船に揺られてどこまでも
閑話みたいな内容です。
船旅の平和なひと時をどうぞ。
あれからブルトランの追跡はさすがにと言うか、もうなかった。
ただハウオルティア東岸を出港して次の港まで水が足りなくなると言う事態に陥ったが、そこは我らがルーティア様。
俺に水魔法の練習だと言って水が確保できるまでひたすら水の生産をさせられた。
幾度となくぶっ倒れても目が覚めればエネルギーの補給、そしてぶっ倒れるまでまた水の生産と言う鬼軍曹ぶりにブレッドでなくとも頬が引きつるのは仕方がないだろう。
迷惑をかけていたはずなのになんとか仲良くなったはずのフリュゲールの人に視線すら合わせてもらえなくなり、やっと水の確保が出来る頃には何故か涙を流した皆に抱き着かれると言う、なにこれ?なんの罰ゲーム?な、状態になっていた。
おかげですっかり水魔法はお手の物になったけど、
「総隊長大変です!お客様より水がまずいとの苦情が殺到しております!」
「んなの俺の知った事じゃねえ!」
何とも言えない光景と、コップを持ってキラキラとした瞳でじっと俺を見つめるランの視線に涙を流してコップに溢れない程度いっぱいに満たしてあげた。
「まさか、補給してもらったどこにでもある水と魔法で生産しただけの水でこれだけの味が変わるとは思いもしませんでしたが」
3つのコップをならべて飲み比べをみんなでする。
1つは俺が作った水で、俺が慣れ親しんだ日本の水に近い物に出来上がっている。
ちなみに裏山から引き入れた天然の山水だ。
裏山は人は住んでおらず、当然私有地。
水道水何てじいさんが車や農機具を洗う時、ばあさんが洗濯機を回す時ぐらいしか使っちゃいない。
なので当然飲料水は甘みを覚える天然の山水だ。
話はそれたがもう一つはハウオルティア国の東隣の国、アルカーディア国の物。
日数が経っているせいか正直ちょっと腐りかかっていて生臭い感じがするし、その次寄港したリズラント国はいくつもの島が連なる列島国でその国の水は誰もが口に含んで苦い顔をする。
「水をそのまま飲む文化はどの国にもありませんでしたが、こうやって飲むと確かに水の味は重要ですね」
言いながら医者のジルは色んな薬剤を混ぜてカラフルな色水を作って遊んでいるのをみんなは視線を合わさないようにしていた。
「アルカーディアの水は匂いもそうだし、もう腐ってるだろう。飲料用には使わないように今すぐ切り替えろ」
ブレッドの指示に居座ってる司令室では周囲に居る部下たちが忙しなく伝令を伝えていく。
「リズラントの水は完全に硬水だね」
ヨーロッパの水は硬水が多かったなと美容の為にと飲んでたクラスメイトの女子の言葉を思い出すが、俺の住んでいた国は大半が軟水。一部では硬水だったらしいが、水が甘いと思えるくらい圧倒的に口当たりがいい。
うっかりとそんな事を言えば
「硬水とはどういう意味です?」
食らいつく人が居る事を忘れていた。
ルーティアがキラキラした瞳で俺を直視している。
知らない知識を前に肉を前にしたワンコの状態に苦笑を隠しつつヴェルナーに茶葉を持ってくるようにお願いする。
「水には硬水と軟水というおおざっぱに二種類に分類するとしよう。
知っての通り水は雨水が地中に含まれ長い年月を経て地上に湧き出たりするものだ。
その間に水は地中のカルシウム分やマグネシウム分…って言っても判らないか。
地中の栄養を含むのだけど、土地によって森があったり、アルカーディアのように火山地帯が多かったりと言った状況で含む栄養分が随分と変わる。
判りやすく言えば土壌によって同じ花でも青かったり赤かったり違いが生まれるだろ?
そんな影響を水も受けているんだ。
ただこのリズラントの水のようにミネラル分が多いのは飲料用には適さないんだ。
まぁ、使い方によっては便利だし、アルカーディアの軟水にだって腐りやすい、金属を腐らせやすいと言う欠点もある。
リズラントの硬水は煮沸すれば問題なく使えるからそれを使えばいいだけの話だ」
そんな教科書丸暗記みたいな説明で納得させている合間にヴェルナーが茶葉を持ってきた。
それを受け取って実験を始める。
「軟水と硬水の違いを理解する一般的な知識がある」
言いながらアルカーディアの水とリズラントの水を透明なコップに入れて火の魔法でコップが割れないように水を熱くしていく。
その頃にはジルはもちろん、仕事をしながら何気にちら見する人たちが増えてきた。
熱くなったコップに大体同量の同じ茶葉を入れて待つこと数分。
軟水のアルカーディアの水は葉っぱが開いて美しい紅茶の色で染まっていく物の、リズラントの水に居れた葉っぱも開いてはいるがそこまで鮮やかな紅茶の色で染め上げていない。
俺はさらに用意してもらったカップにその紅茶を一口ずつみんなに振舞って味比べをしてもらった。
「こちらはいつもいただく紅茶と変わりませんね。
リズラントの物は…白湯でも飲ませてるつもりですか?」
目の前の実験で条件はみんな同じだ。
味比べをしてみんなでへー。ほー。何て唸りながら味比べをする。
そしてもう一杯リズラントの水を貰って、今度は茶葉をさっきの倍ほど入れて提供する。
「ふむ。これなら白湯とは言えませんね」
「ま、こんな感じで軟水、硬水の差が出るんだ」
そう締めくくって
「そんなわけで水が決してまずいわけじゃないんだ。
フリュゲールの水が軟水で、硬水を飲み慣れてないからそう言った感想が出るんだよ」
実際俺もそうだった。
綺麗な外国製の青の瓶に惹かれてなけなしの小遣いで購入したもののとてもじゃないが飲めなくて捨てた覚えがある。瓶は窓際の棚に飾ってあるけどどうなっただろうと懐かしい景色を思い出しては誰にも気づかれないように苦笑。
「となるとだ。飲用と生活水と分ける必要がある。
悪いがこの度の間フリュゲールに着くまで頼んでも構わないだろうか?」
「原因の一因は俺にあるしね。仕方がないよ。とりあえず食事用と飲料水ぐらいは頑張る。
ただし、限界はあるだろうからその時は悪いけどごめんね」
「気にしないでくれ。こっちのわがままだ」
ふうと溜息をこぼすブレッドの話が終わればランがぴょんと椅子から下りる。
「じゃあ僕達これからヴィンシャーとティルシャルの所に遊びに行ってくるよ」
「夕飯までにはちゃんと帰ってこいよ。俺はこれから船長と会議だ。」
「お疲れ様」
言えばさあ行こうとこの部屋の出入り口ではないドアに向かってランは俺の手を引っ張っていく。
とたんに装飾の少なくなった通路。通り過ぎるのは軍人ばかりで、ランが通り過ぎるたびに皆さん敬礼をする。
本当にこんな小さくても王様なんだと感心する反面、ブルトランの王とやりあう姿は手馴れた貫録さえあった。
俺の目の前では年相応のちょっとお兄ちゃんぶってるガキなのだが、如何せん。
ディータの中身は18歳だ。
おかげでランが精いっぱいお兄さんぶってる姿がかわいくて仕方がないと言う物。
年上のお兄さんとしては嬉しそうにかまってもらう役しかなく、日毎仲の良い兄弟みたいだと言う評価ばかりが広まっていく。
それはいいのだが、階段を降りては通路を走り、また階段を下りて行ったかと思えば別の階段を昇っていく。
「随分入り組んだつくりになってるんだね」
「そりゃあもちろん泥棒が入らないように、目的地に辿り着きにくいように作ってるからね」
言いながらも行き止まりの扉を開けて入っていけばそこが目的地だった。
「ヴィン!ティルル!遊びにきたよ!」
柵もない部屋でのそりと二つの山が動いた。
「片翼のウェルキィ…」
ゆっくりと歩きながら背伸びをするように片方にだけ羽を伸ばしてやって来た二匹の妖精と言うより猛獣はランに甘えるように鼻っ面を押し付けてきた。
「ごめんねー。退屈してたでしょう」
首周りの密になった毛ををわしわしと豪快に撫でまわせば甘えたような喉のなる声が聞えてきた。
可愛いんだけど、あまりの迫力に唖然となる。
二匹のウェルキィに甘えて押しつぶされたランの姿はもう襲われているようにしか見えない。
全身で触れ合っている姿にどうしたものかと思うも
「ヴィン、いい加減にしないか。ティルルもだ」
遅れてこの部屋にやって来たのはアルトゥールさんとジルベールさん。
正統派のイケメンと優しいお兄さんの二人のコンビは夜のパーティーはもちろん、船の娯楽施設では同じ年頃の女の子達から頻繁に声をかけられている様子をよく目撃している。
俺はともかくルーティアはあの二人に興味がないのかブレッドの妖精講座に夢中になっているせいもあるので主に晩餐のパーティーの時にしか顔を合わせないのだが、
「なるほど。この部屋の天井が開いて外へと出れる仕組みになっているのですね」
二人の姿に隠れていたルーティアが姿を現した。珍しい組み合わせだ。
「ウェルキィが気になる?」
「当然です。
ブレッドの妖精も可愛らしいのですが、やっぱり触れ合うには向かないでしょう?」
プチってやってしまう姿が目に浮かぶ。
ではなくて、そんな思考を振り払っている間に
「うふふふふふ、想像通りふうわっふわっですね!うふふ!うっふっふっふー!!!」
いつの間にかヴィンの首に腕を絡めて抱き着いていた。
当然ヴィンは迷惑顔でご主人様に向かってこれどうにかしてくれと視線で訴えている。
いや、下手に構うな。諦めろ。なんてご主人様のアルトが言う隙に隣にいたティルルはさりげなーく、なにげなーく避けるようにして移動していった。
ちなみに2体は大きな犬のような、虎の獰猛さも持ち合わせた狼にも似た肢体で真っ白の体毛には刃物のような光沢を放っている。耳の先っぽや尻尾の先っぽ四足の足先などがチャームポイントのように黒い毛が生えているが違いは羽がある位置。
見分け方は左翼のヴィンジャー、右翼のティルシャルと教えてくれた。
雪兎の世界では別の意味が含まれてしまうかもしれないが、これは単に見た目だけで付いた呼び名。
見ただけでヴィンとティルルと分かるようになると今度はロード・ヴィンとドクター・ティルルという呼び名に代わる。
契約者のアルトが領主なのとジルが医者だから。
単純なのだが、これはこれでそのまま名前を採用すれば新たな問題がうまれそうだ。
だけど、彼らはフリュゲールでは知らぬものが居ないくらい有名な妖精なので誰も間違いを起こす人はいなかった。
「この子達が聖獣ウェルキィの亜種なのですね!
混血になると扱いが妖精の枠になると言うルールが面白いですね!
混血の親が気になる所ですが…それは野暮と言う物でしょう。
ですが、私は断然知りたい派です!
むしろ紹介しなさい!!!
聖獣ウェルキィは船上でお会いしたあの大きな獣ですよね?
精霊より格下の扱いですが、聖獣の中でも順位付けがあるのでしょうか。
となると精霊にも格付けがある事になってしまいますね!興味深いです!!
ああ、それよりもあの毛並みももっふもっふでしたね!
尻尾で襟巻を作ったらどれだけ素晴らしい事か!いえ、コートも捨てがたい!!!
あの毛皮に包まれて眠りたいとは思いませんか?!
ディはどう思います?!」
「とりあえずさ…
ヴィンとティルルが怯えてるから一回落ち着こうよ」
ジルの背後にいつの間にか隠れているティルルは警戒するように震えてるし、相変わらずぶら下がる首のヴィンは声は出さずとも必死にアルトに助けを求めている。
こういった精神攻撃の耐性がないせいか可哀そうにすっかり尻尾を足元に巻きつけ、居心地悪そうに涙目で、それでもおとなしく座っていた。
「ええ?私、今日はこちらでお二方とご一緒させて頂こうかと…」
「申し訳ありませんがここは関係者以外立ち入り禁止なので」
「それは残念。でも何とかして関係者になれる方法を探さなくては…」
不穏な一言にどうしたもんかと誰ともなく冷や汗を流してしまう。
「でも意外だな。ルゥ姉って妖精や聖獣の力なんて借りなくても私だけで十分って言うタイプだと思ったのに」
「それは思い違いでしてよラン。
私は納得できる戦力なら是が非でも私の物にしたいタイプです。
今までに納得できる戦力が居なかったの興味を持てなかったのです。
聖獣のあの美しさも強さも私には魅力的で仕方がないのですが、あの方達はランの物でしょ?
ならばそれに準じるあなた方でも私は満たされましょう!
シェムブレイバーの子達でも私は満足ですが、あの子達ではこのように力強い抱擁が出来ないでしょう!
このもふもふに包まれる幸せは得られないでしょう!!!」
「うん。判ったからルゥ姉。お願いだからもふもふしながらで良いから黙ってて。
話が進まないよ」
何時の間にかランまでルゥ姉と呼ぶようになってしまったものの、かわいそうに生贄とされてしまったヴィンは総てを諦めて蹲ってふて寝を決め込んでしまったようだ。
だが甘いよと俺は心の中で涙を流す。
そんな程度の防衛ぐらいルーティアに効くわけないじゃないか。
「おや、お疲れでしたのね?
なら私もひと時ご一緒させていただきましょう」
蹲る腹の辺りを枕にし、長いしっぽを手繰り寄せて毛布の代わりにする。
ああ、寝たふりしながらでも苦悶する顔がお労しい。
悪夢しか見ない寝つき方だなとなるべく見ないようにしてティルルの胸毛を撫でてその場を全員でごまかす事にした。
「ルゥ姉が動物がOKなのは意外だったけど、フリュゲールに言ったら妖精の一匹ぐらい契約しそうだよね」
「どうだろ?すでに精霊2体と契約してるし。
って言うか、妖精の連絡網ってない?ルゥ姉見かけたら全力で逃げてって」
「大丈夫。野生の動物と一緒で妖精も初対面の人にはまず仲良くしようとしないから。
それより精霊2体と契約とはすばらしい」
それでも強引に捕まえてゲットしそうなのがルゥ姉の謎の行動力なのだけど
「妖精と契約者?って、会話でもできるの?すごく呼吸が合ってると言うか…」
「会話はできませんよ。
と言うか、妖精とは基本会話はできません。
見た目通り声帯の作りも人とは違いますしね。
ですが、シェムブレイバーのように人と同じ形をしているもの達もいますが、人とは違う方法で独自の伝達方法を築き上げているので言葉で言う会話は成り立ちません」
「むしろその条件でブレッドのシェムブレイバー達は文字を覚えさせて筆記で会話を成り立たせているから知力は相当高いぞ」
「ならティルル達とは会話ができないのか」
残念と言うように胸元の毛を梳く様に撫でてあげれば頭を下げて耳の後ろを掻けと誘導されてしまった。
可愛い奴めと言うように耳の後ろの密なあたりを掻いてあげれば満足そうに目を細めるしぐさは犬そのものだ。顔はおっかないけど。
「でもそんな物なくても会話が成り立つのが契約の証です。
まぁ、会話が成立すればそれはそれで楽しいでしょうとは思いますけどね」
そんな言葉で締めくくったジルの言葉に俺はランの顔を見る。
「なら聖獣は?精霊は???」
深紅の瞳が二度三度と瞬きしたのちに
「会話は成立するよ。
だって彼らは僕達人よりより高位の存在だ。
妖精も人より高位の存在だけど、聖獣、精霊みたいに種族の垣根を越えた交流が出来ないだけであって。
それに精霊や聖獣は成長した分色んな事を覚えて行くから人に混ざって暮らしたりしてるよ」
「え?うそ?まじ?」
思わず反射的に確認してしまえばこくりとさも当然と言うように頷くだけ。
「ひょっとしてフリュゲールでは当たり前の事?」
「フリュゲールの一般的な知識ではそう言う事になってますが、そうやって化けている精霊、聖獣に実際に会えるのは稀ですので。
個体数が圧倒的に少ないのです。
なのにうちの陛下ときたら人に化ける聖獣はもちろん自由すぎる精霊までお連れになったときた!
知ってます?それはそれで我々が大変な事を?」
ぎろりと睨みつける視線からさっと顔を逸らせた当の陛下さんは何の事かな~?なんていう顔でそっぽを向いていた。
どっちにしてもだ。
「妖精、聖獣、精霊を実際に見たものの、ペットとどう違うんだって言う話だよ」
枕となったヴィンと今も「ここっも掻いて~」ともう片方の耳の後ろに手を誘導してくるティルルの頭を軽く叩いて
「調子乗って甘えるんじゃない!」
思わぬ教育的指導に契約者を始め穏やかな笑い声が溢れて行った。




