ランセン=レッセラート=フリューゲル
眩しい光に気づいて目を覚ました。
眩しいと思っていたのはテーブルランプの明かりで、それよりも驚いたのは今にも泣きだしそうなサファイアの瞳が目の前にあったから。
最近こんなのばかりだなとぼんやりする頭で形ばかりの反省をする。
「気が付いた?」
どこか湿っぽい声に返すように頷きながら体を起こせばそこは俺達の部屋とも違うしレツ達の部屋とも違う部屋だった。
「安心して、ここは別に用意してある部屋だから」
声にびくりと体が一瞬震えるも、そこには対面のソファに座るレツも泣き出しそうな、だけど懸命にこらえるそんな顔で俺達を見守っていた。
その後ろにはブレッドとアルト、そしてジルが待機していて、妖精達はブレッドの肩なり頭なりに座っている。
シュネルは少し離れた止まり木の所で眠っていたが。
「何か飲む?」
レツの言葉に頷いてコップだけもらう。
そこに暖かな湯気の立ち上る白湯を作り出して一口口の中を濯ぐようにして飲みこんだ。
「あれかだどれだけ経ったの?」
聞けば
「まだ半刻も過ぎてません。
もう少しゆっくりしててもいいのよ」
言いながらルーティアはコップを取り上げて俺を強制的に横にさせた。
あのドレスを着たままだと言うのに、スリットから覗く足を枕にするように俺の頭を押し付ける。
そうすれば平静を装っているもののどれだけルーティアが心配していたか泣いていたかのように乱れる呼吸のリズムで理解する。
ますます頭が上がらないなと目を閉じながら
「ねえ、レツ。説明してくれるよね。
レツは言ったよ。
狙いが僕ならこの子は関係ないだろ、って」
その言葉に小さな声で「うん」と彼は返事をする。
「まず改めて自己紹介をするね。
僕の名前はランセン=レッセラート=フリューゲルって言うんだ。
ランセンが名前でレッセラートが姓。フリューゲルはフリューゲルって言う精霊から力を頂いた者の末裔を意味するんだ」
「簡単に言えばフリュゲール王だ」
ブレッドがかいつまんで略すも略しすぎだと言うか王様だなんて聞いてないよと力ない笑い声で講義をする。
「ですが、普通ならフリューゲルって名前を国名にするのでは?地図にはフリュゲールと刻まれてますが」
サファイアが自分の中の不安を誤魔化すように意識を無理やり変えようとしているのが分かったのか、その疑問にレツ達は答えてくれる。
「正しくはフリューゲルなんだ。
もともと国を立ち上げた僕達一族はそれと同時にこの大陸を僕の帰還までずっと離れていたんだ」
「部屋に在った本の内容となんか違うな?」
薄っすらと目を開けてレツの様子を見れば、長いまつげの瞳をパチパチと瞬きを繰り返して
「うん。僕もこっちに来てから知ったんだけどね。
なんか事実が全く変わっちゃったくらい略され過ぎているけど正しくはフリューゲルの力によって強くなった族長の子供はその力が周囲から恐れられて追放されるんだ。
そして残った一族が立ち上げた国を受け継いでいくんだけど、その頃の識字率の低さに書き間違えでフリューゲルからフリュゲールになったと言う何ともお恥ずかしい話なんだな」
本当に恥ずかしいと言わんばかりに笑うレツに
「ですが、よくぞあなたをフリューゲル王と認めさせましたね」
呆れたルーティアの声にレツは懐から一枚の羊皮紙を取り出す。
「これの所持者が僕だからね」
言って広げたのは一枚の大陸地図。
フリュゲール国の場所に宝石がはめ込まれていて、その中にフリュゲール国と文字が刻み込まれている…
「まさか、これって本物の…」
目を見開いて地図を眺めるルーティア。
「そうだよ。フリュゲール国が所持するはずの大陸地図。
国を立ち上げた時に出現した大陸地図をそんな大層なものと知らずに僕の先祖が大陸の外に行く事になった時持ち出した物だ。
大陸地図とは一説によると戦争のつきないこの大陸にこの世界を作り出した精霊王が領地を書きとどめた物を各国の王に与えたオリジナルの地図の一つ。
みんなも知っての通り、地図の内容は各国同じで、変更があればすぐに大陸中の地図がこの魔石の力によって書き直されるという優れものだ。
ただし書き直すには想像もつかないくらいの魔力が必要で、魔法の使えないフリュゲールではまず無理な事。
領土を広げたくば自国の地図と広げたい先の地図を用意して書き換えるしかない、国が国である為の証明書だ」
「噂でフリュゲール国には地図がないと聞いた事がありましたが、まさか本当に…」
「地図がなくても地図に書き留められた以上国は存在できる。
ただ戦争して勝利しても地図を書きかえる事が出来ない為に負けた国はいつまでも存在できる、各国の秘宝中の秘宝だ」
「いつ聞いても変なシステムだな」
思わずと言うようにこの世界の変わった常識に肩を竦めるも
「おかげで我が国は侵略させる事も侵略する意味もないまま地図が出現して約1000年。
平和な物だったぞ」
「国境の小競り合いは今も続く頭痛の種ですけどね」
アルトとジルの説明に戦争する意味あるのかと思うが
「どんなふうに地図が書き換えられるかなんて僕は知らない。
なんせ最後に地図が書き換えられてから数百年は経っている」
言いながら
「記録ではアズラインがウィスタリア国から除外された時に更新されたのが最後の記録になっている」
ブレッドの説明に
「国の数って有限じゃないんだ。増やす事も出来るんだね」
思わぬ発見に驚いてみるも
「ウィスタリア国の精霊を怒らせたらしく見捨てられた土地として出来た不名誉な歴史を持つ国だ。
あまり感心できる物じゃないけどな」
「精霊様の考える事はたかだか100年も生きる事の出来ない人間には思いもつかない事って言う事だ」
不可抗力な自然災害みたいなものだとまとめるブレッドに「ふーん」なんて答えながら
「所でさ、あのベットルームどうなった?」
ついでのように何気なく口に出す。
しかたがない。聞かずにはいられないんだから。
聞かずに済ます事が出来ればそれで済ませたいが、そんなわけにもいかないだろう。
「どうすればあのようにスパッと人体を斬れるのかこちらが聞きたいくらいです。
ちょうど胸のあたりを上下に真っ二つ。腕がバラバラになる惨状で遺体をそろえる事に苦労しました」
「部下に死体を処理させたがみんな一目見るなり吐き出して役にたたん惨状だ。
ちなみに気づいてないかもしれないがこの船の乗組員は全員軍所属の奴だが、ほんとあいつら役立たずだな」
医者だと言っていたジルとアルトが溜息を零しながら呆れたように言う。
「せっかくどこの追手か泳がせていたのに死人に口なし、ですね」
「レツはそんなやつらに追われるような事をしたの?」
聞けば
「こいつの存在自体が気に入らないやつらが居るんだ。
別の大陸からひょっこり現れた子供がこの国の王座に関する物を総て掻っ攫って行ったんだ。
権力が大好きな奴らはさぞ楽しくないだろ?」
「確か昨年でしたか?王位継承宣言してフリュゲール国に200年ぶりに王が戻ったとか噂で聞きましたが…」
「12歳がフリュゲールの成人年齢だからね。12歳になるのと同時に王位を貰った。
って言うか、まだ一年もたってないのに暗殺騒動だらけだよ」
笑って言うレツに
「レツは王位が欲しかったのか?」
ハウオルティアでの押し付けられた王位継承問題もあり、そんなにもいい物かと思うが
「別にいらないよ。だけど、フリュゲールは本来シュネルの国なんだ。
他にも僕の友達のクヴェル、アリシア、ウェルキィも何も言わないけど帰りたがっているのは判ってたからね。
どんな国か一度見てみたいし、噂では魔法じゃない文化が発展した国だって言うじゃないか。
話を聞いて気にならないわけないだろ?」
キラキラした瞳がいかにフリュゲールが素晴らしいかという事を物語っている。
「ちょうど俺のやしない親が年で亡くなったの期にやって来たらいつの間にか王様になっちゃったのは想定外だけど、みんなやっぱりこのフリュゲールが好きだからね。
ずっと側に居てくれたみんなの為に、何も理由も知らないのに守ってくれたみんなの為に僕ががんばる番になっただけの話だよ」
どこかはにかみながら、でも何てこともないように言うも、そのプレッシャーも半端ないはずだと改めてレツを見直す。
今日もだけど今まで何度も殺されそうになったり、あんな怖い目にも何度もあっているだろう。
それでもレツは笑顔で僕ががんばる番だと言う。
凄いと尊敬してしまうが、俺には悪いけどハウオルティアの人の為に頑張る事は出来そうもない。
「だけど、じゃあなんでレツは俺を守ってくれるんだ?」
聞けばレツは身を正して俺の目を正面から望み込む。
「友達だからって言いたいとこなんだけどね、そうは言わせてもらえないんだ。
本当ならフリュゲールについてから打診しようと思ってたんだけどこんな状況になってしまったからここで打ち明けるよ。
リーディック・オーレオ・エレミヤの身柄をフリュゲール王の名の下に保護を申し出たい。
どうか保護を受け入れてもらいたいんだ」
「それは彼女も?」
「彼女がルーティアでもサファイアでも関係なく君がこの保護を受け入れると同時に君が願えば彼女も保護対象に入れよう」
深紅の瞳が俺をまっすぐ見つめ、視線は逸らせてもらう事も出来ない。だから
「無償で保護なんてあるわけがない。何が狙いだ?」
わざと悪態ついていうも
「ブルトランのやり口は僕もシュネルも気に入らない。むしろ怒ってると言ってもいいくらいだ。
ブルトランに対する嫌がらせもあるが、紅蓮の魔女サファイアに協力を求めたい」
「サファイアの子供が欲しいって言うんならお断りだ」
言えばレツの瞳がキョトンとして次第に顔を真っ赤に変えていく。
「そ、そんなわけないじゃないか!彼女は奴隷じゃないんだから子供作らしてとか、そんなことさせるとか、あ、あ、あ…アルト!!!」
一瞬にしてパニックになった純情なレツは自分が言った言葉でもダメージを負ったらしく、背後に控えていたアルトに泣きついてしまった。
ちょっと意地悪したなと心の中でごめんと謝れば
「私としてはぜひ私と婚姻関係を結んでほしいとこですが、レツの申し出はこうです。
ハウオルティアの常識ではすべての人が等しく魔法を扱える。そうですね?
ですが我々は何故魔法を扱えなくなったのかその研究と、魔法を扱えるようにトレーニング、そして魔法の知識をお教え願いたいと言う物です」
「そんな事?」
キョトンとするルーティアに
「そんな事ですら我々には希少な宝石よりも価値ある事なのです。
かの有名な紅蓮の魔女にお教えいただいたとなればみんな関心を持たずにはいられないでしょうから」
「隣国のヘリオールもアズラインも魔法文明の衰退は下降の一途ですからね。
大国ウィスタリアの隣に位置する国としては対策も施しようもないでしょうし」
「それに先ほどの一件を見て目を背けるわけにいかなくなりました」
「ああ、あれね。どうすればあんな事が出来るか私も聞きたいわ。
せっかくだから説明しなさい」
言いながら俺を猫つまみで椅子に座り直させるルーティアにブレッドの周囲に思い思いの格好でくつろぐ妖精を指さして
「レツがシェムブレイバーの説明してくれたんだ。
羽を高速で動かして切り付けるって。
それをそのままイメージして…」
「力いっぱい攻撃しいたという事ですか」
次第に険しくなっていくルーティアの顔に俺でなくとも誰ともなく緊張をする。
「まだ魔法を教えている途中でしたが、何で魔法は呪文に縛られていると考えた事はないのですか?
魔法の基本はイメージが重要かもしれませんが、強い魔法にはより具体的なイメージが必要になります。
規模、範囲、威力、持続力。
それこそ呪文と言う言葉でこれらを縛り付けなくてはいけないほどに。
シェムブレイバーが飛行しながら高速で攻撃すると言う高度な技術を何も縛らずただ力任せに使えば、あんなふうになって仕方ないでしょう。
人はもちろん周囲の壁も真っ二つ。
本当に救いだったのは貴方がまだ幼くてそこまで大した魔力を持っていなかった事一点のみですね」
呆れたと溜息を零すルーティアの説明になるほどと聞くフリュゲールの面々。
「まぁ、これであなたも裏の世界のブラックリストに名前を連ねたのは間違いないでしょう。
保護の話は受け入れます。
ですが、それはこの子がそこそこ大きくなるまでの間でお願いします。
なんせ私達にはブルトランの王を討ちとると言う大義があります。
この子が大きくなって本格的に戦闘訓練を受ける事が出来るまでの間、我々の保護をお願いいたします」
そう言いきったルーティアに
「戦闘訓練だったらここでもできると思うけど?」
レツの提案にルーティアは首を横に振る。
「申し訳ないのですが、精霊に守られた国では強くなることができません。
それに私は最も過酷な国に住む師匠が居ます。と言っても心の師匠ですが。
あの方にご助力をお願いして後は実戦で強くなるしかありません」
「実践って…と言うよりあの方とは?」
ジルの疑問にルーティアはルージュを塗った唇を蠱惑的に釣り上げて
「私が知る限り最強の方と言えば焔の女帝ただ一人です」
「焔の女帝…」
「炎つながりですか」
「と言うか…」
「誰?」
あまりの気まずさに船外の波の音が室内に響く。
さすがのルーティアもこの返答は全く想像もできなかったらしくうーんと唸りながら
「ロンサール国のギルドを総括する方ですが…」
「ロンサールとは国交がないからな」
「砂漠の真ん中にあるオアシスの国だったよな?」
「5年ほど前だったっけ?突然砂漠化したって話だよな?」
「5年前じゃまだ僕がこっちに来る前だね」
「もういいですわ…」
あまりにローカルな話題はワールドワイドの規模では埋もれてしまうのは仕方がないが
「ロンサール国はハウオルティア国の隣国になります。
情報を集めながらあのあたりの森に住む凶悪な魔物を殺しまくって血の色にも骨を切る感触も肉を焼くにおいにもすべてに置いて動じないようになってもらわなくてはいけません。
最善として彼女の助力を取り付けてブルトランに乗り込まなくてはいけませんからね。
それまでは体力を付けつつ、知識を蓄えなくてはいけません。
我々で出来る事は可能な限り引き受ける事で、その間の保護をどうぞお願いします」
そう言うルーティアにレツは手を出す。
「レツって言うのは呼ばれなれないから良かったらランって呼んで」
言えば契約成立と言うようにルーティアは手を握り、そして次に俺も手を握る。
「俺もディックでもディでも好きに呼んでくれ」
「君の本当の名前を呼べる日までそう呼ばせてもらうよ」
ルーティアもと付け加えてランはヴェルナーを呼ぶ。
「アルトの義弟で部下だから好きに使って。
妖精には嫌われたけど剣やナイフを扱わせれば指折りの使い手だからこき使っていいよ」
そう付け加えたランの言葉に頷けばルーティアは立ち上がる。
「それでは今宵はお暇しましょう。
随分遅くなってしまいましたね」
既に日付も変わった時間。
幼い体は睡眠を求めて欠伸が止まらない。
「では部屋まで送りましょう」
と言うアルトの申し出には
「ヴェルナーが居れば十分ですわ」
必要ないと釣れない仕種を残して俺達は部屋を後にした。
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