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バーサス

夏休みぐらいちょっとは頑張ろうよキャンペーン(だったの?)はここで力尽きます……

また週一ペースに戻りますがお付き合いください。

せめてこの勢いで終わりまで書き上げたかったよ……

さよなら社会人の夏休み!!!

「あーっ!!!

 ラン兄仲間に入れてよ!!!」


二階の通路から中庭を覗いていたディックは身を乗り出して手を振っていたかと思えば、そこから近くの階段を駆け下りてやってきた。

当然と言う様に木刀を取り出して切り結ぶブレッドとの合間に打ち込んでいた。

というか、あのレベルの二人を同時にさばいてやがる……

城内戦の時、大半を一人で複数の敵と相手していてやるなあとは思ったが、このレベルでも余裕で応対できるとなったら当然かと納得するしかない。

なんか、久しぶりの完敗と言う気分に飲まれてしまった横でよいしょと気合入れて立ち上がる声が聞こえた。


「さて、ディが参戦してくれたから私ももう一度挑戦しましょうか」


ジルが木刀を片手にもち、剣の型なんて無視してランに襲い掛かっていた。

あー、何でこの表現が間違ってないんだよと頭を悩ませる中


「総隊長と隊長とディ殿が参戦している今がチャンスだ!

 今日こそ一撃を!」


さっきまでへばっていた人達が急に立ち上がってブレッド達にすら襲いかかると言う気迫でランに向かって行っていた。

当然俺も雰囲気に飲まれ反射的にその中に混ざり


あれ?

俺達今何やってるんだっけ……


物凄い勢いで騎士団総出で襲い掛かっていたはずなのに何故か中庭に立っているんはラン一人と言う光景にすぐ横にいるブレッドに訊ねる事にする。


「全員で襲い掛かって何で負けてるんだよ」

「知らないかもしれないけどな、俺が知る限りランに剣で勝てる奴は見た事ないんだ。

 アウリールの奴は勝つと言うが見た事はないけどな」

「…………」


それで勝てるのかよと聞きたかったが、それでも立ち上がってまた挑戦するつもりの騎士の人を見習って


「ラン!もう一度いくぞ!」


黄金の魔力を纏って今度は左右にフェイントを取りながら打ち込もうとするも、笑みを携えたままの顔が近づいた距離分遠くなるのを俺は理解できなかった。


「何が駄目なんだよ!」


ゴロゴロと転がりながら立ち上がれば


「動きが俺でも丸わかりだな。

 あとはスピードは感で何とか対応できるしなと言うか、目が慣れた」

「なにそれ!

 俺ってそんなにも判りやすい攻撃してたのかよ?!」

「私でも対応できそうなくらいですね」


ブレッドの向こう側からのジルの意見に俺のSSクラスの冒険者と言うプライドはズタズタだった。


「まぁ、貴方は我々と違って魔力があるから、そちらを使って強くなってください」


お家芸の剣術を越えられると国家の存亡の危機になるのでと人の良さそうな顔で笑うジルの視線はそれでも何とかして一撃をと考える様にランの動きを見ていた。


「あー!クソッ!!!

 せっかく強くなってラン兄にびっくりさせてやろうって思ったのに!!!」

「ディは十分に強いよ」


優しく諭す王様にディは握り拳を突き上げて


「だったらなんで一度も一撃を与えられないんだよ!!!」


この中庭に居る人達全員の叫びにランは笑う。


「それは僕がディの兄貴だからね。

 簡単に負けるわけにはいかないんだよ」


そう言ってかかって来いと棍を構え直すランにディックは涙を流しながらつっこんで、見事気持ちよく吹っ飛んでいた。


「エンバーはもういい?」

「あー、今向かっても勝てそうにないから今日は見学するわ」


素直にリタイアと言えばブレッドもジルも同じくとリタイアの意志表明する。

っていうか、研究するためにリタイアしたのにあんたらもリタイアしたら意味ないじゃんと心の中で突っ込む合間にこの剣の練習はお開きとなろうかと思た瞬間



「なら、あたしも混ぜてもらおうか」


不意に聞こえたのはガーネットの声だった。

見上げれば二階のテラスからフリューゲルとその下僕達と共に俺達の様子を観戦していたらしく手を振って俺達に笑顔を振りまいていた。

テラスの欄干をひょいとまたいで中庭に降り立ったガーネットに誰もが場所を譲ったのを確認して彼女は一気にランに詰め寄った。


ガキンッッッ!!!


伸ばした腕を白い棍で受け止めてさらりと受け流すランにガーネットは犬歯を見せて笑う。


「この一撃を凌ぐとは良い腕だ」

「びっくりした……

 全く走り出す様子がなかったと思ったから驚いたよ」


言えばそんな所を見てたのかと言う驚きの合間にもガーネットの姿がぶれる。

伸びた手にランは左右に紙一重で交わしていく。

わ、わ、と声を上げながら珍しく追いつめられると言う様子についにラン兄に土がつく日が来るのかどうなるこの展開?!と手に汗を握りしめて見守っていれば十手、十一手と重ねて行くうちに少しずつ様子が変わる。

ガーネットの重い一撃一撃をいなしながらも攻撃に転じる事が出来るようになっていた。

素早い蹴りにも防御ではなく交わす余裕もでき、むしろチャンスと言わんばかりに軸足を容赦なく狙いに行く。


「マジかよ……」


一撃で終わらなかった事ですらもう奇跡だと言うのにガーネットの繰り出す拳を棍で上手く捌いて行くように懐に潜り込んでランが初めての一撃を与えた瞬間に落としたエンバーの信じられないと言う言葉の重みを俺はまだ軽く考えていた。

さすがに一撃を喰らって距離を開けたガーネットはニヤリと艶やかな真っ赤な口紅が彩る口をぺろりと舐めて


「よし、気が変わった。

 次一撃を入れる事が出来たらお前の願いを一つ叶えてやろう。

 ただしそれよりあたしが早く一撃を入れれたら、そうだねぇ……

 あたしの願いを一つ叶えな。

 なーに無茶は言わないさ。

 ちゃーんとお前が出来る事と出来ない事はわきまえているつもりだし、何より後ろの御仁が怖いからねぇ」

「僕はシュネルよりもブレッドの小言の方が怖いんだけど……」


言えばすぐ横で大人げなく「これが終わったら速攻でフリューゲルに帰るぞ」と謎の援護にジルはやれやれと呆れ果てている。

ランとブレッドのやり取りにくつくつと笑うガーネットはそう言って一つ呼吸してから黄金の瞳でランを射る。

ごくりと唾を飲んで棍を構え直すランの呼吸が整うのを待って、動いた。

気が付けばランの棍がガーネットの長い爪の一撃を防ぎながらもバックステップで凌ぐ。

棍で腕を振り払い距離を広げるも、すぐにガーネットの二撃目が来る。

ランもいつまでも受けて払いのけるではなく棍を振り上げるように見せて、ガーネットの素早い動きの足を封じる様に攻撃に移るも直ぐにひらりと飛んで交わされてしまう。

背後に着地したと言うのにランには見えているかのように棍を持ち替えただけで背後からの攻撃に対応してステップを刻みながらいつのまにかガーネットの正面を向く様に体制を変え、飛び込んでくる拳を叩き落とすではなく下からたたき上げてその軌道を変えるまでわずか数秒。

ランの頬に服にいつの間にか切り傷があったが、気にしないと言う様にその視線はずっとガーネットの動きを睨みつけている。

その視線が気持ちいいと言わんばかりに舌なめずりをするガーネットに今度はランから攻めて行った。

本当に人が魔法の補助なしでこんなに早く動けるのだろうかと思うくらいの瞬発力で気が付けば既にガーネットは攻撃を受け止めていた。

正面からの攻撃は当然力が上のガーネットにすぐさま防がれるも、ランの姿が不意に歪んだ。


「なっ!」


身を乗り出して立ち上がったエンバーと同様俺も前のめりになってその様子を見る。


地面を棍に突き立てて、防ぐガーネットの手を軸にスピードを乗せたランの体は棍の上部の方を持って遠心力を利用してガーネットの背後に回って頭の横を蹴っていた。

ガーネットの視界はランを追いかけ右側にいたランの視線を追尾していたが、ガーネットの馬鹿力を利用して、完全に身体を傾けてからの死角になる反対側からの蹴りには全く気付いてないようで、決まった瞬間ガーネットの頭がぐらりと揺れるのをエンバー達は一歩駆けだすように足が前に出ていた。

さすがのガーネットでも頭の横からの衝撃についに膝をつかなくてはいけないダメージがあり、同時に棍を手放していて、ランは支えを失い背中から地面に落ちたけどすぐに立ち上がり、棍をガーネットの首筋へと寄せた。

荒い息で呼吸を整える間、二人ともぴくりと動かなかったけど


「僕の勝ちでいいのかな?」

「数百年ぶりに良い蹴りを喰らったよ。お前の勝ちでいいさ」


緊迫した空気が緩んだ。

誰もが息を詰めてその一瞬一瞬を見逃さないように目を皿のようにして見つめていた俺達も何故かぐったりとして力なく床に崩れ落ちた。隣で一緒に見ていたエンバーが信じられないと言う様に今だ固まったまま目の前の出来事を受け入られないようだった。


「戦っているうちに成長するなんて末恐ろしいな」

「アウリール仕込みだからね。

 成長できないとすぐに痛い思いする事になちゃうから」

「アウリールに一撃当てれるようになったかい?」

「何回かに一度は勝てれるようにはなったけど、やっぱりアウリールは底が判らないくらい強いからまだまだまぐれの内だよ」

「何回かに一度ならまぐれとは言わんさ。

 あたしはまだ一度も勝った事ないんだから」


これを先に聞いておいたら賭け何て持ち出さなかったよと苦笑するガーネットに向けてランは手を差し伸べる。

ガーネットはその手を借りて立ち上がり、視線をテラスで観戦していたシュネルへと向けたかと思えばクスリと笑い


「さて、精霊騎士様。

 精霊騎士様の願いをこのロンサールの耳に語っておくれ。

 精霊は約束を守る者なのだ。

 まぁ、精霊の意地で破る事もあるが、この場合はかわいい子にご褒美を上げたいあたしの気持ちを察して口に出しにくい事でも言っていいんだよ」


と言って内緒話でもするかのようにランの口元に耳を寄せる。

ランは少し逡巡したのちにシュネルを一度だけ見る。

シュネルの方は何故私を見るのだと言わんばかりに小首をかしげているのを見てから、ランは口元に寄せられた耳へとそっと語りかけていた。

俺達の所まで聞こえない声で、そして内緒話をするように口元は手で隠して。

内緒話の時間は思ったよりも長かった気がした。

だけど驚いたように見開くガーネットの視線と、どこか情けない顔をするランの様子に話の内容は全く想像がつかない。

それからガーネットはランとシュネルを何度か見比べて手で目を覆って空を仰ぐ。

その様はなんてこったと言う様子その物。


「あたしに勝っておいて、そんな願いでほんと良いのかい?」

「だってさぁ……」


どことなく歯切れの悪いどころか泣き出しそうさえしそうな表情のランの頭を優しくなでながら


「まぁ、約束は約束だから少し待ってろ」


そう言って一っ跳びでガーネットは二階のテラスで観戦していたシュネルの下へと行き、俺達は二人の会話を聞いていたアウリール達でさえ何とも言い難いと言う顔をして笑ってるのを見てまた無茶難題をふっかけたのかと思うも、シュネルはテラスに足を掛けたかと思えばすぐに鳥の姿へと変り、ランの頭の上へと着地した。

見慣れた光景に何だと思う中


「呆れた?」

『こんな事、わざわざロンサールに言うまでもないと思うが、まぁお前の気持ちもわからないでもない。

 私もこの位置が存外心地いい事を認めているのだから』


そんな会話に二人は笑いだす。

ランは宝物を手にするように、両手でシュネルを掬い上げて


「折角精霊の姿を手に入れれたのに、また鳥の姿にしてごめん」

『なに、精霊の姿……にはこれからは何時でもすぐなれるのだから、ランがこの姿が好きだと言うのなら私は何時でもこの姿で居よう』

「ありがとう!

 だけど、悪い鳥や意地汚い狼に食べられそうになった時はすぐに精霊の姿になって逃げるんだよ!」

『あー……、そう言う事が無いようにアウリール達もいるし、私も注意するから大丈夫だ』


あかるく楽しそうに声を弾ませるランの話の内容に珍しい事にアウリールが笑う。

ロンサールも珍しいと言う様に目を瞠っていれば


「東の大陸の時からランにとってのシュネルはずっと鳥の姿なのだ。

 元に戻す約束をして旅に出たのだが……

 何よりも大切な家族は鳥の姿がいいとは、相変わらず何を考えているのか読めぬやつめ」


呆れてるような言葉だけど、見守るかのような優しい視線で笑うアウリールにロンサールはふーんと言うだけ。

だけど、その顔は羨ましそうで、眩しそうに目を細め……


ひらりとテラスから舞い降りてきた。


「ランだったな。

 お前の願いなんて無いにも等しい物だ。

 だからかわりと言っちゃなんだが……」


切れた頬からぷくりと浮かぶ渇きかけた血を舐めた。


「もしあたしの力が必要になれば呼ぶがいい。

 この世界の果てから、精霊の住まう世界、更に魔族の治める世界の三世界のどこからでもあたしはお前の望みに応えよう」

「三世界のどこからでもって、ロンサールってセラファザードみたい」


それは誰だと眉間を狭めるロンサールにクスリと笑うランは


「一族や家族を探し彷徨う孤独なセラファザードだけど、誰よりも家族を愛し、仲間を思い、一人ぼっちでも千の世界を駆け巡るんだ。

 朝を運ぶ鳥はセラファザードが探す家族がもう居ない事を告げるもセラファザードはそれを認めなくて千の世界を彷徨い続けるんだ。

 あまりに愛した者達の影に取りつかれ孤独で哀れな亡者のようなセラファザードにそれでも朝を運ぶ鳥は諦めろと言う言葉はもう云わなく、無事か?元気か?と出会うたびに声を掛けるようになりました。

 返事は当然ありません。

 ですが何時しかセラファザードも朝を運ぶ鳥に心を許すようになっていきました。

 とある日の事です。

 あまりに強い風の日に朝を運ぶ鳥は風に飲まれて空の守護者達と離ればなれになってしまいました。

 これは困ったと朝を運ぶ鳥は仲間を呼びます。

 だけどあまりに離れ離れになってしまったのか声は届きません。

 心細くなった朝を運ぶ鳥はついに泣き出してしまいました。

 するとどこからかともなく聞こえてきた泣き声はセラファザードの耳に届きました。


 仲間が呼んでいる……


 セラファザードはその声を頼りに遠い別の世界から、途中朝を運ぶ鳥の仲間も巻き添えにして喜び勇んで鳴き声の主を探してついに見つけ出しました。

 セラファザードは言葉を失います。

 探し求めた家族や仲間はそこにはいません。

 代わりに朝を運ぶ鳥がいたからです。

 だけど不思議な事にそこまで落胆はしていませんでした。

 それ以上に朝を運ぶ鳥を無事見つけだし安心してセラファザードも泣き出してしまいました。

 

「セラファザードが泣く事はないだろう?」


 朝を運ぶ鳥はそう言ってセラファザードを慰めるも違うといい


「私は仲間を見付けていたのに!家族に出会っていたのに!

 過去に囚われた私は一番愛する家族を見逃す所だったのだ!

 そうだ!私はもう一人ではなかったのだ!」


 おうおうと泣くセラファザードに朝を運ぶ鳥シュネルはセラファザードにも朝をはこびます。


「この朝は我々がどれだけ離れていようとも、どれだけ遠い世界に居ようとも同じ朝を受け取った同士、我々は一つの家族なのだ」

 

 その言葉にセラファザードは喜び、そしてそのまま自慢の足で何処かへと駆けてゆきました。

 だけど、朝を運ぶ鳥に困った事が起こるとセラファザードはその不安な声を聞き分けて世界の果てから、はたまた世界を越えて駆けつけてきます。

 

 朝を運ぶ鳥とセラファザードはどれだけの距離があろうが関係なく、そしてその日以来セラファザードは千の世界を亡者のように彷徨うような事はなくなり、遠くから朝を運ぶ鳥の旅が無事であるように祈るようになりました」


朝を運ぶ鳥の話しはいくつも聞いた事がある。

だけどこれは初めてだなと思いながら最後まで耳を傾けていれば


「つまり、あたしがセラファザードって言う事かい?」

「世界を駆け巡るって言う所しか合ってないけど、だけど貴女は遠くから見守り、本当にどうしようもない時には必ず駆けつけてくれるような優しさを持ってる人だから……

 だってディのピンチに駆けつけてくれただろ?」


にこにこと笑って指摘するランにガーネットは一瞬キョトンとするも確かにそうだと笑いだして


「気に入った。

 セラファザードの名前を貰おう!

 物語の通り、ランが呼ぶ時私はどこの世界からでも駆けつけて力になろう!

 我が力を越えし者への従者としてセラファザードは盟約をする!」


からりと笑いながらランの頭の上のシュネルに「よろしく頼むな!」と笑いかける。

シュネルはぴゅるるぴゅるると文句を言って、ブレッドはランの頭に拳骨を落す。

相変らずシュネルは逃げてもう少しで潰されそうだったとガーネットの肩に止まっていたが、


「この前勝手に妖精や精霊を拾ってくるなって言ったよな?!」

「ええー?!これも僕が悪いの?!」


あまりの痛さに涙を浮かべながらの文句にブレッドは『そうだ』と断定する。


「まあまあ、総隊長さんそんなに怒りなさんな。

 可愛い精霊騎士に下僕が集まるのは当然だろ?」

「街中が妖精で埋めつくされるような事が無ければ文句は言わん!

 空がドラゴンに占拠されなければ文句も言わん!

 俺達人の苦労がこれだけの一例で理解してくれるなら俺の言わん事判ってくれるよな?!」


少しガーネットは考えるそぶりをして


「さすが信頼のフリューゲル。

 愛され度が半端ないねぇ」


どうでもよさそうにブレッドへ「これは今に始まった事じゃないから諦めな」と助言していた。


「大体精霊騎士に妖精が集まるのは本能みたいなものだし、精霊が自分の騎士を求めるのもとても自然な事だからねぇ。

 こうやって盟約できるチャンスがあればするのがあたし達の希求ってもんだよ。

 だからこれも諦めな」


ブレッドの背中をバンバンと叩くガーネットにブレッドは諦めきれるかと何やら考え込んでいたが、背中からの衝撃が強くて、いつの間にか地面に転がっていた。

うん。

音から言ってもものすごく痛そうだったからね……

これも諦めてねと心の中で突っ込んでおく。


「だがロンサールよ。

 お前はまだロンサールの地へとの契約が続いているはずだ。

 それについてはどうするつもりだ?」


きれいさっぱりと契約が切れたブリューグラードと新たな名前と地図を書きかえるだけのリンヴェルとは違い、ロンサールはまだいろいろ縛られている。


「まぁ、地図のありかは判ってるし、契約を受け継げし者もいる。

 あとは契約の地での対面だけだから、それさえクリアすればロンサールは元通りになるよ」


え?というようにエンバーやクロームがガーネットを凝視していた。


「お前はすべてそろっているのに何を意固地になって国を滅ぼそうとしてたんだ……」


シュネルさえ怒気を孕んでいるも


「仕方がないだろう、これが私の契約なんだ。

 あたしはロンサールの民に一切の手を貸さない事が条件なんだから」

「その割にはここ数年は手を貸しまくっていたな?」

「だから荒れまくってるだろ。

 そもそも約束の地には契約者と次なる契約者だけで来てもらわなければいけないからね。

 この約束を穢されたらそれこそわずかに残った緑も一瞬で枯れてしまう。

 だからあたしは我が子が会いに来るのをひたすら待つしかないのさ」


破ればブリューグラードのようになるのかと誰もが吹き出しそうな怒りを呑み込み重い沈黙が落ちる中


「ねねね、ちょっとー!

 何時になったらフリューゲルに帰ってくるのー?!

 あたし達お祝いするつもりでずーっと待ちぼうけなのよー!!」


ランの足元の影から一人の男が現れた。

大きなイヤリングと海の色の派手な髪の細身の男だった。

誰だと思えば


「アリシア久しぶり!」


ランが抱き着いていた。


「ラーンー!

 フリューゲルに居ても判ったわよ!ついに私達のご主人様の呪いを解いてくれたのよねー!

 さすが私のご主人様!」


ぶちゅーと周囲の視線も気にしないまま頬にキスをする光景も酷いが……


「アリシアって、隊長さんのアリシアさんと同じ名前なのに何でこうも違うんだよ……」


同じ名前に散々勉強を教えてもらった騎士の顔を思い浮かべる中、あまりの派手な出で立ちと強烈なキスシーンに誰もが黙ってしまう。


「あらー、ディじゃないの?

 そういやあたしのこっちの姿見た事なかったっけ?」


くねくねと腰を動かす様子に誰もが一歩ずつのけぞっていた中、アリシアは光に溶けて


「仕方ないわねぇ。

 アリシア騎士バージョンに変えてあげるわぁ」


良く見知ったどこか落ち着きのある優しげな雰囲気の男に代わっていた。


「詐欺だ……」

「そんな事ないわよぉ、ランにお許し貰ってるしぃ?」


そうそうと頷くアリシアはガーネットの肩に止まるシュネルを見付け


「何でまだ鳥の姿なのよー!!!」


絶叫に耳を塞いでしまう。

だけどシュネルはすぐに精霊の姿へと変り


「ランの希望だ。

 それにこの姿も存外悪くないぞ?」


そう言って鳥の姿に戻ってランの頭の上に止まる。


「まぁ、これも見慣れた姿だから構わないけど。

 それより今時半妖が居るなんて珍しいじゃないの。

 妖精どころか半妖精までひきつけるなんてさすがランね!」


言いながらもランとエンバーの間に入る。

誰もが何で?と言う様に首をかしげるのは、その立ち位置がランを守るように剣を抜いているからというのもある。


「さて、どこの子だい?

 半妖精の半端者の分際で精霊騎士に近づこうとは隙もあったもんじゃない」


完全に戦闘モードのアリシアは光に溶けてもう一つのオカマの姿になる。


「本性見せなさい?」


パチンと指を鳴らせばぶわっとエンバーの魔力が膨れ上がり、黄金の姿に変わった当の本人が一番驚いていた。


「なんで勝手に魔力が……」


驚くエンバーだけど


「こらこら、アリシア。

 勝手にうちの子に手を出すんじゃないよ」


ガーネットの手の一振りで黄金のエンバーは普段の色合いに戻る中でアリシアは納得いったと言う様に頷いていた。


「何よー、ロンサールじゃない。千年ぶりーっていうか、あんたんとこのガキならそれを早く言いなさいよ」

「悪いわね。この子は何も知らないんだ」


まるでと言うか、総てを知っていると言う口調にエンバーはガーネットをみつめ、ガーネットは溜息を吐きながらもう隠し事は出来ないとクロームにおいでと手招きする。


この状況はまさかと言うしか思えない状況だ。

黄金のロンサールがうちの子と言う理由。

何も知らないと言う事情。

そしてロンサールの現存している王族の長を手招きしては想像は確定だ。


「約束の地に来るまで黙ってるつもりだったがお前達が探していた、お前の兄の子供だ。

 ちゃんと王家の剣を受けとり、地図も継承している。

 約束の地に来ればお前が正統なるロンサールの王だ」


エンバーに向かっていうも、事態を飲み込めないと言う様に呆然としているエンバーに


「じゃあ、剣に彫られていた

 『我が子アウリス・ソラ・ロンサールへ』

 って名前はエンバーの名前なのかな?」


コテンと首を傾げながら罅が走るエンバーの剣を取り出すのを誰もが覗きこむ。

大剣の表面にひびが走る剣の柄の下から別の剣が覗いていた。

色も材質も違う、通常の剣と変わらない幅の剣の一部が大剣の中に隠されてあった。

罅が砕けて覗いたと言う様に見える刀身にはランが言った言葉通りの文字が掘られてあり、黙って目を瞠るエンバーがその名前が誰かを証明していた。


「そうか。兄上の愛した人はスヴィ・ソラだったな……」


中庭から見上げる小さな青空にクロームは目を閉じて見上げ、その目尻から小さな雫が零れ落ちていた。


「エンバーは知らないだろう。

 兄とスヴィは愛し合っていたが、小さな食堂の娘でもあったスヴィと次なるロンサールの王の兄との結婚を当然父は許さなかった。

 だけどある日、スヴィが居なくなったと言って兄は絶望して帰ってきた日を覚えてる。

 王位を俺に譲ってスヴィと別の国に行こうと話していたのを聞いていたから……

 俺はスヴィが身を引いたと思っていた。

 まさか本当に子供を宿していたとは思いもしなかったが……」


そう言って1つ深呼吸をしたクロームはエンバーとゆっくりと名前を呼べばその視線と視線を合わせ


「私が妻と結婚できたのはスヴィとの愛を貫けなかった兄が王位を引き受けてくれたおかげだ。

 兄は王維継承のかわりに私と妻との結婚を父にゆるしてもらったのだ。

 お前がスヴィとあの山で辛く苦しい思いを沢山していた裏で私は妻と幸せな時を過ごしていた……

 何も知らなかった私を許してくれ」


膝を折り頭を下げる。

うなじすら良く見えるほど頭を下げるその姿はロンサールでは首を切り落としても構わないと言う最大の謝辞だとブレッドが小さな声で言った。


「許すも何も……

 俺はなんかよくわからないし……」


混乱の真ん中にいるエンバーにガーネットはその肩を抱き寄せて


「つまり、クロームはお前の叔父で、クレイは従兄弟だ。

 お前はロンサールの正当の王位継承者で、お前に故郷で剣を譲り渡した男こそお前の父だ」


エンバーはあの日を思い出す。

誰にも言えない、口を裂けても言えないエンバー最大の禁忌。

冷や汗が噴出し呼吸が乱れ顔を真っ青にして視界が定まらない合間に不意に眉をひそめたガーネットと目が合ったとたん倒れたエンバーに俺達はどうしたと騒ぐ事になった。





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