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正直者よ、馬鹿となれ

室内は一種の異常なまでの緊張感に包まれていた。

口の端を釣り上げて笑うルーティアが口にした言葉のせいだろう。


『真実の審判』


そんな名前の魔法と真実だけの世界。

一体どうしたらこんな展開になったのかと、そもそもルーティアが何を知っているのかさえまだ俺達救出組は知らない。

そんな中


「一体貴方達は何者なのです!

 人の屋敷に突然押し寄せた挙句、家を壊したい放題壊して……」


第一声はエンダース領主夫人。

手にした羽根扇子をパチンと閉じてそれで俺達を指す。

この状況でしゃべれるなんて勇気あるなと関心はするが


「何者って、ランセン=レッセラート=フリューゲル。 この国の王だけど?」


素直なランは魔法の効果に怯える事無くそれがどうしたと小首をかしげる。


「私の事はルーティアとでもお呼びください。

 家を破壊したい放題だなんて……

 一応私が通る道だけ破壊させていただいた程度で収めたつもりです。

 私に破壊と言わせればもうこの屋敷に住めない状態の事を言いますが?」


まだ住めるでしょ?と言うルーティアの言葉に何かが引っ掛かるも沈黙が広がる。

この魔法の効果が良くわからない以上おしゃべりは最低限にする方がいいのだけは誰となくわかっているものの、魔法自体にあまり理解のないエンダース夫人は優雅な動作で羽根扇子を広げ口元を隠す。


「それよりもお聞きしたいのですが、カールの元婚約者と少々お話がしたいのですがどちらに?」

「元婚約者だなんて、今も婚約者に代わりませわ。

 ただ今は娘はちょっと部屋に閉じ込めて……」


しーん……


なんかいきなり地雷を踏んだ発言に室内に沈黙が降り注ぐ。

と言うか、これが魔法と言うか、強制力と言う目に見えない力の恐ろしさに誰かの息を呑みこむ音だけが静かに広がる。


「閉じ込めるなんて、ですがいるのなら少々お聞きしたい事があるのでこちらに足を運んでもらってもよろしいですか?」

「なんで娘をこのような恐ろしい場所に……」

「フリュゲール妖精騎士団の要請だ。 エンダースとは言え拒否は出来んぞ」

「あの、でしたらせめて先に理由だけでも……」


エンダース領主が口を挟めば


「そちらのお嬢さんがどうやらカールと言う婚約者以外の男の子供を身ごもっていると言うので確認に」


あっさりとルーティアが言う。

室内にまたもや静寂がひろがるが、今のは絶対隠すつもりのないセリフだった事だけはよく理解できた。

じゃないとそんなにも楽しそうな顔をしてないし!


「ジゼルどう言う事だ!

 ヴィッキーは卒業後まっすぐ家に帰ってこなくて遊びほうけたから部屋に閉じ込めてると言っていたではないか!」


領主は聞いてなかったのか顔を真っ青にしてルーティアと領主夫人改めジゼルの顔を行ったり来たりと見るその姿に笑うルーティア。


「フリュゲール王立学院で素敵な出会いがあって、駆け落ちしたと聞きましたが?」

「それがどうしたと言うのですか! あ……」

「どう言う事だ! マルク! 私は何も聞いてないぞっ!!!」

「旦那様どうか落ち着いてください……」

「これのどこに落ち着ける要素が!

 もし本当だとしたらマーダーになんとお詫びを……

 賠償金の用意を…… いや、それどころじゃないぞ!!!」

「何を言うのです。ヴィッキーのお腹の子供の父親はデニスとかいうどこの馬の骨かもわからない……」


チーン……


とっさに羽根扇子で口元を隠すも時すでに遅し。

顔を真っ青を通り越して真っ白になったエンダース領主はぎこちない動作でカールを見る。

何か言いたげに口をパクパクとしているも、カールはカールで小さな声で「デニス……」と名をつぶやくのみ。

駆け落ちの相手までは知らなかったようだ。

そしてやはり知り合いだったのだろうと落ち込む彼を伺うも、エンダース夫妻はそれどころではない雰囲気ではなく状況が繰り広げられていた。

言いあう二人に執事が間に入るも状況はヒートアップするだけで


「所でエンダースの次期当主を筆頭にエンダース領主の子供ではないと耳にしましたが真実は?」


火に油を注ぐルーティアの発言に


「当たり前でしょ!なんで私がこんな地位だけのブタの子供を……!」


慌てて口を閉ざすも時すでに遅く、あれだけヒートアップしていた夫婦喧嘩が止まった。

だけどそれは対象を別の相手に帰る為の息継ぎなだけで


「それよりもあなたは一体何が言いたいのです!

 さっきから変な事ばかり言って、さては私をこのエンダースから追い払ってのっとるつもりですか!」


そうはさせませんと言う勢いにルーティアはせせら笑う。

他に何爆弾持ってるんだよとはらはらとして眺めてれば、姿勢正しい彼女はそのふくよかな爆弾を突き出すように姿勢を正して


「エンダース領主の今は亡き婚約者を貴女が…… という話を聞きましてね?」


「そんな根も葉もない真実、今頃なに…… を……」


恐ろしき魔法の力。


否定しようとした言葉が意識しないレベルで真実を語ってしまった。


「私はやってないわ! 私はただそうなってほしいと願っただけで!

 だって私はお願いしただけっ……!!!」


口に手を当てて閉ざすも、もうこの場に誰もジゼルを哀れに見るしかなく、周囲の視線にただ力なく崩れ落ちて項垂れるだけで……


「ジゼル、もういい。 本当の事を話してくれ」


疲れ切ったエンダースの声に暫くしてからジゼルは語り出した。


貴族とは言え自分よりみすぼらしい親友が四公の婚約者になった日の事を。

身なりも勉学も彼女より素晴らしいと自負していたのに、平民だった為に選ばれもしなかった理不尽。

エンダースの援助で美しく変わっていく彼女への嫉妬。

自分の取り巻きに零した愚痴、と怨念。

相応しいのは自分だと信じた呪い。

そして起きてしまった親友との永遠の決別のあの日。

総てを無かったことにした美しくも偽りの日々。

愛のない結婚に求められる子供

愛無き故の拒絶を誤魔化すための子供。

悪夢を払拭する為に欲求なまでの強欲な心の目覚め!

この国の最高峰の地位の自分に酔いしれる日々を!

総ては自分の為に!!!


ゆっくりと時間をかけて口にした言葉にエンダースも床に座り込んで正面からその話に黙って耳を傾ける。


「ジゼル、判ってるな。

 このような事が発覚した以上、君にはエンダースより席を抜いてもらう。

 もちろん子供達もだ。

 そして君には陛下の妖精騎士団に罰せられる事になる。

 四公八家と言うのは国の成り立ちからある伝統ある貴族と言う地位だけではないのだ。

 君が犯したのは国民すべてを裏切る行為なのだよ。

 いや、国が亡びてしまう行為なのだよ」


まさかと言うように視線を上げたジゼルだけど、エンダースは淡々と語る。


「当主のみに受け継いでいく言葉だから君は知らないけど、四公八家とは国を守護するために作られた地位なんだ。

 この国が隣国より魔物の発生が少ないのも、自然の災害が少ないのも、他国よりいろいろな物に恵まれているのも全て四公八家と言う血族が存在する事で成り立つ、奇跡なんだ。

 君の散財ぐらい黙ってられるのも…… この重荷に代わるだけの許された代償だ。

 だから、ちゃんと子を生し、血が受け継がれていくと言う奇跡を残してくれたジゼルだからこそ総てを許してきたと言うのに……」


エンダースには四公八家の約束がちゃんと残されていた事に驚くも、涙を流して告げるエンダースはもう哀れとしか言いようがなく、夫婦最後の会話を俺達はただ黙って聞くしかなかった。


「だ、旦那様…… どうかおゆる…… しを……」


執事までもが涙を流して両手をつく。

そのまま頭は床に付き、嗚咽交じりの謝罪にエンダースは力なく笑みを浮かべ


「子供達の父親は、お前か……」


びくりと揺れた肩の震えが止まって暫くして力ない声が「はい」と認める。


「お前の身柄も妖精騎士団に引き渡す事になるだろう」


ふう…… と、疲れ切った溜息は何所へ向けたものかわからないまま時が過ぎれば、数人の人影がルクスによって案内されてきた。


「お父様?お母様?」


不安げな視線と共に駆け寄ってきた。

散らかった屋敷を不安げに視線を彷徨わせながらも、やがて見つけた床に蹲る母親の姿にかけより、父親に何があったのかと助けを求める。


「ヴィクトリア、クリスティアーネ、レオナルト……」


力なく名前を呼ばれた三人を長い間無言で抱きしめて、ゆっくりと手を放し、三人を置いて立ち上がる。


「お前達は今日より市井に降りて平民として過ごさなくてはならない。

 これよりエンダースの名前を名乗る事は許さない。

 新たにシナーと名乗りなさい。 ジゼルの旧姓だ」


「お父様?」


何が起きたかわからないと言うように不安げに首をかしげるヴィクトリアになお言い含める。


「ヴィクトリアはもう成人だからな。当面の資金ぐらいは用意しよう。

 ただし、この屋敷の物一つとして持ち出す事は許さん。 好きに生きよ……」


失望した声と聞き取ったのかヴィクトリアは顔を真っ青にして無意識に手をお腹に当てるも、ちらりと視界の端に入ったカールに視線は助けを求める物。

だけどカールは瞳を閉じて視線から逃げる。

隣に居たイゾルデがそっと肩に手を置いて励ませば、涙をこらえるように肩が震えていた。


「ど、 どう言う事ですかお父様!」

「クリスティアーネ、レオナルト、お前達はクリスとレオンと名を改めてこのエンダース領以外の地へと市井に養子に出す。

 兄のフェルディナントもシナーの姓に直してエンダース領より追放させる。 あ奴はもう一人でも生きて行けるだろう。

 皆エンダースの生活を忘れて別人になって生きよ」


「一体何があって、どうして、お父様教えてください!!!」


悲鳴にも近い叫びにまだ幼い小さな二人の弟と妹は不安げにヴィクトリアにしがみついていたが、真実をなかなか口に出来ないエンダースの代わりにブレッドが伝える。


「エンダース元夫人ジゼルが身ごもった君達には父親のエンダースの血が流れていない。

 君達の実の父親はそこの執事だ。

 四公八家の当主を偽り、陥れた罪により、ジゼル、執事は王都に連行する。

 そして残された君達に罪はないとはいえ四公の家の名を名乗らせることは国が許さない。

 エンダースの采配が妥当な所だろう」


疲れたと言うようにブレッドは天井を見上げながら首を少し解しながら続ける。


「君の婚約者でもあったカールとはこれで正式に婚約解除だ。

 そして、カールの子供でもない子供を宿す君をマーダーに入れるつもりはない。

 カールには君も知っているかもしれないがニコラ・タークを正式に婚約者とする事で凍結されていたマーダー家の家督をリズルラントによって継承を認める事となった」


「ニコラ…… と……」


何と言えばいいのか判らないヴィクトリアになお伝える。


「デニスなら向こうの部屋に居る。

 北側の暖炉のある部屋だ」


言えば彼女は目を見開いて、何処か震える足でかけて行き、俺達もその後を追った。

途中、戦闘によって意識、命を失った使用人を始め、木片が飛び散り、剥がれ落ちた壁が床に散乱する中を重い足取りで進めばルーティアの怪訝な視線に俺達は視線を反らす。

通常じゃない何かを察した彼女はさらに歩く速度を速めるも、それより早くヴィクトリアの悲鳴が屋敷中に木霊した。


「デニス! 嫌よ目を開けて!!!」


そんな悲鳴に誰ともなく駆け足で駆け寄ってしまうのは仕方がないだろう。

だけどそこにあった姿は目を逸らしたくなる凄惨な姿。


「ジゼル! おまえと言いう奴は!!!」

「私じゃないわ! やったのはマルクよ!」

「旦那様お許しを!!!」

「こんな事が許せるわけないだろう!

 地下牢に続く部屋だから嫌な予感がすれば……

 あの部屋をこんなふうに使う為にお前に屋敷をまかせたわけじゃないぞ!」


ぶよぶよとした巨体から繰り出された拳に吹き飛ばしたマルクを他所にエンダースは膝から崩れ落ちる。


「どうすれば私は許されるのか……」


片目を失い、歯も手の爪も失い、どれだけ食事を与えられていないのかわからないものの肋骨が浮き立つその肉体のやせ方は尋常ではなく、俺達の声に意識を取り戻した彼は反射的に逃げ出そうとした為に包まっていたカーテンが離れ落ちて、その変わり果てた全貌にルーティアさえ眉間に皺を寄せてしまっていた。

一度治療の為に見たとはいえ、そのあまりに惨い姿に何気についてきてしまったクリスとレオンは悲鳴を上げてまだ父と信じている男にしがみついていた。


身体を丸めて縮こまっていたデニスだがゆっくりとこちら側の様子を伺って、ジゼルとマルクが並ぶところで顔を真っ白に変えてしまうものの、その奥に居たヴィクトリアに焦点が合えば、正気を失った瞳に光がさす。


「ひょかっ…… フィキュトリア、ぶし・・・だった……」

「来ないで化け物!!!」


指し伸ばされた手を払いのけてしまったその手にデニスの時は止まるも


「ひょうしたのフィッキー……」

「いやあああっっっ―――!!!」

「フィッキー……」


歯が無い為に言葉が意味をなさない。

それどころか治療したとはいえ眼球のない視線に耐えられないと言うように悲鳴を上げてカールの後ろに隠れてしまえばデニスはカールを見て今度こそ動きを止めてしまう。


「久しぶりだねデニス……」


カールの場違いなまでの優しい声音にデニスの乾ききった体から涙が流れ落ちる。

カールは剥がれ落ちたカーテンを拾いデニスにかけて笑いかける。


「俺は、ハールに……」


許されない事をしたと言いたかったのだろうがその前に首を横に振ってもう言うなと言う。


「君はもう罰を受けた。

 それこそ必要以上に……」


婚約者の居る相手に恋慕して攫って行ったと言うには代償が大きすぎた。


「ひぇも、ふぉれは……」


ぽたぽたと涙を流す友人だっただろう男をカールは優しく抱きしめる。


「よかったらマーダーにおいで。

 表立った所には出してあげれない。 それは君の罪だ。

 だけど、君には治療と休憩が必要だ。 少し休もう?」


「あ…… う…… う、う……」


涙を流して、やがて気を失うように眠りに就いたかつての友をそっと床に置いてカールはヴィクトリアを見上げる。


「ヴィッキー、カールは僕がマーダーの屋敷で保護するよ。 

 だけど、君と、そのお腹の子までは面倒は見ない。

 だって君は五体満足だろ?」


視線を合わせずに歯を食いしばり、生ぬるいと言うような温情にヴィクトリアは首を横に振る。



「違うの聞いて!

 私はデニスに無理やり犯されたわけじゃないの!

 カールの事別にどうとも思ってないわ!

 幼馴染でしょ!助けてくれたっていいじゃないの!」


本人が言葉の内容に気付いているのかいないのか、魔法効果か知らないけど支離滅裂になっている内容は少しの間をおいて意味に気づき顔を真っ青にする。


「嘘よ! わたしカールの事をずっときらい…… 違うっ!」


言いたい言葉と口にした言葉が全く違うと言うジレンマに長い髪を振り乱すも、あまりの判りやすい嘘に黙ってみていたエンダースも疲れたように首をふる。


「陛下、エンダースでこのような許されざる失態を……

 もう私がエンダースを名乗る資格すらありえまい。

 エンダースの名を返し、どうか陛下の手で裁量を」


力ない言葉にランはシュネルを呼ぶ。

懐から出てきたシュネルはそのままちょんとランの頭の上に鎮座する。


「エンダースの名は僕が預かる。

 今フリューゲルが次期エンダースを選んでいるから、それまで王都で貴方の身柄を預かる。

 次期エンダースにいろいろと引き継ぐこともあるだろうしね」


そう言ってランは小首をかしげ


「とりあえずこの屋敷に関わる者達の妖精達は解放させてもらうよ。

 シュネル」


言えばランの頭の上にチョンと座るシュネルが二、三度羽ばたき


ぴ―――――ひゅるるるる――――るる――――


うっとりと聞き入りそうな柔らかな声が響いたと思ったらルクスを始め、この場に居た妖精は少しだけ顔を顰めるも、何かの気配が断ち切れたと言うように離れていくような気がした。

良くわからないけど、これが強制解放された気配なのだろうとぼんやりと頭の片隅で考えていれば窓の外からカリカリとひっかく音。

ティルルとヴィンが様子が気になってきてしまったようだ。

ジルが窓を開けて、窓越しにティルルの頭をやさしくなでながら、でもどこか寂しそうな顔をしているのは強制的に開放されてしまった妖精へと思いをはしたものだとは気づくのに容易だ。


「ブレッド、それでどうするんだ」


アルトの呼びかけにブレッドはリボンにメッセージを書き込んで


「ルクス、悪いがこれを近くの軍まで持ってって欲しい。

 場所は建物に目印に旗があるから分かるよな?」

「ティルル、ルクスには距離があります。連れてって差し上げなさい」


護衛と言う名の同伴だが、スピードも持久力もそう大した差はない。

窓から飛び出してティルルの頭の上に乗っかったルクスの隣にチェルニも並んで座る。

その微笑ましい光景にブレッドはやれやれと言うように「一緒に行って来い」と指示を出す。

音もなく飛び立ったティルルとは反対に部屋の中に居るルーティアに警戒心を解かないヴィンシャーの取り残された姿に失笑してしまうが


「とりあえず軍の奴らが到着するまでに使用人をしょっ引くぞ。

 陛下に剣を向けた立派な反逆罪だ。

 極刑は免れないぞ」


そうエンダースに告げればコクンと頷くだけ。

最初の部屋に全員で移動し、途中ジルが使用人の制服を見繕ってデニスに着せさせる。

イゾルデも妖精騎士として二対の細長い角を持つ鹿のような自分の妖精を呼んで意識を取り戻した使用人達の見張りを手伝わさせていた。


「ブレッド総隊長、森の裏側から逃走者を見つけましたが……」

「ああ、カールの妖精のおかげで今ヴィンが捕まえに行っている。

 それにしてもフランバードか。 目がいいな」

「マーダーではありふれた妖精なのですが、麦畑のを荒らすフェアリーマウスを捕まえるのが得意なんです」

「マーダーが生息地だったな」

「はい。 学生時代にマーダーに帰った時にニコラと一緒に捕まえたのがあいつなんです」


空を旋回する鷹にも似た猛禽類のような妖精を口笛で呼び寄せれば、羽を広げれば人の身長ほどある巨大な妖精がその腕に舞い降りた。

喉を撫でるカールの仕種に目を細めて喉を鳴らせば頭に着いた触角のような2本の羽が嬉しそうに靡く。


「さ、もう一度逃げ出した者がいないか探しに行ってくれるかい?」


キュイなんて可愛らしい声で返事をしたと思えばぴょんとカールの腕から飛び降りて空へと駆け上がる。

その逞しい羽ばたきにブレッドは妖精博士を名乗るとおりその飛び方の特徴を教えてくれるもランと俺も興味が持てずに空返事を返すのみだった。




やがて薄暗くなる頃軍が到着し、ブレッドを始め、ランを筆頭にずらりと集まる四公八家の顔ぶれに、エンダースを預かる軍のトップは冷や汗をだらだら流しながら使用人を縛り上げて檻の付いた馬車へと乗せて行く。


「こちらが罪状と、エンダース殿達は別途で王都の軍の本部まで運んでください。

 ああ、こちらのお嬢さんと子供たちもです。

 途中自殺しないか注意してくださいね」


妖精騎士団に席を置くジルの指示に、年上の軍の男はあからさまにお前に従う理由はないと言う顔をするが、記載された書類の罪状を見て顔を真っ青にして物言いたげな口が声も出せずに確認を求めてくる。


「彼らは陛下が直々に裁きを下します。

 誰ひとり逃がす事が無いようご注意ください」


エンダース始まって以来の大事件に年齢なんて関係なく真剣な顔で頷くも全てが総てではなく


「ったく、何で俺達が中央の奴らに顎で使われないといけないんだよ」

「って言うか、あの坊ちゃんが王様だなんてこの国も終わりだな」

「まったくだ」


はははと笑う部下達にジルと話をしていた隊長はどんどん顔色を悪くしていく。


「大体よ、これだけ派手に殺して置いて後片付けは俺達だなんてよ」

「どうせだったら妖精達に食わせてくれろって言う話だ」


むせ返る血の匂いに誰もがぼやく言葉は不謹慎なまでにストレートだ。


「おいそこの奴ら!仕事中に私語は慎め!」

「はーい。やなこった」

「知るか、さっきまで昼寝してたくせに途端に良い顔しやがってよ」


返事をしたエンダースに置かれた軍の兵士たちは思わず口に手を当て、自らの失言に冷や汗を流し、恐る恐ると上官を見る。


「そうか。お前ら少しお話が必要なようだな。少し失礼しても?」

「どうぞ。軍の規律は軍で律してください」


ジルの返事に下っ端だろう兵士は外へと連れて行かれて…… 残された人達はただただ沈黙を守ったまま遺体の処理などを黙々と続けることになった。


「軍の在り方にも問題があるようだね」

「まあな。軍が暇なのは平和で何よりなんだが…… な?」

「一つの平和の光景として微笑ましいじゃないか」


窓からちょっと外へと頭を出せば先ほどの三人が屋内まで聞こえる声で「話し合い」をしている内容と罵声の中、彼らの副官が遺体を回収して、「後はエンダース駐在の軍本部の方で処理します」と苦笑いを隠さずにジルにこの屋敷で出来た簡単な書類を手渡し、後日エンダースの搬送と一緒に正式書類として送る事になった。


「ま、このエンダース駐在軍はこの副官殿でもってるからな。

 隊長が暇なぐらいがちょうどいいんだよ」


アルトの評価に副官殿は笑顔を崩さずにただ頭を下げただけで去っていく。

確かに無駄口も力の誇示もしない出来る人の見本のようだと感心してしまうが、警備用の見張りを数人置いて軍が去れば後は途端に静かになってしまった。

屋敷の入り口には来た時に使ったマーダーの避暑地の馬車のみ置かれてあったが、馭者にもう帰れと指示をだした。


「さ、僕等も帰るまでがお仕事だよ。

 とりあえず今日はマーダーの方で休ませてもらおうか?」


ランの一言に誰もがそうですねと返事をすれば


「フェルス、来て」


真っ暗な森に向かって声をかける。

きっとすぐに来るんだろうな、と言うかやっと休めると考えれば気が抜けてしまった。

今日一日でどれぐらい移動したか、どれだけの出来事が起きたのか考え直す間も無くいろんな出来ごとが怒涛のように流れていって、やっと休む事が出来るとなると急激に眠気さえ襲ってきた。


「おやおや、欠伸なんかして。寝る前に少し食事してお風呂で汗ぐらい流すまで我慢なさい」


ルーティアの苦笑交じりの声にランも「僕はおなかすいたー」と訴えるのだから笑いが絶えない。

やっと穏やかな時間になったなと、息をつけば


「そう言えば、えーとディ。 貴方に付けた名前ってなんでしたっけ?」


ルーティアが何やら書類を持っていて何かを書いていた。


俺は欠伸を一つ噛み殺して


「芹沢雪兎だよ」

「ほう、芹沢雪兎ですね。 それが貴方の中身のお名前なのですね」


誰もが俺に視線を向けるのが理解できた。

しまったと思うよりも先に冷や汗が流れてルーティアを睨みつける。


「一体何の真似だよ」


眠くて仕方がなかった頭が一瞬にして冴えわたった。

俺とルーティアの会話にブレッドはランを背後に隠して警戒をし、アルトもジルも剣を手に取る。


「一体何の真似ですって?

 『真実の審判』の効果が継続中の合間に是非とも貴方の真のお名前ぐらいを聞きしたかっただけですわ」


「今聞く必要があるのか?!」


「必要? 当然! 私とていつかお聞かせ願える名前だと思ったのに既に出会って半年以上待ちました。

 ですが一向に教える気もなければ、このままリーディックの名前で埋もれる気じゃなかったのですか?」


口の端を釣り上げた凶暴なまでの笑みはもう十分でしょう? と言った物。


「だけど俺はまだ心の準備が出来てなかった」

「もとよりするつもりのない準備にいつまでも付き合ってあげるほど私も暇人ではありません」

「だけどだ!」

「そんな我がまま聞きたくありません。 わかってるでしょう?」


言って周囲に居るランを始めブレッド、アルト、ジル、そしてカールにイゾルデと視線を移して行けば確かに雪兎の事を話すべきだったかもしれない。

苦虫を潰した顔で俺は言う。


「とりあえずマーダーについて落ち着いてからにしよう。

 話はたぶん長くなるし、俺だってこの状態の事理解できてないんだから」


「よろしい」


満足そうにルーティアが笑みを浮かべる中でランが手を上げる。


「何を聞きたいのです?」

「『真実の審判』の事なんだけど」


それがどうしました?と言うルーティアに警戒するようにランは言葉を続ける。


「効果はいつまで続くの?」


その質問に、確かに魔法としては長いなと、いまだに空中に漂う魔力が規則正しく並ぶ感覚にルーティアは何かを思い出したかのように「ああ、そう言えば」と言う。


「この魔法はハウオルティアでも禁術として扱われた魔法でしてね、効果は丸一日、そして範囲はその時視界に収まる距離が半径になります」


それがどうしたと言うルーティアにランは屋敷へと戻り、あの時いたルーティアの立っていた場所から景色を眺める。

それはそれは遠くまでの山脈まで見渡せる大きな窓があって……


「早くマーダーに行こう。

 早くお迎えに来てフェルス……」


星々の明かりの下で聳えるキリアツム山脈を眺める景色に誰もが無言で頷いた。

ブックマークありがとうございます!

どうぞゆるゆるとした旅にお付き合いください。

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