妖精の国フリュゲールへ
段々なんだか文字数が多くなってきました。
次回からは初心に帰ってみようと思いますが…戻れるのかこれ?
豪華なツインの部屋には風呂とトイレ、簡単なキッチンもある。
食事以外部屋を出る必要性を感じないくらい充実した客室で
「ようこそクイーン・フィロメーラ号へ乗船ありがとうございます。
私はこちらのお部屋、特等客室専属執事のヴェルナーと申します。どうぞヴェルナーとお呼びください。
10日間の船旅の間よろしくお願いします」
おまけに長身黒髪黒瞳の執事までが付いていた。
慇懃に恭しく頭を下げた男に時給幾らですかと尋ねたくもあったが、サファイアは手馴れたようにチップとメモを渡し
「船が出港する合間にこれだけの物を用意できるかしら?」
渡したメモを見たヴェルナーさんは小さく頷き
「船内に売店があります。
すべてそちらでも用意できる物です」
「では、これらをそろえてください。
急な旅だったので用意が出来なかったのよ」
困った顔で溜息をつく顔は様になり過ぎてて怖い。
「判りました。ではお茶をご用意してからこちらのお品をご用意させていただきます」
「お願いね」
言って興味なさ気にサファイアはソファに優雅に座り本を片手にお茶を待っていた。
俺は今は外に出たくないから
「お風呂先借りても?」
「いいですけど、旅の間の着替えしかないわよ」
「大丈夫。ちゃんと綺麗なのを使うから」
肩を竦めるサファイアの了承をえて風呂場へと直行する。
風呂場は四方タイルの貼られた小部屋で猫足のバスタブが付いていた。
水道は取り付けてあるが
「ご利用方法はお分かりですか?」
ヴェルナーさんが背後に立っていた。
「さっぱり」
何所も共通なのか獅子の顔をした蛇口は一つ。コックも一つ。
どこからお湯だすの?と言うか、俺、この世界で水道使った事ないやと思わず空笑。
考えてみりゃ大体が使用人さん達が準備してくれていて、そんなことする必要のない生活してたなと、振り返ればしっかりダメ人間になっていた事に気づいて愕然とした。
「こちらのコックをひねるとお水が出ます。
お湯が欲しい時は船内の火災予防の為焼いた石をお持ちしますのでその都度私に仰って下さい」
「めんどーだね」
言えば
「船の上では水は貴重品なので」
ヴェルナーさんはそんな事情を苦笑紛れに教えてくれた。
「不自由なのも船旅の醍醐味です。
どうぞこの不自由さもお楽しみください」
とは言ったものの、水圧が低いのか水はちょろちょろでまだ底にもたまってない。
なるおど。貴重品なわけですね。
いつになったら風呂に入れるのか、ひょっとしてタオルを濡らして10日間それで耐えろと言うのかと途方に暮れそうになれば
「まったく、風呂ぐらいご自分で用意なさい」
狭い風呂場なのにサファイアまでやって来た。
さすが執事といった所。
サファイアが来る気配に合わせて道を譲る。
そしてバスタブに向かって手を向けて
「我求めるは清き水。
火の友と手を取り暖かく、心地よく、満ちよ」
魔力の移動を感じる。
ものすごく消費しているようだが、瞬く間にバスタブの、サファイアが指定した位置まで呪文通り湯気の立ち上るお湯が満ちた。
「おお、便利」
「これが魔法ですか!これは見事な!素晴らしい!!」
ヴェルナーさんも手放しで誉めるが…あれ?サファイアってたしか…
思わずその瞳を見上げれば意味を理解して目を瞑る。
「水魔法は全く使えないわけではないのですが苦手なのです。
この程度でどれだけ消費した事やら。
そうだわ。水魔法の練習にこれからあなたが毎回バスタブにお湯を張りなさい」
名案だと言わんばかりにさっさとソファに戻って行った彼女を見送り、ヴェルナーさんへと視線を変えて。
「お湯はどこに捨てちゃっていいの?」
「あ、こちらの排水溝に流してくだい」
「じゃあ、お使い頼むね」
「はい。ではごゆっくり」
続いて出て行ったヴェルナーさんを見送り風呂場の扉を閉める。
そして久しぶりの風呂に自分の匂いの染み付いた服を脱ぎ捨てて頭からお湯をジャバジャバと掛ける。
足元には節水の為脱ぎ捨てた服にお湯を吸わせてもみ洗いの要領で足踏みをする。
そう言えばよく雪兎はばあちゃんに頼まれて風呂場で毛布をこうやってて洗ったっけと久しぶりの雪兎の記憶に口元に笑みが浮かぶ。
さすが特等客室といった所か石鹸が用意してあって頭から顔に身体へと泡立てていく。
石鹸も貴重なこの世界、シャンプーはもちろんリンスもないけど、男なら黙って石鹸一つだった俺としては女じゃないから大して問題もない。
ちなみに家で作ってる所見た事があるけど植物の灰を水で練り合わせて油と混ぜてひたすら煮て最後に塩を入れると言う方法。
ばあちゃんが農器具用に作ってた苛性ソーダを使う石鹸とは違う方法で興味深かったが、こちらの世界の石鹸の出来上がりは粘土みたいな匂いのする石鹸だったから、二回目の時母上の香水を拝借して匂いを付けたら意外にも好評で何よりだった。
(俺の通称)粘土石鹸を洗い流し、ようやく人心地ついてバスタブに浸かれば石鹸の残りの泡まみれになってる服を絞ったり、お湯じゃなくていいんだからと俺が作った水球の中に服を詰め込んで洗濯機の要領で洗う。
うん。意外と汚れも落ちたと言うか染料も落ちたみたいで、この荒い方は要研究が必要と決める。
魔法の世界なら一瞬で綺麗にする魔法とかもよく本で見るけど、そんな事に慣れたら人間駄目になると俺は自分に言い聞かせる。
ただでさえ鈍でグータラなこの体だ。
風呂でさえ一人で入る事も出来ないんだ。
人としての生活の基本をしっかりとこの体に刻み込んでやると、そんな便利な魔法があるなら試してみちゃえと誘惑する心を黙らせる。
体温よりも少し高い、どちらかと言えばぬるま湯と言う温度の中でぼんやりとこの先どうするのかななんて考えないようにボーっとしていればガチャリとノックもなしにサファイアがやって来た。
「ちょっとあんたいきなり何風呂場に突入しに来てるんですか!!!」
「安心なさい。覗きではない事は確かですよ」
と言うか、風呂場に入ってくる時点で堂々過ぎて覗きなんて可愛らしいもんじゃないだろと思わず逃げ場のない風呂場で逃げ腰になるも
「時間がありません。あの怪しい執事が帰って来るまでに色々伝える事があるから黙って聞きなさい」
言ってサファイアは怪しげなあの身分証明書を俺に見せてくれた。
俺は膝を抱えて体操座りで覗き込む。
「貴方の名前は今よりディータ・グレゴール。私はルーティア・グレゴールで姉弟設定にしました。
私の名前は悪目立ちしすぎてるので思い切って全く違う印象の名前にしてみました。
お互い名前の呼び方はリックに近い呼び方でディックで。私はルゥとでも、姉さんの方が自然かしら。
姉上は素性が知られるので禁止します。
一応中の上と言う身分です。
一家に一執事と数人のメイド程度の家柄なので貴方は可能な限り自分の世話はしなくてはいけませんが大丈夫だと私は判断します。
まぁ、先ほどの事は異国文化に戸惑う程度で収まりますが、着替えなど一人でやるように。
フリュゼール国と言うのは魔法は存在しますが、妖精の国と言うように妖精と契約して妖精に魔法を使ってもらうと言う国です。
あまり魔法を見開かすような真似はしない方がいいでしょう。
奴隷制度はないけど、妖精と同じように下僕として扱われる可能性があります。
あの怪しい執事も我々がハウオルティアの国の人間だと知っていて、ハウオルティアの国の人間は魔法が使えるという事を知っています。
怪しい動きは今はないけど、よほどのイレギュラーな事が起きない限り魔法はこの室内だけにしなさい」
一方的に、言う事を纏めていたんだろうサファイア改めルーティアの言葉を遮るように手を上げれば視線が言ってみなさいと言う。
「やっぱりヴェルナーさんは怪しいんだ?ひょっとしてフリュゼールの騎士とか?」
聞けばルーティアは頷く。
「まずヴェルナーさんはやめなさい。ヴェルナーと呼び捨てるように。いっその事ルナーだけでも構いませんよ。間抜けでかわいいでしょう?
ああ、話がそれた。
騎士と言うのはちょっと正しくないです。
フリュゼールでは騎士団は王を守る者達の役職で王の住まう城と、王の周辺以外では行動しません。
代わりに民を守る為に軍が存在します。
王を守る為の組織ではないので、この大陸でも珍しい組織ですよ。
ちなみに軍の役職は妖精使いという事が必須だそうです。ちなみに騎士も全員が妖精使いです。
そしてその妖精達を纏める妖精の上位種になる精霊と言う者達がいて、王はその精霊の中でもかなりの頂点に近い高位の精霊と心を通わせてると言われてます。
そんな国がハウオルティア国をぎりぎりまで人道的援助をくださった。
そこに王族の血につながる未成年の子供が国を逃げ出そうとしている事を知れば何としても確保したいといった所でしょう」
「なんで?」
「フリュゼールでは人が魔法を使えると言う事を忘れた国です。
何としてもその血を復活、ましてやハウオルティア王家に流れる古く、そして過去の出来事から希少な魔法を扱える可能性を持つあなたの血を何としても取り込みたいと言う思いもあるのでしょう。
そこに現れた貴方を見て騎士団か軍かまでは判りませんが、捕獲…いえ、保護をしたいといった所でしょうか。
ああ見えて結構な剣の使い手だと思います。執事には必要のないほどの剣だこがあります。
まぁ、私ほどの強者ではないでしょうが」
そこは重要なのかとオチを付けたルーティアに苦笑を零す。
「そんなわけで、あのバカげたリーディックの真似はもしなくてはいけません。
なるべく自然に過ごして、どうせすでにリーディックの素性は調べ上げてるんでしょうから」
そう言ったルーティアに反論。
「別にリーディックはバカげてあんなことしてたわけじゃない」
言えばサファイアの視線がす…と狭まる。
「甘やかされて何しても怒られなくて、でも周囲は規律に溢れていて。
自分もその仲間に加わりたかっただけなんだよ。
だから普通なら怒られるような食べ方をしてみたり、使用人の扱いもひどいわがままを繰り返した。
彼なりにずっとエレミヤの家の家族一員だと家族に訴え続けていたのに、誰も家族さえそんな悲鳴は聞き取ってくれなかったんだよ」
唯一が家令のアルターであって、そして家族はそれ所ではなかったのだ。
不幸な擦れ違いをルーティアに言えば彼女も沈黙する。
子どもの訴えがいかに判り難いか彼女なりに理解しようとしているのだろう。
「判りました。今となってはもう遅いのかもしれませんが私達だけでもリーディックを家族としてちゃんと受け入れましょう」
言ってルーティアは風呂場から出て行ってしまった。
なんか気まずい空気になってしまったけど、俺は、俺達はここにきてまだわからないことだらけだという事に直面した。
段々と冷えて行く湯船を後にして清潔な着替えに着替える。
そして風呂場に居た間に乾かした服を畳んで部屋へと戻れば
「あ、ヴェルナー戻ってたんだ」
「ただ今戻りました。冷たいジュースは如何でしょう?」
そんな親切な彼に
「いや、今は冷たい水でいい」
言って取り出したグラスに魔法で水を注ぎ、そして氷の魔法で砕けた氷で冷やしていく。
ヴェルナーさんの目が驚きに見開かれるのは判るけど、何でルーティアまで驚いてるんだよと心の中で突っ込みながら二人の目の前でよく冷えた冷たい水をごくごくと喉を鳴らして飲んでいった。
「まさかこのような温暖な地で氷を見る事が出来るとは思いませんでした」
「そう?っていうかフリュゼールの事教えてよ。ルゥ姉の言う事だけじゃよくわかんないからさ。
フリュゼールにも氷とかあるの?」
問われてヴェルナーは苦笑する。
「フリュゼールは正しくはフリュゲールと発音します。国の北側と西側を一年中雪を抱く山々を眺めます。
北にはガーランド皇国。西にはウィスタリア国がありますが、高い山脈がある為、その山脈にある小さなドゥーブル国の方がお隣さんの感覚があります。
南にヘリオール国と言う小さな国があって、海沿いに砂漠のアズライン国リブルランド国、アルカーディア国、ロンサール国、ハウオルティア国へと続きます。
言いながら壁にかかるこの大陸の地図を指さしながら説明を始めてくれた。
ご存知かと思いますがこの地図は共通地図の複製。偽りは有りません。
この地図の通りフリュゲールは大陸の東側に存在し、ハウオルティア国へは10日程の距離となります。
地図通り西の国ハウオルティア国の西の地、エレミヤ領からフリュゲールの南方のあたりに位置する聖都フリュゲールがあり、名物は花の城です。
妖精の国と言われるようにこの国にはまだ隣人のように妖精が住んでますが、最近知識のない輩が魔獣のように捕まえて売ろうとしたり、使役しようとしたりと愚かな行為が目立っております。
国を守る貴族を筆頭に軍を設立し、妖精の保護にあたっています。
無暗に捕まえようとすると法に則って刑に服してもらいますし、妖精の上位種の精霊がこの国を妖精達を守っています。
刑に服した方がましなくらいの酷い目に合うと聞きますのでどうぞご注意ください」
思わずうわーと冷や汗を流しながら聞けば
「妖精の中には先ほどのお嬢様のように魔法を使う種族もいます。
そう言った方々にお願いしたり、もしくは軍のトレーニングの一環で山脈の峰をランニングなんて脱落者多数で名物の訓練があるのですが、その折の土産にねだる者も多いのですよ」
笑いながら言えば
「へー、ヴェルナーって軍にも詳しいんだ。
他に何か面白い事ってないの?」
さりげなく聞いてみる。
「詳しいって言うか、一時期所属してたんですよ。
妖精が使える家に生まれていた為に王立学院なんて卒業したら全員軍に就職って言う学費免除の学校があるのですが、学生時代妖精を怒らせてしまい二度とどの妖精にも契約をしてもらえなくて。
揚句その顛末を知った父に家を叩き出されてしまったのですよ」
昔を懐かしむように痛々しくも苦笑しながら
「とりあえず途中放校となってしまいましたが、それまで学校に就学していた期間は軍に所属しなくてはならないので、その時に色々と、父が裏から手をまわして名物訓練に放り込まれました」
今となってはいい思い出ですよと笑う彼にルーティアは小首を傾げて
「という事はさぞかし立派なお家の産まれでしたのでしょうね?」
「どうでしょう」
と言葉を濁すヴェルナーに口の端を釣り上げて笑う。
「ハウオルティアの魔法…いえ、各国でも関連しますが、魔法使いは魔法使いの家からしか生まれません。
今妖精との契約と言ったように魔法使いにも魔獣との契約があります。
聖獣にも精霊にもすべて等しく魔力を使い魔法を用いて契約をします。
フリュゲール国の大半の方は魔法が使えないと聞きますし、妖精使いもごく一部。主に貴族の方々が使える技と聞きます。
となれば大半が魔力を失う時間を重ねている以上、契約を行使できる力をお持ちなら大層ご立派な家柄だと私は判断しましたが…」
間違いですか?そう言わんばかりの笑みにヴェルナーは冷や汗を流す。
「お見事と言うしかないでしょう」
「ふふ、ありがとう。そしてこれは褒めてくださったご褒美」
言ってルーティアの細い指先がヴェルナーの首筋に絡まる。
少し緊張した顔が微かに驚きに目を見開いたかと思うも
『我命ずるは隷属の印。
我、そして愛する者に一切の反逆を許さん』
す…と首を一周、チョーカーのように複雑な文様が浮かび、皮膚に刻まれ、そして何もなかったかのように消えて行った。
「安心しなさい。船を降りたら解除してあげるわ。
それに私を謀ろうなんて10年早いわよ」
もう行けと手で追い払えば、既に何も後のない首筋を指でさすりながら
「いつから?」
その返事にサファイアは顔を歪め
「そんなの最初からに決まってるでしょう。
お互い腹の探り合いも正直この程度なら面白くもないから主導権は持たせてもらうわ」
「本当に主導権をとれるとでも?」
表情を消したヴェルナーの顔にこっちが本性かと思うも真に恐ろしい人はそんな顔をしない。
「この船諸共全員の命を私の手の中にある以上あなたに勝はない」
まだわからないの?と子供を窘める顔で笑うルーティアに思わずヴェルナーに同情してしまう。
真に恐ろしい人はこう言う事を生活の一部で当たり前のようにしてしまう人の事を言うのだから。
「船を壊さず、乗客、そしてお仲間の全員とは言わなくても無事、そして私とこの子が欲しいのでしょ?
正直ブルトラン兵ぐらい私一人でもどうにでもなるのですが、せっかく用意して下さった船旅。
無駄にしてたまるものですか」
犬歯を見せて獰猛に笑うルーティアにヴェルナーに向かって合掌。相手が悪すぎだ。
「とりあえずあなたの上司に連絡しなさい。
おとなしくフリュゲールに行ってあげる代わりに変な真似はしないように。
そして我々の手を煩わせる事無く安全におねがいね。って」
「さすが紅蓮の魔女といった所ですか」
「知ってる?貴方程度なんてざらにいるし、この世には上には上がいるのよ」
長い髪先をくるんと指で絡めて遊ぶルーティアの瞳が爛々と輝くのを見てついに降参のポーズをとる。
「必ずお伝えしてご用命を船員全員で守らせていただきます」
「よろしい。夕食まで下がってなさい」
「失礼します」
そう言ってぱたんとドアを閉めて下がって行ったヴェルナーを見送ってからサファイアを睨む。
「さっき言ってた事となんか予定違くない?」
「言い忘れてたけど私予定や作戦って苦手なの」
「だからって隷属なんてひどい」
「大丈夫。あれはせいぜい猛烈に腹を下す程度の戒めだから」
「え?」
今なんと…
「俺ちょーかっこいいーなんてオーラだしまくりのいけ好かない男にこれ以上とないほどの滑稽な罰ではないかと思いません?」
「サイテーだ」
「ふふふ。これで当分静かに休む事が出来るわ」
言ってコップを差し出してきた。
「私にも氷入りのお水ちょうだい」
暢気なその一言に、なんとなく勝者の笑みを浮かべてるルーティアの機嫌を損ねない為に氷水を一杯用意させていただく事にした。
タイトルの割にはまだ出港してません。
次こそは船旅を…