セリザワユキト
前回が長かったので今回は短いです。
マーダーの屋敷までの帰り道は恐ろしく静かだった。
疲れ切っていたのもあるが、やはり原因は俺が一因となっている。
ランと知り合ってからはいつも隣で何気もない話で大笑いしていたのだが、今はブレッド達によってあまり広くはないフェルス背中の上で一番遠い距離に配置されている。
なんだかどうでもいいや。
目を閉じてうとうとと仕掛けた思考は少しの間だけ落ちて、いつの間にかマーダーの屋敷に着いていた。
返り血も浴びていたので先に急いで風呂を借りて、出された簡単な料理を口へと運ぶ。
疲れ切った体に薄味の料理はこの上なく優しかったが、この後の事を思えば胃がきりきりとして食事はあまり進まない。
何処か心配げなランの視線と何度かぶつかるも、ただひたすら静かな食卓に誰もが沈黙を守るだけだった。
そんな味のわからない食事を済まして全員で最初にランに用意された部屋へと向かう。
セバスチャンにお茶だけ用意してもらって雪兎の名前を知っている人間だけを集めて、尋問が始まる。
いや、ランの頭を巣とするシュネルがそこにちょこんと座っていたが。
「さて、セリザワユキトでしたね。
何時からその体の中に住み着いたのですか?」
まるでこれぞ魔女裁判だなと思いながら
「ルゥ姉と知り合う直前。 高熱出してぶっ倒れた時」
ジルが会話をメモしながら、その丁寧な筆跡が会話を書き留めるのを待ち
「その体の持ち主のリックはどうしました?」
暗に殺したのか、体を則ったのかと言う質問だと思い
「消えた…… としか言いようがないな」
思考の中の出来事を正直に言うとそうなる。
「で、あなたは魔族ですか?」
たぶん一番気にしている所だろうその言葉に首を横に振り
「ただの人だよ」
伺わしい視線に俺はさらに言葉を続ける。
「ただし、この世界の人間じゃないな」
ぴゅる……
シュネルが一声奏でる。
ランは少しだけ難しそうな顔をして
「異世界から来た人、異世界人…… って言うんだって」
シュネルがそう言うんだって教えてくれた事をランが付け加える。
「その異世界人と言うのは体を乗っ取って成りすます生き物なんですか?」
本や漫画にありふれた異世界人と言う言葉はこの世界には全くと言ってもいいほど耳慣れない言葉らしいのか、さすがのルーティアもブレッドも理解しがたいと言う顔をしている。
「普通の人間さ。
魔法も使えず、そして人の親から生まれる人の子供で、その辺はこの世界の人間と変わらないな」
「で、何でリーディックの中身がすり替わるのです?」
静かにだが怒りを表しているルーティアにこの世界にはない考えを理解してもらわなければいけないと言うめんどくさい言葉を頭の中でまとめて
「これは俺の世界の宗教と言う考え方の一つになるんだが……」
そう前置きをして説明を始める。
「俺の世界には輪廻転生っていう考えがあるんだ。
まぁ、簡単に言えば人は生まれ変わる。
正直宗教なんて数もあるし詳しい事はしらないけど、これをざっくりでいいから理解して話を進めてもらいたいんだ。
人は命を宿して産まれて死んでいく。
だけど、その一生を終えるまでに疲れた命の形を魂と言おうか。
魂に刻み込まれた記憶や思いを総て封じ、純真無垢なまでに清めて、また命として人の子に宿る。
そんな魂の無限ループと言うかリサイクルだ。
そう言う一つの考えがあるという事を前提なんだが、俺は前の世界で死んだ」
ランだけではなく、カールもイゾルデまでもが目を見開く。
ランならともかく予想外の二人の反応に少し意外と思うも
「学校の帰り道に、川に渡した橋が崩れてそのまま流されて溺れてそれ以降の記憶がない。
だから俺はそこで死んだと今は認識してる。
そして気が付いたらリーディックの記憶と混在していた。
魂の記憶って言うんだろうな。
雪兎の記憶にリーディックは面白がったし、俺は今も判らない事はリーディックの記憶に頼っている。
だからすり替わると言うより、リーディックの前世の記憶が雪兎。
中身が入れ替わると言うより人一人の中に二人分の情報が入っていると言う見方が正しいと俺は思っている」
「で、それを私達に鵜呑みにしろと?」
「でなかったら俺に説明してくれ」
思わずやけっぱちになって言い返してしまうもこの程度でルーティアが動じるはずもない。
「帰れるものなら帰ってじーさんとばーさんに安心してもらいたい。
だけど帰ったってきっと葬式はもうしたはずだ。
俺の国では火葬が一般的だからな。もうわずかな骨しか残ってないはずだし、今更帰ったって素直に喜んでくれるわけもない。
さらに言えばこの世界の緩んだ管理能力程度ならまだしも、俺の住んでいた国じゃ、生まれてからの情報が徹底的に残されるんだ。
死亡した人間が戻るには難しい世界なんだよ」
やっと生まれた家に戻れると言う悲しいけど愛しい場所を思い出せば涙さえあふれてくる。
子供を失くして孫にまで先立たれるじーさんとばーさんの事を考えるだけで胸が張り裂けそうだ。
ただでさえ父さんと母さんが事故で死んだときの落ち込み様を見てきただけに、雪兎まで死んで泣いてなきゃいいけどと無理な願いを願ってしまうのだが……
「信じましょう。
とは言い切れませんが、理解はしましょう。
で、リーディックはどうしました」
再度の質問に
「あんたの前の家庭教師に国の状況を教えられて、その責任を総て押し付けられて、人には言えないような辱めを受けて、それをたまたま俺が知ってしまって以来どこにもいない」
肉体はもちろん言葉の暴力は10歳にも満たない子供には耐えきれなかったものだろう。
俺ももうその記憶を覗いてはいないが、あの変態の歪み様には雪兎でさえ反吐が出る。
そして忘れちゃいけない一言を加える。
「どっちにしてもだ。
あんたらの助けは遅すぎたんだよ」
腕を組んだルーティアの指先がトントンとリズムよく腕を叩く光景を何の温度も感じずに眺めていれば
ぴゅるる…… とシュネルがまた一つ啼く。
「シュネルが…… 嘘をついてるわけではない事は理解した。
その輪廻転生? 記憶を取り戻すパターンは限りなくないけど数百年に一度程度で起きているんだって。
異世界からって言うのはシュネルが知る所初めてのケースだけど、ありえない事ではないから全くの嘘ではないはずだ。 だって」
初めて聞かされる事に腰を浮かしてしまうブレッドだがそのまえにシュネルがまた囀る。
「これはこの世界の主たる精霊王の決めたルールだ。
人に教える義理もないし、それを管理するのは我々精霊だ。
一応ディの事は精霊達に伝えるが、この世界で生まれた肉体の管理者として我々は受け入れる事にしよう」
可愛らしい顔のランの口から普段から想像もしない落ち着いた調子の、どこか威厳さえ感じるしゃべり方に思わず眉間を狭める。
そして、宝石のような赤い瞳が今はその頭に乗る鳥と同じ色をしている事に気づいて、この言葉はランの体を借りたシュネルの言葉なのかと疑うも、そのあとなんて事もなくランが「勝手に人の口からしゃべらないでよ」と膨れてる当たり…… そう言う事なのだろう。
俺の転生も理解しがたい物だが、ランとシュネルの体の共有と言うのも理解しがたい。
魔法を始め妖精に聖獣、精霊、はたまた魔族と想像もつかない種族がいるのだ。
今更不思議不可思議な事に驚くのもばかばかしいものだが、それでも驚かずにはいられない。
そんなシュネルの言葉に誰もが言葉を飲み込んでしまうものの
「転生に異なる世界か……」
誰もが呟かずにはいられないキーワードを考えて一番に放棄したのはアルトだった。
「まあ、なってしまった事を今更巻き戻す事も出来ないし、セリザワユキトにもう一度死ねと言うのも酷な話だ。
だったらだ。
あのドレスを作った知識、それと塩と言った博学さ。
それらと引き換えにしても生かせる価値は十分すぎる。
判らん事は判らんし、俺達が知る事も出来ん以上ディータだろうがセリザワユキトだろうがまとめて面倒見ればいい話だ」
「投げましたね?」
「ああ投げるさ。
解明できない事に時間を使うぐらいならもっと建設的な事へと発展させるべきだ」
あまりに潔い言葉に突っ込んだジルでさえ苦笑を浮かべる。
「それに必要なのはその体だ。
中身なんてもともとが知ってる奴がいる方が少ないんだろ?
だったら何も気にする必要はない。
それにディータは一応これまでは我々の為に動いてくれていた。
今更気にする必要あるか?」
「ないな」
即答したブレッドの言葉にランがにっこりと、それこそよかったと言うような笑みを浮かべるのだから、つい俺まで笑みが浮かんでしまう。
そしてその流れにルーティアも呆れたと言わんばかりの溜息を吐き出して
「そうでしたね。
必要なのはその体とその体に流れる血です。
中身なんてどうでもいい事を失念してましたね」
あまりに投げやりな態度と言うか、どうでもよさ気と言うか、彼女本来の調子に戻ったと言うかなんというか。
芹沢雪兎についてはもう気に病む必要はないという事だ。
「だったらセリザワユキトの自己紹介してよ。
せっかく知り合ったんだからどういう人か僕は知りたいな」
にこにことすっかり冷めてしまったお茶を嬉しそうに口へ運ぶランに俺は改めて自己紹介する。
「芹沢雪兎。 芹沢が家名で雪兎が名前。
雪の降った日に母さんがもうすぐ生まれる予定だった俺の為に雪うさぎを作って遊んでた時に産気づいて生まれたから名前が雪兎なんだ」
紅茶で濡らした指先で懐かしい文字で説明すればこの世界にない文字に誰もが釘付けになる。
異世界の証拠と言うのだろうか、興味は尽きないらしくこの世界の文化レベルと雪兎の世界の文化の違い、そして魔法の代わりに発展した文明だったり、誰もが疲れているはずなのに俺が寝落ちするまで懐かしい故郷の話は尽きる事無く続いたのだった。
~おまけ 15.5話~
『切り裂け!シェムブレイバー!』
シェムエルの森の主でもある小さき勇者達の名をディータが大声で叫んだとたん
ブン…
低く唸るような音と共に悲鳴にもならない悲鳴と何かが崩れ落ちる音を耳が拾う。
ごとりと力ない音の一つが足元に転がってきて…虚ろな、現実を直視できない瞳と目が合った。
込み上げる吐き気よりも早く
「見ちゃだめだ!」
小さな手が頭を抱きしめて体全体を使って今起きた現象を見ないように妨害をする。
そんな室内でシュネルが言う。
「一撃で全滅か。末恐ろしいな」
美しい鳴き声とは別に聞こえる直接頭に響く声に何が起きたかが分かった。
僕を抱きしめる手は震えていて何度も見ちゃいけないと言うが、其れを言うディータの顔は暗闇でも血の気のない顔色で、視線が自分がした事を理解してるのだろう。
今にも泣きだしそうな瞳はただただ耐えるだけで、震えながらも俺にその光景を見せないように頭を抱きかかえていた。
チェルニとルクスが残す飛行時の魔力の残光が真っ暗な部屋でわずかな明かりの代わりになる。
静寂しかないこの部屋でディータはむせ返るような血の匂いの室内に吐き気を催すも何度も耐える。
怖かったんだねと手を伸ばすも、彼は凍り付いた表情のままで「レツは見ちゃだめだ」とただただ繰り返す。
ありがとう。
無性にその優しさにそう言ってあげたかったけど、人を殺してどんな理由があってもその言葉は使っちゃだめだと彼の過ちを正当化させないように飲み込む。
やがて聞こえてきたブレッドの声と、室内に飛び込んできたアウアーとプリムの光にホッと息をつく頃ディータは意識を失い、ぐったりと僕に向かって倒れてきた。
「ラン大丈夫か!」
ブレッドが僕の本当の名前を叫びながら駆け込んできた。
部屋の惨状なんてお構いなしに血の海を跨いでディータに押しつぶされている僕を発見し
「怪我は?」
「ディータのおかげでどこにも」
彼が守ってくれた事を主張する。
「ブレッド、ランは、これは一体…」
「随分派手にやったな…」
遅れてやって来たアルトとジルも眉間に皺を寄せて転がる遺体を足蹴にどけて道を作る。
「とりあえず俺の部屋に移動しよう。
ジルベール、ここは任せる。
外の遺体も全て丁重に帰国させる。
こいつらについては帰国後身元調査をしろ」
「了解。私の部下を使いますが……」
「手の空いてる者も使っても構わん。 とにかく夜明け前に、迅速にだ」
去っていくジルの背中を見送る事なく、既に自分の部下が部屋の周囲と中の調査を始めている。
危険な置き土産はないかと。
「ブレッド、行くぞ」
「ああ」
すぐに返事を返してその腕に抱くのは弟のようにかわいがっていたランセン。
「僕はちゃんと歩けるよ」
抗議する声が血でむせ返る部屋に響くもブレッドはふんと軽く鼻であしらう。
「そんなもん誰が信じられるか」
真っ青を通り越して真っ白になった顔色はベッドルームから出た先の明かりの下に辿り着けば誰もがブレッドの言葉を信じる事となった。
震えて、恐怖からか歯がうまくかみ合わないと言うようにカチカチと音がしている。
周囲が見ないようにとする空気の中ブレッドは颯爽と歩き、アルトの部屋へと潜り込んだ。
「怖かったら怖かったとちゃんと言え。
今は誰も人目がないし、この部屋なら大丈夫だ」
その言葉と共に堰を切ったように涙と嗚咽があふれ出す。
怖かった!
ディータを巻き込むところだった!
安全だと思ってた!
あんな危険な奴が来るとは思わなかった!
何度も殺されかけたからわかる!
本気で殺しに来た奴らだ!
殺すのが趣味って顔に書いてあった!
まだ続くのは判ってた!
だけど逃げ場のない所で!
シュネルの力が使えないあの狭い場所で倒せる方法を思いつけなかったんだ!
一気に出した言葉の後に肩で息をする姿を抱きしめる。
強く。
守られている事を理解できるように。
「ここまで何もなかったから大丈夫だと思ってた俺達の失態だ。
これだけ見張りを付けていたのにかいくぐってくるような奴が紛れ込んでいたのは……
俺達も想定外で…… すまん。 いいわけだな。
大丈夫。
これからは俺達がずっとそばにいるから。
ランはこの言葉を真に受けて笑っていてくれればいいんだ」
俺達はもちろん、その部下もみんな心からこの小さな王を愛している。
精霊に愛され、聖獣に守られ、妖精と戯れるこの小さな、まだ12歳の子供は人の欲望の中では存在を否定される。
だけどこの国の守護者と心を通わすこの小さな子供はそれに立ち向かわなければいけない。
理由なんてただ一つ。
この子供の存在のみがフリュゲールの国の存亡にかかわる故に。
この子供に流れる血と精霊王に与えられた地図がフリュゲールの証明。
どちらかを失えばこの国は精霊の加護を失い、いずれ地図が奪われ、何もない地を巡って戦地へと変わるのだろう。
「大丈夫。
俺達は絶対ランに怖い目に合わせない。
笑って毎日を過ごせるように、俺達がそんな理想の国を作ってやるから」
大丈夫。
お守りのような言葉を繰り返して行けばやがてしがみつく腕がゆるめられ、正装の上着からランの体温が離れていく。
「ごめん。みっともなかったね」
はにかんで見えるその顔を今度は俺から抱きしめる。
「そんなことないさ。お前はいつまでも俺の弟なんだから」
血のつながりも生まれた国さえ違うのに出会った時からずっと弟のようなそんな大切でかけがえのない存在。
ソファに並んで座って、疲れ切ってるだろう体を持たれ掛けさせるように引き寄せながら
「もうちょっとここでサボってからジルの部屋に行こうな」
「うん。もうちょっとサボってから、またいつもみたいにするから」
「本当ならこのまま朝まで寝たいな」
「それいいね。だけどジルが怒りそうだし」
「アルトよりめんどくさいしな」
「またデッキのカフェでケーキ食べたいな」
「安全が確認できるまでちょっと待ってろ」
「ちぇ。太陽の下でオレンジジュース飲んで、ケーキ食べて、みんなでなんて事ないおしゃべりできたら楽しいのに」
「いつの間にか難しい事になったな」
「昔は毎日当たり前だったのにね」
「まぁ、ぶくぶく太らなくてよかったんじゃねえか?」
「うわー、相変わらずブレッドの中じゃ僕は子豚なんだね」
「何言ってる。一年で随分大きくなったんだ。
何時までも子豚じゃいられないぞ」
「うわー、ほんとむかつく!
ブレッドも一緒に豚街道に連れ込んでやる!」
「なんだそれは…と言うか、俺は甘いもの好きじゃないからな。 まず大丈夫だろ?」
「うわー!ほんとむかつく!」
自然とあふれ出した笑みはまだ少し強張っているものの、調子としてはほぼいつもの通りに戻っている。
本当にこのままアルトと合流するべきかどうかは悩むところだがそんな平穏で楽しい兄弟の時間は突如終わらなくてはいけなくなった。
「おや? お二方はこちらにいらっしゃったのですか。
これはまた微笑ましい光景ですね。
アルトがそろそろこの一件について話をしてくださると言っていたのですが…
お茶を差し上げましょう。
飲み終えた頃合流すると伝えますのでしばしごゆっくりどうぞ」
何故かティーポッドを携えてルーティアの背後にたたずむヴェルナーがそっと視線を反らす。
ルーティアはそんなヴェルナーからティーポッドを奪い取り、紅茶を用意してまるで何事もなかったかのように去っていった。
何事もなかったのだが
「空気を読んでるんだか読んでないんだか」
深読みされても困るし、全く読まな過ぎも困る。
この光景がどのように彼女の目に映ったのか気にはなる所だが…… 恐ろしくて聞く気にもならん。
彼女とて立派な大人。
好きに解釈して勝手に納得するだろうと、せっかく用意してくれた紅茶を二人そろってゆっくりと飲んだ。




