深紅の鳥と深紅の瞳の少年
お風呂に入り冷たい水を飲んだ後、ルーティアにもうすぐ出港になるからそれまでにいくつか話をしておきましょうとベットの上でごろりとなって話を聞いていたのだが、その体勢がいけなかった。
気が付けば眠り込んでいて、ふと目が覚めた時にはすでに部屋の中は真っ暗だった。
波の音だろうか心地よく響いて船に乗っていた事を思い出し、ようやく既に出発した事に気が付いた。
窓から差し込む月明かりのおかげで隣のベットでルーティアも目を閉じて眠ってるのを見てもう一度目を閉じる。
思いのほか気が張っていて、疲れていたんだと気が付いてまた眠りについた。
次に目を覚ました時には隣のベットは空だった。
よく寝過ぎて重い体を起こせばテーブルの上には軽食が置いてあった。
お寝坊さんへ
ヴェルナーを連れて買い物に行ってきます。
そんな一言だけの書置きを読みながら用意されていた冷えてしまった料理を食べる。
船のコックは一流と相場が決まっているらしいがそれに漏れずこのクイーン・フィロメーラ号のコックも料理が冷えても感動を覚える料理の腕はまさに一流だった。
空腹の為に瞬く間にパンと肉料理とスープにサラダと食べてしまった。
少し多めに用意してくれていたパンも一緒に用意してくれていたバターの濃厚なうまみにいくつでも口に入ってしまう。
結局バスケットに山盛りになっていたパンも食べつくしてしまい、用意されていたジュースも無くなってしまった為に仕方がなく備え付けのキッチンで紅茶を淹れる事にした。
ヴェルナーがここで紅茶を作っている事は見ていたので記憶を頼りに茶葉の缶をとって目分量で茶葉をポットに入れる。
そしてお湯を沸かすと言う所だが残念な事にキッチンの使い方が全く分からなかった。
思わずため息を零してしまうが、ここは仕方がなく魔法でお湯を作り出す。
ただ湯の温度がわからないから小鍋に水を張って魔法で水温を上げていく。
水を沸点まで上げればポットに入れる。
時間なんてわからないから蓋をあけながら茶葉の開き具合と色を確認しながらカップに注ぐ。
この世界に来て初めて入れた紅茶。
適当に淹れた割にはどうしてなかなか美味い。
「これが緑茶なら最高なのにな」
じじばばと暮すとコーヒーよりも緑茶。
一年を通して緑茶。アイラブ緑茶の一年を過ごす事になるゆえの悲しき習性。
いや、ほうじ茶も大好きだぞと心の中で自分に主張。
「ま、紅茶があるなら緑茶もあるかもしれないかもな」
のんびりと窓から見える風景を眺めながら紅茶を飲むが
「やっぱり暇だよな」
どうしたものかと思うも部屋の中は退屈だ。
ならばひとつ。
「近くなら問題ないよな」
言いながら部屋を出る。
鍵がない代わりに魔法で鍵をかける。
呪文は当然
『閉じろゴマ』
解除の魔法はルーティアも知っている。
そして約束通り「なぜゴマなのです?!」と、俺だって知るはずもないみんなが知ってて理解できない魔法の言葉は異世界でも共通のようだった。
そんな目に見えない鍵をかけて床を蹴る。
狭く、どこか薄暗い船の廊下と、わずかに外からの光を取り入れる階段に着いた窓の明かりを頼りに一度だけ通った通路を今度は逆に辿る。
人の行き来が頻繁なのか段々塩の匂いが強くなり
ぴゅるるるるるるる・・・・ぴゅ――――…ぴゅるる――――
扉を開けた瞬間見た事のない美しい鳥が聞いた事もない美しい声で目の前を通り過ぎて行った。
驚いて、思わずたたらを踏んだ瞬間尻餅をついてしまったがそれでも視線は優雅に空を舞うその美しい鳥に奪われていた。
「嘘みてぇ…」
おとぎ話の中にしか出てこないような不思議な色合いの深紅の鳥の姿をどこまでも追っていれば
「驚かせてごめんね。大丈夫だった?」
深紅の鳥と同じ色の瞳が俺の前に現れて再度後ずされば
「あ、ごめん。また驚かせちゃったね」
ちょっと癖のある、大きな目の子供らしい顔立ちの少年が俺の前で困った顔をしていた。
「大丈夫。うん。大丈夫」
単純に驚いた胸に手を当てなだめていれば
「立てる?」
差し出された手を見てそれを握り返す。
「ありがとう」
軽く引っ張り上げられれば少年はにっこりと笑いそして俺に背を向けてデッキの柵にしがみつき
「こらー!シュネルちゃんと謝りに来るんだ!!」
力いっぱい空に向かって叫べば船の上を旋回していたあの深紅の鳥が柵の上に留まり、そしてちょんちょんと移動しながら少年のはしばみ色の髪の上にチョンと座る。
「ぴゅるる…」
一言鳴いて羽をつくろい始めた鳥は、癖の少しあるその髪の上ではまるでその鳥の巣のようで思わず沈黙。
口を開けば笑いそうになるけど、この鳥の居場所はどうもそこらしく、少年もどけようともしない。
つまり…そう言う事なのだろう。
何だこの微笑ましさわとくつくつ口の中だけで笑いながら笑劇をやりすごす。
「本当にごめんね。ずっと船の中だったからストレスたまっててさ、やっと航海上だから安心して外に出してあげた途端これだよ。
迷惑かけちゃダメだって言ったのに」
俺への謝罪から小言へと変わっていけば鳥も気まずそうにそっぽを向く。
まるで話が分かってるようで面白い鳥だなと思っていれば
「紹介忘れてた。僕はレツ。そしてこいつはシュネル。
これからフリュゲール行く間よろしくね」
差し出された手を眺めながら
「ディータ・グレゴール。ルゥ姉とフリュゲールに行く途中なんだ」
一応子供っぽく、そしてあっけらかんと自己紹介をしておく。
なんせ頭脳は18歳、体は9歳の異世界転生人だ。
こんな違和感をドンと受け止めれるのはサファイアぐらいだろうと考えれば、別に通り過ぎの子供に説明する必要もつもりもない。
「ディータね。よろしく」
そう言いながら握手をすればまた深紅の鳥は空へと飛び立っていった。
「綺麗な鳥だね」
「ありがとう!僕の家族なんだ」
キラキラとした瞳でニコニコと屈託もなく笑う彼はふと誰かを見つけたのかキョトンとした顔になるもすぐに元気いっぱいに手をぶんぶんと振りはじめ
「ブレッド!」
手を振って呼べば、その声に気づいた一人の男性が少し急ぎ足でやって来た。
「探したぞ」
レツを睨むも彼は柵に身体を預けながら空を見る。
「だってシュネルが早く外に連れて行けって言うんだもん」
「だもんって、あのな。少しは俺達の心配を考えてくれ」
こつんと痛くもないだろうかげんで小突けばレツは楽しそうに笑う。
「そうだ。ついでに紹介するよ」
「ついでかよ」
すかさず突っ込む彼の連れはちょっと苦い顔をするもお構いなしでレツはにこやかに笑う。
「この旅行に付いて来てくれた…引率の先生?」
「誰が引率の先生だ。
ブレッドだ。こいつのお守りだな」
「誰のお守りだよ!」
「これがハウオルティア最後の便だからって黙ってこっそりチケットを買って乗り込んだ無謀な奴だよ」
「無謀って、別にいいじゃん!ハウオルティアはこれから地図から消えちゃうかもしれないんだから。
行った事ない国だし時間の問題だし最後のチャンスだよ!」
「わーかった。
お前の旅行好きはいいけど回収しに行く身にもなってくれ。
そして部屋で待ってるアルトとジルの面倒を見るように」
言えばそれこそ苦い薬でも飲んだかのように顔を歪めるも
「だったらその前にもうちょっとディータと遊んでからね」
誰だと小首かしげるブレッドに
「ディータ・グレゴールです」
言えば眉間に皺が寄り、溜息を吐く。
「すまない。君の事で溜息を吐いたわけじゃないんだ。
ほんのちょっと目を離したすきに友達を作ってきたレツの謎の行動力に呆れただけで。
レツがきっと絶対迷惑をかけた。
咬みつかないから良かったら仲良くしてやってくれ」
どんな自己紹介だよと思うもとりあえず頷いておけば
「だれが咬みつくって言うんだよ!」
喚くレツにブレッドも笑う。
「お前以外誰が居るんだよ」
「うわーむかつく!罰として売店で売ってるジュースとケーキ買ってきて!
ディータとあそこのパラソルで待ってるから」
「はいはい承知しました我らのお姫様」
「誰がだ!」
笑いながらそう言ってハウオルティアでは接する事のなかった表情のくるくる変わる笑顔が良く似合うレツと表情こそ少ない物のどこか謎の余裕を纏う金髪と青い空の色の目のブレッドをみて外国に来たんだなとしみじみと感じてしまった。
「ここにしよう!」
海に一番近い場所の席を陣取ってパラソルが作る影の位置に椅子をずらして並んでブレッドを待つ。
その間通り過ぎるフリュゲール国の人の姿に思わず目が止まる。
女性はこの微かに汗ばむ気候に合わせて肩から袖のないワンピースやドレスを着ていたり、男性も胸元を大きくはだけさせシャツをまくるか半袖のシャツを着ている。
かく言う隣にいるレツも半袖を着てズボンのすそはくるくると巻いてくるぶしが見えている。
ハウオルティアでは想像もつかない格好で、ましてや女性が肌を見せるのに抵抗さえ見せていないその大胆な姿に軽い衝撃を覚えた。
思わずきょろきょろとしがいがちな視線に
「フリュゲール国の人が珍しい?」
聞かれるままにコクンと頷いてしまった。
「フリュゲールはハウオルティアよりずっと暑い国なんだ。
一番暑い時は体温ほど熱くなる年もあるくらいだから、ハウオルティアみたいな一年を通して涼しい気候じゃないからみんな自然に袖のない服とかズボンの裾を短かくしたりするんだ」
その会話をしてる合間にも背中がぱっくりと空いたドレスを着た女性が通り過ぎる。
ドレスのボリュームを作るパニエとかペチコートは謎だがコルセットすらないのだからファッションとは所変わればだと感心してしまう。
「ハウオルティアと全く違うね」
「だからいろんな事を体験できる旅行はやめられないんだ」
「と言うか、たまには落ち着いてくれ。
今は特にきな臭い事だらけなんだから」
頭上から降ってきた声に仰ぎ見れば三人分のオレンジジュースだろうか柑橘系の色と香りのジュースとチョコレートのケーキを携えたブレッドがやって来た。
「喧嘩しないようにみんな一緒だから好きなのをどうぞ」
単純な選択に迷う事なく俺は一番近い所にあったジュースとケーキを取り寄せて「いただきます」と言って食べ始めるレツを見習って「いただきます」をしてケーキにフォークを入れる。
ぱくりと一口食べればあれだ。
濃厚なビターのカカオを砂糖で甘くした、純ココアに砂糖を大量に投入した胸やけしそうなねっとりともったりとした甘味の暴力に思わずジュースを半分ほど飲んでしまうが
「美味しい!」
レツは目を輝かせて笑みさえ浮かべてしまうほどの極上のスイーツであって、俺と同じ意見だろうブレッドは凄い顔をしてジュースに手を伸ばしていた。
「いや、これは甘すぎるだろ?」
「えー?ケーキが甘くなくてどうするのさ」
ごもっともで。
ぱくぱくと次々に口へと運んで瞬くなくケーキが消滅すればじっと俺のケーキを見る視線に
「僕ジュースでお腹いっぱいだよ」
もうくってられるかという表情は見せずにちょっと困った顔をして言えば
「じゃあ、お兄ちゃんが手伝ってあげるね」
いつの間にかお兄ちゃんになっていたらしい。
そのままケーキを手繰り寄せて俺のケーキも一瞬で平らげてしまう。
「ブレッドは自分で選んだんだからちゃんと責任もって食べるんだよ」
「はいはい。判ってるよ」
何処かげんなりとした苦しそうな顔で食べるもオレンジジュースはなくなってしまった為に、ちょうどそばを歩いていたウエイターを呼んでコーヒーを頼んでいた。
コーヒーあるんだと、エレミヤ家では見なかった嗜好品に驚いていれば
「コーヒーは苦いんだよ。だけど俺はミルクと砂糖をたっぷり入れたカフェオレが好きだな」
甘党のレツにカフェオレってなーに?みたいな顔で言えばブレッドがさらに注文してくれた。
おおう。
そんなつもりで言ったわけじゃないのに。
いい加減この子供の体だと苦しいぜ、なんて考えるもカフェオレなんておしゃれな物より紙パック100円のコーヒー牛乳派の俺としては何故か巨大なミルクボールに淹れられてやって来たカフェオレにさすがにげんなりする。
「全部飲みきれなくてもいいよ。物は試しなんだからさ」
砂糖は好みで入れるようでスプーンに2杯入れて息を吹き付けて飲むレツを信用しないように持ってきたままのカフェオレを飲めば
「美味しい…」
コーヒー事体の香りも味もだがミルクがまたおいしかった。
昼食のバター同様濃厚で甘みさえ感じる新鮮さに砂糖なんて入れなくても十分なほどで
「レツよりディータの方が大人だな」
「別にいいもん!こんなおいしい物が判らないブレッドの方が人生の半分を損してるし!」
「それぐらい別に損とも思わないさ」
しれっとした顔で何とかケーキを完食したブレッドはコーヒーを優雅に飲む。
「それよりもお前、一人で大丈夫なのか?」
コーヒーを置いて俺を見る視線に
「ルゥ姉は買い物に行くって言ってたから…」
「女の買い物がそう簡単に終わるわけない、か。
だけど俺達は一度部屋に戻らないといけないからな。
船の上とは言え一人にしては置けないから部屋まで送ろう。
俺達の部屋も教えておくからそのルゥ姉に許可を貰ったら遊びに来ると良いさ」
だから今は部屋に戻ろうと言う彼の主張は何処か周囲を向いている。
あまりここに居ない方がいいのかなとなんとなく空気を察して頷けば
「じゃあ、退屈しないようにクッキー買って帰ろうか」
ね、ブレッド?とまるでルビーのような瞳がおねだりするように言えば彼はさすがにあきれ顔。
「いつかブクブクに太るぞ」
「成長期の子供にそんなもん関係ないよ!」
言いながらも俺の手を引っ張って売店に並べられたクッキーの入った包みの袋をとる。
「じゃあディータの部屋教えてよ」
ブレッドが支払いを済ませてる合間にレツはそのまま俺の手を引っ張って船内に入っていけばどこからともなくシュネルがレツの頭の上にやって来て並行して飛ぶ。
おい!まて!なんてブレッドの声をそっちのけで船の中を走ればすぐに俺の部屋の前にやって来た。
「ここなんだ」
「ここか!僕達の部屋はこの廊下の突き当たり正面の所だよ!
部屋が近いからすぐに遊びに行けるね!」
やったねと無邪気に笑うレツの言葉に何となく苦笑。
こんな些細な事で全身で喜んでもらえるなんて俺の身近な所には居なかったタイプに嬉しいやら取り扱いが判らなくって困ったやら。
なんとなくはにかんだ顔になってしまうのは仕方がないと言う物で
「おい、待てって言っただろ」
遅れてやって来たブレッドがさらに手に瓶を持っていた。
「クッキーなんてあっという間だろ。ここの店のはキャンディの方が美味いんだよ」
「いいや、絶対クッキーの方がおいしいよ!」
レツの反論に思わず苦笑。
手渡してくれた瓶の中身は白と水色の涼しげな色合いのキャンディ。
「ありがとう」
「ルゥ姉によろしくな」
「じゃあまたね!」
そう言って去っていく二人に手を振って見送ればドアノブを回すもまだ鍵はかかったままで
『ひらけゴマ』
呪文を唱えてドアを開ける。
そのドアで姿は見えなかったけど、呪文が聞えたのか振り返った二人の驚きの顔を俺は知らない。
ブックマークありがとうございます!
やっと主人公に友達が出来ました(涙)