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ガーランドのドヴォー

この話で年内はラストになります。

皆さん良いお年を~

「ガーランド皇国、精霊王より与えられた地図には与えられた当時記入時の国名が刻まれたままになっているが、戦好きの血筋の為に皇族直系の血は途絶えたものの周辺の地図にも書かれなかった小さな国を吸収して既に600年以上過ぎ、今はガーランド国と呼ぶのが一般的だ。

 関係ないけど各国がもつ地図だが結構いい加減だから紛争が絶えないんだ。

 一応フリュゲールは周囲を囲む山の峰と、山から流れる幾筋の川を境にしている。

 戦争によって川を確保した所が国境と言うしょうもない協定これがガーランドと戦争が絶えない理由の一つでもある。

 今は川の水の量が豊富なのがうちで、すぐ干からびる川がガーランドと言うおおざっぱな目安が境界線だ」


アデラ達と共にブレッドに隣国の事を学ぶ機会を作ってもらった。

想像以上に適当でびっくりだろと言われて頷かずにはいられなかった。

アデラはしかめっ面のまま黙って耳を傾けるものの、アデラ以外の子供達は初めて聞く国の逸話に好奇心旺盛に黒板をかじりつくように眺めていた。


「ブレッドせんせー質問!

 ガーランドって実際はどんな国なの?」

「ユキトか。俺に聞くより住んでいた奴らに聞くのが一番じゃないのか?」

「なるほど!で、ガーランドってどんな国なの?

 何か美味しいものある?

 ガーランドに行ったら何をお土産に買えばいい?

 あ、ガーランドならではの服ってあるよね?

 どんな格好してるの?」


矢継ぎ早に質問攻めにすればガーランドの子供達はきょとんとしてそれから次々に口を開く。


「ガーランドの山にはベリーヌの実って言う赤い小さな実があって、シロップで煮詰めるの!

 ちょっと酸っぱいけど甘くておいしいの!

 お肉につけても、パンにつけても、お茶に入れてもおいしいの!」


イメージはイチゴジャムでロシアンティーか。


「俺はランジュの実を薄く切ってシロップ漬けにして乾燥した奴が好き!

 そのまま食べてもいいし、誕生日の時ケーキを焼いてくれる時に小さく切った奴が入ったのが大好き!」

「私もランジュのシロップ漬け好き!」

「僕も!」

「おやおや、皆さんシロップが好きなのですね」


塩も高価なので甘味も高価のはずですと呟くルーティアに


「シロップはガーランドのどこにでもあるオージェの木を傷つけて、樹液を煮詰めて作るんだ」

「どの家もみんな庭にオージェの木があって、自分達で樹液を集めて煮詰めて作るんだ。

 だからどれだけお腹がすいてもオージェのシロップで冬は凌げるんだ」

「それは素晴らしい」


話を聞く限りではメープルシロップみたいなものらしい。

ユキトの故郷では輸入に頼りっぱなしの高級品だが、どうやらガーランドでは標準的な食べ物らしい。

と言うか、それで冬を凌げるってどれだけ栄養素高いんだと感心さえしてしまう。


「じゃあさ、もしガーランドに行けたらお土産に何買えばいい?

 特産っていうの?

 ほら、木彫りとかそう言った産業ってあるだろ?」


例えば冬の長い国では家具作りが盛んになったり、独特の模様を持つ衣類が発展したりと期待して言えば、子供達はみんな目を合わせて沈黙する。


「ガーランドではそのような物は在りません。

 しいて言えば製鉄が得意でしょうか。

 ……戦の絶えない国なので勝つために磨かれた技術です」

「だけどさ、それだけの技術だって、他に使い回しできるだろ?」


鍋とかフライパンとか包丁とか。

キッチン用品から離れられないのは何故かと思うも


「そのような物に使う技術ではありません。

 戦に勝って、その戦利品が我が国を潤します」


くいっと顎を上げて誇らしく言う彼女はまさに王女だった。

が、そんな物は誇るべきものではなくて


「なるほど。戦って奪うだけの低能な知能しかなければ豊かにもならないのは当然ですね」


バッサリとルゥ姉が気持ちよく言い切った。

いきなり話終わらせちゃだめじゃんとレツにも睨まれる中


「低能な知能って何よ!

 我らが先祖まで馬鹿にするのですか!」

「はい。

 と言うか、自ら汗を流して生み出そうと言う発想はないのですか」


やれやれとこめかみを抑えながら首をふるルゥ姉に


「皆血を流して命を懸けて戦います!」

「私が言っているのは血と命を懸ける前に畑を耕したりはしないのですかと聞いてるのです」

「畑何てオージェの木を切ってまで広げる物ではありません!

 オージェの木があればガーランドの民は生きていく事が出来るのです!」

「その結果が痩せに痩せて捕虜の代わりに差し出されたお前らだったのか」

「ぐっ!」


ブレッドの言葉についに言葉をつまらせてしゃがみこんだアデラはきつく口を閉ざしてしまい、視線すら合わせようとしない。


「所で、何で畑を否定するの?

 確か農耕民族って話を聞いた覚えがあるんだけど」


近くに居た子供も中でも年長者の子に聞けば昔の話だよと言う。


「ガーランドにはドヴォーって言う魔物がいるんだ。

 無事にやっつけて仕留めればドヴォーは美味しいんだけど、大人ぐらいの大きさだし、あいつらの毛がもこもこしてて剣も槍も通りにくい。

 群れで暮す奴らが現れるとやっと芽吹いた草を全部食べつくして移動してくから、畑何て作ったらあいつらが集まる原因になる」

「ドヴォーか。ガムザ山脈を越えたあたりから見かけるな。

 年に一匹か二匹ほど迷い込む奴がいるが、西北のイエンティのじいさんが農場を荒らしていく頭の痛くなる奴だって言ってたな」


俺は生きてる姿は見た事はないがと言うが


「フリュゲールにも魔物出るんだ」

「そりゃ群れを追い出された魔物とか、縄張りを奪われた魔物が命かながらこの結界に歯を食いしばって乗り越えてやってきたりもする。

 年に数件の話だが、魔物も生きるのに必死だって話だ。

 もっとも見つけ次第駆除するがな」


ブレッドの説明に子供達は羨ましいと視線をキラキラとする。


「で、そのドヴォーって言う魔物は食べた後どうするの?」


聞けばブレッドは当然と言う顔で


「疫病の元になるからちゃんと燃やして川に流すぞ」


土葬ではないらしい。

じゃなくて


「話聞くけどドヴォーってもふもふの毛だろ?」

「縮れて獣臭が酷いと聞く」

「それを使おうって気はないの?」

「仕留める時に血まみれになるだろ」

「って言うか、ドヴォーを飼いならそうとか考えないの?」

「あいつらは魔物だぞ。人に懐くと思ってるのか?」

「やった事は?」

「あったら参照にするさって言うか……」

「面白い。魔物を飼いならそうと言うのですか」


ルーティアがにやりと笑う。


「いや、ちょっと待て!

 飼いならすなんて、入れ知恵か?!」

「そう言うたぐいの話はいくつか知ってるけど?」

「実践とは面白い。

 試してみる価値はありそうですね。

 この子供達の成長にももってこいですね」


ルーティアがすくっと立ち上がれば、一体今度は何をするのと言うようにそっぽを向いていたアデラも含めた子供達がルーティアを見上げ、話を聞く様に姿勢を正す。

謎の教育が行き届きすぎている気がする。


「ブレッド、とりあえず陛下にお頼みしてガーランドの王に連絡を取りなさい。

 我々と一緒にドヴォーの狩りをしましょうと」

「狩りなんてしてどうする」

「ドヴォーの肉をみんなで頂くに決まってるでしょう」

「絶滅する日は近いね」

「そんな日は在りません」


子供の一人が言った。

何故です?とルーティアの視線に年長者の子は口を開く。


「ドヴォーは半年ほどで大人になっちゃうんだ。

 年に二回子供を数匹産んで、群れを大きくするんだ。

 普段は山頂の方に住んでいるけど、子供を産むのに草が豊富な所まで降りてきて、その体格より低い植物なら何でも食べるんだ」

「肉食じゃないんだ」

「そう聞くとあっという間にドヴォーで埋もれてしまいそうですが」

「山頂の方で子育てするし、足場が悪いからがけ崩れが発生したりで落下で死んだりしている。

 他の魔物にもよく食べられるし、ガーランドでは弱い魔物だよ。

 だけどその体格のせいで殺すのが困難に近くて、魔物の脅威度のランクでは上位に記されてるんだ」

「アデラ、貴女はドヴォーの事を知っていて?」


突然ルーティアはアデラに話を振るも


「ドヴォーの事は知ってますが、そう言った事は……」


生態まで知らないと言う。

ちなみにアデラ以外の子供も同様だった。


「となると、ラウルの言った事はあまり知られてないようですね」


ラウルと呼ばれた少年は確かにと言う自信を持った顔で頷き


「あいつらは半年ほどで大人になって、草を食べながら大きくなっていく。

 どれだけ大きくなれたかでメスの交尾相手に選ばれるんだって、父さんが言ってた」

「貴方を思ってよき教育者でもあるお父様に感謝しなさい」

「はい」


言いながら顔を曇らせる。

きっと、父を思って、父を偲んでの物だろう。


「さて、とりあえずドヴォーの件はガーランドの王に話を取り次ぎ次第また話をしましょう。

 では今日は解散。

 アデラ、みんなに昼食の用意をさせなさい」

「承知りました」


淑女の礼をすれば全員が授業の終わりと紳士淑女の礼をとる。

うん。

一体この子達をどう教育させたいのかよくわからなくなってきた。

アデラの指示に子供達が食事のテーブルを綺麗にして食器をならべていく。

飲み物を注ぐ子がいれば、持って来た鍋から器によそっていく子もいる。

ナイフとフォーク、そしてスプーンをならべたりと規則正しく食事の用意する子供をブレッドを始め俺もレツも愕然とした気持ちでそれを眺める。


「軍の奴らでも、ここまでテキパキやらないよな」

「学校の子よりもみんな丁寧だよ」

「って言うか、どんな躾って言うか、ルゥ姉はこいつらを将来どうしたいんだよ」


頭を悩ませる中ルーティアは笑う。


「アデラの兄のガーランド王の側近程度になれるように躾けています。

 まぁ、アデラはガーランド王の頭脳になれるぐらいの才女にして見せましょう」


瞬く間に用意の出来た食事の準備を見守って、から俺達は部屋を後に、向かうは上官用の上品なダイニング。

相変わらず人はいない。

その中でのぽつんとテーブルに着く姿はすぐ見つかり、探すまでもない。

子供達の食事の準備を見守ってからここへとくれば既にアルトもジルもテーブルに着いて話し込んでいたせいか俺達の到着に気づくのが遅かったが。

何度か使ううちに大体決まった席に着き、アルト達はドヴォーの狩りの話を聞いて苦笑を零さずにはいられなかった。


「まぁ、ガーランドにはゼゼット団長とグラナダ参謀が居るから問題はないだろうが」

「団長?参謀?」


団長はブレッドの役職では?参謀なんて役職あったの?と問えば


「ああ、旧体制の時の役職ですね。

 なんていうか、口がなれているのでつい言ってしまうのですよ

 今ではブレッドが一人でこなしていますけどね」

「そうか。団長を呼び戻して変わってもらえば……」

「団長と参謀のコンビじゃないとガーランドでやってけんだろ。

 お前が行ったら魔物の調査でとか言って仕事しないのは目に見えてるぞ」

「あー、魔物もちょっと興味あるんだけどな」


ブレッドはこの国には少ない生物の生態系をそれとなく気になるようで、ブレッドの書庫にはよその国で買い求めた魔物の特徴を示した図鑑を幾つか所持していた。

マニアックさでは国の図書館よりもコアな部分もあったりする。


「それよりもドヴォーなんて狩ってどうする。

 大量に干し肉でも作るつもりか?」

「って言うかさ、この世界の人って、どうして殺してお終いって言う考えなのか、俺には理解できん。最後まで使い込もうぜ?」


溜息が出てしまうのは仕方がないだろう。


「魔物なんて勝手に繁殖して増殖する生き物だ。減らさないと増える一方だぞ?」

「いや、俺が言いたいのはなんで利用しないのかって言う話だよ」

「利用ねえ」


魔物を利用するという事がまず想像できないらしい。


「ユキトの世界じゃ魔物はいないけど、野生の動物を飼いならして家畜として飼っていたり、改良して愛玩動物にまでして見せたぞ」

「まぁ、我々も野生動物を牧場で飼ったりもしますが……」

「家畜まではしないな」


大概の労働は馬や牛に似た動物が力を貸してくれる。そう言う動物はまず食料としない。

基本は魔物が肉系の食料で、魔物がほぼいないこのフリュゲールでは魚料理の方が多い。

その他の肉のメインは野生の鳥を捕まえて、大きな鳥小屋に放し、食料とする。

基本育て食べると言う概念が無いのかもしれない。


「まずドヴォーの群れから子供を連れ去る」

「魔物とはいえ母親のドヴォーが必死に取り戻しに来るんじゃないか?」

「母親は仕方ないから死んでもらおう。

 それより群れで暮しているって言う以上ひょっとしたら群れの仲間の奴らが取り返しに来るかもしれない」

「確か数十から数百の群れをつくるんだったな」

「なるべく小さい群れを狙うしかないですね」


食事しながら血なまぐさい話をしていれば給仕の顔が何処か青ざめていた。


「うまく子供でドヴォーの群れを誘導して柵の中に閉じ込めたい」

「どれだけ木を切り倒させるつもりだ……」

「まぁ、それは俺が魔法で穴を掘ってそこに落とすって言う作戦とか、谷間に誘導して挟み撃ちすると言う作戦もあるが、軍の人達の肉壁と言う最終手段が必要かも」

「それだけはやめてくれ!」


ブレッドが怖い顔してダメ出しを言う。

まぁ、当たり前だけどおっかなすぎるよ。


「とりあえず一カ所にまとめて捕まえたいんだ。

 なるべく殺さない方向で、燃やすのも禁止で」

「注文が多いですね」

「できれば一度練習したいかも。

 って言うか百聞は一見にしかず。

 見てもらった方が判りやすいよなー」


「だったらさ、練習してみようよ」


ランの言葉に俺達は食事の手を止める。


「うん。その方が手っ取り早いならドヴォーを捕まえよう!

 軍の訓練場でみんなちょっと待ってて」


お願いしてくるねと言葉を残して食堂を後に一人何処かへと駆け足で出かけて行ってしまった。


「待っててって言うか、待て!」

「ラン!どこに行くつもりですか?!行先をちゃんと言いなさい!」

「いやな事しか思い浮かばんぞ……」

「おやおや、面白い展開になりそうですね」

「あー、内郭に入って行ったぞ?

 一体何するつもりなんだか……

 まだ追いつくんじゃね?」


席を立って止めようとするも、追いかけなくていいの?と窓から見えた光景を指さすも、また席に着き、終わりかけの食事を手早く食べ終えて再度席を立つ。


「今更追いかけてもどうせもう追いつけない。

 それより今どの隊が残っている?」

「とりあえず私の所とアルトの所は確保できます。騎士団も半分はいるはずですよ」

「可能な限り訓練場に集合させろ……

 みんな待っててとのお達しだ」

「みんなって俺達じゃなくって軍と騎士団全員なんだ」


何処か重い足取りでブレッドの執務室へと向かい、待機していた方達を走らせて、にわかに城内が騒ぎ発つ。

そんな連絡業務が一刻ほど過ぎれば、城内に待機していた軍の人達は任務中の人以外が集り騒然とする中、軍の大訓練場上空に影が走った。

誰ともなく空を見上げれば青空よりも濃い一条の光。

緩やかに形がうねりながら静かに上空に停滞し、一人の人影が飛び降りてきた。


「お待たせ!

 たぶんドヴォーって言う魔物捕まえてきたよ!」


あああ、陛下また……という、どこか絶望交じりの声が迎える中一本の棍を握りしめて、頬に、全身に砂埃をつけてランが現れた。

当然のように頭にはシュネルが定位置と乗っている。ぶれない定位置だ。

ブレッドを始め誰もが沈黙する中


「ひょっとしてこの短時間でドヴォーを陛下が仕留められました?」


ルゥ姉が呆れて聞けば


「うん。ドヴォーって初めて見たけど、雲みたいにもっこもこでさ、難易度ランク高い理由理解できるよ。

 場所次第じゃこの棍が半分以上も埋もれるから力の入れる場所が判らないんだ。

 ついでにオージェの枝を貰って来たよ。

 たまたま近くに居た人に聞いたから間違いはないよ」


はいと俺に手渡し、オージェの幹を鉛筆みたいに削ってがりがりとかじり、あまーいと幸せそうな顔でかじりながらそう説明するランに周囲の軍の皆様はドン引きだ。

サトウキビだなと認識を改めて咥えてみればメープルシロップにも似た甘みを覚えるけど、王様が木をしゃぶる光景とか、一匹とは言え一人で魔物を捕獲してきた事とか、というか


「アウリールは手伝ったの?」


聞けば今だドヴォーを捕まえてるドラゴンの姿の彼に向かってランは言う。


「アウリールはただ僕をガーランドまで乗せてくれて、帰り道にドヴォーを持ち帰ってもらっただけだよ。

 ガーランドまで連れて行ってもらったのに、捕獲までお願いするのは悪いじゃん」

「あー、普通ならそんなお願いも問題ないと思うんだけど……たぶん」

「そう?」


自分だけ楽したらアウリールに悪いじゃんと言うランの言葉にブレッドはがしがしと髪をかきむしりながらうちの陛下ときたらとか呻く。

どうやらこの国の人達はこの国の人達の心労があるらしい。


「で、このドヴォーをどうする」

「どうするの?」


ブレッドの言葉にランが俺を見上げて問う。

どうやら本当に練習するつもりらしい。

まずは見本を見せてと言う期待に満ちた赤の視線に俺は溜息を零して、剣を取り出す。


「ねえ、ルゥ姉。

 この剣のキレ味持続する魔法ってある?」

「この剣なら既に持続魔法を組み込んで作ってあるので別段問題はないですよ」


実験で作った旅の初めからの数少ない仲間を掲げて広場の真ん中へと足を進める。


「アウリール、ドヴォーを放して」

『招致』


頭の中に話しかけられてきょろきょろすれば「それはアウリールの念話だよ」とランの説明にこれが?!と感動している合間にもドヴォーはアウリールの鍵爪から解放されて広い訓練場に落とされた。

落とされたとはいえ、さすが魔物と言うか、無事着地をし、近くに居る俺へと標的を決めたようだ。

ドヴォー!と鼻息荒く一吠えする。

って言うか鳴き声がドヴォーってまんまかよと突っ込んだ声はたぶん全員が一致だ。


「ディ!援護が必要なら言えよ!」


ブレッドが声をかけてくれる中剣を持つ手を振り回して返事をする。

その合間にもドヴォーは俺へと向かって突進……と言うか、空の旅が堪えたのかふらふらした足取りの突進を俺へと向ける中しっかりとそのドヴォーの姿を観察する。

羊の様な白い縮れ毛は何年も伸ばして表面は薄汚れ、そして絡まり、天然のフエルトのようになっている。

頭には角が対でぐるりとまかれて突進すれば突き刺すようになっている。

蹄は馬のように大きく、そして目つきはすこぶる悪い。

大人ぐらいのもこもこぶりだが顔はそのうちの半分当たりよりやや下気味。

ひょっとしたら時々ニュースで取り上げられる群れを離れた羊の姿が話題になるがあれなのか?あれでいいのか?と考える中、目の前まで突進してきたドヴォーの突き出した角を捕まえた瞬間


「せぇぇぇえ……のおっ!!!」


ぶっ飛ばされないようにして、何とか足をひっかけて横向きにひっくり返したいわゆる足払い。

大丈夫。

まだユキトだった頃、近くの知り合いの農場にじいちゃんに連れて行かれて羊の毛刈りを何度も手伝わされた事がある。

もし野良羊に襲われたら大変だから対処できるようにしっかりと学ぼうとありえない状況とわけわからない理由をつけて毛刈りを手伝いさせられ続けて数年。

じいちゃん、あんたの教訓役に立ったよと心の中で涙を流しながら空に向かって四肢をぴんと伸ばして硬直するドヴォーを見下ろす。


「想像通り!ドヴォーって奴どころか鳥もだが野生であれば普段ありえないかっこうさせると身動きが取れなくなる!」


おおー!

周囲から歓声が沸き上がり


「そしてこの剣で……」


顔の周辺には毛はないが、首筋から毛深くなる根元に刃を当て、皮膚の表面を滑らせる。

カミソリとかハサミだったらもっと使い易いと思っていたのだが、想像以上に切れ味の良い剣に作業は難なくはかどる。

と言うか、この地味な作業にみなさん驚いたように目をぱちくりとする中、一体彼は何をやっているのかと言うさざめきが耳に付くようになった。

勝手に言ってろ、と心の中で悪態をつきながらも所要時間約10分程度でドヴォーの毛を刈りつくしてやった。

ちゃんとドヴォーの形も残ってる。腕はなまってなかった。

体は小さくてもひたすら毛刈りさせられた経験値は衰えずといった所だろうか。

ちょっと虚しくなった。まあいい。


「ふふふ、もっこもこ魔物の正体見たり」


所々切り傷を負っているドヴォーの丸裸の姿は痩せこけた大型の犬のように貧弱で


「えー、これがドヴォーの真の姿?」


ランが人型に戻ったアウリールを連れてやって来た。

ドヴォーの足を用意してもらったロープでぐるぐる巻きにして身動きを取らせないままにしておけば、素っ裸の姿でプルプルとふるえ、戦意喪失していたのはなまじ知性が高いせいか、当然だ。

このドヴォーには不幸としか言いようのない一日だっただろう。


「で、このドヴォーはどうするんだ?」


ランに続いてブレッドはジルとアルトを連れてやってくる。もちろんほかの隊長さんもやってくる中


「ガーランドで捕まえて毛を刈った後は一年後にはまたもこもこになるはずだから逃がせばいい。

 それよりも見てよ。表面は汚いけど内側は真っ白で綺麗だ!」


ルーティアがその毛の塊りの一部を摘まみあげ


「確かに話に聞いた通り獣臭が酷いですね」

「そんなのは洗えばいい。

 誰か糸を紡げる人いる?」


聞けば色んな所で手が上がるのを見て


「誰か手伝ってくれる人来てもらえる?」


言えば女性を中心に集まってきてくれた。

やっぱりこういう仕事はこの世界でも女性の仕事らしい。

集められた人たちにこれで糸がつむげないか、ドヴォーの形の残る毛玉を隅っこに移動してもらって試してもらう中


「このドヴォーって魔物を捕まえて、毛を刈り、綿花の代用品として糸を作ると言うのか」


アルトもルゥ姉と一緒にドヴォーの毛を縒るも、集まった人達みたいに上手くは作れないみたいだ。


「戦うしか能のないガーランドにドヴォーから毛を刈り、糸を算出させる技術で生計を立たせるようにするのさ」

「なるほど。

 で、ドヴォーを飼うと言うのは?」

「人に餌を与えられて飼われればいずれ懐き、闘争心も萎えていく。

 そんなドヴォーで何度か世代を繰り返させれば、人に従順な家畜になるのさ、たぶん」

「家畜となったドヴォーからは毛を取り放題、老いたドヴォーは肉要員になるわけですね」

「技術はこのフリュゲールにある。

 ガーランドの人達にドヴォーが生きる食料とお金と言う意識が広まればあっという間に駆逐は容易いし、畑も作る事もできる。

 俺でもああやって転がす事が出来るんだから大人となればもっと簡単だ」

「ですが、ドヴォーを飼うにも最初の投資するお金が必要になるでしょう」

「それは野生のドヴォーを捕まえてもらって毛を刈って、それをフリュゲールで買う。

 ノウハウの提供の代わりに労力を売ってもらうんだ」

「さっくりと言う割にはえげつないな」

「今まで考えなかった付が回っただけだよ。

 それにいずれは毛織物ぐらい自力で作れるようになって貰わなくちゃ。

 製鉄の技術力の高い国だから、きっと毛織物の技術も高い国になる。

 産業が発展すればフリュゲールを必要もなくなるし、人と戦う衝動はドヴォーで消化してもらえる。

 右も左も判らないうちの新しいガーランドの王様にお願いして確立させるようにすれば戦争なんてする暇なんてなくなる」


何て、上手くいけばいいなと心の中で付け加えれば難しい顔をしたブレッドが確かに、だが、なんてつぶやいている姿を見て、細かい事は任せれば大丈夫だと判断する中


「所でこのドヴォーはどうしましょう?」


戦意喪失、完全に挙動不審になってる魔物をジルは逃がすわけにはいかないですしねと困った顔で呟いていれば


「ガーランドまで連れて行ってくれたお礼にアウリール食べる?」


まさかのランの一言。

地面すれすれまで流れる髪をなびかせながらアウリールはドヴォーを眺めコクンと頷く。

あ、今よだれが垂れた……

じゃなくって。

手を伸ばすも少し考えるように手を止めた瞬間その姿が液体が崩れるように姿が溶けたかと思ったら、地面にではなく空へと登り、ついさっきまで空を駆け廻っていたドラゴンの姿になった。

なるほど!こうやって姿が変わるのか!

質量保存の法則どうした!なんてもの無視した変身に感動してその姿を見ていればアウリールはドヴォーを捕まえて口へと運ぼうとする中


「ちょっと待ってよ!ロープなんて食べたらお腹壊しちゃうよ!」


それはどうだろう?

魔物丸飲みなのにロープを気にするかと思う所だがランは懸命に待ってとロープを摂ろうとする姿に


「アウアー、ロープを切ってやれ」


ぴょんぴょんとジャンプしながら届かないと騒ぐランの代わりにアウアーがブレッドの胸元から出てきてその羽でロープを切る。

どう見てもアウリールの手も切れてないといけないはずだが、さすがはドラゴン。傷の一つもない。

無事ロープのとれたドヴォーをアウリールはそれは美味しそうに一口でぱくり。骨を噛み砕くように咀嚼した後、また姿がとろけるようにして人型に戻った。


「美味しい?」


ランの質問にどこか幸せそうな顔でコクンと頷く当たりやっぱり人の形をしててもドラゴンなんだなーと改めて考えさせられずにはいられない。と言うか、これは味を知ってる顔だなと少し引いてしまう。


「さて!」


パンとブレッドが手を叩けば周囲の視線が彼に集まる。


「話がまとまり次第近いうちに部隊を編成してガーランドと共同戦線を張り、今見たドヴォーを捕まえて毛を刈り、子供を飼いならし、一部を食料とする作戦を行う!

 希望者も歓迎だ!

 せっかく魔物と戦う機会、全員一度は当たるように再配をするつもりだからそのつもりで、以上!」


まじかー。

魔物狩りちょっと楽しそうだな。

ガーランド良い思い出ないんだよな。

寒いし空気薄いしやだなぁ。

ドヴォー美味そうだったな。


解散と同時に呟かれた言葉を拾えばめんどくさいといった所か。

まあ、ドヴォーを食べた奴らの感想聞けば参加したいに変るのは目に見えてるが、美味けりゃの話だ。


「上手くいくと良いね?」

「多分上手くいくでしょう。と言うか、あの綿毛の方はどうするつもりですか?」


未だよりよりと毛を縒っている集団に混ざれば糸は作れているみたいだ、ただし毛糸同様一本の糸は膨らんでいて、多分この国のイメージする糸とはずいぶんと違う。

そのせいか、糸を縒ってる人達は慌てて糸を縒るスピードを上げる。

説明不足だったなと縒った糸を何本かまとめて一人の女の子にこれを更に糸を縒るように縒ってとお願いすれば、三本ほどでまとめた糸は上手く絡まり、しっかりとした毛糸が出来上がった。


「よし!想像通り!」


頼りない糸からしっかりとした糸を作り上げれば女の子達はひっぱってもなかなか切れない糸になった毛糸に驚きを隠さずみんなで文字通り引っ張り合いをしている。


「おやおや、そんな太い糸を作ってどうするつもりですか?」

「あー、ユキトの所じゃこれで服が出来るんだ。

 寒い地方の知恵じゃないけど、技術次第じゃとても高価なものになるんだ」

「それはそれは」

「とりあえずこの毛糸を洗う技術と、多分刈り取った場所によって柔らかさも違うからそれで価値も変わるし、まとめて面倒見てくれるところはあるかな……」


これを保存する場所も必要だし、編み物の技術も必要だ。

レース編みはもちろん、普通の布もまだ機織りで作る世界だからきっと苦にはならないだろうが、女の子の嫁入りの嗜み程度にまで昇華できれば万々歳だ。


「まとめて面倒見るなら当然あそこでしょうか」

「新規の産業がなくって嘆いてたからな」

「耄碌するにはまだ早いし、後継ぎもたぶんこっちの方が性に合ってるだろう」

「って、誰のこと言ってるのさ?」


聞けばランを始め、全員が俺を見て


「そんなの八家、西北のイエンティに決まってるだろう」


当然と言った顔でブレッドが言えば全員が頷く。


「あの方は政治には全く興味を持たず畑を作ったり、糸の元になる綿花を育てる方がお好きでしてね」

「綿花を育て糸にするまでは好きなようだが、その糸で何かを作ると言うのが苦手でな」


第一次産業が好きなお家らしい。


「でも息子の跡継ぎの嫁さんだったか?

 布を染めたりするのが上手いんだよな」

「確かエンダース方面から嫁入りしたと聞きましたが」

「ああ、俺が子供の時の話だ。

 ただのしがない農家の娘だから、当時大騒ぎしてたのを覚えてる。

 結果イエンティにとってはこれ以上とない立派な嫁さんになっていたぞ」

「ああ、あか抜けない感じの。控えめで、他所の奥方に比べれば質素って言うのが似合う方でしたね」

「そう言う東北のノヴァエスの嫁取り問題はどうなった?」

「断る方が忙しくてどうなる事やら」


大・問・題!


ずれ始めた会話にルーティアは痛くなる頭に指を添えて


「とりあえずこれを見本として何とかならないか検討してもらいましょう」

「だね」

「団長と参謀にも話を通さないといけないし、説得もしてもらわないとな」


これから大忙しになる予定のはずなのに、重鎮達はのほほんと会話を楽しむそれがこの国の気質かもしれない事になんとなく気づいた今日この頃だった。


~おまけ~



ある日の午後、ご飯の時間だと学校に行ってるランの帰宅を待っていれば賑やかな声が近づいてきた。

何だろうとブレッドの書斎で仕事を手伝わされている手を止め、扉が開くのを待っていれば


「ただいまー!

 ディ、今日これからみんなと一緒にシェムエルの森に行こう!」

「えー、ご飯は?」


腹減ったと訴えれば小さいとは言えないバスケットを背後にいる背の高い集団の方々がひょいと見えるように持ち上げ


「お弁当は用意してもらってるんだ」


既に準備万端と言う顔にだったら行く!と席を立てば、すぐ隣でも席を立つ音。


「陛下と子供達だけじゃ危険だからな」


いそいそと外出しようと用意しだすブレッド。

だけど、室内で一緒に仕事をしていた人達全員がブレッドに飛びつき


「行けると思っておいでですか?!」

「行かせると思っておいでですか?!」

「あんた森に行ったら数日は帰ってこないつもりでしょう!」

「今日と明日の締め切りの書類がどれだけ残ってるのか知ってますか?!」

「んなのジルに押し付けろ!

 俺は、俺は森に遊びに行きたいんだ!」

「私が何ですって?」


ラン達の一番背後に書類の束を装備したジルがブレッドを見下していた。

マジ怖い。

ちょー怖い。

ランと同じ制服を着た4人は確か同じ教室にいたと記憶を手繰り寄せたうろ覚えの顔ぶれは、そんなブレッドからそっと視線を外し、ランは俺の手を握ってこの場からそっと連れ出してくれた。

無情にもドアは閉まり、ブレッドの何とも言えない絶叫が聞えたかもしれないけど、みんなには聞こえてなかったようなので、俺も右に倣った。




「それよりもシェムエルの森に行ってどうするの?」


聞けばシュネルを頭の上にチョンと乗せたランが


「妖精を捕まえに行くんだ。

 僕と、彼女オリヴィアには妖精がいるけど……

 メガネかけてるのがディック、彼女がフラン、そしてテオにはまだいないから。

 妖精と出会いにシェムエルに行くんだ」


簡単な紹介だったが、メガネキャラのおかげでスムーズに理解できた。

これはこれは一体どの組み合わせだろうと下世話な想像が止まらない所だが、


「オリヴィアの妖精ってなーに?」


小首かしげて聞けば


「生意気な口のきき方だけどまあいいわ。

 私の妖精はこのフェイヘイのレアードよ。

 氷を作り出す事が出来るの」


首の周りにマフラーのように巻き付いていたそれは呼ばれたと思って顔を上げてオリヴィアの顔をぺろりと舐めた。

やべ。

オリヴィアの口調はとりあえずスルーしといて、フェイヘイ可愛い。レアード、オスか?

キツネネコみたいな真っ白の外見もちょー可愛いのに、名前を呼ばれてほっぺにぺろりなんてちょー羨ましい!

あまりにがんみでフェイヘイを見つめていたせいか、オリヴィアと呼ばれた少女は仕方がないと言うように自分の首からフェイヘイを外して俺の首に巻き付けてくれた。

腹!

腹毛ちょー気持ちいい!

何このすべすべな毛なのに巻きつけた瞬間から暖かくて、絶対体温だけの暖かさじゃない。

毛並みも美しいと言うようにちゃんとお世話されているせいか獣臭さもないし


「かわいいー!!!」


アンゴラうさぎ並みの感触だ!とだけは言わない。

思わず頬ずりしてはしゃぐ俺にフェイヘイは逃げ出しそうだけどそうはさせない。

前足と後ろ脚をガッツリと掴んでもふもふしていればオリヴィアから「ほどほどにしてあげてね」との忠告。

その忠告にはしたがって居る間にランが内郭にちょっと立ち寄って戻ってくればその腕の中にはシルバーがいた。


「お外に行く時の約束だよ」


頭の上にウェルキィのシルバーを乗せられた。

二匹はさすがに重い。

そして何気に一気に蒸し暑くなった俺をオリヴィア達は可愛そうな子を見るように見るだけで何も言わないまま歩きだした。

これ、なんていうプレイですかと聞くべきだろうか。

いや、いつも遊べるシルバーはともかくフェイヘイは離れたくないし、そんな葛藤。

途中すれ違った外郭で働く人達の視線はもちろん、偶然にも会ったアルトは部下の足を止めて俺を暫くの間眺め


「レアードはオリヴィアと一緒に居なさい。

 シルバーは、空を飛べるんだからディの頭の上で怠けるんじゃない」


レアードと呼ばれたフェイヘイは嬉しそうにオリヴィアの方にぴょんと飛び乗りするりと首に巻きついた。

ちょっとだけ暑苦しそうな顔をしている所、やっぱり暑苦しいんだろう。

そして、シルバーは俺の頭からアルトの手によって剥がされてそのまま宙に放り上げられる。


「空を飛ぶのが下手だとヴィンとティルルが嘆いていた。

 甘やかすんじゃないぞ」


俺に念を押して去って行ったアルトとその部下の人達を見送ってその姿が見えなくなった頃


「アルトが仕事をしてる……」


思わず呟いてい待った俺の一言に


「そう言う日もあるんだよ」


とランの声に誰もが視線を反らした。

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