黒衣の乱入者
暴力シーンがあるので苦手な方は逃げてください!
メインホールとなるディナー会場に行く。
そこでは生演奏と、ホールを解放してダンスホールとなっていてすでに何人かの客が躍っていた。
入口までヴェルナーにエスコートされたルーティアの姿はストールを羽織えど男達の視線が胸に、腰や足のラインに突き刺されば少しながら緊張する彼女の手を軽く引っ張る。
深呼吸して彼女のどこかひきつった顔がすぐにいつもの余裕ある顔に戻してディナー会場へといざ出陣。
受付の所で特等客室のグレゴールという事を伝えればお連れ様がお待ちしていますと案内してもらえた。
待たせちゃったかなと思うも、向かった先にはレツとブレッド、それと知らない二人の男がわざわざ立ち上がって待ってくれていた。
「レツもう来てたんだ。誘ったのに遅れちゃってごめんね」
すっかり意気投合しましたと言うように駆け寄ればレツも笑いながら
「そんなの気にしないで!ディータに誘ってもらえてうれしくって早く来ちゃっただけなんだからさ」
言いながら俺の頭をイイコイイコと撫でてくる。
三歳の年の差身長差とはこういう物かと素直に撫でられている合間にもウェイターに席を進められて着席をする。
ただし、子供同士話がしやすいように席をちょっとだけ寄せて、今夜は奇術師のショーを行うらしく過去に見た事があるショーの話を織り交ぜて教えてくれる。
へー、ほーとなかなかに12歳にしては話し上手なレツの説明に耳を傾ける合間に大人組の様子を伺う。
「初めまして、ディータの姉のルーティアです。弟がお世話になって、お菓子まで頂いたようでありがとうございます」
ルーティアの滑らかな声の挨拶に
「いえ、こちらこそレツがご迷惑をおかけしたとか。
形ばかりではありますがレツの後見人のアルトと申します。どうぞお見知りおきを」
いち早く対応したのはブレッドでもないあの場に居なかった人だった。
ブレッドがぐれたヤンキーみたいなくすんだ金の髪ならこの人ははちみつ色のいかにも血統の良い貴族ですと言うような容貌だった。
俺も鈍い金の髪と翡翠の瞳の色だから似た様なもんだけど。
だからかあまりに自然にルーティアの手を掬ってその甲にキスを落とす。
「ハウオルティアの人と聞いていましたが、あまりにフリュゲールのドレスを美しく着こなしてくださって、つい」
一瞬ルーティアのこめかみに血管が走ったのには慌てたけど、すぐ隣にいたもう一人の名前を知らない人がアルトを猫つまみで着席させた。
「つい、ではないでしょう。
確かに扇情的なまでに美しい女神のような方ですが…
貴方はいきなり初対面の方になんて事を。
連れが失礼しました。フリュゲールで医師をしてますジルと申します。
これがもし失礼な事をしたらなんなりとおっしゃって下さい」
銀の髪の湖水のような瞳の色の男はやれやれと苦笑交じりに軽く握手だけ交わして席に着く。
傍で聞いていればあんたの方がよっぽど耳が逃げ出したくなるセリフを言ってるのに気付いてくれと心の中から訴えるも、言われた本人が一番逃げ出したいようにそわそわしている。
ジルはサファイアの周囲にはいないタイプだったようでこういった言葉の免疫がないようだった。
「騒がしくて悪いな。すまないが…諦めてくれ」
溜息を零すブレッドにルーティアでなくとも苦笑すれば
「ブレッドだ。一応これの保護者をしてる」
これと言うようにレツを指させば
「貴方がブレッド?頂いたキャンディ美味しかったわ」
「よかった。ミントのキャンディはこいつらには不評でな。少ない仲間が出来てうれしいよ」
「ディックにも好評でしたのよ」
そう言えば何気に裁縫をしている間ずっと舐めてたような気がする。
その言葉にレツが「うげぇ」と苦い顔をすれば誰ともなく笑う。
「ディータの方がレツより大人だな」
「そう言えばカファオレに砂糖も入れずに飲んでたな」
「その年で味が判るとはこれからが楽しみですね」
「何が楽しみなんだよ…」
大人男子三人組は仲が良いのかレツをからかいながら初対面のルーティアから笑みを引き出す。
そう言えば、たとえこの笑みが作り笑いだとしてもルーティアの笑った顔は久しぶりだなとぼんやりしてる合間にも食事が用意され、海の上だと言うのに新鮮な野菜のサラダや、どれだけ煮込んだかわからないような濃厚なソースのかかる肉料理に舌包みを打ちながらデザートに辿り着く。
良く冷えた季節の果物のシャーベット。
濃厚な名前の知らないかんきつ類の爽やかな甘みと、ショリショリとした食感を楽しんでいれば
「よかったら一曲踊りませんか?」
程よくみんな緊張がほどけた所でアルトがルーティアを誘う。
口元を拭いながら俺へと視線を向けた事に気づいたのか
「じゃあ、僕とディータは部屋に行かない?シュネルが退屈してるし、もっとすごいのが見れるよ?」
「すごいの?」
あの鳥と遊べるのはいいとするもなんだ?と、小首かしげている合間にもレツはブレッドに良いよね?と強請れば、好きにしろと短い返事。
「俺も一曲ぐらい踊ったらすぐに戻るさ」
護衛ではないのかと言いたくなるような放置振りに呆れるも、ブレッドの視線は周囲を見回している。
うん。
ルーティアと一曲を所望する方々の突き刺さる視線の盾になると言うのならぜひともお願いしようではないかと席からぴょんと降りて
「じゃあ、シュネルと遊んでくるね」
そう言って去ろうとするもルーティアの視線は置いて行かないでと言う物。
ダンスぐらい踊れるだろう。これも修行だとバイバイと手を振って去ろうとすればルーティアはアルトに手を引かれてダンスホールへと連行されていってしまった。
いつまでも生娘じゃいられないんだから一晩相手してもらえば?とまでは口には出さずに早くと手を引っ張るレツに連れられて彼らの部屋へと向かった。
誘いに来た時も思ったけど、多分特等客室の中でも一番豪華な部屋だと一目で判断できた。
部屋の広さもだが、船の中なのに部屋が二階にもある。たぶんそこが寝室だろう。
豪華な猫足のテーブルに固くもないちょうど良い心地の張りのあるソファ。キラキラしたシャンデリアは気泡が見当たらないからきっとガラスじゃないだろう。
磨き上げられた大理石の床に船の中だと言うのに暖炉もある。
勿論暖かい国の船だからイミテーションなのだが、俺達の部屋も豪華なはずなのに、さらに豪華と言える価値観がおかしくなる部屋をなんて事のないようにシュネルを呼ぶ。
「どこに隠れてるの?ディータも来たんだよ」
言いながらもテーブルの上に置いてあった果物を突如切り出す。
小さくサイコロサイズにカットすればシュネルがどこからか現れちょんちょんと机の上を移動してきた。
「のど乾いたでしょ?今なんか飲み物用意するね」
言いながら小さな、それこそ人形遊びをするような小さなカップを並べ始めて、そこに紅茶を注ぐ。
「皆出て来ても大丈夫だよ!」
言うもシュネルだけが果物をついばむだけ。
何なんだと思う合間に視界の片隅で光が走った。
思わずと言うように光を追うも、別の方向で光が走る。
振り返るよりも早く、目の前でさらに光が走った。
「ふぁ、なに?ちっさい、これって?」
四つの光が部屋の中を跳ね回るように走っている。
追いかけるように視線を走らせるものの、それよりも早く光は消える。
だけど、やがてそれは机の上に集まれば光は留まり、その姿が露わになる。
『フリュゼール国と言うのは魔法は存在しますが、妖精の国と言うように妖精と契約して妖精に魔法を使ってもらうと言う国です』
不意にルーティアのその言葉を思い出した。
キラキラした光が収まり、その中から現れた小さな人によく似た肢体。
そして背中には2対の4枚の羽根。
4体居る中1体は女の子か可愛らしいワンピースを着ていて、関係ないけどちゃんと下着替わりかスパッツを穿いていた。
「皆に紹介するね。彼がディータだよ。
そしてこの子達は妖精のシェムブレイバーって言ってね、シェムエルって言う森に住んでいるんだ。
女の子のチェルニ、一番大きくガタイのいい子がアウアー、一番年下で小さな子がプリム、そしてその中間の子がルクス。
みんなブレッドの相棒達なんだ」
「かわいいなあ。よろしくね」
ピーターパンじゃないけど妖精が本当にいる世界なんだと魔法に続いて感動しながら手を差し伸べるも妖精達は知らんぷりでレツが用意した果物を食べていた。
「あはは、気にしないで。みんなと仲良くなるのに僕も時間かかったしね」
何とか懐いてもらうのに苦労したんだと苦笑を零すレツの話を聞きながらもおもちゃの食器が良く合うサイズが動けばすべてが愛らしい。
「いまならお人形遊びにのめり込む女の子達の心理判るな」
「うん。家に帰ると僕の手作りの家具を使ってくれててるんだよ」
「と言うか、その技術もすごいな」
「厚手の紙に綺麗な布を貼ってタンスを作ったり、楽しいよ!」
そりゃ相手はこんなかわいい子達だ。
作り甲斐があるんだと目を輝かせて説明するレツの主張に確かにと納得する。
「じゃあ、せっかくだし船に乗ってる間になんか一緒に作ろうか?」
そんなお誘いにこくこくと頷けば早速部屋を物色し始める。
何とか見つけたのはチョコレートの箱は在れど布がない。
「どうせみんなすぐ戻ってこないから、商業区画に行かない?」
言いながら俺の手を掴んで立ちあがらせて駆け足で部屋を出る事になった。
「怒られない?」
勝手に部屋を出て大丈夫かと言うも
「シュネルが一緒だ。問題ないよ」
駆け足は止まらない。
手を引っ張られて階段を昇ってフロアを曲がればいつの間にか目の前には人であふれた商業区画が現れた。
屋台の立ち並ぶ人がごった返した雑然とした場所。
だけど空気は楽しく陽気で、なんだか夏祭りの会場のようだった。
「こんな所があったんだ」
「うん。長旅だもの。お客様に不便をさせないように何でもそろってるんだ」
レツに案内されながらきょろきょろとしていればルーティアが持っていたような紙袋をぶら下げた婦人が居たり、美容室なのか、綺麗に髪を結い上げた女性が自慢げに店から出てきたりとしたキラキラ眩しい場所を潜り抜けて、甘かったり、香ばしかったり屋台のような店が並ぶ区画を通り過ぎ人が少なくなり出した場所に出た。
「雑貨屋さんもあるんだ。
この船には特別の気持ちで利用するお客様から移動するだけの足として使うお客様もいるからね。手ごろな値段で利用できる店もたくさんあるんだ」
そう言った説明を聞けば穴の開いた服を着て蹲る少年から、通路で自分の腕を枕に寝る老人もいる。
「今回は場合が場合だからね。駆け込み乗船した人達も居るみたいだね」
まさに着の身着のまま逃げてきたといった所だろうか。
かといって船を降りた先での生活の保障は何もない。
彼らの未来に不安を覚えるも、それより買い物をさっさと済ませたレツが俺の手を引っ張って店を出てまた駆け足で部屋へと戻っていく。
なんとなく駆け足の理由が判って胃の中にぐっと重い物を飲み込んだ気がするものの、見なかったふりをして唇を噛みしめた。
これが母の選んだ光景なんだと。
レツは戻った部屋の中で工作の準備をしていく。
無言のまま背中を向けて
「ごめん。でも知らないじゃいけない事ってあるんだよ」
小さな、それこそ零れ落ちたというような言葉に俺は息を呑む。
レツは俺の事を知ってるんだと警戒心が高まるが、次に振り向いた瞬間には初めて会った時の無邪気な笑みを浮かべていた。
「さあ、今回は初めてだから荷物をいれるトランクボックスを作ろう!
みんなもちゃんと荷物を片付けるんだよ!」
言えば不満げな顔が四つ。
妖精にはお片付けと言った習性はないようだが、それよりもその前のレツの言った言葉が気にかかる。
声をかけていいのか、どう言葉を繋げばいいのか、それとも敵か味方かその判断材料もないまま迷うもレツはご機嫌のまま工作を始めて行く。
呆然とその姿を眺めて行くも、こんこんと部屋の扉をノックする音が聞こえた。
ひょとしてルーティア達が戻って来たのかと安心して早くこの部屋を出てこの一件を知らせなくちゃと扉に近づくも
ぴゅ!ぴゅるる!
シュネルの不思議なまでの美しい声。
でも、デッキで聞いた時よりどこか強い鳴き方にレツが険しい顔をして俺の手を取って二階の寝室へと引きずりこまれる。
「急いで!」
「え?なっ!!」
慌てて扉が閉められる瞬間にみえた光景は、数人の黒づくめの男達がドアを突き破って抜身の剣を持ってやって来た光景だった。
「シュネルが、チェルニ、アウアー、ルクス、プリム…」
連れて来てないと言おうとするもレツの髪の合間からぴゅるるとシュネルが顔を出してきた。
それからレツの服の胸元からチェルニ達4人が次々に飛び出してくる。
「彼らは僕等よりよっぽどすばしっこいから捕まる事はまずないよ。
プリムとアウアー、君たち二人でこの事を知らせてくれ」
誰にとは言わない。
だけど二人は頷いて船室の窓から飛び出して行った。
「大丈夫だよ。彼らはちゃんと契約した妖精だから世界の反対側に居てもどこにいるかちゃんとわかるんだ。
それよりも手伝って」
ベットを押す姿を見て慌てて同じようにベットを押せば扉の前まで移動させる。
「さて、これで少しは時間稼ぎ出来たかな?」
扉の外から「二階にいるぞ」と言う声が聞えればドアをガチャガチャと開けようとするも開かないから次第に乱暴になり、ドアを蹴り出す始末。
だけど次の瞬間見たのは目を疑う光景。
「時間稼ぎできそうもないな」
なんと暖炉の飾りの斧でドアをたたき割り出してきたのだ。
「うわ、あれ飾りだって言ったのに、ブレッドのバカ野郎!」
「たぶん飾りだと思うけど、本物に近い飾りだから意味ないんじゃね?」
特にこの場合はだ。
「ああ、もう、ほんとアルトとジルもいるのにそろいもそろっておまぬけさん達が」
お前も同罪だよと言いたい所だが、あっという間にドアが叩き割られて男達の姿が良く見えだしてきた。
視線が合わさってニヤリと舌なめずりしながら笑う男達は確かに俺達を殺しに来たようで、今更ながらクローゼットに隠れようとするのも意味がない。
ベットから滑り落ちたシーツを手繰り寄せながら目くらましに使えないかと思うも不意打ちなんて今更意味もない。
どうするかと考える前に光が飛び出した。
二本の光の軌跡を描いて男達の周辺を飛び回れば頬や腕から鮮血を待ちきらしていた。
不可解な現象に
「シェムブレイバーはあの二対の羽を高速で動かして飛んでいるんだけど、その羽はしなやかで固く、触れればあっという間に皮膚を切り裂く剣なんだ。
あんな感じに」
分けも判らず吹き出る血に男達はパニックになりながらも剣を振り回せば運悪く扉にあたって大きく壊れてしまい、部屋の中に男達がなだれ込んできてしまった。
そうなれば皮膚が裂ける位で男達は動じない。
俺達にターゲットを絞って、傷が増えようがお構いなしに近寄ってきて剣を構える。
「依頼主から連れ去ると言う選択は貰ってない。悪いな」
楽しそうにニヤリと笑う男にレツは俺を抱きしめて睨みつける。
シュネルがぴゅるぴゅると抗議を訴えるもチェルニとルクスの攻撃は致命傷どころか男達の足止めさえ与えるまでにはいかない。
「シェムブレイバーの対策がしてある…
狙いが僕ならこの子は関係ないだろ!」
「俺達を見た者は誰であろうと殺す。と言うのがポリシーでな」
巻き込まれてラッキーだったなと楽しそうに笑う彼らは完全にシリアルキラーだろう。
躊躇いなく、日常の一部として人を殺しに来る存在と言う者に初めて対面して正直足がすくむ。
だけど俺を守ろうとするレツの足は震えていて、それでも俺を守ろうと抱きしめる腕は変な汗をかいている。
まだ12歳なんて守ってあげなくちゃいけない幼い存在なのに、こんなにも勇気をふり出して体だけ小さななりの俺を懸命の守ろうとしている。
俺は守られるだけの価値があるのか、守られるただそれだけの存在だけなのかと歯を食いしばって振り上げられた剣に向かって握りしめていたシーツを投げる。
「ははっ、最後の抵抗ってやつ?」
男達の楽しそうな声に俺は頭の中で否定する。目くらましでも抵抗でもなく、これは目隠しの物。
意識は今も目の前で懸命に戦ってくれているシェムブレイバーの高速に動く羽。
それを男達に切り付けるように、イメージは極めてシンプル。
「二人とも逃げろ!
『切り裂け!シェムブレイバー!』」
二つの光が逃げた瞬間、力ある言葉を解き放ったと同時にブン…と唸るような音と共にシーツが裂けた。
それは総てを覆うように広がり、やがて赤い何かを吸い上げて染めていく。
「見ちゃだめだ!」
反射的にレツが見ないように頭を抱えて目隠しをするけどぴゅるぴゅると、どこか淡々とした声が部屋に木霊する。
シーツは最初こそ揺れていたもののすぐに衣擦れの音すらなくなり沈黙を守るだけ。
恐る恐ると振り向くもどうすればそうなったのか判らない惨状が広がっていた。
シーツ1枚じゃ足りない光景の恐ろしさに言葉も出せずにレツを抱きしめ直す。
森の中での出来事とは違いすぎる光景に込み上げる吐き気を何とか飲み込みながら耐えていればどれだけ経っただろうか。
恐ろしく静かな室内にやがて聞こえてきた聞き覚えのある声になんだか泣きたくなって、安心から俺は意識を手放した。
ブクマありがとうございます!
はげみになります!