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ある日婚約は突然に

正しいタイトルは「ある日婚約は突然に決定する事になりました」という長いタイトルでしたが意味もなく長くて却下ですよ。さすがにね。

三年間のフリュゲール王立学院の生活を終えて実家のあるマーダー領へと、やがて受け継ぐ家業の貿易の仕事を学びに戻って来た。

男爵家とは言え領地はなく、貿易商を営むも中堅規模のターク家としては王立学院で有力な貴族と顔つなぎするのが私の役目だった。

運よく王立学院に入学出来た私はマーダー領マーダー家の二男カール様といっしょに学ぶ事が出来た。

お父さんやお母さんは「ひょっとしてこれでニコラは領主のお家にお嫁入り?」なんてからかうのを真面目な顔をして「もうやめてよー」なんてはいうものの、遠目に見たカール様は細身の知的な方で、少し長い栗色の髪が良く似合っていた。

可愛らしいと言う表現ががまだよく似合う、いかにも良家の子息と言う感じ。

八家直系の方なのに誰でにでも優しく、気さくで、学校では女子まもちろん男子からの人望も厚く、同じ学年で人気ナンバーワンと言ったらカール様というくらい、誰もが憧れていた。

同じ領地出身の私としては鼻高々だけど、すぐに誰もが彼は高嶺の花だという事を知る事になった。

男の人に言うのも変な例えだけど。

カール様には既に婚約者がいたのだ。

お相手は八家も黙る四公のヴィクトリア・エンダース。

いかにもお家同士で決められた婚約と言うか、これ以上とないカップルに誰もが口を閉ざした。

ヴィクトリア・エンダースと言えばその淡い金の髪をなびかせて、品の良い仕種で笑顔を絶やさず、勉強でも常に上位の位置をキープと言う頭脳明晰さ。

何とか追試を免れていた私とは大違い!

そこに幼馴染の婚約者と言う誰もが口を挟めない関係にみんな心の中で涙を流しながら笑顔でお似合いのカップルですね!と口に出すのが常だった。

だけど、そんなカール様と親しく話ができるチャンスが週に何度かあったりした。

授業の一環で自分の住む領地で仕事を始めて、どうすれば貢献できるか、何をすれば領地の為になるかという実戦さながらの、いや、仕事を発表する場があり、実際に売り出して利益などを作らなければいけないと言う商業の授業でもあるのだ。

先輩、後輩と一緒にこの年は私とカール様の二人だけだったので、自然に仲良くなったと私は思っていたのだが……


卒業して連絡がすぐに途絶えてしまった。

卒業して戻って来た早々マーダー領主夫妻の乗った船が魔物によって転覆してしまい、そのまま帰らぬ人となってしまったのだ。

それから卒業間際手紙の交換しようねと約束はして、2~3回は順調に手紙のやり取りはしたものの、その事故をきっかけにぱったりと連絡が途切れてしまった。

相手は領主の館に身を置く方。

平民と変わらぬ暮らしの男爵家如きが訪問するわけにもいかず、時折聞こえてくる噂話に耳を傾けるだけ。


カール様は領主夫妻が亡くなられたショックでふさぎ込んでしまい、部屋から出れないようすらしい、と。


それを切っ掛けにお兄さんのトビアス様の良くない噂話を耳にするようになった。

ふさぎ込んでいるのは嘘で、部屋に閉じ込めているらしいとか。

確かめようのない事に丘の上に立つお屋敷を眺めては心配で溜息を吐く日々。

それを私の両親は勘違いして恋煩いと言う。

とんだ恋煩いだわと思うも、あながち手紙のやり取りが出来なくなって気分が沈んでいるのだから間違いないと言う物かもしれない。


「やあ、ニコラ。どうしたんだ?

 何か心配事でもあるのかい」


ボーっとしていたせいか突然現れたかのように目の前に立っていたのは同じこの港町で問屋を営む港町の顔役と言ってもいいベンソン商会の長男で、幼馴染のテオドールだった。


「テオ… なに?いつから居たの」


店先で帳簿を見ていたのが間違いだった。

結構近い所に居るのにその顔を見て思わずため息をついてしまう。

それもそうだ。

フリュゲール王立学院から帰ってから毎日といっていいくらい会いに来るのだ。

それも挨拶をとか、天気がいいからとか、可愛い花を見つけたからプレゼントにとか。

そっちは暇なのかもしれないけど、仕事を学ぶ身としては迷惑以外何者でもない。

とりあえず、事務所に居る時はターク貿易商で働く皆さんにお願いして居留守を決め込む事にしている。

正直覚える事が多すぎたり、顧客の顔と名前を覚えたり、他国の状況とか目を通す資料は山ほどあるのだ。

あいさつ程度で仕事が途中で止まったりするなんて、集中力が切れてミスが発生する状況を作る原因の一つにしかならない。

そんな迷惑男にばったりと出くわしてしまえばテオドールは笑いながら


「なんか困った事でもあるなら相談に乗るよ。

 そうだ。 気分転換に外で一緒に昼飯でも食べながらさ」


気分転換という言葉は魅力的だったが、それを何故テオドールと一緒にしなくてはいけないのかと理解出来ない。


「悪いけど仕事の悩みなの。

 うちの人以外に簡単になんて話すわけいかないじゃない」


呆れたと言うように言えばさすがにこれは理解できてかテオドールも慌てて「わるかった」と謝罪するが


「ごめんください」


一人の身なりの良い男が現れた。


「はい。ようこそターク貿易商へ。

 何かお求めでしょうか」


身なりの良さに商談かと思うも


「先触れもなく大変失礼ですが、ターク男爵は御在宅でしょうか。

 私はマーダー家執事のセバスチャンと申します。

 よろしければ取次ぎをお願いします」


思わぬ相手に慌てて学校で仕込まれた淑女の礼をとり


「少々お待ちください。父をすぐ連れてまいります。

 誰か」

 

言えば、店内にいた従業員がすぐさま父を呼びに行き、ちょうどすぐ裏の事務所に居た父はこの騒ぎに気付いてすぐに顔を出そうとした所で、たまたま商談相手先から戻って来た母も同じ場に居合わせてしまった。


「あら、あなた。せっかくなので奥でお話しをお願いしましょう」

「そうだな。悪いが準備を」


手短にお茶の用意をと別の従業員へと頼んで、まるで嵐が去ったかのような静けさが店内に広がった。


「何かの商談かい?」

「まさか。マーダー家の方よ。

 うちよりもベンソン商会の様な大店を御贔屓にしてるわ」


だいたい取り扱う規模が違うのだ。

量も、質も、お金の掛け方も。

一度父に連れられて見学をさせてもらった事があるが、とにかく桁が違うのだ。

見た事もない布に、まったく意匠の違う貴金属。

家を建てる木材一つをとっても、見事すぎてその日は頭がパンクしそうだった。

とりあえず、このターナ貿易商をいずれその大店のように! 何て身の程知らずの目標を持ってしまったものの私の夢がそこになった。


「とりあえず、マーダー家がらみは私が知る限り初めての事よ」


なんて思わず二人でぼそぼそと誰にも聞かれないように話をしていれば


「お嬢様、旦那様がお呼びです」

「私?」


思わず首をひねってしまう。

マーダー家に呼び出し去れるような事なんてしてないよなというか、カールぐらいしか繋がりがない私としてはそこに執事さんが間に入る理由がわからない。

気さくな彼だからひょっこり店にやってくると言うのなら納得はいく物の


「とりあえず行くわ」


じゃあねと言って別れるも、店の中にはテオドールしかいなかったが


「もうしわけありません。

 旦那様が今日はもう店を閉めると言う指示なので」


テオドールにお引き取りを申し出ていた。

テオも不思議そうな顔をして帰って行ったものの、その後私はとんでもない爆弾発言を聞く事になった。



「ニコラとりあえず落ち着いて聞くんだ」


何故か椅子から立ち上がってカーテンまで閉め切った部屋の中でうろうろと歩く父をほかっておいて


「こちらのセバスチャンさんが貴方をマーダー家のカールさんと婚約のお話を持ってまいりましたの」


父よ落ち着けと思う間もなく母がズバリというか、バッサリと要件を打ち明けてくれていた。


「はぁ…」


思考が追いつかずとりあえずだけ返事をしておく。

だってと言うか、カールと婚約だなんて、ヴィクトリア様がいるじゃない。

そんな言葉が頭の中を駆け巡る中


「とりあえず、マーダーの屋敷までどうかお三方の足を運んでほしいとトビアス様もおっしゃってまして」


意味がよくわかんない。

何を言ってるんだこの人はと、父とセバスチャンさんの顔を何度も見るも


「まぁ、詳しい事はマーダーのお屋敷でお伺いさせてもらいましょうか」


さすがターク貿易商の妻は堂々とした態度で話を纏めて行く。

ターク家の嫡子の父はこんな男前な母にほれ込んで結婚したと言う…… 父の人生の中で一番の金星だと私は思う。


それから手早く身支度を整えて、従業員達に閉店作業を任せ、セバスチャンが乗って来た馬車に乗ってマーダー家へと向かう。

さすが八家の馬車といった所か。走る音も揺れも少なく、そこで説明を聞きながら私たち家族は顔を真っ青にする。

だって、まさかカール様とヴィクトリア様の婚約が解消してるなんて、それどころか後継争いと言うか次期マーダー家当主がカール様になるなんて、と言うか、私がその妻になるなんて?!

さすがの母もお屋敷に着くまで沈黙してしまったが、辿り着いたお屋敷で私達はまた真っ青になる。


八家に相応しい広大な敷地に伝統にのっとった煉瓦と白壁のお屋敷。

そして悪趣味と言わんばかりのキランキランの家具と


「こちらがニコラですのね!

 なんて可愛らしいのでしょう!

 貴女ならたしかにカールと並べればお似合いだわ!」


燃えるばかりの真っ赤な髪を高い位置から揺らし、そしてフリュゲールならではの涼しげなドレスを着こなしたスタイル抜群の迫力美人がこの家の使用人らしき人を従えて出迎えてくれた。

その羨ましいぐらいのふくよかな胸に思わず釘付けになる父につつましやかな胸を持つ母の踵が父の靴の先っぽあたりにキマリ悶絶していたけど自業自得と言う物。

多分私だってすると思う。


そんな迫力美人さんの背後から


「やあ、ニコラ久しぶり」

「カール様!」


相変わらず可憐でお美しい方だった。

男の人に向かって使う言葉じゃないけどね。


「ごめんね。色々とあって手紙を書く時間があまり取れなかったんだ」

「そんなこと気にしないで。元気で居てくれたのなら問題ないんだから」


思わずその笑みに和んでしまうが


「それよりも話を纏めますのでリビングに集合してください」


赤い髪を揺らしながら案内する女性の後をついていけば、そこにはすでに何人かが待っていた。

しかもなんか見た事のあるような顔とか有名人の顔とかこの国で知らないって言っちゃいけない方とかあるんですけど一体この顔ぶれなんですかカール様?! と、心の中だけで絶叫していれば


「いらないと思いますが手っ取り早く我々の紹介をさせてもらいましょう。

 ご存じラン陛下を筆頭にブレッド、ノヴァエスのアルトに医者もしているらしいジル。

 そして旅をご一緒させていただいている私ルーティアと弟のディータ、そして下僕のヴェルナー。

 この屋敷のトビアスにカール。

 家令はバッシュで執事がセバスチャン。

 で、あなた方は?」


ものすごい端折り方というか今更自己紹介いらないと言うような紹介と言うか思わず耳を疑うような紹介に、失礼を通り越して大丈夫なのかしらと心配をしてしまうが


「私はターク男爵家当主、ベルトン・タークと申します。

 こちらは妻のフランカ、娘のニコラになります。

 陛下には…」

「そのような挨拶など無用、時間がないのでこちらの要求を言います。

 今すぐカールとニコラは結婚しなさい。 

 と言いたい所ですが、お互い家の事情もあるので婚約だけでもここで決めてください」


選択の余地のない一方的なと言うか、既に決定事項の申し送りに、いくら馬車で話を聞いていたからと言っても思考が追いつかない。


「あの、ですが何で…」


言えばカール様を始め皆さん方はどこか難しそうな顔をしながらどう説明するかと言った顔をしていたものの


「理由は簡単です。

 カールの婚約者のヴィッキーを御存じでしょ? 知らないとは言わせません。

 その方は四公エンダース家に身を置きながらその血を宿しておらず、あまつさえその身に婚約者だったカールとは別の男の子供を宿しています。

 その子供を押し付けられてもマーダー家の事なので私は一向に構いませんが、それよりも大切なのは次期当主になるカールの血を引く子供を残す事です。

 ヴィッキー以外にどなたか素敵な娘は? と聞けばあなたの名前が出たのでこれ以上の話はないでしょう」

「本当にその説明でいいのかよ」


なんて弟さんがツッコんでいた言葉に誰ともなく頷いてしまうも


「君をこんなごたごたに巻き込む事は避けたかったのだが……」

「このままカールを守る為に愚兄を演じつづけるトビアスが何しでかすか想像したら楽しいかもしれませんが、それによって領民が被害をこうむるのです。

 貴女がたった一人娘なのは理解していますが、カールの子供をたくさん産んで、そのうちのどれかをターク家に養子に出せば問題は解消します。

 問題はないと思いませんか?」

「問題だらけじゃん」


またも弟さんのツッコミに頷く一同。


「では純粋にカールの事は好きですか嫌いですか」

「だから何で二択なの?」


一同の心中を代弁するかのような弟さんの言葉だが


「好きか嫌いかなら…… 好きです」


嫌いになれるわけないじゃないのよ!

素敵で、優しくて、そしてちょっと守ってあげたくなるようなカール様を嫌いになれるはずないじゃないのよ!

何て顔は恥じらいながらも心の中で吠えていれば


「そうでしょう。そうでしょうとも!

 でしたら、彼を守る為になら賢い貴女の事。

 結婚ぐらい全くといって問題ないでしょう?」

「もちろんそのとおりですわ!」


思わず心の中で叫ぶように握り拳を突き上げて「守って見せましょう!」なんて叫びながら立ちあがれば一同の呆然とした視線。

その中優雅に紅茶を飲むルーティアさんの落ち着いた姿に理解する。


は め ら れ た ! 


「ニコラ、確かに素敵なお話だけど、本当によろしいの?」


母の気遣う視線にルーティアの思惑に乗ってしまった事もあり、この先不安しかないような気もするが


「カール様さえよろしければこのお話お受けいたしたいと思います」


一度言った言葉を取り消すような卑怯な育ちはしてないと母と父に申し出れば


「でしたら、早速このお屋敷の離れに住み込みなさい。

 貴女の仕種は優雅さも気品も感じられません。

 バッシュ、教師を連れてきなさい。

 小娘ではないので一日中貼り付けてあの庶民じみた口調、ガサツな仕種、がに股な歩き方を何とかさせなさい。

 セバスチャンはすぐに花嫁の準備をして差し上げなさい。

 下着から正装まで、今からターク家の方々に準備させても時間がもったいない。

 マーダー家の名前をフルに使って…… ですが、多少はターク家の意見も聞いてあげて下さい。

 さらに……」

「ちょっと待てルゥ姉!」

「何を?」


弟さんのツッコミもどこ吹く風のルーティアさんの指示に陛下を筆頭に置いてきぼりにされている周囲の方々。


「こんな結婚で本当に二人が幸せになれるかちょっとは考えようよ」


思わぬまともな意見に、誰もがはっと意識を取り戻したように視線を上げるも


「幸せな結婚? そんなものこの結婚に必要ありません」


幸せをバッサリと切り捨ててしまった。

ああ、なんか私選択間違ったかもと思うも


「この結婚に必要なのはスピードです。

 幸せなんてものはそのうち見つければいいし、幸せなんてものは赤の他人が図る物ではありません。

 ましてやこのややこしい結婚に二人が挑む以上、そんな幸せなぞそのうち二人で探せば十分でしょう」


「わー、男は理想主義で女は現実主義を説いた価値観だー」


弟さんの価値観がどういった物かわからないけど、この結婚に理想や夢は必要ないらしい事だけは良くわかった。


「では、その現実主義として、今から南のリズルラントに行くぞ。

 イゾルデに会ってカールのマーダー家の継承とニコラとの結婚。

 そして、エンダースの一件も話を通しておこう。

 内容が内容だ。俺とラン、そしてブレッドも着いて行くぞ。

 後は……」

「何を言ってるのですか?

 こんな面白い事に私達が付いて行かないわけないでしょう、ねえジルにディ。

 あ、ヴェルナーはバッシュの下で執事の勉強をしてなさい」

「畏まりました」

「お前今めんどくさいから逃げただろ」

「さて何のことでしょう」

「わー、すごい棒読み聞いたディ?」

「うん。目も合わせないよラン」

「いいですか?こうやって兄義弟はすれ違って行くんですよ」


ジルベールさんの説明にノヴァエス卿は苦虫を潰したような顔をするが、それも様になって正直かっこいい。

ファンの方々の心境を今理解できたわ。


「さて、問題なければここにとどまっている理由はありません。さあ行きましょう。

 ヴィンとティルルを呼びなさい!急ぎますよ」

「重量オーバーだ!」


すかさずノヴァエス卿が叫べばやはりと言うように頷くルーティアさん。


「ふむ。さすがに無理でしたか」


ですが馬車でのんびりと行く時間ももったいないしとなんか物騒な事を言っている中


「じゃあ、僕のフェルスで行こう。

 この人数でも大丈夫だから」


ニコニコと陛下が仰いましたが……フェルスってどなたですか?


疑問を浮かべる私達と苦笑紛れの騎士の方達の温度差に嫌な予感しかもうしません。




マーダー編続きます!

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