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未来を紡ぐ物語

最後までお付き合いくださいありがとうございました。

これにてディータの物語は終わりになりますが、彼の物語はそれからも続いて行く物だと思っております。

リンヴェル国が成り立ち十七年の月日が経った。


春を迎えれば十八年目に突入となる前に俺は一六才を迎えた一人息子に王位を譲った。

三歳年下の婚約者エヴェリナ・レオンハルトもルゥ姉とアメリアの下で王妃教育に励みながらも息子と仲睦まじい様は見ていても微笑ましい。

はちみつを垂らしたような淡い金の髪と新緑を映すようなその瞳は父親譲りの好奇心に輝く躍動に満ちていて、彼女の親の実態はとにかく、可憐な少女の様子に息子はなかなか行動に出しづらいようだが遠乗りに出かけてはエヴェリナの為に野山に咲く花を摘んできたとプレゼントしているのを見かけたくらいぞっこんのようだった。

最初ブレッドから東の四公の私生児を預かってくれと言われた時はルゥ姉共々びっくりする事になったが、絶対に父親の名前を告げない彼女には悪いがその子供を見れば一目で判る相手に何やってんだよーと頭を抱えるも息子もろとも誰一人として拒絶する事無く息子の婚約者として諸手を挙げて迎え入れる事になった。

二人のいいとこどりをした彼女の十六歳の誕生日と共に挙式を上げる事になってさらに活気づくリンヴェルの冬の終わりの早朝と言うにも早い時間に俺は一頭の馬を引いて城門を出ようとしていた。


「父上、あの女の所に行くのですか?」


少しだけ怒気を孕んだ息子、アーウェル・マリオット・リンヴェルは俺よりももう一人の俺によくている為に怒ってもあまり怖くない視線で俺を睨み上げるのを懐かしく思いながら見つめ返し


「俺はやる事はやったからな。

 そろそろ休ませてもらってもいいだろう」


くしゃくしゃと俺と同じ色を持つ髪を撫でまわすも、もう子供じゃないからやめてくれと唸る息子に


「まったく、アーウェルはいつまでたってもパパっ子ねぇ」

「母上!」

「アメリアとルゥ姉にエヴェリナまで、見送りに来てくれたの?」

「父上!」

「当然ですわ。

 随分とお待たせさせてしまいましたもの。

 よければ到着したらお手紙で彼女の様子を教えてください」

「領主として会えない事を寂しがってる暇もないかもしれませんが、少しは我々の事をなつかしく思い出していただければと思っております。

 所でお聞きしたいのですが、手土産ぐらいはちゃんと用意いたしましたか?

 ちなみにこちらの箱には我々からのお土産が詰めて在ります。

 よろしければ気兼ねなくお使いくださいと伝えて下さい」

「土産はね、俺もいろいろ考えてちゃんと用意したよ。

 だけどこれはルゥ姉達からって事でちゃんと預かるよ」


「そうじゃなくって母上も伯母上も!

 父上はこれから母上を捨てて一度も会いにも来ないような女の所に行こうとしてる……」

「お黙りなさい。

 彼女への侮辱、我が子とて母は許しません」


すっと持ち上げた手の指の一本がアーウェルの口元をこれ以上喚くなと封じる。

その見事なまでのズレも距離もピタリと止めて見せた、ただそれだけの動作にアーウェルは口を開く事は出来ずに、ただ情けない顔で母の見ていた。


「本来ならば彼女こそディックの隣に立つにふさわしい血と育ちをお持ちの方です。

 この国の民の中で誰よりも国を思う方です。

 私はハウオルティアの民の為にしか立つ事は出来ませんでしたが、彼女こそブルトランとハウオルティア両国を思い、そして新たな国を導くディックの為にその高貴な血を捨ててディックの剣となられた方です。

 アーウェルが無事生を受けたのも、そしてエヴェリナと出会えたことも彼女の導きによるものです。

 誰がアーウェルに彼女を悪しき様に伝えたのか後できっちりとお聞きしますが、貴方がこれまで聞いた彼女の噂はすぐに捨てなさい。

 最愛の父親を弑してでも、父親の過ちを止めようとした彼女こそ真の王女、そしてこの国の王母。

 フリューゲル王の心を震わせ、精霊様よりブルトラン王の名誉と救いを頂けたのは彼女の勇気があってこそ。

 血を流し合った二つの国が一つの国として共に歩み続けられるのは彼女の慟哭があってこそなのです。

 その彼女を侮蔑する言葉を貴方に囁いた者こそ悪。

 二度と彼女に対する侮辱は一切許しません」

「そんな、母上……」


情けない顔をする息子を甘やかし過ぎたかなと思うも


「私もフリューゲル陛下よりお話をお聞きしております。

 とても国の事を、王と言う立場を、そして王族に名を連ねる者の立場の責任を考える方だと。

 一般的に父親が自分の母親と違う方の下へと足を向けるのは息子として複雑かもしれませんが……

 無礼を承知で言わせていただきますが、リンヴェルのお二方はどちらかと友情と義務で夫婦になられたとお聞きしております」


思わず俺もアメリアも大きく頷いてしまい、それを見てしまった息子は目を点にして、ルゥ姉はくつくつと控えめにだが笑っていた。


「王の役目、王妃の役目を果たしながらも、恋い焦がれるとまで育たなかったお二方の御心内は、それでも精霊との約束を果たす為だとお聞きしてます」

「だから私は子供は一人でいいと決めてました」

「普通なら離婚案件だけど、俺達には寧ろ好条件だよな」


うんうんと頷く夫婦に息子は可哀想な事に目尻に涙を溜めていた。

望まれて生まれ愛されて育っていたと思っていたのに成人して知った暴露話に理解が追いつかない。


「ですが、勘違いしてはいけませんよ。

 こんなどうしようもない二人ですが、王族としての義務に感情を一切持ち込まなかった二人こそあなたが見習うべき姿なのです。

 たまたまエヴェリナがあなた好みでエヴェリナも貴方を愛してくれるのは偶然としましょう。

 が、そんな感情がなくても貴方方は婚姻をし、そして子供をもうけなくてはいけません。

 王と言う冠を頂く者の使命はまず血を残す事。

 アーウェルの両親はその最重要使命を遂行したにすぎません。

 ですが、こうやって十八年共に過ごしアーウェルに愛情を注いで育ててきた事実から目を反らせてはいけません。 

 ここでわがまま言えば現実を受け止められないかわいそうな子というレッテルを張るしかないのですから」

「ルゥ姉は相変わらず辛辣だなぁ」

「子供はかわいいかわいいだけでは育ちませんので」


あれから三人の子供を産んで合わせて五人の母親となり、ノヴァエスの地に住む息子夫婦に子供が生まれたばかりの彼女の言葉に確かにと頷いてしまうが


「それよりもこのかわいいお馬鹿さんは私に任せて早くリーナの所に会いに行ってくださいまし。

 そしてリーナと子を沢山も受けてこのお馬鹿さんに可愛い弟と妹の面倒を見させてくださいませ」


リーナの子なら絶対かわいい子になるはずですよ!と力説するアメリアに苦笑していれば、夫に愛人との子を沢山つくれと言う妻の姿に未熟で偏った知識しか与えられてないアーウェルは父と母を何度も見比べながらどういう事だと言う様に顔を青ざめていた。


「アーウェル様ご存じないのですか?

 アメリア王太后とこれから向かわれるリーナ様はそれは大変仲がよろしいとお聞きしております」

「母上と?!」

「そうよ!私の一番の親友なの!」


ふふふと笑うアメリアは


「もしよければこちらに来る用事の際、私がリーナのパイが食べたいっておねだりしてる事を伝えて。

 リーナを思い出すたびにリーナの作るパイを思い出すの!」

「リーナの作るパイはどれでも美味いからな。

 まだまだこっちに用事はあるだろうからその時は土産に作ってもらうよ。

 アーウェルも楽しみにしてろよ」

「は?ええ???」

「わあ!

 楽しみにしてるから早くパイを作ってもらいに行って!

 出来たらリンゴのパイがいいわ!」

「はいはい、分かりましたよ。

 じゃあ、このかわいいお馬鹿さんの再教育は任せた!」

「リーナのパイがかかってるもの!

 任せて!」


アメリアとパンッと手を打ち合わせ、響く乾いた音を合図に馬に跨り人気のない街を馬が躓かないように注意しながら急ぎ足で進ませる。

父上?!とどこか悲鳴のような声も聞こえてくるけど、どうせルゥ姉につっかまって助けてと言うヘルプの悲鳴だろう。

愛しのエヴェリナの目の前で全くカッコ悪いと言ったらないなと思うも、この一件でアーウェルの周辺の人事も大幅に見直す事が出来るだろうと俺から続いてアーウェルの代も宰相を続ける事になったオスヴァルトに息子の面倒もよろしく!がんばれ!と手を振っておく。

遠目に見えた窓越しの、いつの間にか真っ白な髪になってしまった彼に頼んだと心の中で叫んでおく。

暫くして今ではすっかりと様子が変わってしまった外城門の門番のウード(ギルドは引退してのんびりと門番をしている)に頼み込んでこっそりと門を開けてもらってから馬に全力で走れと、薄明かりの射しだした朝日へ向かうように駆け出した。

まだ冬の匂いの残る畑には早生りの野菜が所々見える中、冬の名残の野菜が残っているかという畑に目を向ける事無く一直線に走る道を掛けて行く。

すでに働きだしている農夫婦の姿が馬の足音を聞いて道を開けてくれるてありがとうと叫びながら通り過ぎて行く。

やがて辿り着いた山々もまだ夜の匂いが濃く、そして一日をかけて山を越えた先にある小川で何度目かの休憩と食事。

精霊の加護がある事で山の中でも滅多に魔物を見かけなくなり、出会っても狩りとしての能力があれば退治できる程度の魔物しか出会わなくなったリンヴェルの山道は一人旅さえ難しい物ではないようになった。

最も厄介な事に山賊と言った人間の方がたちが悪いのだから、人間と言う生き物は本当に恐ろしいと思う。

いくつかの山を抜けてから川伝いに走り、そして大きな岩が目印の支流へと曲がってそのまま川の流れと共に駆けて行く。

石堤で出来た堤防横の石畳にはうっすらと土埃がかぶり、馬が躓きにくい道を並足までスピードを落として村の様子を眺める。

前に見た時とは違い今ではこの緩やかな斜面を使っての段々畑とまだ畑を起した状態の麦畑には何組の農夫が働いている。

懐かしい景色と言うには発展しすぎている豊かな牧歌的光景は十数年前には望んで望んで、望んだもの。

ついに手に入れたんだとこの場所からでもひときわ大きな屋敷へと目を向ける。

夕暮れも近づき、子供達が駆け回る道で馬を走らせるわけもいかずに馬から下りてのんびりとかつて何度も歩いた道を久しぶりにたどる。

目指す建物の周囲には何人もの騎士やそれを取り巻く従者が居るも、突然現れた身なりのいいおっさんに警戒は当然と言う様に俺の前に一人の風格ある騎士が立ちふさがった。

老齢とした騎士はこの領地の騎士の指導者と言うべき風格と、彼を慕う者達が背後に並ぶ中


「リーナはいるかな?」

「領主様はただいま執務の時間となっております」


と言う割にはキッチンの煙突から上る湯気を見てしまえば苦笑は隠せない。

目の前に立つ騎士も理解してか一緒に苦笑を零して


「クラウス、やっとリーナに会いに来れたよ」

「お役目の引き継ぎお疲れさん。

 これでやっと俺の役目も終わりか?」

「何言ってんだよ、あんたにはまだまだ働いてもらわなくちゃいけないんだから」


彼女をこの地に封じた当時こそフリューゲルの騎士の人達が彼女を守ってくれていたが、時が経つにつれてこの地で彼女の世話をしたいと言う人が増えてきた。

カヤ事リンヴェルがフリューゲルの地へと行ってしまった為にカヤのあのおいしいご飯を再現できる人がリーナしかいないと言う現実と向き合う事になってしまった元反乱軍の皆様は、リーナの作る美味しいご飯を求めてこの地へと移住する事を希望する者が後を絶たなかった。

そんな不埒な者達を纏める為にクラウスが早い段階からここへと派遣され、長い事リーナの護衛となる事になり、勘違いしている村の者達から早く身を固めろと突っつかれている報告にはリーナに手を出したらどうなるか判ってるよなと言う脅迫の手紙を何度送ったか今でこそ笑い話だが……


クラウスと俺の中の良い雰囲気に背後の見習い騎士達は戸惑いを隠さず、知己の者達は懐かしげに手を振ってくれた。

王都でそんな事をしたら罰則もんだぞと苦笑してしまうも


「みなさんおまたせしました。

 ご飯の準備が出来ました」


さまざまな年齢の女の子達を連れて一人の品の良い涼やかな美しい色合いのフリューゲル風のドレスを纏う姿があまりに懐かしくて、そして記憶からも想像が出来る面立ちと彼女の背筋を伸ばした美しい立ち姿が眩しくて涙が溢れそうになる。

初めて会った時は実年齢以上の面立ちだったのに、今では実年齢を問いたださなくてはいけない若々しい輝きを放つも苦労の後は隠せない俺の知らない十数年がそこにはちゃんと刻まれてあった。

一緒に手を取り合って共に時を過ごす事が許されず、だけどやっと再び彼女の目の前に立つまでに費やした時間の流れの残酷さなんて今の俺にはまったく関係がなくて、


クラウスが背後の騎士達に道を譲れと指示をすれば、俺はその開いた道をまっすぐと歩く。

幼い少女から見習いの侍女の少女までといった様々な年齢の少女を連れ歩く彼女の足が止まるのを誰もが不審におもうも、俺が誰だかわかってくれたリーナはとたんに溢れ出した涙と悲鳴を隠すように両手で口元を隠す。

周囲の目線なんてこの十数年でなんて事もないと言うくらい鍛え上げられた俺は周囲が見守る中リーナを抱きしめて


「約束を守りに来たよ。

 やっと役目を引き継いできたから、リーナに会いに来たよ」

「はい、この地にもディック様とアーウェル様のお話は届いております。

 お喜び申し上げます」


王位継承が国中に届いて祝福されている事をこの国の端にもちゃんと伝わっていた事が確かめられる中、リーナの顎に手を掛けて視線を合わせる。

周囲の女の子がこんな所でと顔を赤らめて片手で見てはいけないのにと隠しながらもちゃんと覗いていて、もう片方の手で小さな子供達の視線をしっかりと隠していた中で俺はリーナとキスを交わした。

夕焼けの陽だまりの中での出来事を思い出しながらあれから十数年も経っているのにどこかあの日と同じ甘やかな香りとかわらない柔らかな唇を優しく食んだあともう一度強く抱きしめて


「本当に会いたかった」

「私もです……」


俺達の事情を知る背後に並ぶおっさん達の囃し立てる声に俺は片手で応えていれば


「ディックも久しぶりにリーナの飯を一緒に食べようぜ。

 俺も王都の様子の話を聞きたい」


適当な所でクラウスがこの場の収集を計ってくれた。


「ああ、ルゥ姉達から土産も預かってる」


俺はリーナの腰に手をまわして案内されるままついて行く。

背後では女の子達のキャッキャとした喚き声と何処か悲惨な喚き声を上げる男共と言う謎のハーモニーを聞きながら煉瓦造りのロンサール風の見覚えのある宿……ではなく屋敷へと足を運んだ。








それから俺はリーナ事カタリーナ・ヴィレン・ブルトラン改めリーナ・クレヴィング侯爵の住まうクレヴィング領(ハウオルティア王家発祥の地のあの滝がクレヴィング滝と言うちゃんとした名前があった為に改名された)を中心に式典礼典など時折王都に顔を出したりして晩年を過ごす事になった。

リーナとは三人の子供に恵まれて、十歳までノヴァエスで過ごした長男は王都へ行かせてアーウェルの子供の叔父として補佐を務めさせた。

二番目の娘はフリューゲルの北西の地へと天職があると言って嫁いで行き、穏やかな性格の三男はクレイの初孫の娘を貰い受けてこのクレヴィングの地を継いでくれた。

その辺はもうこの世の人ではなかったから俺は知らないが、歴史の紐を解けばちゃんと俺の子供達はこのリンヴェル国にそして大陸中に広まって、今もこの先もこの血がちゃんと繋がって続いていく事を、精霊達が見守ってくれる事を俺は信じている。





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