか血のつながってない兄弟と一年ぶりに再会した。

二人は少しの間お互いを驚きの眼で見つめ合い、そしてその隣に座るランに悲鳴をかみ殺した。

光沢のある美しい赤色に染められたフリュゲール伝統衣装に身を包み、髪も綺麗に撫でつけて整えられ、普段の彼とは全く別人の姿だが、その忘れられない印象の瞳にいつもレツと名を呼んでいた人が誰だか初めて知ったようだ。

顔を青ざめるも、すぐ背後に座っていた俺にも目を止めて何か言いたげに歯を食いしばる。

そんなアデラはすぐに正面を向きなおして俯きながら何かを誤魔化すようにお茶に手を伸ばしていた。


「ルーティア、紹介しよう。

 彼がコルネリウス・ヴァルタ・ガーランド王だ。

 僕より1つ年上なんだ」

「まぁ、お若いのですね。

 初めまして、ルーティア・グレゴールと申します。

 教育係を務めさせていただいております」


優雅に膝を折り、淑女の礼をすれば


「ルーティアもガーランドを学ぶ場になる。こちらで見学しようか」


ランの誘いに俺と一緒に背後に控える事になった。

このテントを中心に右にガーランド軍、左にフリュゲール軍がそろっている。

長い事戦争ばかりしてきた二国間がこうやって空の下茶会が開かれるとは過去の王達はどれだけ想像しただろうか。

もっとも暢気にお茶を飲んでいるのはランだけで、肝が据わってると言うか、神経が太いと言うか感心を通り超えて呆れてしまう。

つい一年前に戦争をして、王族のほとんどを殺した王はガーランド軍の恨みのこもった視線を浴びるも全く気にも留めずに、ランジュのシロップ漬けを使った菓子を堪能していた。

シロップを褒め称え、少しほろ苦さを残しつつも甘酸っぱいオージェのシロップ煮を絶賛しつつ、子供達にも軽食の少し硬めのビスケットにも似たパンのどこか物足りなさにそれを分け与え、何処か視線を反らせているアデル達と一緒に食べながら、前に話に聞いたシロップの素晴らしさを子供達と一緒に語り合っていた。

甘党のランはすっかりシロップの虜になっていたが、零れ落ちんばかりにシロップ煮を乗せたパンを食べていた手をふいに止め、そのまま立ち上がり、遠くをじっと睨み始めた。


「どうかしておいでで?」


ガーランド王のどこか脅えたような弱弱しい声にランは頷き


「ドヴォーが来た」


静かに言葉を落とした。

だけど、地平線まで見えるのではないかと言う草原にはそんな気配はどこにもなく、ただただ全員で目を凝らしてみるも、やっぱり何も見えないまま。

だけど、ランには見えているのか、美しく染められた赤い服を気軽に脱ぎ捨てて軽装となり、背後でランの棍を持っていたジルからそれを受け取る。


「聞いていた話よりも群れの規模が大きいな。

 少し数が多いから減らした方が混乱が避けれるね」

「フリュゲール王、お戯れを。

 それではまるであなたが仕留めるような言い方では……」

「そのつもりだよ。

 これは練習だ。訓練でもない。

 初めてなんだから怪我をしないように目的を達成する事が目標なんだ。

 数を減らして、少し混乱させつつも弱体化を図らないとみんなが怪我するだろ?」


ガーランド軍はあっけにとられた。

まさか、この練習に王が自らそんな事するなんて。

容赦なくガーランドの王族を全滅に追い込んだのに味方どころか敵兵にも怪我をするなと言うとか、とにかく理解が出来なかった。


「陛下、そんな事自らせずとも我々に指示をしていただければすぐに数を減らしてきます」


傍らにいたアルトがそう訴えるが


「うん。だけどちょっと試したい事もあるんだ」


何を?

誰もが心の中で突っ込む頃になってようやくドヴォーの群れの移動する土煙がぼんやりと見えてきた。

ドヴォーもすでにこの人の群れを見つけたのか、縄張りを荒らされたと思ってこちらに向かって突進して来てるらしい。

数を減らして……

と言ったように、確かに減らさないと俺達が混乱するなとブレッドが呟けば「フェルス」とランが高らかにその名を呼ぶ。

テントの裏側から音もなく表れたその巨体にガーランド軍は悲鳴を上げる中、ガーランド王は腰を抜かして敷物の上に座り込み、フェルスに向かって指をさしながら口をパクパクと悲鳴すら出せずにいた。


「悪いけどあの群れまで急いで連れて行って。

 思ったより大きな群れになってたようだ」


小さな群れが集まってどんどん大きくなっていくと聞いていたが、これではもう数百規模の群れだ。


「ひょっとしたら俺達の方が全滅するな」


ブレッドがぼんやりとした現実的な感想にジルも


「目視で確認できるって事は逃げても無駄って事ですよね」


あははと笑う。

そんな何処かのんきな会話にガーランド側にいるゼゼットがお前らなと窘めるも二人とも知らん顔。

側にいたガーランド王の顔色はただただ青くなる一方だ。

そろそろ倒れた方が幸せと言う物だろう。


「じゃあ、行ってくる」


棍を振りかざしながらフェルスの背中に乗って、低空を疾走するその姿にガーランド軍からあれがウェルキィと悲鳴が上がる。

ちなみにフリュゲールではランが王位に就いて以来よく見かけるようになった光景のせいか、フェルスはランの乗り物という意識が強く既に見慣れた光景なだけあって誰ももう関心はしない。

それだけ身近なものになったなとアルトが感心して言えばゼゼットもあれだけ姿を見せなかったくせにひでぇ話だと愚痴をこぼした。

それから全員で武器を構えて既に作戦通りの陣形を維持したままドヴォーがやってくるのを待っていれば、ランがドヴォーと接触したようで何匹かのドヴォーが宙を舞っていた……


「なぁ、ドヴォーってあんな風に飛ぶ魔物だったか?」


ブレッドの呟きに、ドヴォーのめんどくささを知っているゼゼットは沈黙を持ってその答えを示さないでいた。


「あ、陛下も宙に舞いあげられましたねぇ」

「えええ?!あっ、あぶっ!フリュゲール王!!!」

「ですが見事!

 宙で姿勢を維持できるとは、さすが陛下です。

 楽しそうで何よりです」


ルーティアもその戦いに賞賛を送りながら話題に混ざっていく。


「と言うか、なんかすごい勢いで数減ってないか?」

「ドヴォーって魔物は良く飛びますねぇ」

「何この無双状態、なんて格ゲー?ここボーナスステージ?

 空中にフェルスがいるって事はラン対ドヴォーの群れだよな?」

「相変わらず非常識な強さだ」

「まあ、やんちゃ盛りも今に始まった話じゃないだろ」

「そんな事よりもフリュゲール王が!ああっ!見てられない……」

「ガーランド王はお優しいのですね。

 ですが心配ありません。我らがフリュゲール王にはちょうど良い運動ですので」

「ちょうどいいってどういう意味だっけ……」


やがて砂埃が風にさらわれてより鮮明に見えるようになった群れに、兵士達は手にした武器を解除をしていく。

呆然として呆れかえって。

ドヴォーの顔がよく見えるまでに近づいた時にはドヴォーの先頭の一頭に髪を乱し土埃まるけになったランが跨っていたのだ。

晴れやかな顔をして、持っていた棍を上手く操りドヴォーの尻を叩きながらまっすぐテントの前まで連れて来て


「止まれ!」


その一声と共に乗っているドヴォーの尻を叩き、その歩みを止めさせた。

何この状況!

何魔物に乗っちゃってるの!

何そのドヤ顔!

何魔物に言う事聞かせちゃってるの!

何魔物を調教しちゃってるの!

誰ともなく聞こえるはずのない心の悲鳴を叫びあいながらその群れの先頭にいるランに視線を向けていれば


「予想通りだったよ。

 群れのボスを倒して、僕を群れのボスだと認識させれば従順に従ったよ」

「群れる動物では見られる防衛本能だが、よく短時間でやって見せたな」

「僕の経験から言うと、オスを排除していくと大体言う事聞きやすいんだ」

「あー、つまり、群れのオスのみを排除したのですか?」

「全部は排除してないよ。力を誇示する奴らだけ潰していくんだ。

 なんてったって、群れを維持させなきゃいけないし、子供も産んで増やしてもらわないといけないからね」

「な、なるほど。さすがフリュゲール王です」


話を聞いて頷くだけのガーランド王はここでも頷いて賞賛を送る。

この状態を見せられてもそのスタイルを維持する辺り結構したたかな奴かもしれないと思うも、どれだけビビりか知らないが既に粗相をした痕があり、誰もそれを見ないふり、気づかないふりをしていた。


「だけど、途中で吹っ飛ばして来た奴はみんなの練習用に殺してはないから、残りは仕留めてもらってもいいよね?」

「予定と全く違いますが、それなら安全に、誰も怪我をせずに仕留められるでしょう」

「うん。毛の所は武器が通らないと思って、むき出しの顔を攻撃すると簡単に仕留めれるから」


目から脳天の方に向かってずぼってやるのがいいよと笑顔で言う事じゃないよなと思いつつも、ブレッドは両軍に向かって指示を飛ばす。

ポツリ、ポツリと群れからはぐれ落ちたドヴォーを一体一体確実に仕留めながらドヴォーの仕留め方の練習に武器を振るった。


「ここまで来るともうただの虐殺ですね」


きっぱりと言い切ったルーティアに誰もがそっと視線を反らし


「僕埃まるけだから着替えに行ってもいいかな?

 そうだ。

 ガーランド王にお土産があるんだ。

 待ってる間に一緒に着替えよう!」


そう言ってテントの奥にガーランド王の手を引っ張って連れて行ってしまった。


「ジル、手伝いを」

「了解しました」

「ディも悪いが……」

「了解」


ジルに続いて俺もブレッドから渡された桶を抱えて着いて行く。


モンゴルの遊牧民族のパオみたいなテントの中心部は明り取りから空が見えた。

だけどその片隅からフェルスと視線が合って、警備は万全なのが理解できた。

中心は暖炉になってるのか敷き詰められた敷物が避けられていて、石で円が描かれている。

一部屋しかないテントの中は入り口に衝立を置いて外から見えないようになってるだけ。

中にはいろいろと荷物が置いてあり、その中からジルは一つの箱を取り出した。

中には衣類が詰まっていて、ランはそれを敷物の上に並べていく。


「どれがいいかな?」

「それよりも体を拭きましょう。折角のお召し物が汚れます」

「だね。結構暑かったからガーランド王も汗をぬぐってさっぱりすると良いよ」


会話の合間にお湯を張った桶を置き、手拭を絞って二人に渡す。

ランは上半身裸になって部屋の隅の敷物を捲って頭から桶のお湯をかぶり手拭で拭って手早く埃を落としていく。整えられた髪ももういつもの通り癖が好き放題に向いていた。

あっけにとられながら見守るガーランド王も脱ぎ捨てるように服を脱いで渡された手拭で体を拭いて行く。

本当ならお付の侍女にでも手伝わせる事なのだろうが、本来の彼の身分では侍女も付く事もなく、衣類も自分で脱ぎ着していたようで袷の紐をテキパキと解いて行く。

そして、汚してしまった下半身も俺達に背中を向けながら、器に取った桶のお湯でランと同じように敷物を捲って洗い流していく。

なるほど。こうやってお湯を使うのかと感心してれば


「いいですか。非常事態ですので、テントの敷物をお湯で汚すのは今回限りですよ」


どうやら非常識のようだった。

だけどランは笑って


「まぁ、兵よりも働いた王様が一番埃まみれって言う状況を洗って流せるなら常識がどうしたって言うもんだろ?」

「今回はそう言う事でいいでしょう。

 ディックは間違っても真似しないでくださいね」

「あー、うん。俺もどうかと思ってたけど、非常事態なら臨機応変にならないとな」

「ねー、仕方がないよね」


言いながら二人は用意された新しい下ばきを身に着けて出された衣装を見比べる。


「さて、ご希望はありますか?」

「ランにはやっぱり赤がいいよな」


俺がランのイメージカラーだと手を上げて言えばジルが赤い布地と金糸で模様を描いた衣装を手渡す。


「でしたらガーランド王には青のこちらを。

 二人でお揃いの色違いです。

 文様はアデライード様より伺いまして再現してみました」

「フリュゲール風の服にガーランドの意匠……」

「アデライード様は最近ではイエンティの屋敷に出向いて次期当主の奥方より裁縫を教えてもらっているようです。

 この技術を持ち帰って産業にしたいと奮闘しておいでです」

「アデライードがそんな事を……」

「彼女なりにフリュゲールに来て国の為にと考えておいでです。

 一緒の子供達も文字と計算を覚え、アデライード様と同じように裁縫を学んだり、男達は木の彫刻を学んだりしてます」

「……」

「ガーランド王もまだ学ぶべき御歳です。

 何かしてみたい事を見つけてみるのも一つの勉学かと思います」

「それは私が許される事なのだろうか」

「許されるも何も、僕達に許されないのは僕達の意志を誰かに奪われる事だ。

 傀儡の王にだけはなってはいけない。

 その為にもまずは何か好きな事を見つける事から始めなくちゃ」


何でもないという事のようにそこからだねと笑うランは上着を脱いだ状態の両腕をむき出しのシャツの姿になっていた。

シャツと言っても上着と同じ赤のシャツに目を瞠るばかりの金糸で彩る植物のモチーフが襟首に胸元に、そして裾にちりばめられたこれ一枚でも息を呑むほどの美しい刺繍が施されていて、お揃いのシャツを着る、こちらは銀糸だが青をベースにしたシャツに彼は上着を羽織っていた。

フェルス達と似たような服がフリュゲールの古くから続く国の衣装でに腰に金糸、銀糸を使った帯をベルトがわりに撒きつけている。

上着は足首まで垂れ下がる長い衣装だがサイドにも前後ろにも切れ目が入っていて動きやすさは保証できるようだ。

長い袖は指先まで隠すも、肩の縫い合わせから肌が見えているあたり、蒸し暑いフリュゲールではそこから風を取り込むのだろう。

胸元も着物みたいに隠すものではなく、中に着るシャツの刺繍が見えるようにくつろいであって上着を着ると言うより羽織ると言った方があってるだろう。

正直かっこいいなと思う。

ちなみにガーランドは寒い国なのでもっと重厚に何枚も上着を重ね、いろんな色をかき集めてて着るのが長く続く国の伝統衣装らしい。

ユキトの国にもそんな伝統が千年ほど前に在ったなと思うも


「これなら夏場も暑くはないですね」

「フリュゲールなら十分暑いけど、ここなら大丈夫だね」


さっきまでがっちがちの表情だったガーランド王だったが、自分の失態と、テントの中のこのささやかな出来事に少しだけ表情が和らいでいた。


「では、皆がお待ちになっております。参りましょう」

「だね。ジルは悪いけど上着を持っててよ。

 僕はこれからドヴォーの方も手伝いたいから」

「まだおやりになるのですか?」

「もちろん。せめてフェルスのご飯の確保ぐらいは働かなくちゃ」

「すでに十分ですよ」


くつくつと笑うランとジルのやり取りを不思議そうな顔で見ているガーランド王は俺に向かって


「フリュゲールの王は臣下とこんなにも気軽なやり取りをなさるのですか?」


あっけにとられたような顔でつぶやいた顔に少しだけ悩むも


「ランは基本誰にでもこんな感じだよ。

 王何て普段はめったに誰も呼ばないし、寧ろ王が仇名みたいなものだしね。

 ただジル達はランにとって特別なんだ。

 何の頼る人もなくフリュゲールに来たランを保護してくれたと言う、いわば家族だ。

 この辺はまたランと仲良くなったら直接聞くと良いよ。

 フリュゲールじゃ誰もが知ってる話だから隠す話でもないしな」


かく言う俺もブレッドの部下からそのあたりの話を聞いた。

後日ブレッドに何気なく聞けば部下の話し通りの事を話してくれて、ランは王でも王でなくても何も変わらないからちょっとは自覚を持ってほしいとボヤキを聞かされる始末。


「そうだ。好きな事を始めるのが難しかったらまずはさ、ランに手紙でも書いてみればどうだ?

 国の事とかじゃなく、季節の花がきれいだとか、雪が降り始めたけどフリュゲールはどうですか?とか、季節の挨拶って言うの?

 そこから手紙で交流を取るのもいいんじゃない?」

「ですが、私が手紙を書いたら……」

「誰かに見られる?

 それがどうした。

 ガーランド王からそんな手紙を貰ったらランは喜びまくって城中の奴らに読み聞かせしまくるんじゃないかな?」

「……」

「だったらついでにみんなに読ませるつもりで書けばいいんじゃない?」

「フリュゲール王にはご迷惑にならないだろうか」

「手紙を貰ったらランだってすぐに喜んで返事を書くだろうさ」

「……」


それ以降黙ってしまったガーランド王に


「まずは始めて見ないとな。一番最初は今回のこの練習についてじゃなく、オージェのシロップ煮について書いてみたらどうだ?」


ときっかけを用意してみれば彼は初めて笑顔を見せてくれた。


「それはいいね。

 あんなにもオージェのシロップ煮を美味しそうに食べる人は初めて見たから」

「ああ見えてすごく甘党なんだ」

「うん。なんだかわかるよ」


まるで久し振りに笑ったと言うようなその笑顔はどこか不器用な笑い方で、でも、柔らかなその表情はそれが彼本来の物なのだろう。

先を歩くラン達に続いてテントの外へと出る。

臼雲が張るだけの青空は夏らしく眩しく、目がくらみそうになるも、二人の王が現れれば、またどこか緊張した空気に包まれて彼の表情はどこからか強張っていく。

そんな中、ランが突然ガーランドの王の手を引いて駆け出し始めた。

釣られるように走り出したガーランド王はすぐ目の前に座っていたアデラ達の所にまで連れてこられその敷物の上に二人してお邪魔する。

周囲も驚きを隠せない中、突如の相席となったアデラ達は目を丸くしながらも場所を開ける。


「アデラどう?

 イエンティからもらったドヴォーから紡いだ糸で出来た服なんだ」

「フリュゲール陛下……」

「イエンティに聞いたよ。今日に間に合わせる為に夜更かししたんだって?

 ありがとう!」

「アデライード、そんなにも頑張って……」

「あ、あの、その……」

「どうしたのです?これは誇るべき事ですよ」


見かねてルーティアが助け船を出せば、どこか顔を真っ赤にしたアデラは俯いてしまって上着の裾を握りしめたまま動けなくなってしまった。

ガーランド王はそんなアデラをなんとなく察してぽかんと口を開けていたが、ランはそのまま立ち上がりブレッド達に合流してしまう。

そこでは既にドヴォーを回収して再度集まった兵士達にドヴォーの毛刈りの仕方を教えていた。

今回は今止めを刺したドヴォーを使って毛刈りの練習に入っていたが、ドヴォーを生かしながら毛刈りをする事をこれからの目的とし、毛刈りしたドヴォーはまた野に放てば来年伸びた毛をまた刈るという事を繰り返す事を教えていく。

本来はもっと冬の終わり、春の始まりの頃にする事なので、今年は今回の練習でどうにかコツを掴んでほしいと言うものなのだが、やはりドヴォーの国の住人は上手くドヴォーをころがし、毛を刈っていく。

テントの中にもある絨毯を見て気づいたのだが、ドヴォーの毛をフエルトにする程度の技術はあるようだ。

そしてテントの前でお茶を飲んでいた二人の足元に敷かれたドヴォーを毛皮にする技術もある。

綺麗に切りそろえられた敷物は四角く切り取られパッチワークの様につながられていた。

フエルトを何枚を重ねてドヴォーの毛皮を乗せる。

この国の贅沢な部分なのだろう。

ちらりちらりと見えるテントにはそこまで重ねてはいない。

ガーランド軍へと目を向ければ丁寧にドヴォーの毛を剃りながら兵士同士がその技術を評価し合っていた。

アルトもブレッドもその会話に混ざりながら技術を学んでいる。

技術はもうガーランドにあるらしく、逆輸入しそうな形だ。

そんな中にランは混ざって行くのをルゥ姉に断って俺も着いて行く。


「ランも毛刈りしてみたいの?」


子供らしい言動で聞けば周囲はランの遊び相手として俺を認定しているガーランドの皆様はどこか微笑ましそうに俺へと視線を投げる中


「毛刈りはしたことないから。

 あ、でも皮剥ぎは得意だよ」


別に邪魔しに来たわけじゃないと言うランの言葉に保護者達はこの青空を見上げていた。


「フリュゲールの王は皮剥ぎが出来るのですか?」


ガーランドの一般兵だろう。

あまり地位とかそう言うのを怖がらずに聞く当たり、ランがした事を知らないのだろうか。

俺も思わず空を見上げ悩んでいる中


「僕が育った所では一頭絞めて一人前だからね。

 そうだ。ガーランドの技術と僕が育った所の技術、なんとなく似てるから比べっこしてみよう」


言いながら、親と逸れた子ドヴォーを連れてやって来た。

これだけ鳴いても今は親と会えない所を見ると、親はもういないという事だろうか。

そんな一頭のドヴォーの口の中に、ランは小さなナイフを持った手を突っ込んで喉を内側から掻き切った。

いきなりドヴォーの口の中に手を突っ込んだ事にもブレッドは絶叫したが、その手に持ったナイフで一瞬で掻き切った事にもアルトは呻かずにはいられなかった。

勿論ガーランドの皆様もあっけにとられている中、ランはまだ小さなドヴォーの血を胃の中に貯めるように持ち上げて、腹の中に血がたまっていく様子を見ながら、ひとりの背の高いガーランドの男が変わるようにドヴォーを持ってくれた。

顔の形にナイフを入れて、よくある敷物のようにナイフを入れる。

それから最初こそナイフを入れて、ものの数分でドヴォーの皮剥ぎを完成させてしまった……

あまりの手際の良さと血で汚す事もなかった仕上がりにガーランドから拍手を貰う中、フリュゲール側はランの謎の技術に誰もが顔を青ざめさせていた。

ランはさらに、男にドヴォーの前脚を持たせたまま解体を始めてしまう。

俺も解体はした事あるが、さすがにここでやるか?と止める間もなくするりするりと解体を始めてしまう。

あれ?

解体って大仕事じゃなかったっけ……

死後硬直する前に終われる事だっけと頭をひねってしまう。

ナイフのキレ味がいいのかあっという間に内臓を取出し筋肉標本が出来上がていた。

さすがにガーランド側も驚きを隠せずにいる中あっという間に四肢をはずして最後に首をはずした。

ガーランドが言うにはドヴォーの肉は美味いのだがあまりなく、足と骨回りぐらいしかないと言う。

そんな説明を聞きながらもランは臓物の整理に取り掛かった。

ガーランドもフリュゲールも生食はしないらしく、東の大陸育ちのランはドヴォーから切り出した心臓を見ながら涎を垂らしつつもそれはフェルスに贈呈する。

上手そうに食べる様子を何処か涙目で見上げるランにフェルスは苦笑を隠せずにいたが、ランは野営用の鍋と沸騰したお湯を所望した。

何を始めるんだかと少し顔の青いアルトはそれでも付き合ってくれる辺りほんといい奴だ。

鍋の中に適当に切った野菜を入れて解体したばかりの肉をガーランド兵にいつの間にか切らせていて、ランは手早く血詰めソーセージを作りってそれも鍋に投入。

肝臓は腹膜で巻いて焼くワイルドな料理を披露していた。

料理名はないと言うが、ランの生まれ育った所では血の1滴も無駄にせずに食すと言うらしい。


「ドヴォーは居ないけど似たような草食の動物がいてね、新年を祝う時やおめでたい事があるとこうやってばらしてお祝いするんだ」


肝臓の炙り焼きを薄くスライスして堅パンの上に置く。

持参の塩をぱらぱらとかけてどうぞと出されても誰も手を出しづらくしていた。

それもそうだ。

臓物を食べる文化がなのだ。

誰もが隣の顔を眺め合う中、驚いた事にガーランドの王が手を伸ばしたのだった。


「新年やおめでたい時の料理となるならまず私が頂こうか」


言うも顔を真っ青にしながら、何処か震える手でそれを一つ取り、口へと運ぶ。

そして勢いに任せて咀嚼をするも、やがてゆっくりと味わうように噛みしめ


「驚いた。匂いも臭みもなく甘いとは……」

「驚いたでしょ?新鮮だから出来る料理なんだ。

 それに僕が居た所は凄く栄養になる物が少ない土地だったから、こう言った血を利用した料理も多かったんだ」


それこそ心臓や肝臓は新鮮なうちにそのまま食べたぐらいだしねと言えば、さすがに生食には顔を真っ青にしていたが、そうやって話をしている合間にブレッドも炙り焼きをひょいと口に運んで食べた。


「あー、もうちょっと塩が欲しいな」

「そうですね。出来れば香草か何かと一緒に炒めるともっと食べやすいかも」


続いてジルも食べて感想を言えば諦めてアルトも口へと運ぶ。


「と言うか、これはこれで十分じゃないだろうか」


三者三様の意見に俺も一口貰う。


「あー、香ばしいレバーパテみたいだ。

 腸詰にしたブラッドソーセージもいけるな」


シンプルなのにうめーと感心しながら堅パンに炙り焼きをのせて食べる。

こんな風にうめーうめーと食べていればどこからか喉を鳴らす音が聞こえ、ガーランド王に野菜と肉を煮込んだスープを贈呈した後今回参加してくれた兵士の皆さんに贈呈する。

なんせ、ドヴォーの毛刈りの練習になったドヴォーはこの冬を乗り越える事が出来ないだろうから食すしかなく、ガーランド風の皮剥ぎも見せてもらいながらそれらも食すしかないのだ。

ガーランドでは燻製の文化もあるらしく、食べきれない分は持って来た塩で塩漬けしてさらしのような布で巻いて馬車に乗せて燻製小屋に持っていくと言う。

今は冬に向けての貯蔵の時期なので無駄は出さずに持ち帰る精神にランも頑張れと応援する。

年間を通して温暖なフリュゲールでは考えられないと言うアルトの言葉に、確かにこれだけの環境差があればガーランドは戦争を仕掛けてもフリュゲールの地が欲しいのだと嫌でも納得はできてしまう。


「ドヴォーの飼育が上手くいけば戦争なんて真似しなくて済むと良いな」


ぽつりと呟いた俺の言葉にルゥ姉もそうですねと頷いてくれた。

案外この世界は国と国で話し合いをする事で戦争何てことする必要がないのではと思ってしまうのだった。




ランのドヴォー捕獲から今回の話しの間の閑話です。



   ―リナリア―




外角の一角にある東屋でレツとアデラは本を片手に頭をひねっていた。

二人の手に在るのはイエンティから借りたフリュゲール伝統衣装の型が描かれた貴重な本だった。

王制が復活して王族の伝統なども復活させるなどいろいろと文献を読みながら未だ試行錯誤の段階なのだが、そんな中ドヴォーから紡いだ糸で織物を作ったと見せた所から、それで王の衣装を作ってみようなんて流れになった。

あれから数匹ほどドヴォーをまた捕獲して来て糸の量産をし、ディータの進言通りに毛の質別に仕分ければ、顎の下あたりの密な部分は光沢すら放っていて、驚くほど軽く、そして絹にも負けぬ絶妙な肌触りの良質な糸となり、作っている段階でイエンティの女性達の心を射止めてしまうほどになってしまったのだ。

何とか染め方も織り方も見つけ出し、出来上がった布に頬ずりまでしようとする始末。

その前にイエンティの息子嫁が無事取り上げたが、それほどまでに素晴らしい物が出来上がった。

ドヴォー織りの布をレツに披露したのだが所詮は男の子。

その素晴らしさが今一つ判らないレツだが、たまたま同じ場に居たアデラは元王女としてその素晴らしさを絶賛し、一緒に持って来た王族が纏う伝統衣装の資料の本を広げればやはりそこは女の子。

紙とペンを差し出せば伝統に則って新しい衣装のデザインをはじめるのだった。

ガーランドにはない衣装の為、あの衣装に似てるとか、あの方が持ってる衣装に似てるとかそう言った概念がない為にサクサクと何枚もデザインをしてしまう。

末娘だけに新しいドレスはなかなか与えられなかったが、それでも十分目を養う環境には居たようだ。

次々にデザインを考えるアデラに驚いたのはイエンティ自身。

後ほど彼女に裁縫の技術を見につけさせてはどうかとの提案に、最近では手持ちぶたさになっていた勉学に新たな学問としてルーティアも賛同した。

新たな分野を自ら切り開いたアデラは子供達に水遊びをさせてる傍ら、東屋でレツにレツと同じぐらいの男の子の服にどんな刺繍がいいかしらと尋ねるも、フリュゲールの文化に疎いレツには応える事が出来ず、イエンティから借りたと言う本を二人並んで眺めるのだった。


「さすがフリュゲールの伝統ですね。

 どの刺繍も複雑な技巧、美しいですわ」


うっとりとアデラはその本を眺めるもレツにはさっぱりで眠くなる意識を保つのがせいぜいだった。


「それにしても丈夫とは言え、刺繍そのものが本になってるなんて、素晴らしい見本です」

「ふーん」

「こら、貴方の国の王様の衣装なのよ。

 少しは協力しなさい」

「えー?だって作るのは服だろ?

 着れればいいんじゃないの?」

「そんなわけあるはずないでしょう。

 誰が見ても王に相応しく威厳を感じる素晴らしい物でなくては見下されてしまいます」

「そうかなあ?」

「服とは着れればいいと思う物ではありません。

 育ちも環境も性格も現れます。

 皺が寄ってなかったり、小さな沁みすら気を付けるだけで誰もがこの子は立派な親にきちんと躾けられた子供だって見てくれます」

「そうなの?」

「そう言う物です。

 レツだってシミのない服を身にまとい、どうしても寄ってしまう衣類の皺だって動作上の仕方ない物だけで立ってごらんなさい。ほら、きちんと体の大きさに合わせた服をご用意されてるから無駄な皺ひとつできないでしょ?」

「そう言う物かなあ?」

「それ以上言うと罰が当たりますよ」

「ごめんなさい」

「判ればよろしい」


どこか納得しない顔のレツだが、またすとんとアデラの横に座り


「所でガーランドの伝統的な刺繍ってどんな模様?」

「ガーランドですか?

 ガーランドでは幾何学模様と言うものを伝統とします。

 モチーフは植物が主ですか、それを簡略化してパターン化したものが始まりとなっています」


言いながらこういった物ですと紙に描き上げればレツは思わず感嘆の声を上げてた。

フリュゲールでは植物のモチーフを簡略化するだけで、少々少女じみた物が多いと思って苦手としていた所もあったが、ガーランド風になると同じ植物をモチーフにしていたとはとても思えなかったのだ。


「僕はこっちの方が好きかな?」

「そうですか?そう言ってもらえるとうれしいです」


言ってアデラはニコリと自然に頬笑んだ。


「だったらフリュゲールの植物をモチーフにしてガーランド風にしてみない?」

「そんな事は許されるのでしょうか?」

「イエンティのおじいちゃんもそこまで期待してるわけじゃないからやってみればいいんじゃないかな?」

「気軽に言ってくれますね……」

「ダメ?」

「ダメではないのですが、実はフリュゲールの植物がどんなものかよく知らないのです」

「あれじゃダメかな?」


水場に育つ植物を指さすも


「できれば季節の花が良いでしょう。

季節ごとに服を切り替えるようにその時その時の季節の花を纏う気持ちが大切です。

 もっとも外郭を出る事の許さない身なので窓から見えた植物だけでは限度がありますが……」

「だったら僕が今度摘んでくるよ」

「よろしいのですか?」

「学校帰りに今度もってくるね」

「で、では、お願いします」


何て名案にだと笑うレツに、花をプレゼントされるのは初めてなのか、少し頬を染めて照れているアデラにジルとアルトはおやおや?面白い展開になってきたぞと会話を盗み聞きするように二人の会話に注意を払っていた。




それから三日後。




「オリヴィア、今日ちょっと時間空いてる?」


授業が終わり、みんな帰宅の準備に入る中、オリヴィアは従者の四人を連れる形で帰ろうとしている所だった。


「今日ですか?

 突然ですね……」


考えるそぶりを見せるもノーと言う答えはランの立場を考えればオリヴィアには一切ない。

ただどうしてもランに対して素直になれない性格に本日のスケジュールを思いめぐらせるふりをすれば


「実はさ、少し森で花を摘んでから帰らなくなっちゃったんだけど、どんな花がいいか判らないから一緒に探して欲しいんだ」

「花……ですか?」


オリヴィアもランに呼び止められ頼りにされて少しだけ空気が浮ついたものの、オリヴィアにとって花は花瓶に飾られた物が花だ。

森で探したりと言うのは縁遠い生活に少しだけ考えていれば


「森まで行かなくてもレオンハルトの屋敷には花畑があります。

 季節ごとに花を咲かせてますし、フリュゲール伝統の花も育ててます。

 花畑近くの林には森に咲いてる花も見受けられますし、どんなお花がよろしいのか判らなければそちらで一度見てはいかがでしょう?」

「なるほど、それも一理ありますね」


いつもオリヴィアの後ろについて歩くだけの従者だがこういったフォローもお手の物だった。

意外に気の利く従者でもある。


「でしたら本日は昼食もレオンハルトのお屋敷でご一緒してはいかがでしょう?」

「食事をしながらお花のアドバイスを頂くのもよろしいかと思います」

「なるほど。それも悪くはありませんね」


更なる従者の機転にオリヴィアは納得し、ランはアウリールを影から呼び出しオリヴィアの家に寄って昼ご飯を食べてから帰る事をブレッド達に連絡をするように話をしていた。

そんな二人の様子を従者の四人はニヤニヤと意味深げに微笑むのだった。


そうしてレオンハルトの屋敷に移動して昼食をみんなで食べ、花畑にやって来た。

屋敷の裏側に在る丘に花畑は在った。

レオンハルトの屋敷を飾る花は花屋から一々取り寄せるのではなく日常的な物なら庭師に育てさせていると言う。

オリヴィアはあまりこういった所に来た事はないが、家令が言うには食卓を飾る花もオリヴィアの部屋に飾る花も、ホール、リビングに飾る花も総てここで賄っていると言う。

来客がある際は貿易商から取り寄せたりもするが別の場所にも温室があり、そこでは貿易商ですら取り寄せることの難しい花たちを専属の庭師を雇って珍しい色とりどりの花を育てさせていたりもすると言う。

オリヴィアもあまり耳にしない内容なだけに驚いていたが「お嬢様がお気を使う事ではありませんよ」の言葉にオリヴィアは眉をひそめて「私の屋敷で私の知らない事はあってはならないわ」などと言い返せば家令は破顔して深く頭を下げるのだった。

喜ばしい成長だよなと従者達もオリヴィアの変化に嬉しそうに笑みを浮かべる中やっと執事に案内される形で花畑へとやって来た。

従者に言われたように色とりどりの花が咲いていて、それはランはもちろんオリヴィアも知らない名前の花が咲き乱れていた。

屋敷からは見えない圧倒する花のカーペットに驚いていれば十数名にもなる庭師達がそろって出迎えてくれた。

赤やピンク、黄色と言った花の名前をランは一生懸命メモをしながら根っこを切らない様に土ごと譲り受ける。

布で土の部分を包み、箱にいくつも並べてもらいながら近くの林にも足を延ばした。

花畑で圧倒された後だけに小さな野生の花は楚々としたものだが、野性味のある力強くのびやかに育った姿を気に入ってそれらも一緒に包んでもらう。

約20種類ほどにもなった花とは別にオリヴィアは花畑で摘んだ花をブーケにしてランに差し出した。


「少しですがお土産にどうぞ」


ピンクや白、菫色と言った可愛らしいブーケをオリヴィアは少し照れながら


「初めてブーケを作ってみました。

 上手に作れたか判りませんがよかったらお部屋にでも飾ってください」

「ありがとう!帰ったらさっそくお部屋に飾るね」


ランは両手で受け取り、包んでもらった花は従者達に持たせ、ブーケは抱きしめるようにそっと持ち帰るのだった。

花が痛まないうちにとすぐに帰る事にしたランを見送りながら家令はオリヴィアの隣に並んでその後ろ姿を見送る。


「お嬢様、よごぞうございましたね」

「なんのことです?」

「陛下にあんなに大切そうにブーケを持ち帰っていただきまして」

「陛下はもともと心優しい方です。当然ですわ」

「しかしお気づきになるだろうか」

「何を言ってるの?それより疲れたから夕食前だけど何か軽く食べたいわ」


そそくさと逃げるように屋敷の中へと足を向けるオリヴィアの耳がほんのりと染まっているのを見て家令は失笑する。

あの可憐なブーケの花達に込められた言葉の意味する所を考えれば、主の心の内が微笑ましくて。そして決して叶うわけのない恋を黙して応援するのであった。




城の石段にディータとルーティア、そしてブレッドはランの帰りを待っていた。

帰宅するのは遅くなると聞いていたがいつまで待っても帰ってこない。

昼食を食べてから帰って来るのではと思っていたが、既に陽も傾きだしていた。

アデラ達と一緒に過ごす時間はとうに過ぎ、アデラもいつまでたっても現れないレツの姿に心なし元気が無かったのがディータでなくても気にかかっていた。

そんな中レオンハルトの馬車が城の前に止まり、ブーケを持ったランと苗を持った従者達が姿を現せた。


「遅かったな。約束の時間は終わってしまったぞ?」


ブレッドが声を掛ければランは少しだけばつの悪い顔をして


「ごめんなさい。

 だってあんなにもたくさんのお花を見たの初めてだったからどれがいいか迷っちゃって」


その言葉を裏付けるように色とりどりの花の苗にブレッドでなくても納得すれば仕方ないと言わずにはいられない。


「おやおや、陽も暮れだして皆さんのご家族も心配している事でしょう。

 苗は私達が預かります。

 馭者さん、この子達をお家まで急いで送ってくださいな」


ルーティアがどこかこの空気を壊すように従者でもある同級生達を送り返せば、ブレッドはこれ見よがしに溜息を吐く。


「約束の時間までには来ると思ってたんだが、遅くなるのなら遅くなるで連絡を入れるように」


心配したと言う保護者にランはもう一度ごめんなさいと言うもどこか嬉しそうな顔でブレッドを見上げる。心配されてこれほど嬉しいと言う顔されてはブレッドでなくとも困ったと言うように空を見上げるも、ランの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて


「一度部屋に戻って着替えてからアデラ達にその苗を見せに行こう。

 そこまでが今日の予定だったはずだ」


俺も大概甘いよなと呟くブレッドにルーティアとディータだけでなく、門兵達までもにやにやと笑っている。

金の悪魔と囁かれるブレッドのどこか丸くなった性格なんて知らないだろう2人だが、普段からよく見るこれがランの前だけの姿なんて聞かされたら呆れるのは当然だろうか。

ランはディータにブーケを持たせて苗の入った箱を一つ持ち、残りの1つをブレッドが持つ。

王様と妖精騎士のそんな姿を回廊を歩く人達は驚いて足を止めるも、すぐに内郭に消えた四人の姿に今のは一体なんだったのだろうと首をかしげるだけだった。

そしてランは気軽な服装に着替え、ランの帰宅を知って様子を見に来たジルに苗の箱を持たせてアデル達が住まう北側の外郭に足を運んだ。

ランは片手にブーケを持つのをディータでなくてもちらちらと見て首をかしげる。

それをどうするつもりだろうか。

ランの説明ではオリヴィアが作ってくれたブーケだと言う。

オリヴィアとアデラとの接点がない今はそれはランにプレゼントされた物と見ても間違いないだろう。

だけどそれをなぜ持ってアデラの所へと向かう?

嫌な予感しかないと言うか、何というか。

ちらりちらりとブレッドとジルへと視線を向ければ二人ともすでに理解してか途方に暮れた顔。

やっぱりこの意見で正解ですかと保護者二人の様子に頭をかきむしりたくなる中ルーティアだけが三角関係ですか?と意味ありげに笑みを浮かべていた。

あああ、胃がいてぇ……

この後どうなるか心配するしかないが、仕方がない。ランは正真正銘の13歳の男の子だ。

まだ恋愛の経験すらないだろう男の子だ。

女の子の心の動き何て一切読む事の出来ない、まだそんな段階なのだ。

とりあえず黙って知らない振りが一番だろうとランの隣を黙って内郭から近道すればすぐにアデラ達が住まう北の外郭へと辿り着いた。

既に夕食を終えたのか、子供達の声が響く部屋にノックして顔を出せばアデラ達は驚いた顔を見せるもすぐに紳士淑女の礼を持って俺達を迎え入れた。

初対面の時とは比べ物にならないくらいの丁寧な応対にルーティアは口の端を釣り上げて笑みを浮かべる。自慢の教え子達と言うように。

その辺のツッコミはもう誰もがスルーしてランは部屋の隅へと苗の箱を置いていた。


「夜を迎えてしぼんでしまった物もありますが、朝になればまた花を咲かせましょう」


花にも詳しいジルの説明に


「約束してたのに遅くなってごめんね。

 どんなお花がいいかわからなくって、とりあえずこれだけ持って来たけど足りないかな?」


オリヴィアの家の花畑から譲ってもらったとは聞いていたが、一体どんな所かと気にはなるものの、約束の時間に来れなかった理由がこれだけの色とりどりの花を持ち帰る為と言うのならアデラでなくても感動して目がうるうるとしてしまうのは仕方ないだろう。


「こんなにも!

 どれもガーランドでは見ない物ばかり、ありがとうございます!」


感動するように胸の前で手を組む立ち姿に誰もが心の中で突っ込む。

惚れただろ、と。

子供達も初めて見る花を触らないように、でも興味が止まらないと言うように箱を囲んでいる中、ルーティアが子供達に絵でも書くように進めれば子供達はあっという間に紙と色鉛筆を取り出して早速スケッチを始めるのをみて、近くこの北の外郭のどこかにこのスケッチが張り出される様子が目に浮かんだ。


「それとお土産。お部屋に飾ってよ」


色とりどりのブーケをレツはアデラに渡した。


「レツが私に?」

「女の子ってこういうお花好きでしょ?」

「ええと、はい。その……好きです」


その好きはどういう意味ですかアデラさん?

顔を真っ赤にして言う言葉ですかアデラさん?

言葉濁してるようですが、陛下には一切伝わってないですよアデラさん?


大人三人の途方に暮れた視線から何も気づいてないよと言うように俺はそっと視線を外して子供達に混ざって箱の中に入れられたままの苗を見る。

とりあえずこの木箱はそのまま使えそうだ。

一枚の紙とペンを貰って必要な物を書きだす。

まずは土、そして軽石。あと名札を作ってもらって、この木箱をプランター代わりにせっかくもらった苗を育てて種を取って見よと考えながら、未だもじもじしているアデラを見ないふりをしながら、早く誰かが「帰ろう」と言う合図を出すのを待つのだった。




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