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誰の物語にもやってくる朝の鳥

暫くの間夕日の中で無言の、でも心地の良い空間の中で手を繋いで時を過ごしていた。

だけど誰かの足音にシルバーが気が付いてすくりと立ち上がってドアに向かって全身の毛を逆立て、ちっさい翼を鋭く銀色に光らせて警戒を促すように唸る様子に俺も今はまだ持ちたくないけど恐ろしく切れ味のいい剣を手にリーナを背中に隠す。

お互い好きな事を確認してしまった以上、守りたいと言う思いが恐怖を拭いさり俺に剣を握らせていた。


トントントン……


思わぬノックの音に一呼吸おいてどうぞと言えばゆっくりと開けられた扉に暗がりでもわかるくらいのどこか決意を秘めたブルトランの騎士が三人で迎えに来てくれた。

だけどシルバーはまだ唸りっぱなしでリーナを背中に隠したまま一歩下がる。

既に三人の騎士の手には抜いた剣が携えて在りそのまま部屋の中に入って来た。


「ハウオルティアの王子、無理を承知で言います。

 カタリーナ姫を我らに渡してください……」


「カタリーナ姫は亡くなられた。

 よく似ただけの彼女をどうするつもりだ?」


あの場のブルトラン王のやり取りで周囲には彼女が王女だと気付かれてしまったが


「カタリーナ姫を連れてウィスタリアに亡命いたします」


覚悟を決めた顔で今にも襲い掛かろうとするも三人はすぐに崩れ落ちた。

その背後にはランが立っており、その手にはいつもの白い棍が握られている。


「ディ、カタリーナ、まだ気を許さないで」


扉の外からついておいでと言う様に手招きされればここも安全じゃないと招かれるように着いて行く。


「ダメだよ。生涯逆恨みされて襲われ続けるんだろうから二人とも一人での行動は禁止だよ」

「ごめんなさい。すっかり終わったもんだと思ってたから……」

「まだ何も終わってないよ。むしろここからだ。

 経験者が語るんだから間違いない!ってね」


あかるく笑うランだったけど、視線は常に周囲を警戒している。


「とりあえず安全な場所を用意したから移ろうか」


先頭を歩きだす先にはブリューグラードが居た。


「どう?」

「すでに後宮はルーティア様とシアー様の手によって制圧完了いたしました。

 王妃やそのお子様を始めお世話いたしてた侍女や女官方もルーティア様がお持ちの城塞に移り住んでいただいております。

 勝手ながら一回の総ての扉と窓は封鎖させていただきました」


おもわずリーナと二人して遠い目をしてしまう。

大体制圧って言葉もおかしいし、武骨な城塞に移り住んでもらうって、男所帯の城塞の汚さは目を反らしたいぐらいでほぼ牢屋としか思えないじゃんと気が遠くなりそうになったけど


「じゃあ今から向う所って……」

「後宮だよ。

 ブレッドは後宮を解体して迎賓館として再利用するつもり見たい。

 家具やカーテンとかお金に変えれそうなものから王妃達のドレスや宝飾品も総て売り払うつもりだよ」

「徹底的に売るつもりだな……」

「本当にお金がないみたいだから。

 お金に変えれる物は総て売り払うつもりだし、元貴族の人の持ち物も全部お金に変えてかき集めるつもりだよ」

「そんなにお金が必要なのか?」

「城の修繕から王都の回復、住民の健康状態はもちろん地方の領地問題もあるからね」


そう言う間にも城から出て広い庭に辿り着き空を見上げるランを真似して空を仰げば


「雨は降りそうじゃないな」


あれだけの快晴だった青空は茜色に染まり白い雲がぽつりぽつりと浮かんでいる。

恐ろしく長閑で平和だ。

この戦争なんて知らないと言う空に何があると思えば何やら黒い物がものすごいスピードでやって来た。

それは一つや二つではなく……


「アウリール此処だよ!」


白い棍をぶんぶんと振り回せば着地する場所がわからなく上空をぐるぐるとまわっていた竜の群れと言う世紀末な光景に遠くから聞こえる悲鳴に意識を失いたかった。

ランと居た庭にアウリールが光に溶けながら降りてきたかと思えばその横には巨大な荷物が置かれていた。

思わぬ大きさの荷物は俺の背丈よりはるかに大きな木箱で、中身はどうやら氷っているらしくリーナと二人で箱から漏れる冷気にぶるりと身を振るわしていれば


「ディータ、お久しぶりです。

 違いましたね。リーディック陛下とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


アウリールに抱きかかえられてやってきたのはあの別れのパーティーの日にこっそりと紛れ込んでいた


「コルネリウス……じゃなくってガーランド王陛下御無沙汰してます。

 その呼び方はもうちょっと先なので今まで通りディータでお願いいたします」


王族の挨拶の仕方はとにかく頭を下げないと言う事。

フリューゲルとの様に上下関係があれば頭を下げなくてはいけないが、まだ同盟国でもなければ正式に国王でもない俺はただ親しげに挨拶をするだけ。

ランもコルネリウスもにこにこしてるけどぜってー腹の中じゃ怒ってるだろうなと思いつつ荷物を見上げていれば王宮からブレッドと沢山の見物人がわんさかとやって来た。

ブレッドは大切な書類を鞄に入れてやってくるあたり経験値がこんな所にも発揮されてると周囲の甘さを認識しなくてはいけないのだが


「ブレッド閣下、お久しぶりです。

 フリューゲル王より要請のありました食料支援の物資をただ今を持って受け渡したく存じます」

「ガーランド王、このような西の地まで御足労ありがとうございます。

 ですが、まさかガーランド王御自らお出ましになるとは思いませんでした」


俺がうとうとと意識を手放している間に国境沿いに詰めている奴ら以外は大概集まっている。

突然のガーランド王、しかも1人きりでのいきなりの登場に誰もが好奇心を持って「あれが……」と顔を覗きに来ていた。


「フリューゲル王にせっかくだから西の地を見学に来てみないかと誘われていたので、アウリール殿なら信頼もあるのでお言葉に甘えてみました」


ふふふと笑う若きガーランド王にこの場に居るお偉いさん方は目を白黒としている。


「これはこれはガーランド王、お久しぶりです」

「ルーティアも久しぶりだ!噂は常々フリューゲル王より聞いているよ」


美しい淑女の礼をした後に後方からついて来る女性陣に目を瞠り


「後宮の方々でしょうか?」

「まさか。剣を腰に佩いたりメイド服着てたりとかありえないだろ……」


思わず突っ込んでしまえばコルネリウスは声を上げて笑ってくれる。


「所で用意した荷物はどちらに置けばよろしいでしょうか?」


再度の問いかけに


「じゃあ城門前に全部置いて欲しい。

 鍋とかは大通りに並ぶように置いてもらえるかな?」


ブレッドの指示にコルネリウスはアウリールを見上げてよろしくお願いしますと頭を下げる。

そうすればアウリールから何やら魔法が飛び散ったかと思えば上空で群れを成して待機していたドラゴン達はブレッドの指示通りに動いて、城門前はすぐに山済みの木箱で通り道が塞がれてしまった。

慌てて俺達も見に行くが、既に荷物は降ろされた後。

上空をまたぐるぐるとまわって一体、一体何処かへと亜空間へ消えて行く姿を見送って誰ともなくぺたんと地面に座り込んでしまう。


「ドラゴンの群れに襲われるかと思った……」


エンバーでさえ何もできずにただぼんやりとドラゴンを見上げていた一行はあまりの圧倒する光景に無力さを感じていたようだが、その中から一体のドラゴンが俺達の前に光に溶けて人の姿となって現れた。


「久しぶりだ人の子よ」


しわがれた声は一年ほど前にロンサールで受けたギルドの依頼で知り合ったドラゴンだった。


「あー、無事アウリールと再会できたみたいでよかったです」


おぼろげな記憶でのあいさつの合間にエンバーやクレイ、そしてクロームにセイジと気が付けばすぐ後ろに立っていた。


「おぬしのおかげで大長とフリューゲル様とも再会が出来て感謝しておる。

 感謝の印に荷物を運んでくれなんて他愛もない事を願われた時は侮辱されたとも思ったが、よくぞここまでの食料を集めて運ばせてくれたな!

 あまりの量に我ら一族納得もしたし笑わせても貰った!

 さらにガーランドの王にも魔物を馳走になってな。 

 人の子は面白い事を本当によく考える!」


ではと言って笑い声を響かせながらそのまま光になって空に上り、ドラゴンの姿になって空間に消えて行ってしまった。

笑い声を残して去って行ったのを見送った後、山積みになった食料を見上げる。

門よりもはるかに高く山積みになった食料と城門前の大通りに10個の巨大鍋が並べられている。

これって昔テレビでよく見た芋を大量に煮たイベントで見るサイズじゃんと、人よりもはるかにデカい鍋のサイズにこんなのどうするんだと思えばブレッドが一枚の指令書をだした。


「リンヴェル王陛下の最初の仕事としてぜひこの場を取り仕切ってくれ」


指令書にはドヴォーのスープのレシピが書かれていた。

ドヴォーの肉を大量の水で煮込んで野菜は皮をむいて四つに切って煮る。

味付けは塩とドヴォーの骨の出汁だけでいたってシンプルだった。

そして驚いた事に日の出と共に配布を開始すると書いてあるが、その一時間前にライスを投入と書いてあった。

ライスって米の事かと首をひねってブレッドを見上げれば


「前に塩田の時に水田の稲作の話をしただろ?

 ランがお前にいつか食べさせてやりたいって米を探し回ってくれたんだよ」

「確かにしたのは覚えてるけど、それって東の大陸の事じゃ……」

「知ってるか?アウリールで海を渡れば数時間で着くんだと。

 船の海路で行くと何十日もかかるし、海の魔物も海の潮の流れもあって絶対無事着くとは限らないからな」

「って言うか、いつの間に東の大陸に行ってたんだよ……」

「ああ、それは俺も聞きたい所だ」


揃ってランへと視線を向ければ、カンがいいのか察しがいいのか判らないけどタイミングよく顔を反らせ何やらコルネリウスを連れて木箱の上へと登り始めた。

食べ物を足蹴にしてはいけません。

そう言うつもりだったが、ランは注目と大きな声でみんなの視線を集めれば


「みんなに紹介したい!

 ガーランド国コルネリウス・ヴァルタ・ガーランド国王陛下だ。

 この度これほどの食糧支援をなさってくれた。

 みんな感謝を!」


感謝をってどうするのかと思えばランが拍手をするのを見て、みんな真似する様に拍手をすれば、拍手の嵐となって降り注いでいた。


その中で短い簡素な王笏を持った手で横に払えば誰もが口を閉ざして二人を見上げていた。


「はじめまして、ガーランド国コルネリウス・ヴァルタ・ガーランドです。

 リーディック殿、念願が叶いおめでとうと申そう。

 しかし、私も覚えがある。

 崩壊した国からの立ち直りにはどこまでも時間と労力を必要とする。

 ガーランドもフリュゲールの戦争によって崩壊寸前まで国は傾いたものの、フリューゲルの援助を受け8年の年月をかけて何とかこれだけの支援物資を融通できるようになった」


表側から見えないけど裏側の壁に隠れた所にも山ほどの物資が並んでいて寧ろどうやって片付けようかと言ったものだが、指令書には残酷な事に支援物資の貯蔵の指示まで書いてあった。

俺の仕事かと苦笑する中コルネリウスの演説は終わらない。


「凍え死ぬ寒さもなければ育つ植物は豊富。

 ブルトラン程ではないが、ガーランドも冬の厳しい土地ゆえに生きるのが厳しい国だと思っていたが、フリューゲル王陛下の長年に渡るご助力のおかげで今年の冬はまだ明けてないが寒さに凍えて民が死亡したとの報告はまだ城には上がってきてない。

 フリューゲル国に進軍しなければ冬の食料もままならなかった我がガーランドだが、フリューゲル王陛下の教育という支援により我らガーランドの民は凍える事もなく餓える事もなく、そして交易という外貨を稼ぐことにより親を亡くした子供達への教育を施す事が出来るようになった。

 教養の高いハウオルティアとブルトランなら教養がいかに重要かよく御存じだろう。

 不幸な事にガーランドでは武勇を優先していた為に私も恥ずかしながら王位を継ぐまで読み書きができる程度だった。

 フリューゲル国の素晴らしい所はまず千年続く国と言う所にある。

 その千年の間に四公八家と言う国と同様に千年続く家柄が独自の文化を極め、それは今ではフリューゲルの経済の基盤を支えている。

 皆さんは私が何が言いたいかとおもおいでしょう。

 フリューゲル同様ガーランドも魔法の使えない人間の国です。

 精霊の加護があるフリューゲルですが、あくまでも対魔物に対する防壁であり、この国同様虫の被害はガーランドも同様に頭の痛い問題です。

 一度発生したら数年は続きます。

 ですが、フリューゲルでは対策が確立され、ガーランドにもその方法が取り入れられてこの数年無事何事もなく過ごしております。

 だけど貴方方は魔法を持つ国の民だ。

 どう、魔法に頼り切らず、そして精霊の加護ばかりにも頼り切らず、フリューゲル陛下のご慈悲に甘えすぎる事無く一つの国としてどうか立ち上がってください。

 人は精霊が居なくても魔法が使えなくても勤勉に務める努力と培った知識があれば手を伸ばせば届く人ならなんとか共に生きたいと願い、叶える努力が出来る物です。

 そしていずれはその輪が広がり精霊が見守る中で人が人を支える国にとなる事を私は願ってます」


その通りだ……

精霊が居るから、ではなくて精霊が見守っているからどこまでもがんばれるんだ。

神と言う概念がないこの世界では精霊が心の拠り所なのだ。

そうだねと隣で呟くランと、すぐその足元で確かにと頷くブレッド。更に神妙な顔で頷くフリューゲルを始めとする精霊達。

何か思う所でもあるのだろうか温かいまなざしをコルネリウスに向けるあたり、今でなくても彼らの過去には何かあって彼の言葉に何かに心を震わせたのだろう。


「さて、私ごときがこのような大層な事を言えたものではありませんが、ここで失礼させていただきます。

 なんせ、こっそりと食事の時間を抜けてアウリール殿に急ぎ足で連れて来ていただいたので城の者に気付かれる前に急いで帰らなくてはいけないのですから。

 では、次にお会いする時は戴冠の儀の折りのお披露目でしょうか。

 招待状を楽しみに待ってます」


優雅な一礼はランに向けて頭を下げる。

王が王に頭を下げると言う屈辱をこれだけの目の前で披露するにはどれだけの勇気が必要か。

でも頭を上げれば互い目を合わせてくすぐったそうに仲の良い友人の顔で笑う二人に周囲は今までの常識に驚くしかない。

それだけ両国が良好な関係と言うのだから、ブルトランとハウオルティアのぎすぎすした空気しか知らない俺達はこういう関係にもなれるんだとぽかんとするしかないのだから。


そうしてアウリールはコルネリウスを連れてガーランドへと旅立って行ってしまった。

この支援物資をどうしたらいいだろうかと、見た目と違う力持ちの退場にブレッドとどうしようと頭を捻るも


「まぁ、荷解きは任せな」


ガーネットが苦笑紛れに木箱を片手で持ち上げる。

判っていたとは言えこの光景に引いてる皆様同様俺も正直引いている。

だけどやっぱり精霊と妖精の国の人は見慣れているのか木枠を外して中身を確認していた。


「ドヴォーのお肉だ!」


ランが目を輝かせてその足を掲げ上げる。

ありがたい事に枝分けと皮は剥いで臓物も取り除いてくれていた模様。

カチンカチンに氷った中々にセクシーな肉付きのあんよを振り回しながらエンバーに朝のシチューのお肉だよと説明するも周囲は苦笑しているだけ。


「で、これをどうするの?」


肉を抱えながら次にやる仕事を求める王様と言う不思議な光景にクロームも小首かしげているが、こんな事をいちいち疑問に持ってはフリューゲルではやってけないぞと心の中で注意しておく。

別にフリューゲルに行くわけじゃないけどねと自分に突っ込んでいれば


「ここでディの出番だ。

 鍋の半分ほどに熱湯を張ってくれ。ドヴォーの肉を鍋に投入して煮込むぞ!」


その指示にガーネットはじゃあ、この箱を全部潰さないとねと言って玉ねぎの皮をむく様にべきべきと釘で打ってある木箱を壊していく。


「木箱は最後ブルトラン兵の弔いに使うから一か所に集めるように!」


更なる指示にりょーかいと言って片づけやすいように空き箱を一つ作ってその中にポイポイと投げ捨てていた。


「って言うか、すごい量の肉だねぇ」


鍋一つに一箱入れても余るドヴォーの肉にさすがのガーネットも呆れていた。


「どこか納屋かなんかを冷蔵貯蔵庫に出来ないか?」


ブレッドの提案に


「だったら広い庭があったから地下貯蔵庫でも作るよ!」


シアーの元気な返事。


「でしたら城の台所の近い所にお願いします!」


何故かメイド姿のリンヴェルではなくカヤの姿で現れた彼女。


「この姿の時はいつもの通りカヤとお呼びください。

 世を偲ぶ仮の姿なのです」


ウインク1つ茶目っ気のあるいつもの彼女は三段重ねの箱を片手で持ち上げるガーネットと同様に荷物を運び、既に違和感を覚えるのを辞めたシアーを連れて城の調理場の方へと向かって行ってしまった。

もうちょっと疑問持とうよとその後ろ姿を見送るが


「さて残りの諸君!」


ブレッドの高らかな声に全員の注目を集める。


「鍋は我らが依頼したとはいえ想像以上に大きかった。

 野菜は皮をむいた状態で鍋に入れてほしい!

 イモ類など崩れる野菜は後回しにしてどんどん投入してほしい。

 火の魔法が使えて料理の心得のある奴らは火の番をしてほしい。

 鍋の水分が減ったら水魔法が使える者達に追加してもらうように!

 後そこら辺の通路から覗いている奴ら!」


びしりと指をさす方向に俺達は顔を向ける。

そこには浮浪児と言わんばかりの兄妹が居た。


「見てるだけなら手伝え!

 やって欲しい事は山ほどあるからな!」


木箱をバンバンと叩く辺り野菜の皮むき要因として確保したい所だろう。

何時の間に回り込んでいたのかジルがその兄弟の手を握りしめてブレッドの前に現れる。

どれだけ身体を綺麗にしてないかすえた臭いがするも、クレイがすぐに魔法で身体を綺麗にしてあげていた。

服も泥だらけの頭も小ざっぱりとすればブレッドはブレスレットの中から一つの箱を取り出して綺麗な黄色のリボンを二人の首に巻いていた。

何だろうとそのリボンを怯えたように手で触れる兄妹に


「協力者の人数の確認のためのナンバリングだ。

 栄えある一番二番はこの兄妹の番号だ。

 今後番号で指示するから覚えておくように。

 そして協力のお礼としてまずは軽く何か食べようか」


そう言って取り出した笊には山盛りのパンが乗っていた。

パンを目にして目を輝かせる二人の両の手に一つずつ持たせ


「食べ終わったらこのお兄ちゃんに野菜の剥き方を教えてもらうように」


そう言って二人を押し付けられてしまった。まあいいけど……

それを合図にどこからかわらわらと子供が集まって来た。

どうやらご飯と言うエサにつられた子供達はどれも痩せこけていて、その姿さえ涙が出るほどに酷かったものの、一心不乱にパンを貪る姿にクレイと二人でリボンと番号を教えて行く。

そして食べ終わった所で小さなナイフを用意して皮むきを教えて行った。


「ねえブレッド、この子供達に仕事を与えるなら何だろう?」


ランの言葉にまだこんな子供に仕事なんてと思うも


「まぁ、できるのは掃除とか洗い物の下働きか?

 どっちにしても一番最初から覚えないといけないだろうからそう言った所だな」

「ふーん……」


なんか納得してない顔のランに


「ランだったらどうするつもりだった?」

「とりあえず瓦礫の撤去と畑作らないといけないから農作業要員?

 そう言えばここの水汚くって飲めないってジルが言ってたから水汲み要員?」


コテンと首を傾けて言えばシュネルがランの頭の上で遠い目をしていた辺り思い出したくない記憶なのだろう。

ブレッドもそれを察してかもっともらしく


「瓦礫の撤去には子供の力より大人の男手の方が早く済む。

 農作業要員なら大人達に学ばせてから子供に教えて行けばいいい。

 水が汚くてもこの国には水の魔法が有る。どこに水を汲みに行かせるつもりか知らないがそこまでする必要はない」


一つ一つ丁寧に説明を加えるあたり、ランの謎の常識を上書きしたかったのだろう。

非常識が常識に代わるって言うのは気持ちいいなと偶然聞いていた通りすがりの人達はドン引きしていた。

子供にそんな事させるなよ……

喉元まで出かけた言葉を王様相手だから呑み込んだのだろうが……

そう言う言葉がポンと出るあたり、たぶんランの実体験に元付く何かがあったのだろうと推測すればどれだけ過酷な条件で生きてきたんだよと、謎の非常識にも頷けると言う物だ。


「そうそうブレッド、病気の正体については判りました」

「そんな気楽に言うな。どれだけ移り住んだ住民が死んでると思ってるんだ?」


窘めるブレッドにジルは何処か呆れた顔で


「自分達の出した排泄物や食事のゴミが発生源です。

 自業自得と言うと怒られましょうが、掃除して殺菌すればそれで対応は終わりです。

 患者にも綺麗な水と清潔な住居環境を整えて栄養のある物を食べさせればそのうち元気になりますよ」


のほほんと言うジルにブレッドは頭を痛めながら


「誰がそれをやるって言うんだ……」

「そんなのゴミを出したブルトランの人に決まってるでしょう」


と、さも当然と言うか当たり前の言葉に俺達の背後にセイジがすくっと立っていた。

無表情で、やたらと主張する様に会話の輪に入って来たかと思えば


「掃除なら任せてください。

 私の子達がすべて解決して見せましょう……」


この時点で嫌な気しかなかった。

独身なのに子達って言うか、複数形なのが不安でしかなかった。

何気に近くに置いてあった馬車から箱を持ち出して来て荷台に乗せて……ああ、これダメな奴だ。


「どちらに向えばいいのでしょう?」

「では、一緒にご同行ください」


生き生きとしたセイジにジルがにっこりとした顔で連れて行くのを眺めて見送るもブレッドに大丈夫かなあ?と聞けば


「こう言った危機感はあいつ以上の奴は知らないから……

 まぁほっとけ」

「あのさ、本当にそれで良いの?」

「いいんじゃね?あと数日でアルトがティルシャルを連れてくるそれまでだから気にするな」


ジルの事一人にして大丈夫なのかと聞くもあいつの事は知らんと言う様に背を向けたブレッドも大概だが俺のジルに対する認識もそろそろ改めなくてはいけないようだ。

と言うかティルシャルの存在意義が大きすぎて早く来てくれと願わなくてはいられない。

暫くして一人で戻ってきたジルの姿を見れてブレッドが次の仕事を与えてたと言う光景には沈黙を持って見守るしかないが……後で誰かにセイジの様子を見に行かせなくちゃと心の中のメモに書き留めるだけにした。


気が付けば夜も深くなり賑やかに食事の準備をする中、元気な住民が子供達に負けじと手伝いに来てくれた。

城内からも大きな鍋を用意したり、集まった子供や城壁外の穴に落としてきた人達に食事を与えながら瓦礫撤去の仕事を与えて行けばあっという間に夜は明け始めていた。

ブレッドもランの就寝をすぐ横で見守りながらオスヴァルトやフリーデルと法整備を整え夜を明かし、セイジはついに帰ってこなかった。

と言うか、見に行かせた奴に言わせればいつの間にか倍の数にまで膨れ上がったスライムと一緒に清掃活動に励んでいればそれに憧れた子供達を引き連れスライムを分け与えて育て方を教えながら張り切っていると言う……

是非ともスライムマスターの称号を受け取って欲しいと思うも、彼にはクロームの補佐と言う大仕事があるのでスライムマスターの称号は弟子達に引きついてもらおうと思う。

って言うか、はよ帰ってこい。

難しい法律の言葉をかみ砕いて説明してくれる優しい人はセイジぐらいしか覚えがないから頼むから俺の為に帰ってきてくれと願わずにいられなかった。


そして約束の時間。


人の少なくなってしまった王都内を俺達がバタバタ走り回ってる様子を当然ながら王都の住民は物の影から眺めていた。

大通りに近い人達は浮浪児が手伝って食事にありついている光景を見て手伝いに来ると言う厚かましい者もいたが、人手はどれだけあっても足りなくて労働と引き換えに食事を与える。

大人には朝になったら食事を配る事を知り合いに教えに走ってもらい、やがて昇る朝日と共に門の上からランが俺とブレッドを連れて温かな料理の湯気の上る街を見下ろしていた。


「諸君おはよう!」


ランは口元に何やら魔道具を持ち、それに向かって声を上げていた。

因みにもう片方の手にはブレッドからのカンペを手にしている。

昨日散々な通告をしたのに今回も素直に読むのかと逆に感心しながら耳を傾けていた。

すぐ横で声を聞いているから分からなかったが、後で聞けば遠くに居た者は頭の中に声が響いたと言う。

マイクのような何かの魔道具だと理解するしかないだろう。


「フリューゲル国フリューゲル王だ!

 昨日は協力をありがとう。王都を焼く事がなく我々も安心した。

 皆も知っての通り昨日フリューゲル国はブルトラン国を落してこの城を制圧をした。

 そこに貴方達個々の思いは我々の知る所ではない。

 あるのは勝者の国と敗者の国だけなのだから。

 とはいってもただ巻き込まれただけの敗戦国の民の方々は逃げ出す選択をしなかった為に戦勝国の戦利品となる事は歴史の紐を解いても当然の結果にあたる。

 よって、貴方方にはまずは食事をしてもらおう!

 御覧の通りこの国には修理しなくてはいけない場所がある!

 不衛生な為に病に侵された者もいる!

 対処として腹いっぱいとまではいかないかもしれないが、今から炊き出しを行う!

 食事に来れる者は城正面の大通りに一家に一つ大きな鍋を持ってくるように!

 病で来れない者は入口の扉に布を巻いていて欲しい!

 こちらから配りに行くので鍋の用意をしていて欲しい!

 家のない者は正面の大通りにまで来るように!

 鍋のない者も同様に大通りに来るように!

 我々が信頼できないのなら隣近所の方に助力を求めてもらっても構わない!

 まずはみんな同じ一緒のご飯を食べてそれからこの王都を、皆の暮す都の修復と言う大仕事をしよう!

 以上!!!」


ランは読み終えたカンペを長い事上気したままの顔で何度も読み直すのを誰もが不思議そうな顔をして眺めていた。

確かに戦後の、しかも敗戦国に与える指示としてはずいぶんとおかしいかもしれない。

だけど、その両の目からはつ……と、光る物が流れ落ちていた。

ぎょっとする者もいる中、ランはブレッドの胸の中にゆっくりとした足取りで、でも迷いなく飛び込んで。


「ブレッド、ありがとう!!!」


堰を切ったかのように泣きだしていた。

ブレッドは当然だと言うような顔で抱きしめ何度も頭を撫でながらランの手から魔道具を取り上げ


「フリューゲル国総隊長ブレッド・アクセルだ。

 王都内外総てこの声を聞く者に伝える。

 戦勝国に隷属することになる敗戦国の民とは言え貴方方は戦勝国に帰属する者達になる。

 戦勝国の役目は敗戦国の民をどのように導くかにあるだろう。

 ただでさえブルトランの民はあまりに気候を始めとした環境の違うハウオルティアでの生活は早々に慣れる物ではないはずだ。

 全くの別の環境の中、この7年よくぞ生き抜いたと言ってもいいだろう。

 今後ブルトランの地に帰るもこの地に残るも、別の地へと旅立つも我々は止める事はしない。

 ただ、向った地での法に則った規律ある生活を願うだけだ。

 今後の予定を伝えておく。

 次の夏至の日にはフリューゲル王の代理となるこの地の代表者のお披露目をしよう。

 その者にはこの地の王となりフリューゲルからの支援の下、かつての緑あふれる国へと導きたいと思っている。

 だが、この地はハウオルティアからブルトランへと支配者がかわり、新たにフリューゲルが支配者となった物の、フリューゲル王ではない者に統治を任す事になる。

 しかし、ただで総てを譲ると言うのはフリューゲルとしてもこの戦争の参戦の戦果としては割に合わないのでフリューゲル王と契約する精霊の一体、精霊リンヴェルの名の下に国名を『リンヴェル国』と改める事を先に宣言する。

 ハウオルティア国とブルトラン国は近いうち地図から国名を消し両国を纏めた国としてリンヴェル国が立ち上がる事になる。

 お互い思う所はあるだろう。

 だが、流民の道を選ぶかリンヴェル国の国民としての道を選ぶかは貴方達が選ぶ事だ。

 今より夏至の日までに選んでもらいリンヴェル国の民としての義務を果たして欲しい。

 国民の義務は三つ。

 教育、労働、納税だ。

 学び、働き、国をみんなで支える為の税金を治めて初めて国は動く事が出来る!

 当面の間は学び働くだけの期間になるが、豊かになれば、今はすぐ隣の人を見てほしい!

 顔を知ってる者も顔を知らない者もいるだろう!

 そしてまだ生まれぬ赤子も居る事を忘れてはならない!

 その総てを支える為に学び、働き、支え合う!

 これがリンヴェル国の生き様となる事を切に願う!」


以上と言い切って魔道具をアイテムバックに片づけたブレッドと、演説の間にか泣き止んでいたランは俺を見て


「これがディの進む道だよ」

「そこにお前の謎の知識を織り交ぜて、豊かな国になるように願ってるぞ」


ブレッドはランを連れてどうでもよさ気に去って行く。

炊き出しの手伝いに行ったのだろう。

見送る背中はぴんと伸ばされていて……


「とんでもない宿題を貰ってしまいましたね」


ルゥ姉がいつの間にか隣にいた。


「うん。って言うか、俺が導きたい方向を良く知っていたなぁ」

「散々フリューゲルで語っていたではありませんか」

「あー、良く覚えてたな」

「国民の義務の中に一言も王族や貴族に対する忠誠と言う言葉を含めずに隣人と言う言葉を使ったのがブレッドには印象的だったのでしょう。

 新たに国が成り立ったばかりのフリューゲルで総てがブレッドの思い通りにはいかなかったようなので、同じミスはしないと言った所でしょうか」

「ブレッドなら本当にやりそうで怖いな」

「そうですね。

 本当にやりそうで……止めに入った方がいいかしら?」

「止めに入る隙があれば行くべきなんだろうけど……」


思わずお互いの顔を見る。

そう言えばここ最近ルゥ姉の顔をじっくりと見る事もなかったなと、美しいサファイアの瞳を見つめながら


「まぁほっとこうか。好きにさせて、今後修正して行けばいいし」

「そうですね。そんな事より今はこの炊き出しの手伝いをしなくてはなりませんね」

「だね」




食事が貰える。


ランの言葉を聞いて恐る恐ると言う様に痩せこけ、どこか薄汚れた身なりで日の出と共に鍋を持って現れた住民に巨大な鍋に移したライスがふやけたスープを早速分け与えていた。

同時進行にブレッドが受付の窓口をしていて、同じようにオスヴァルト、セイジ、その部下達と指示をされるまま受け付けをしていた。

どうやら住民の調査も同時にしているようだ。

クローム達も荷車に沢山のスープ入れた鍋を乗せて一軒一軒歩き回っていた。

イケメンの顔は無条件で安心させるのか、見える限りの家ではすぐに扉が開かれていた。

イケメンなんて!とは思ってないからね!

幸か不幸かこのハウオルティアの都は碁盤の目の形のように規則正しく通路がある。

ハウオルティアの騎士達に町の案内をさせながら一軒一軒と回るらしい。

よくよく考えたら恐ろしく労力がある事だが、城に乗り込む時に見た窓から俺達の様子を伺う餓えて眼球が飛び出たようなぎょろりとした瞳の視線、暖かな食事に声を上げて笑う子供達の棒のような痩せこけた体、そして食事を求めて並ぶ人達の……

本当に暖かな食事が貰えると期待に満ちた瞳に見ているだけで涙が出そうになる。

生きる上で美しく上質な物は必要じゃない。

暖かな家や居場所でもなく、食事をする。

ただそれだけの行為がこれほどの笑顔をうみ出すなんて、俺はどれだけ満たされた世界で守られていたのか鈍器で殴りつけられたくらいに衝撃的な光景だった。

ああ、これを体験したランなら泣いて喜ぶのも今なら納得できる。

誰よりも生きる事を知っているランならこのたった一杯の食事の尊さを知っているのだろう。


「ルゥ姉、ちょっとラン兄と話して来てもいいかな?」

「行ってらっしゃい。

 何を思ってたのかは判りませんが、自分の心の内を相手に伝えずに勝手に思い込んでいては相手が不憫です。

 私の言いたい事が解ればさっさと陛下をいつものように呼んであげなさい。

 とてもお寂しそうでしたよ」

「そんなのわかってるよ……」


2年ちょっと振りに合ったらまるで他人行儀になってるのだ。

自分勝手だったのはわかってはいるつもりだが、そんな事で傷付けていたと知るのは周囲に言われなくても判ってたけど、それは判ってた振りで……


「行ってくるよ」

「陛下もお疲れでしょう。あまり長い間拘束してはいけませんよ。

 なんせ、めんどくさい保護者の目が光ってるからほどほどで返ってらっしゃい」


確かにとめんどくさい保護者をどうしようか悩むも、仕事をしている合間に抜け出せば文句も言えないだろうと、ブレッドのすぐ後ろで芋の皮を剥いていたランの手を引っ張って城の中へと連れて行く。

ラン兄の驚きの悲鳴にブレッドが一瞬振り返るもその間にルゥ姉が立ちはだかり、追いかけて来る事はなかったが赤い鳥のシュネルがいつものようにランを追いかけていた。

城内で修復作業をしている皆様も走り抜ける俺達に一瞬仕事の手を止めるも直ぐに作業に戻る。

途中扉をあけっぱなしの部屋でミハイロフさん達が何やら机に突っ伏していたが、その横に高くそびえる書類の山々を見てこの部屋に立ち入ってはいけないと扉の番をする方々に頑張ってくださいとお願いする。

番兵らしく頭を下げる事も会話をする事もなかったが、俺達はその前を通り先ほどの王族の居住区へと向かう。

幾つかの扉を開けて選んだ部屋は一枚の、ブリューグラードに似た女性の絵が飾る部屋へとたどり着いた。

他にも見た部屋とは比べようもないゴージャスな作りの部屋にここがブルトラン王の部屋だと察しがついた。

とは言っても、いくつもある部屋の一つにすぎないのだろうが、まだどこか主の匂いの残る部屋を俺は見回し、置かれてあった机と椅子に座り正面をラン兄に進めた。


「一番豪華な部屋だね」

「あの絵の為の部屋なんだろうな」


後宮でもなく母を主とするこの部屋は白と金を基調とした植物をモチーフとした優しい空間だった。

とてもあの真冬のような男の部屋とは思えない。


「いずれここが俺の部屋になるんだろうか」


そう思わずにはいられないほどのグレードの高い部屋の造りに頭を悩めてしまう中、ランはぴょんと椅子を飛び下りて窓から見える景色を眺め


「正面の大通りが見える。

 みんなご飯を食べに並んでるよ!すごい行列だ」

「用意してくれたコルネリウスにも感謝だな」

「にも?」


笑いながら振り返えるラン兄に


「今日の日の為にガーランドに援助をお願いしたんだろ?

 ガーランドの気候じゃ育てるのが難しい野菜もいっぱいある。

 それらはフリューゲルで作られた物だ。

 ラン兄達もいっぱい用意してくれてありがとう」


ぺこりと頭を下げる。

無言のまま驚きに見開いた目は正直今でも見る事が出来ない。

あの姿が恐ろしくてとか怖くてとかではなく、ただあの時の俺の情けなさとラン兄に対しての申し訳なさに頭がいっぱいだ。

緊張に頭が真っ白に合っている中陽だまりの様な優しい声が降り注ぐ。


「やっといつも見たいに呼んでくれたね」


何処かくすくすと笑いだすのではないかと言うような声。

この春の陽気に相応しい明るい声に導かれるように顔を上げれば、大通りを見渡す大きな窓を背に、頭の上にはいつもの通りシュネルを乗せて笑っていた。


「新しい友達も出来て、新しい場所で忙しく働いているうちに忘れちゃったとは思ってなかったけど、僕の本性を見て嫌われる事ぐらいは覚悟していた。

 たぶん誰が見ても初めて見たなら真っ先に浮かぶ言葉は『化け物』だから。

 僕はこの言葉の持つ意味を勘違いしていて理解しないままシュネルとの盟約と共に受け入れた。

 僕が浅はかだと言うのは当然だけど、僕の家族の願いと引き換えに引き受けた役目には後悔してない。

 だから、ディの気持ちはあの瞬間が全部で総てじゃない事をちゃんとわかってるから、そんなにも思いつめた顔をしないで。

 ディには毅然と頭を上げて僕と対等におしゃべりをしてほしいんだ。

 それにいつまでも後悔はしてほしくないし、こう言った場合の言葉はディだって知ってるはずだ。

 それでいいんじゃないかな?」


何時も良く笑っているラン兄が再会してからこれまでに見せた姿は今まで知らない物ばかりだ。

精霊と融合(?)した異形の姿に王としてのケジメを求める叱咤。

化け物と罵られても凛と背筋をぴんと伸ばし顔を上げて敵を見据える姿、そして民への配給と言う食事をしようと声を掛けた時に見せた涙。

本来それは総て俺がしなくてはいけない物で、この戦いの責任を総て取ろうとする姿勢にぽたりと足元に涙が落ちた。

ラン兄はこんな俺に少しだけ困った顔をする。

それもそうだ。


「ラン兄!ごめんなさい!」


腹の底からの謝罪の言葉の後にはいつの間にか俺の方が大きくなってしまった身体で全力で縋りつくようにして泣く俺の背に手をまわして優しくなだめるようにあやしてくれる。


「泣く事じゃないだろう?」

「泣く事なんです!」


泣きながら何故か大した事ない事だろ言うような言葉にはラン兄の非常識が含まれているのだから。

ラン兄の自己評価はどこまでも低い。

あれだけ兄弟のように慕っていた弟からの手のひら返しも謝罪1つで許して何もなかった事にしようとしているのだから、俺がどれだけ後悔している事も反省している事も理解が追いつかないのだろう。


「ラン兄はもっと、もっと自分が愛されてる事を理解するべきだ!」


シュネルを筆頭にブレッドやアルト、ジルそして騎士団の人達はもちろん隣国のガーランドまでラン兄をどこまでも甘やかす理由なんて見返りを求めない以前に見返りすら存在していない優しさに救われてきた証だろう。

尤もそれはよくはない事だ。

だから周囲が帳尻合わせをするのだろうが、それでも与えてもらった事に対すれば対等には程遠いだろう。


「皆僕がちゃんと愛されてる事を理解しろって言うけど理解してるつもりなんだけどなぁ……」


困惑顔のラン兄の小柄な体を抱きしめて


「俺の感謝の全部を理解してない事が理由の一つです!」

「ええー?」


そんなにと驚く顔を眺めながら袖下でごしごしと涙を拭けば、俺の涙の沁み込んだラン兄の古めかしい衣装の肩の跡。


「やっぱ兄弟っていいなぁ」


こんな情けない姿も馬鹿な姿も遠慮なく見せれて、慰めてくれる。


「ラン兄って呼んでもらえて僕も幸せだよ」


人一倍家族に憧れを持つラン兄の家族構成は血縁こそないが広くて豊かで、その中に俺もちゃんと居て。


「さて、ディもちゃんと言わなきゃいけない事も言ったみだいだしそろそろみんなの所に戻ろうか?」

「うん。そろそろ戻らないとブレッドが煩そうだし」

「確かに鬱陶しそうだし!」

「そこまで言ってないよ」

「心の中を代弁してみただけです!」


お互い顔を見合わせて笑いあう。

ほんの数分までの砂を噛んでいた居心地の悪さはもうない。

ラン兄はよく朝を運ぶ鳥の話しをしてくれたけど、ラン兄こそが朝を運ぶ鳥だ。

だって俺には明日からも朝がちゃんと来るのだから。


「ラン兄は俺にとっての朝を運ぶ鳥だね」

「ディの物語の朝を運ぶ鳥を僕にしてくれるなんて光栄だ!」


弾けるような笑い声と、どこか照れたような笑みのまま俺達は人での足りない城門前へと足を運ぶ。

瓦礫や怪我人だらけの城内はまだどこか重苦しい空気が立ち込めるも、俺とラン兄で頑張ってとエールを送りながら横を歩いて通る。

散らかしたのならちゃんと片付けはしないといけないからね。

王様二人だけと護衛も誰も付けてない状態で昨日まで敵の城だった城内を走り回るとありえない環境だけど俺達が笑っている。

忌々しそうに見てる人もいるけど俺はこんな状況でも笑顔になれるラン兄の強さを学ばなくてはと同じように笑みを浮かべた。





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