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夜の襲撃

長い船旅もこれが最後の夜になった。

穏やかな波の音に耳を傾けながら船上での晩餐も今日が最後となる。

ランの言う通り毎晩趣向を凝らしたショーが繰り広げられたが今夜はダンスパーティーオンリーらしい。

最後の夜という事もあって非番の乗組員もダンス要員として参加するのが名物らしく、ブレッド曰く


「日頃女っ気のない軍の奴らに出会いの場として主に独身の奴らが強制参加させてるんだが…」


これは軍内部ではなくフリュゲールでも一般的に知られた名物パーティーらしく、出会いを求めてこれに参加するべくこの船に乗るご令嬢も多いと言う。


「とはいっても、肝心のお目当てのお三方がダンス要員じゃないと言うのは…暴動起きない?」


「我々は陛下の騎士と言う枠で乗船してます。

 付き合う理由はありませんよ」


穏やかな顔をしてきっぱりと否定するジルに怖い怖いと首を竦める。


「で?今宵の我らの姫はどうなさられたのかな?」


「アルト、姫って…」


苦笑するランに俺は不敵に笑う。


「はっきり言って気合入れて作った自信作だ」


初日にあれだけ露出度の高いドレスを着せたのだ。

予想通りそれ以降皆さんコルセットを外して背中も胸元もあらわにした露出度の高いドレスに身を包んでこれでもかと見せびらかしてきた。

ちなみにルーティアにはあれ以降少し露出少な目にしてもらった。

正直作り直す俺の気力が途切れたのもある。

要はめんどくさくなっただけの話なのだが…

それでも情報集めにと出会った人達からドレスや宝石をプレゼントしてもらった辺りルーティアは完全に勝ち組だ。

いや、ハンターだ。

当人はつまらなさそうに部屋の一角へと荷物を積み上げているだけだ。

だてに公爵家で審美眼を磨いてたわけじゃないらしい。


「それは楽しみだ」


ゆったりとくつろぐアルトにジルも頷く。

なんだかんだ言ってルーティアと彼らは年が近いのだ。

結婚するには年齢差ももちろん、やはり魔を扱う者の血筋も魅力的のようだ。

それによく見ていると話をしたくてもちょっと気後れしていると言うか、話をするタイミングを見計らっているにもかかわらず話しかけれないと言う意外にも純情な一面が見え隠れしている。

仕事中の彼には見えない可愛らしい姿だった。


「お待たせしました」


ヴェルナーにエスコートされてやって来たルーティアの姿に会場が息を呑む。


「そんなにじろじろ見ないでください」


恥じらうように席に座るが実はこれも作戦のうち。


「いや、今宵の貴方は月の女神のようだ」


アルトの賛辞にまぁ、と頬を染めて俯くルーティアだが内心大爆笑したくてたまらないのだろう。

震える肩が物語ってますよと最近ではお互い性格をよく理解して居る事もあって穏やかな表情をしつつも頬の筋肉が引きつっているのが手に取るようにわかる。


「だけど、今日のテーマは本当に月の女神なんだ」


良くわかったねと言えば見たままだと返すあたり相当な女泣かせである。

しかしルーティアの腕に一気にぶわっと鳥肌が立ったのは見ない事にして。


「しかし白いドレスと言うのはいささか緊張しますね。

ワインを零さないか気が気ではありません」


「その時はすぐに綺麗にしてあげるよ」


風呂場での洗濯のおかげで魔法を使った洗濯技術も上がった。

思考錯誤で一瞬で綺麗にする技術も見つけたけど、やっぱり石鹸の匂いのする洗濯を体が求めてしまうのは仕方がないだろう。


「けど、なんかすごいヒラヒラだね」


ホールドネックのバックから両手と床に向かって二枚のシフォンが優雅に揺れる。

手を広げれば半月を描く形は蝶のようになっている。

足元は膝上の、この世界にはまだ出会った事のないミニスカートなのだが、ウエストの切り替えしの部分から布を一枚足して床の上を滑るマーメイドラインを描くロングドレスになっている。

この世界では斬新だろう。

ホルダーネックはもちろんマーメイドラインも、膝上丈と言うドレスもだ。

俺の遊び心満点と言うか、きっとこういうのが趣味なんだろうなと言う男のエゴを押し付けたドレスはルーティアには不満があれど他の男どもを煽るのには十分すぎるエロさだ。

胸元は脇からちらりとしか見えない秘匿性と座った時に半分ほど隠された太ももと、その奥。

給仕の男も無駄にルーティアの背後を通ってはちらりちらりと視線を落とす。

微笑みながらも怒気を孕ませたその顔に俺達は苦笑を零すも、いかんせん。

今のルーティア様はその不機嫌そうな顔さえ魅力的にしてしまうのだから始末におえない。


「着せ替え人形にはなれたつもりでしたが、着慣れない物を着ると言うのはいささか疲れますね」


「いいじゃないか。おかげで沢山知り合いが出来ただろ?」


「知り合いどころか結婚まで申し込まれました。一体人のどこを見て結婚なんて言葉が言えるのでしょう」


呆れかえった言葉に誰も何も言わない。

むしろ判りきった事を言わせるなと言う所だが


「おや、今宵のティア姫はまた格段とお美しい」

「よろしければ後程一杯おごらせてください」

「ティア姫さえよろしければダンスを申し込む事をお許しください」

「どうかこの首飾りをどうか今宵のドレスに飾らせてください」


1つのテーブルを囲ってまだ食事前だと言うのに、知り合いになった男達が次々に声をかけてくる。

その度に笑顔でかわして、貰えるものは貰う…乗船した頃から恐ろしいまでに対男性スキルを上げたルーティアに思わず睨めつけて


「ティア姫ってなんなのさ」


「いつの間にかついたあだ名ですわ。

 貴方達がルゥと呼ぶから対抗してティアと呼ぶ事にしたらしいですわ」


我々だけの特別なと言う意味も含まれているのだろうがもはや呆れるしかないと言う物だろう。


「けど明日はフリュゲールだ。あれから何の問題も起きずに良かったと言うべきか」


「港町から王都フリュゲールまでは3日程の道のりです。

 昔から王都から海の入り口リズルラントまでのルートは大体決まってるので宿は騎士団が管理している屋敷を使います」


「そんなわけで、まだまだ油断ならないと言うわけだ」


「船の中で動乱のハウオルティアで巻き込まれて亡き者にしたかったと言う思惑が外れた以上船の上ではもうないとは思うけど」


というラン本人の言葉に思わず眉間を寄せてしまう。


「ランはなんで自分が殺されるって言うのにそんな他人ごとみたいに言えるんだ?」


その言葉に一瞬沈黙が落ちるも、ランは口にしていた肉料理を飲み込んで


「僕の代わりに誰かが殺されるよりましさ」


当然と言うように差し出された答えに俺は頭の中が一瞬真っ白になる。

だけどそんな俺なんてお構いなしにランは話を続ける。


「僕はこの大陸よりずっと東の別の大陸で生まれ育ったんだ。

 そこはすごく貧困で、生まれた国の民は生まれながら働く事が義務付けられていたんだ。

 国は貧しく、産業は鉱山から取れる物だけ。

 高い山に位置する場所だったから植物も育たず、そして水も希少だ。

 家は王族とその近しい物たちは煉瓦造りのお屋敷を持ってるものの、国の民の大半は山をくり貫いた場所に窓や扉を付けただけの家で暮らしてる」


王と言うからどれだけ裕福な暮らしをしていたか想像をしていたが、まさかのその暮らしぶりに俺同様ルーティアもぽかんと口を開けたままだった。


「俺は年老いたばあちゃんに俺と同じ年頃の5人の子供達の中で育ってたんだけど、国の豊かな鉱脈に隣の国の王様が戦争を仕掛けてきて、あっけなく滅んじゃったんだ。

 その折に、育ての親のばあちゃんも死んじゃったし、みんなというか、奴隷にはなりたくないから一斉に逃げだした事もあってみんなとはそれ以来音信不通。

 まぁ、僕がシュネルとこの大陸に来たのが一因だけどね。

 ひもじい暮らしは身に染みて理解してる。

 差別も罵声も暴力も日常だ。

 そんな環境で育ったせいもあるから別に特に不幸とは考えた事もなかった常識だ。

 だけど理不尽に殺されていくのだけは許せない。

 暇つぶしで殺されるのも、新しい剣の試し切りになるのもごめんだ。

 さらに言えば誰かの代わりに別の誰かが命を差し出すなんて、冗談じゃない」


怒りに震える、でもどこか悲しげな瞳からそれに彼が一枚絡んでいることを物語る。

ひょっとしたら彼と育ての親と何かあったのかもしれないと語られる事のない過去を邪推してしまうが


「大丈夫だ。俺達がそんな駆け引きなんて絶対させない」


ランの頭をポンポンと優しくなでるブレッドにどこかはにかんだような笑みを作る。

珍しく不器用な笑い方だと思うも、心は東の別の地に今はあるのだろう。


「ごめん。折角のご飯がおいしくなくなっちゃうね」


言いながらも一口大に切り分けた肉を口の中に放り込みながら「料理はこんなにもおいしいのに」と次々に料理を食べ続ける。

そんなどこか空元気なランに倣うようにして食事を始めればさすがに周囲も声をかけるのを控えてくれる。

気まずい空気の中で話題を変えるようにずっと気になっていた事を口に出すことにした。


「そういや、フリュゲールの王都って花の都とかそんなふうに聞いた事あるけど、どんな花が咲いてるの?」


聞けばフリュゲールに住む4人はいっせいに動かしていたフォークとナイフを止めた。

なんとなくお互いの顔を見て少し考えて。


「花が咲いてると言うか、まぁ、花が咲いてるんだけど」


「ルゥ姉は言った事あるんでしょ?知ってる?」


話題をふられた彼女は肩をすくめて


「都の中央に牙の塔と言う建物があって、そこを中心に商業施設、や住居区画などがあったと思いましたが、花は咲き乱れていましたけど花の名前までは」


寧ろその街づくりの方が見ごたえがあって学ぶべきでしょうと誉めるルーティアにフリュゲール組は沈黙。

誰彼と視線を投げうつも


「百聞は一見にしかず。王都に行くんだからそのうち実態を見る事が出来るさ」


何処か遠い目をして呟いたブレッドにランも疲れた様な乾いた笑い声を零す。

一体どんな場所だと想像をめぐらすもそれこそブレットの言葉だ。

そして食事の最後のデザートが出された頃何故か船内があわただしくなってる事に気づいた。

あれほど動き回っていた給仕も、ダンスを踊っていたはずの船員もいつの間にか姿を消している。

アルトやブレッド、ジル達は既に気が付いていたらしく、食事のスピードを上げていてすでに食事を終えていた。

その様子にルーティアもワインを止めて水を飲んで酔いを醒ましている。

デザートを食べ終えたランにブレッドがデザートが来た時に隠して手渡されていたメモ用紙を彼に見せればきゅっと寄せた眉毛によくない事が起きた事が理解できた。


「魔獣がこの船を襲っている。縄張りを荒らされたと思っているらしい」


小さな声で言われた内容と同時に船がぐらりと揺れる。

一気に悲鳴と大きく揺れる船内にテーブルも椅子、そして人までも容赦なく床に壁にと叩きつけられる。


「うわっ!一体何の魔獣が?!」


「私達は司令室に行きますが、貴方達は…」


「戦力になりましょう。一緒に連れて行きなさい」


「逞しいね。では当てにさせていただきます」


そしてなぜか調理場へと案内されて、さらにその奥へと続く部屋に在る階段を昇り、ブレッド達の職場でもある司令室へと案内された。

突如現れた正装したブレッドの姿に動揺は見せなかったものの、さすがにルーティアのドレスアップした姿に皆さんの視線は釘づけだ。

俺は適当にルーティアをその辺の椅子に座らせて、走っている間マントのようになびくシフォンを丁寧に外す。

勢いよく外してビリッ・・・って事になれば血の海は決定だ。

主に男共の鼻血で。

悲しすぎると色んな意味を含む緊張感の中ルーティアのドレスを整える。

そしてアルトが脱いだ正装の上着をルーティアの肩にかける。


「夜の海は寒いから着ておきなさい」


「それはありがとうございます」


結構とかいうかと思ったけど素直に忠告に従って袖を通す。

意外だなと思うも、視線は既に報告に上がっている魔獣に関しての物だった。

フリュゲール沖を縄張りとするクラーケンの一体がこの船に絡んでいると言う。

クラーケンて言うとあれか?

ゲームで言う中堅のボスクラスのモンスター?

どのゲームに出も登場するあの定番のモンスター?

なんて、あまりに頻繁に出てくるモンスターにランのドラゴンほどテンションは上がらなかったけど、この船の沈没フラグがここに立ちました。


「どうするかなー」


思わず乗船している客の安全と脱出用のボートの数はきっと正しくないだろうし、脱出した人達から海に引きずり込まれると言うお約束もある。

どれだけの人が無事に脱出できるか頭をもう回転させるも


「そんなもの返り討ちにしてあげましょう」


凛と言い切ったルーティアの一言に皆さん唖然。


「だけどあいつは海の中だぞ」


「引きずり出して焼き殺しましょう。ああ、ハウオルティアではよく港町でイカを焼いて売っていましたが、こちらにはありまして?」


「海のある国ですからね。イカは食べますが、クラーケンを食べると言う発想はどうでしょ?」


「いつも大砲でドカンと追い払うだけだからな。海の藻屑か死骸しかゆっくり見る機会はないからな」


腐ってる奴を食べるのはごめんだと言う正しい判断に納得をしてしまう。


「ならいっその事捕獲して陸に上げるようにしましょう」


ルーティアの判断にそれが出来ればいいんだけどとぼやくブレッドのため息交じりのことばと同時に司令室の扉が開く。


「お待たせしました。制服をお持ちしました」


言って出された物は周囲の方達とは色違いの臙脂の軍服。

金の刺繍を施されたいかにも手間暇かけた偉そうなやつが着る服を纏い


「では妖精騎士団も出動としましょう」


ジルの落ち着いた声に室内が緊張に張り巡らされる中


「艦長、進路はフリューゲル南西のマーダーに変更、奴に船を壊される前に陸に少しでも近づけてくれ」


「了解しました!」


「ランもヴェラートをできたら呼んでくれ」


「別にいいけど、夜に来てくれるかな?

 クラーケン如きに召喚なんていやよ。それにお肌によくないわなんて言って断られるかも」


「一体どんな聖獣だよ」


思わず突っ込んでしまうもジルが真面目な顔で「それはありますね」と返事をしているあたり、そう言う奴だろうと理解するしかない。


「それでは皆様いざ参りましょう!」


「だからそれを何故ルゥ姉が仕切るんだって」


冷静に突っ込むも何故かもう誰もつっこまない。

頼むからつっこんでほしい。

一国の王もいれば軍の長がいると言うのにだ。


「そりゃ美人に気合入れてもらって嬉しくない男はいないからさ」


さも当然と言ったようにアルトの言葉に一同いろんな顔を作って反応を示す。

確かにその通りだと言う者が居れば、うちの隊長になってくれないかとぼやく者もいるし、ああいう女の人ってかっこいいよねと純粋に尊敬する瞳もあれば、皆さんの気合につながって何よりですと暢気なものまでいる。

本当に大丈夫かと思いながらも駆け足でデッキにつながる階段を昇っていくのだった。

ブックマークありがとうございます。

更新遅いですがどうぞお付き合いください。

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