夜の女王 ルーティアの初陣
レツとブレッドと別れてから暇を持て余すように壁に飾られた大陸地図の下に飾りのように置かれている本を手に取る。
ハウオルティアより紙の質がいいのか薄く、目は細かく、そして全体的に均等な厚さになっていた。
魔法の文明がほぼ無いような事を言っていたルーティアの言葉から察するに、こう言った技術が発展した国だと推察する。
ぱらぱらとめくる本の内容はハウオルティアの文字とは違うはずなのにすらすらと読む事が出来た。
さすがに俺ここまで賢くないのになと普通なら考える所だが、この本はどうやらフリュゲール国の物語のようでそんな些細な事は忘れて物語にのめり込んだ。
大陸地図がこの世界に現れる前の物語。
フリュゲールと言う国の名前が付く前からここは北と西側を山に囲まれ、東と南を海に囲まれた大きな平原だった。
その平原を収める一族は山から続く森の番人で、その森の住民でもある妖精達との交渉役でもあった。
妖精達には彼らが守るべき主、精霊達に守られ、支えあって暮らしていた。
北の山のガムザ山脈から西のキリアツム山脈には空の王者クヴェル、山脈から東側に広がる大森林には鋼の爪と牙をもつ森の主ウェルキィ、海の守護者海龍のヴェラート、そしてその全体を守るように三体の精霊を下僕とするフリュゲールが居る。
人々は妖精と精霊に守られながら感謝してその豊かな土壌で命をはぐくんでいたのだが、その豊かな土地に精霊の加護の域から外れた者達は常に妬んでいた。
やがて人は火を用いて森を焼き、毒を持って川を穢し、山を切り開いて国を潰そうとしてきた。
平原を収める一族は森を守り、精霊、妖精を守りながら戦うも限度があり、族長が殺され一族崩壊と言う滅びの一途をたどるも一族の族長の子は親を亡くし、悲しみにくれながらも精霊や妖精、そして森を守ろうとするも非力な力ではあがらう事が出来ずついに崩れ落ちるその一歩手前。
精霊も妖精も家族なんだからとあまりに純粋な言葉とその直向な姿に打ちのめされたフリュゲールはその族長の子と契約をする。
我が力の一部を汝に与えよう。
そして共に戦い、共にこの地を守ろう。
フリュゲールの力を与えられた族長の子はそれまで使えなかった魔法を扱えるようになり、それは精霊の巨大な力で、瞬く間にこの地を取り戻し、そして清め、精霊の力を貸してくれた恩に報い、以後この土地をこの力がなくとも守ろる事を、その名を頂く事で永遠の約束とした。
フリュゲール国の始まりの物語の一節より
ざっと読んだ感じではそんな物語ともいえない拙い本だったが、どんな国かが良くわかるような判らないような物語だった。
所詮装飾レベルの物だから仕方がないのだろうかもしれないけど、契約と言うのにはちょっとときめく物があった。
主従契約とか、そう言った漫画の中の世界が、おもにピンク色一色の内容が頭の中で展開するもそれを振り払ってこの物語の垣間見えた間を想像する。
魔法が使えない彼らが魔法を扱い、それはきっと精霊レベルの強大な魔法なのだろうと。
かっこいいを通りすげていきなりチートですかとこの国を侵略しようとした人達の末路を想像して合掌。
怒らせてはいけない人達がこの世にはいると言う良き例なのだろうと言う本だと理解すればようやくドア越しにルーティアの声が聞えてきた。
やっと帰って来たかと思えばヴェルナーが開けたドアからいくつもの紙袋を腕に通して見事なまでの炎の髪を高い位置から揺らして不機嫌そうな顔を隠さずに帰って来た。
「おかえり」
苦笑交じりに挨拶すれば床に荷物を落とすようにして置けばつかつかとくつを鳴らして俺の顔を覗きこむ。
「おはよう。体調はどうです?」
首筋に触れたり、目の中を覗き込んだり、口を開けさせてその中を覗き込む。
仕種は父親譲りで少し前の出来事なはずなのにずいぶん遠い昔のような記憶に苦笑。
「ご飯も食べたし快調だよ」
寧ろ食い過ぎだという事を報告しようとしたら
「貴方は丸一日半も寝ていたのですよ。これでも心配してるのですよ」
「その割には絶好調な買い物だね」
ヴェルナーのその両手にも紙袋がいくつも通されており、げんなりした顔をなるべく見ないようにする。
「仕方がないでしょう。さすがに今晩のパーティーには出席しなくてはいけないの。
特等客室の客がパーティーに出ないとなるとフィルメーラ号の船長の顔に泥を塗ると言う意味合いもあるし、その地位にふさわしく散財するのもこの部屋に泊まる私達のマナーと言う物ですが、一から荷物をそろえるとなるとめんどくさいわっ!」
靴を脱ぎ捨てて裸足で室内を歩く事にしたルーティアは机の上のキャンディーに目が止まり
「これは?」
「二人がいない間ちょっと散歩をしてきて、その時知り合った人に買ってもらったんだよ。
ちなみにケーキとジュースとカフェオレもごちそうになったし、クッキーももらっちゃった」
大奮発だねと言えばルーティアは少しだけ考え
「どのような方?」
「レツとブレッド。同じフロアの突き当たりのお客さんで、レツは何処かの坊ちゃんかな?で、ブレッドは引率の先生とか言ってたから家庭教師とか、護衛とかそんなんじゃない?」
言いながらレツが薦めてくれたクッキーを一口かじればチョコレートケーキほどの口内テロを起こさないほど良い加減の美味しいクッキーに思わず顔が綻ぶ。
「レツ?ブレッド・・・記憶にはない名前ね。まぁ、いいわ。
ヴェルナー、お茶をちょうだい。私もそのクッキー頂いても?」
「どうぞ。上の売店で売っていたクッキーとキャンディだよ」
薦める前に口に放り込む姿にそれなりにつかれてるんだと床に並ぶ紙袋を眺める。
「それにしてもすごい買い物だね」
「今晩のパーティー用のドレスよ。それに残りの航海の間も同じドレスを着るわけにいかないからついでにまとめ買いよ」
どう見てもストレス発散の買い物としか思えないものの
「貴方の服も買って来たわ。一応サイズを見ておいて。
男性は羨ましいわ。数着のスーツにドレスシャツとタイさえ変えれば着回しできるんだもの」
ぶつくさ言うルーティアはそれでも空っぽのクローゼットに服を片付けて行く。
だが、それよりもだ。
「随分…大胆なドレスだね」
どう見てもフリュゲール風の衣装だった。
その指摘にルーティアは顔を真っ赤にして
「仕方がないでしょう!ヴェルナーがハウオルティア風のドレスなんて暑苦しくて着てられないでしょうと言うし、郷に入れば郷に従えって言うんだもの!
多少の恥かしさなんてなによ!」
御立腹の理由はこれなのかと空笑してしまうが
「ねえ、せっかくだから着て見せてよ」
ぴたりとその動きが止まった。
そしてぎこちなく振り向き
「な、な、な、な…」
「慣れって必要だと思うよ?緊張して粗相なんてしてごらん。残りの航海を考えれば…」
辛いよ?
何て言わずとも語れば肌を見せる事に抵抗を持つルーティアは真っ赤になって震えてる。
意外とかわいい所あるんだなあとどうでもいい事を思いながらまだ袋に入っていたドレスを取り出してみた。
真っ黒のイブニングドレス。
ソファの上に広げるも
「なんか野暮ったいデザインだな」
ファッションに興味はない物のテレビやゲームに氾濫する妖艶なドレスの大胆さや、シンプルでもありながらも目を引くラインを描くドレスを思い浮かべればまだ発展途上だろうこの世界のファッションではルーティアの魅力を語るには物足りない。
しかたがない。
ひと肌脱ぐかとそのドレスをルーティアに押し付けて
「とりあえずこれに着替えてみて」
袖もなく、背中も大胆に開かれたドレスだがあまりに垢抜けてない。
着る人の魅力負けをしてるドレスに躊躇うルーティアだがとにかく着替えて来いとベットルームに押し込んでしばし待つこと数分。
今にも泣きだしそうなルーティアがそこに立っていた。
「どうでしょう坊ちゃま」
「うーん。なんか、ルゥ姉に負けてるね完全に」
そう言いながらヴェルナーにハサミを持ってこさせる。ついでに針と糸も。
真っ赤になって顔を上げられないでいるルーティアを他所にとりあえずヴェルナーをベットルームから追い出してルーティアの顔を覗きこむ。
「おちついて。ルゥにはこれからやってもらわなくちゃいけない事があるんだから」
潤む瞳で俺を睨みつける彼女にそんな顔しても怖くないですよとは言わず淡々と言葉を繋げる。
「ルゥならわかってるけどこの船にはいろんな人が乗ってる。
ヴェルナーみたいな人や、レツの様な子供でも大人を従える身分、そしてそんな人が警戒する人物も、そして大半はハウオルティアの人じゃないフリュゲール人だ。
ハウオルティアの人を警戒するのは勿論だけど、この船には油断ならない人もたくさんいる。
そこでルゥの出番だ」
羞恥心でパニックになってる彼女の視線を覗き込めばようやく頭の中を整理し始めたのか正気の色に戻って来た。
「ルゥには辛いかもしれないけど、今夜のパーティで情報収集をしてほしい。
というか顔を売ってきてほしいんだ。
別に相手の男とベットに入れってわけじゃない。
挨拶をしてダンスを踊ったりちょっとお酒を飲んで楽しくお話しをする程度でいいんだ」
不満なのが顔に出るも
「そこで今のハウオルティアの状況や、フリュゲールの情勢、そしてブルトランの噂話とか、周辺国の動向の情報を集めて来てほしい。
ブルトランのやり口はかなり強引だ。
絶対何か致命的なミスが隠れているはず。
そこをルゥの魅力で集めて来てほしいんだ」
「私に魅力なんて…」
言うも、ずっと宮廷魔導師で紅蓮の魔女と恐れられてきた存在だ。
自分がいかに男性の目から魅力的に育っているかなんて知る由もないのだろう。
「そこは俺が今から引き出す」
そう言ってハサミを掲げ上げればルーティアのひきつった顔。
「嘘よね?」
「大丈夫。こう見えても浴衣だって作ったことあるし、編み物だってできるんだぜ」
ばあちゃんの躾の良さの為に自慢じゃないが女子力はかなり高い。
小学生の時にクラスの人気ナンバー1の男子に嫁にするなら雪兎みたいなやつがいいと言わせた痛い思い出もある。
ホント自慢にならないがここで披露する時が来たのだ。
ドレスを着た時以上にひきつる彼女の抵抗なんてお構いなしにドレスにハサミを入れていく。
「ギャーッッッ!!!」
想像以上の男前の悲鳴を無視して胸元に、そしてウエストラインの切り替えにハサミを入れていく。
パニエを引きずり降ろしてペチコート姿のルーティアを無視してコルセットも剥ぎ取り、パーツごとに切り分けた布を再度ウエストラインにあてて縫い合わせて行く。
ボリュームのあるデザインだった為に布には余裕があったが作り上げるのはタイトなイブニングドレス。
かなりきわどい所までスリットを入れて、残った布をで胸元から背中のさらに開いた終着点まで片側だけにフリルを付けて完成。
その頃にはルーティアも諦めたと言う青白い顔で人形になっていたが、気が付けば随分と陽が傾いていた。
ドレスをばらして思ったのだが、この世界のドレスは皆手作りらしく、そして縫い目の技術もつたなくどう見ても縫い合わせただけの代物だった為に解体は簡単だったが、作り手となると手は抜けられない。
返し縫に纏り縫いに袋縫い。
ミシンがあればと何度頭の中で繰り返した呪文を思うも出来上がりには満足している。
「呆れた。いつこんな技術学んだのかしら」
放心状態に飽きたルーティアはそのうち俺の縫製技術を興味深げに眺めていた。
そこにはもう羞恥心のさっきまでの彼女はどこにもおらず、研究者としての観察眼で俺をただ観察していた。
「ま、俺のオプションとして深いツッコミはしないでよ」
最後の糸を切ってドレスは完成。
「アイロンで皺を伸ばせればいいんだけど」
「それぐらいはヴェルナーにやらせればいいわ。
とりあえず私をあんな目にさせたんですもの。感想を言ってちょうだい」
「サイコーに綺麗。無敵の戦闘服だね」
言えば一瞬だけキョトンとして大きな声で笑う。
「こんなペラペラのドレスで無敵ですか?!」
鼻で笑ってベットルームの扉を開ければ、何時間も待機していたヴェルナーの視線が上がる。
その瞬間ポーカフェイスだと思っていたヴェルナーの顔が崩れた。
手で口元を覆うも、真っ白の手袋が血で染まっていくのを眺めていればさすがのルーティアも羞恥心よりも真顔で冷静になる。
「なるほど、無敵ですね」
コルセットを外したルーティアの胸元は歩くたびにたゆんたゆんと揺れ、大きく切り開きすぎた胸元からポロリの可能性も捨てきれない。
一度見ていたはずなのに想像以上に大きくて予想外過ぎだったのは内緒の話だ。
やり過ぎた感半端ないけど船上のデビュー戦としては華々しく行きたい。
そのまま適当な椅子に座らせて髪をセットしていく。
本人は知らないだろうけど、背後に椅子の背がないとお尻が見えてしまうのではないかと思わず冷や汗。
うん。さすがにやり過ぎて反省。
前屈みで蹲って役に立たないヴェルナーは外っておいて、結い上げるではなく一部を編み込んでいって片側に流れるようにする。
そして大きく三つ編みを作るもくしゃくしゃに少し崩して、買ってきておいた髪飾りで飾っていく。
ここはシンプルに真珠の髪飾りを散らして、ついでに化粧を施す。
この世界の化粧は虫除けでもかねてるのか濃過ぎるのに笑いが止まらないから、そこもシンプルに、粉を叩いてルージュを引く。
目の周りは怖いから過度になり過ぎないように口を挟みながら本人にやってもらえば
「自分で言うのもなんですが、もう別人ですね」
「テーマは夜の女王だね」
何処か清々しく笑うルーティアに俺も太鼓判を押す。
これなら本当にどこかの女王だとだませるんじゃないかと言う仕上がりは自分でもびっくりだけど。
「俺も着替えればちょうどいい頃かな?」
外の暗さに言えば
「それよりもさっきケーキをごちそうになった方の部屋まで少しお使いに行ってくれないかしら?」
ルーティアはまだどこか考えるように手を顎に当てて俺を見る。
「せっかくお知り合いになれたし、お礼を兼ねてご一緒したいと言ってきてくれない?」
「それって要約するとどこのどいつか顔を見せろって事だよね?」
「理解が早くて助かります」
そして早く行けとしっしと追い払われるように送り出されれば突き当りの部屋まで数百メートル。
ちょっとしたジョギングをすることになるとは思わず、ノックして出てきてくれたブレッドはそんな俺の姿を見て何かあったのかと心配される始末になった。
ルーティアにどんなドレスを着せるか迷ったけど、手本は○姉妹で。
ファッション革命が起きる予定ですが、どこまでやっていいやら…
テーマは「私が宝石よ」で。




