約束の地へ
前回から続いてエンバーの回です。
と言うか、エンバーの災難の一日が……
終わりませんでした。ごめんよー
ランは何の不安もなくひんやりとした洞窟の中にどんどん進んでいくも、俺は数歩目で違和感を覚えて足を止める。
俺の知ってる洞窟じゃない……
知っている洞窟の入り口からはまだ王都の城の天辺が早朝の澄んだ空気の中で蜃気楼のように見える距離だった。
他に何もさえぎる物が無いとはいえ、昼間の陽炎が立ち上る視界で見えるのだから近すぎると眉間を狭める。
見知らぬ洞窟に警戒を持ってランの所へと急ぎ足で進めば水路を流れる水の音と、不自然なまでに平らな床があった。
さすがにランもおかしいと気づいてか足を止めて
「アウリール、明るくできる?」
松明一つ無い暗闇の中に響くランの言葉に応えるように、すぐに洞窟の中は明るく照らされれば俺達は思わず一歩足を引いてしまう。
そこは理路整然とされた手入れの行き届いた墓地だった。
手前から俺でも知っている名前の王の名が刻まれ、それから通路に沿って順序だった王の名前と生前月日が記されていた。
「噂には聞いた事があったけど、こんな近くに王家の陵墓があったのか……」
「ロンサールの王様のお墓なの?」
「みたいだ」
一つ一つが美しい彫刻を施された墓石にはその人柄が浮かぶかのように好きな模様がえがかれていた。
例えば美しい花だったり、会った事はないが横顔だったりとその時その時の趣向が凝らしてあるのには感心して、最後に俺は最奥にある初代の王、ロンサールが愛して子供を身ごもった男の所まで来た。
一際大きな墓石が彼の偉大さを表すには十分で……
「なぁシュネル……
俺の事を半妖精って言うくらいだから、ロンサールが初代の王様が身ごもった時はいろいろ問題があったんじゃないのか?」
「さて、その頃の私はちょうど東の大陸に居て総ての力を封じられたただの鳥だったからな。
アウリールは何か知っているか?」
「シュネルの助けに耳を傾けなかった者の事など私の知る所ではない。
だが、同胞達は言っていた。
精霊が人間に穢されたと。
噂好きな妖精達も精霊が人間の子供を宿すなんてと嘆いていた。
私としてはロンサールが身ごもるなんてあいつも女だったかと驚いたな」
「それを聞いてあたしはクヴェルにどう答えればいいんだい?」
いつの間にか背後にガーネットが立っていた。
「って言うか、よく王家の陵墓を見付けたねぇ。もうちょっと先の穴倉に行くのかと思ってたよ。
ここは探知しにくいように仕掛けてあったんだが、何で見つかっちまったかねぇ」
「お前の掘った穴倉の特徴ぐらいは知ってるつもりだからな。
この先の穴倉までの間に距離があるから何かあるはずだと、人の足の歩みを考えて探してみればちゃんと見つけれたぞ」
「そういや、俺も何時もここ通る時は夜だったり視界の悪い時間帯だったな……
っていうか、この洞窟はガーネットが掘ったのかよ?!」
「こいつの正体は巨大な狼のような狐のような何かだ。
両方の習性を考えても穴倉住いになるから当然だ」
と何て事もないように言うも、当然のように頷くガーネットに俺は知ってしまったしょうもない洞窟の秘密に脱力してしまった。
「そういやラン、エンバーの剣を持ってるかい?」
「うん。ちゃんと預かってるよ。
外側の剣の材質がちょっと複雑だから今師匠に調べてもらってるからちょっと時間がかかってるけど……」
言いながら取り出してくれた剣をガーネットはその馬鹿力で総ての外側の金属を剥がしてしまった。
現れたのは細身のどこか透き通ってるようにも見える繊細な剣だった。
中心に金の筋が走り、その横に俺の本当の名前が刻まれていた。
何とも言えないその剣をガーネットが渡してくれて
「その剣を持ってあの壁画の穴に突き刺しておいで」
顎で指示された場所は美しい彫刻が描く花の壁画の中央に不自然なくらいの幾何学模様があって、そこだと理解するには簡単で
言われたとおりに剣を刺せば何かがかみ合ったと言う様にカチャリと金属音がした。
目の前の壁がゆっくりと左右に開かれていく魔法ではない仕組みがドアを開けていた。
「さあ、中にお入り」
ロンサールが先頭を切って進む背中を追いかけて俺はついて行く。
ラン達はここで待ってると言って着いては来なかったが……
その先に会った白乳色の柔らかな光で満ちた空間のなかにいつの間にか黄金の、狼のような狐のような何かが居た。
洞窟の奥だと言うのに清浄な空気と、どこか神秘的な空間。
聖域と言う物があればこのような所を言うのだろうと思った所で、ここが約束の地だと理解した。
そんな所に黄金の見た事もないような唯一の生き物にさっき話しを聞いたばかりだから理解できる。
これがあの……
「ガーネットのロンサールの姿なんだ」
「ふふふ、驚いたかい?」
「まぁ、こんだけ馬鹿でかいんじゃ驚かずにはいられないさ」
俺の倍以上の大きさの姿と言い、どの洞窟も大体高さは同じくらいなのにも納得が出来た。
「本当に穴を掘って回ってたんだな」
「この姿は驚かれるからねぇ。
穴を掘って綺麗な地下水を飲んで一晩過ごすにはこの土地は私にはぴったりなんだ」
そう言って
「地図をだしな」
地図って……と思うももうそれが何か理解した俺は長い紐で常にだれの目にも止まらないようにと隠していた宝石を取り出す。
部屋の真ん中に不自然なくらいにぽこんと盛り上がる台座の上に置くように指示をされれば、その石に血を流すように言われた。
ランがやったように俺も手の平を切って赤い石に血を流しこめば、血は表面を滑る事無く呑み込んでいた。
おおーと思わずその不思議さに声を上げてしまえば淡く輝く石の光が一枚の地図を形成していた。
「これがロンサールの地図さ。
お前が大切に持っていてくれてほんと助かったよ」
ありがとうと鼻っ面で俺の顔をつつかれればその勢いだけで俺は尻餅をついてしまう。
「そんな大事なものホイホイ持ち出してもし失くしたらどうするつもりだったんだ?」
「その時は必死で探すしかないだろ?」
考えた事もなかったと言う様にしどろもどろに言いながら視界を彷徨わせるガーネットに溜息が零れてしまう物の
「さあ、契約だ。
エンバー、お前の願いを言ってごらん?
ロンサールの国を復活させるのも今のあたしなら簡単だよ」
「その代り俺はガーネットの願いを叶えなくちゃいけない」
良くわかってるじゃないかと犬歯をむき出しにして笑うガーネットの物騒さに素直に笑えない俺はなんとなく思っていた事を口に出してみる。
「あのさ、こういう事出来ないかな?」
俺は俺の思いを口に出せばガーネットは狼のような狐の姿なのに目いっぱい目を見開いて
「出来ない事はないけど、あたしの名前が契約の呪文なんだ。
リンヴェルの国に統一しようとするとあたしはまた魔力切れを起こして魔物になるかもしれないけど、そう願われたらあたしはそうするだけだけど?」
「なし!そんなのはなし!
だったらランから貰った新しい名前で国を立ち上げよう。
国は現状のままに、だれも足を踏み入れる事の出来ない巨大墓地の国にしたい。
魔物すら容易く侵入する事も出来なく、人が生きるには難しいあの地のままを永遠に残しておきたいんだ。
魔物に怯える事もなくあの地で亡くなった人達に静かな眠りの場としてロンサール国になる前の今の姿でいいんだ」
「とするとあたしの願いはただ一つ。
エンバー、どうかお前のその血をどうか残し続けてくれ。
あたしが愛したロンサールの面影を残すお前に、ロンサールと同じ匂いのするお前があたしの生きがいなのだから……」
精霊なのに人の子を産んだ自分への蔑む言葉ではない。
寧ろ、我が子を慈しむ母親の姿なのだから、生きて欲しいと言う母親の強い願いを誰よりも知っているエンバーは頷く事しか出来なくて……
「だけど一つ約束してくれ!
もしこの先ロンサールの血が途絶えてしまってもハウオルティアとブルトラン側のリンヴェルにこれ以上迷惑が掛からないように……
ガーネットがブルトランの精霊みたいに苦しむ事が無いように約束してくれ」
「エンバー、これは私とエンバーとロンサールの地の約束だ。
ハウオルティアとブルトランには一切迷惑は掛からないよ。
魔物に落ちるかどうかは契約の切れ方次第だから、ブルトランの最後のように綺麗に切れる方法も考えておくさ」
「だったら、それを持って契約をしたい」
「ああ、お前があたしの子で居るのならどんな契約だってするさ」
そう言ってガーネットは前足をガブリと噛み、流れ出た血を地図の石に流し込んだ。
人の姿に戻ったガーネットはロンサールと言う文字を消してセラファザードと溢れんばかりの魔力を使って地図を書き直していた。
「契約はこれを持って完了。
地図はどうする?」
「ガーネットが持っていてくれ。
俺はこれからリンヴェルで働くから盗まれる可能性もあるからな」
「だったらあたしが確かに預かろう。
あたしもあの頃とは違う。
こんどこそあたしの子をちゃんと導いて見せるさ」
そう言ってガーネットは俺を抱きしめてくれた。
母親のように、優しく包むようなどこか甘ったるい匂いを漂わせてそっと、それこそ我が子のように真綿に包む様に抱きしめてくれる微睡の中で俺はぼんやりと意識が遠のくのを気持ちいいと思っていた。
いつの間にかぼんやりとした思考の中で見覚えのあるような内容な天井を見上げていた。
「やあ、目が覚めた?」
すぐ横にはランが椅子に座って何か本を読みながら勉強をしているようだった。
「ここは?」
「リンヴェルだよ。
セラファザードと壁画の奥から戻って来たと思ったら意識を失ってたからすぐにこっちに戻ってきて、ベットに放り込んでおくようにってブレッドに言われたよ」
「ああ、世話掛けたな」
と言って立ち上がろうにも力が抜けてすぐにベットに倒れてしまう。
「セラファザードがいってたけど、今は契約直後だから魔力がごっそり抜けたから大人しくしてろって」
「で、ガーネットの奴は?」
「アリシアと一緒にお酒飲んでるはずだよ」
「あー、なら近寄らない方がいいな」
色々と可愛がられてきた身としては近寄ってはいけない状態のガーネットに最大警報を発令しておく。
「あの墓地の事誰が知ってる?」
「ブレッドとクロームには言ったけど、今はまだ黙ってろって。
契約の事とかはセラファザードから聞いたけど、ブレッドにはまだ言ってない。
これは君の口から言わないといけない事だからってシュネルが口止めしてくれたよ」
「ああ、ほんと感謝しないとな」
言いながら疲れ切って無口になってしまった俺にランはゆっくりと口を開く。
「朝を運ぶ鳥の話しにこんな話がある。
ラルヴァという墓守の男の話しだ。
その男は親の顔も知らず、家族もおらず、村のはずれで一人誰の墓かもわからない墓地を守って過ごしていた。
村人からは気味悪がれ、娘達からは避けられ、寄りつくのは墓を荒らそうとする獣と少しでも慰めになればと植えた花だけが男の相手をしてくれていた。
男は常に一人で話す事を忘れたかのように口を閉ざし、時折町に降りては食料と薬を買い、そして誰かが亡くなった時だけその家の者と話をするそんな寂しい生活をしていた。
男とてそんな寂しい暮らしをしたいわけではない。
酒場で陽気な歌を聞きながら食事を楽しみたいし、墓守も男だ。
所帯という夢もどこか諦めきれず、だけど誰も相手をしてくれる人もおらず、それどころか陰気な男を入れてくれる酒場すらなかった。
孤独と言う言葉を知り尽くしている男の許にある夜、それは美しい娘が現れた。
白いドレスを纏い、淡い光の色をした髪の娘は今宵の宿をと涙ながらに願い、男の住む小さな小屋にやってきました。
このような美しい娘が一人でこのような所に来るのはよっぽどの事情があっての事だろうと娘を小屋へ招き入れます。
ですが大変な事を男は思い出した。
一人で住むこの小屋には娘に座らせる椅子もなければ夜を明かす寝台もありません。
男は困りに困って洗ったばかりだったカーテンで娘の為に男の匂いのするベットを包みここで休む様に促しました。
娘も疲れ切っていたのか横になった途端直ぐに眠ってしまう横顔を男は困りきって小屋から出て壁にもたれるようにして朝を迎えるのでした。
朝を運ぶ鳥はこの孤独な墓守のいつもと違う様子に近くの枝に止まってその様子を見守る事にしました。
するとどうでしょう。
目を覚ました男が汚れた窓から室内を覗くのを真似る様に朝を運ぶ鳥も窓から室内を覗けば、そこには死してなお生きる死人が居るではありませんか。
驚く朝を運ぶ鳥に仲間達が集まりその様子を見守っていれば、男は小屋の中で朝食を用意し、目覚めた死人に与えるではありませんか。
何が起きているのか仲間に様子を見守らせて朝を運ぶ鳥は次に運ぶ場所へと朝を届けに飛び立ちました。
次の日、朝を運ぶ鳥がこの墓守の家に立ち寄って見守らせていた仲間に聞く所、
「男はあの死人が美しい娘に見えるようです」
「男はあの娘を大層大切にしているようです」
「男はあの娘に好意を抱いているようです」
「あの娘は何百年前に滅んだ国の王女のようです」
そう言った仲間に案内された先は掘り起こされた空っぽの墓がぽつんとこの墓地の片隅あった。
一際立派な墓で他の墓とも距離はあったけどどの墓よりも手入れが行き届き、沢山の花に囲まれて集まる小いさな動物達の憩いの場となっておりました。
これは一体と朝を運ぶ鳥はもう一晩様子を見てくれと言ってまた飛びだって行きました。
そしてやがて次の朝に立ち寄れば、男と娘が寄り添うようにして眠ってるではありませんか。
それはそれは幸せそうな男の顔とそっと寄り添うボロをまとった骨しか残ってない死人の娘にぞっとしている間にも男は娘の為にと街へと繰り出す合間に朝を運ぶ鳥は仲間を連れて娘へと声を掛けます。
「死したる者が何故生きる者に近づく」
声を掛ければ娘は涙をぽろぽろと流しながら、もう誰も来ない私の墓をこのように居心地のいい物にしてくれた感謝として、孤独な男のひと時を埋めたかったと言う。
「それは摂理に背く事だ。
男を思うのならすぐに姿を消しなさい。
死したる者が再びよみがえる事があってはいけない。
男が戻る前に行くべき場所へと行きなさい」
朝を運ぶ鳥はそう娘に強く言い含めて仲間を総て連れて飛び去ってしまいました。
ですが次の朝想像もしてない事が起きてました。
娘と男は褥を共にしたと言う様に裸で抱き合っているではありませんか。
そのような事があってはいけないと娘に言うよりも早く死を司る者がやってきました。
死を司る者は朝を運ぶ鳥を見るも無視をして男の小屋へと乗り込み娘の手を引いて小屋から出てきました。
男は縋るように娘と死を司る者に懇願するも、死を司る者は男に娘の真実の姿を見せます。
「お前はこのような娘と本当に共に暮らせるのか?」
その問いかけに答える事の出来なかった男は泣き腫らし、そして真実の姿を見せてしまった娘もその身の醜さに恥じて死を司る者と共に二度と男の前へと現れる事はありませんでした。
ひと時の優しさを知ってしまった男の喪失は深く悲しもので、朝を運ぶ鳥は男を娘の墓へと案内します。
内から掘り返された何もない墓を見て墓守はかの娘が誰かやっと知りました。
それから男は人が変わったかのように仕事に精を出しました。
花が途絶えないように花の種をまき続けます。
土が痩せないように栄養を与えて綺麗な花を咲かせ続けます。
娘が寂しがらないように男は彼女の墓を常に花々を咲かせて美しく彩らせていました。
そしてその隣に死を司る者の為も祭壇を用意して毎日花を飾りました。
「墓守よ、その祭壇は一体なんなのだ?」
朝を運ぶ鳥がいつの間にか誂えた祭壇は何だと問えば
「娘を預かる死を司る者に、娘が少しでも寂しくないようにとお願いするために誂えた物です。
私の身勝手な願いですが、娘が寂しくないように私に出来る事はこの程度の事なので」
男はそう言って黙々と花の種をまき続けるのでした。
それから時は流れて、墓守の小屋で簡単な葬儀が行われていた所に朝を運ぶ鳥は出会いました。
そこには棺に収まって埋められていく老いた墓守の姿がありました。
墓に土を掛けるのは何年か前に孤児になった男と女の子供を二人引き取った姿が成長した物でした。
最後まで丁寧に墓守の葬儀を終えた二人は涙しながら墓守が長年暮らした小屋へと入って行きます。
そして次の朝を運んだ時にはその二人はいつもの通り墓守を見習って豊かな土を作り、花の種をまいて行きます。
ふと気付けばその花畑は娘の墓から目の届く限り広がり、そして二人の子供達は祭壇を綺麗に掃除して今日咲いた花を新たに飾るのでした。
それを見て朝を運ぶ鳥はふと考え付き、今日はいつも通り過ぎるだけの場所へと羽をとめるのでした。
「久しぶりだ死を司る者」
「珍しいな、朝を運ぶ鳥がここに立ち寄るとは」
真っ黒な髪と瞳の死を司る男のどこか機嫌の良さそうな顔に朝を運ぶ鳥は小首を傾げ
「何かいい事でもあったのか?」
「さて。だが、私は一つの美しい物に出会った。
それだけの事だ」
そう言って死を司る者が見せてくれたのは若き時の墓守の男の姿と、あの日の美しい娘が抱き合って泣いている姿だった。
「あの男に死人の娘と、よく似た死人の娘を山のように用意してお前の愛する娘はどれだと問うたのに、あの男はまっすぐ愛した娘を探し出して愛をささやいて見せたぞ」
「それはそれは」
苦笑する朝を運ぶ鳥を見付けた墓守の男は娘を連れて
「朝を運ぶ鳥よ、私はまた娘に出会う事が出来た。
今度は過ちはない。
どうか私達を安心して見守ってくれ」
窘められた事を反省する男に朝を運ぶ鳥は一つの疑問をぶつける事にした。
「一つ聞くが、お前は何故この中からたった一人の娘を見つけ出す事が出来たのだ?」
その問いに男は娘の瞳をじっと見つめ
「花畑の匂いがしたのです。
私がこの娘の為に作り続けた土と花畑の匂いが」
朝を運ぶ鳥も死を司る者も一途な男の思いを受け止め、いつか二人ともこの地を旅立たなくてはいけない日が来るその日まで共に暮すがいいと二人を夫婦と認めるのだった。
どこか機嫌のいい死を司る者の寛容な心を初めて見た朝を運ぶ鳥はふとした事に気づきます。
「そう言えばここはいつからこんなにも花の匂いが立ち込める場所になったのだ?」
それだけを言い残して朝を運ぶ鳥は旅立ちました。
男が作った祭壇に飾られる花の匂いだと気が付いた死を司る者は渋面を作るも、爽やかな風と共に届く花の香りが嫌いではなく、少しだけ笑みを作るのだった」
静かに目を閉じたランはゆっくりと目を開き
「君がロンサール国をロンサールの民の為の墓にするって言う話しを聞いた時にこの話を思い出した。
君は王家と言う力を持つ巨大な墓守となろうとしている。
それについてはもともと王家は先祖を大切にする墓守のような一族だから僕は規模が大きくなった程度の物だと思って君を尊敬する。
だけどね、アリシアが教えてくれたんだ。
君はロンサールと人間の半分だけ妖精と言う血を色濃く残す半妖だ。
アリシアは心配してるよ。
ロンサールの事だから半妖は妖精ほど長生きはしない。
だけど人間よりはるかに長生きをすると。
混じり合った妖精の血次第で寿命は判らないけど、ロンサールほど長生きできずに、みんなよりもはるかに生きるんだろうと。
かつてロンサールで半妖になった人達は後に化物と呼ばれたり、ひっそりと国を去ったりといろいろ苦しい思いをして自らの生を終わらせた人もいると聞いた。
ロンサールがどこまで知っているのか知らないけど、もし生きるのが辛くなったらフリューゲルの地を訪れてほしい。
エンバー・ラストと言う名前で生きづらくなったらさっきの物語の墓守の男のラルヴァと言う名前を持って会いに来てほしい。
どれだけ離れていても、別の世界に居ても僕は君を迎えに行く」
「俺は……」
そんな長生きをする事とは想像もしていなかった。
どれだけ生きるか判らない長い人生なんて想像もした事はなかった。
長生きなんてできない人生と思っていたのに……
「お前も半妖だ。
我々はランと良くしてくれたお前を歓迎する」
シュネルが人の姿になって慰める様に頭を撫でながら
「難しく考える事はない。
もし困った時に声を掛ける相手がいる。古い話を共に懐かしく思う相手がいる。
そんな相手がいると言う心の不安を語る相手だと思ってくれればそれでいいのだし、お前にはロンサールも居る。
友を失う悲しみを支えるのは友との語らいでしか補う事ができない。
私の長い経験からの助言だが、どうかそれはランの為と思ってくれても構わない。
精霊騎士として常に精霊と契約をする事になるこの子の為にも、話し相手となって欲しい」
そう諭されながら目の前に立つランを見上げ
「お前、本当は一体何歳だよ?」
幼いような、でも時折達観するよな言葉を使う相手は小首を傾げて
「実はよく知らないんだ。
一応20歳って事になってるけど、時間の流れの違う精霊界で暮していた時もあるし、精霊騎士の反動で深く眠ってる時の時間の流れも良くわかってない。
何千年と生きるみんなももうあまり時間の流れを気にしてないから、一体僕が何歳かなんて知らないんだ。
だけどフリューゲルでは僕の誕生日も貰えたし、だから僕は今20歳って事になってるんだ」
にこにこと笑いながら時間から取り残されたランのあどけない笑みはだからずっとシュネルと一緒に居られると言う喜びの歪さを覚えるのは俺がまだ人間として生きているからだろうかと考えて
「だったら……
もしエンバーの名前で生きるのが辛くなったらラルヴァって名前でフリューゲルのお前の所に訪ねに行くよ」
「うん。ゆっくりで構わないから、待ってる」
約束だと言う様にお互いの手を上げてパチンと鳴らす。
「所でラルヴァって名前の意味ってなんだ?
まさか墓守って意味じゃないだろ?」
「さすがに違うよ。
ラルヴァって名前の意味は一途な思いとかだったよ。
もしくは信念とか」
「一途な思いはともかく信念は良いな」
クスリと笑えば半妖ちゃんは目覚ましたー?とアリシアがやって来た。
いきなりオカマに罵られた事もあり、ランとは違いやって来たアリシアを睨みつけてしまえば心地よさそうにニヤリと笑うオカマはフリューゲルの隊長の騎士を着ていた。
「うーん、ちゃんと起きてるねぇ。
あとさっきはごめんねぇ。
ロンサールのガキの子供だなんてあたし知らなかったからぁ。
これで許してねぇ」
ぶちゅーとほっぺにキスをしてきた臭いは究極の酔っ払いモードだった。
「酒くせぇー!」
手と足を使って振り離そうとするもそれぐらいじゃ離れてあげないと言う様に逆に両手を使って抱きしめる様子にランはケラケラと笑って見てるだけだった。
助けてはくれない模様だが
「って、ちょっとー、なーんでランと契約しちゃってるのよぉ」
「契約って……」
「ほら、手の甲に契約の紋章があるでしょ?」
「うわ、いつの間にこれってなんだよ」
ごしごしと手の甲を拭く紋章をランはかっこいいーと褒め称えるが、よく見れば先ほど手を叩き合ったランの手の甲にも紋章が刻まれている。
それどころかなぜ今まで気づかなかったのかが不思議なくらいに額や肩口、足にもいろいろ紋章が浮かんでいて……
「ったく、いつの間にあんたもお仲間になっちゃったのよぉ」
仕方がないわね、可愛いんだからと頬ずりされてもうれしくもない。
「ランと契約するとこうやって証明がお互いの魂に刻まれるから。
手を切り落としても別の所に現れるだけだし、消す事なんてできないわよー」
少しだけ赤くなった甲にランは不安な顔を作り
「何で契約したか判らないけど、いやだったら解除するよ?」
きゅっと唇を噛みしめる様子はまるで俺が苛めているようではないかと溜息を吐き
「契約が嫌なわけじゃない。
突然だったから驚いているだけなんだ。
ただそれだけだ」
そう言えばさっきまで視界がぐらぐらとしていたのに、今は体の疲れもなくなり頭の中までしゃきっとしている。
話しを聞いていた間だけでこんなにも体力が回復るわけではない事をよく知っているエンバーにアリシアが可愛く笑う。
「精霊騎士と契約するとこんな特典があるの。
少しずつ新しい自分に慣れて行ってね」
ウインクしながらランを抱きかかえ
「折角だからランも半妖ちゃんも飲みましょー!
ブレッドもアルトも良い感じに出来上がってるからみんなで酔っぱらって裸で寝ましょー!」
「おー!」
「ぜってーやだ!」
真顔で反論した俺にランはケラケラと笑う声の合間にエンバーの拒否っても肩に担がれて酒盛りの会場に連れて行かれる拒否権の無さに悲鳴を上げるのだった。




