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夕暮れ時の決別

ブックマークありがとうございます!

ただ今夏休み中で更新を(これでも)早めてますが基本週一更新ののんびり旅です。

どうぞよろしくお願いします。

先程とは違う賑やかさの背景にやっとの事でフリーデルとセイジが合流してきてオスヴァルトを含めてブレッドが仕切る大綱に目を通していた。


「この数日中に新国として各国に通達、夏至の日と共にお披露目する事にするつもりだ。

 それまでにリーディック王子には国内にお披露目と言う形でもう一度成人の義を行い、通達前までに国名の変更と同時に王として名乗る事にする。

 因ってお前は今はリーディック王太子と言う事になる。

 前にも何度も言ったがまだまだ言うぞ。

 順序は大切だ。順番を間違えるな。

 さっきの地図の名前の書き換えを見てもらった通りだが、お前達の間抜けな顔を見ていれば嫌でも察する事は出来る。

 用意も順番も知らずによくもまあ書き換えようとしたなって感心したぞ。ちなみにやり方はフリューゲルに居た時に教えたはずだ、血と地と精霊の契約だと。

 地図の書きかえる事の出来る精霊をフリューゲルに譲ってくれた判断はブルトランの二の舞にならずに済んでよかったなと言うしかない。

 ブルトラン側も理解しただろう。

 地図の書き換えには精霊並みの大量の魔力を用意する。

 それは間違いではないが、それだけではたりないと言う事を。

 精霊と契約者とその地への契約だ。

 どれか一つ欠けても正しく契約は出来ないし、精霊が居なければアズラインのような精霊に見放された国になる。

 ブルトランもハウオルティアも精霊が居ないし、ルゥの精霊では未熟すぎて消滅する所だった。

 あの場に協力的な精霊がいなかったんだからアズラインのような加護の無い国になる所だったぞ。

 もっとも今も無いのだろうが、あの地とこの地では前提が違うからな。

 フリューゲルの古くから続く家にはハウオルティアの国が発足する前の状態が書かれていた文献が残っていた。

 それによるとハウオルティアの大半はそのなだらかな大平原と言う地形は塩害に犯されて国土の三分の二は塩によって真っ白な国土だったと言う。

 つまり、今では大陸の穀物庫と言われるハウオルティアの大半は植物すらまともに育たない土地で、人が住めるのは山間部の土地ぐらい。

 そこには塩害に因って逃げてきた虫や動物、そして魔物と人間が混沌と暮していたと言う。

 書類上の記録だから俺は見たわけじゃないが……」


後ろに視線を送れば


「ああ、私が知るのは千年前だがその頃から既にハウオルティアは塩の大地と言われてたし、ブルトランは今でこそ植物ぐらい育てる面積の土地はあるが、夏でも氷の解けない完全に氷に覆われた氷の国だ。

 ちなみにロンサールは精霊が住み着く以前の姿を取り戻しかけている。

 精霊の加護が無くなった以上、ロンサールの様子を踏まえれば10年もしないうちにまた塩の土地と氷の国に戻るのだろうな」

「はい、私が精霊王より案内頂いた時は氷が陽の光を反射する見渡す限りの白銀の世界でした。

 分厚氷に地面はどこにもなく、それでも命の息づくその眠れる大地を私は所望し、承りました」


シュネルとブリューグラードの言葉にこの場に居た全員が口をぽかんと開けて聞いている中


「では、我らにその地を治めろと……」

「精霊を忘れ国から切り離したのはお前らだ。

 フリューゲルの知る所でもないし、責任を取るのはどこの国の民だ?」


何所までも言葉の冷たいブレッドだがランは気にせずにカヤの作るフルーツティを美味しいと褒め称える声だけが場違いなまでに響く中


「精霊なら紹介してもいいよ」


何の脈絡もなくポンと差し出した言葉にブレッドのペン先が折れた。

誰もが持つペンを隠してしまいたくなるような美しい宝石で誂えたペンの先につけられた滑らかな文字を書く銀色の先が歪むのを見てブレッドよりも見ていた者達の方が息をのむ。

そんな高級品を折り曲げてしまうなんてと金銭的な数字を容易く付け替える様子に更に長い事使い続け錆びさえ浮いている自分のペン先を隠すように字を書く。

インクが飛び散って紙が汚れてダメになってしまったが、ブレッドは何事もなかったような顔でそれを丸めて書き直し始める。


「気軽に紹介できる野良精霊なんて聞いた事はないぞ?」

「野良じゃないよ」


そんな言葉のやり取りにシュネルは笑う中ブリューグラードもロンサールもあまりにぞんざいな精霊の取り扱いに目を丸くしたり笑ったりとさまざまな受け取り方をしている。


「リンヴェルがね二つの国を纏めて面倒見てもいいって言ってくれたんだ。

 ただし、精霊として何かするつもりはない。

 ただ精霊の名を与えればハウオルティアの塩害もブルトランの寒さも多少はましって言う程度の最低限の恩恵しか与える事は出来ないらしいけど。

 虫の被害は抑えられないし、冬の厳しさは厳しいままだけどそれでもよければ名前を貸してくれるって」

「貸してくれるって……

 新たな国の王家とは契約しないって事……だよな」


少しだけ難しい顔をするもブレッドは書類を引き寄せて


「だったら名前だけでも貸してくれるのなら借りよう。

 ディ、後で地図を貸せ。

 今ならリンヴェルに名前の書き換えを頼む事が出来る。

 いや、寧ろ今夜にも王位を宣言してさっさと独立しようか。

 なに、夏至の頃にお披露目と継承式典をすればいい」

「うわー、すごいやっつけ仕事になってるよ」

「ったり前だ。さっさと戻らないとイゾルデのポンコツが何しでかすか判らないからな」

「副隊長さんが身体を張って頑張ってくれるから大丈夫だよ」

「ならいいが……」


不安な顔を隠さないブレッドにフリューゲルは大丈夫なのか心配してしまうも


「所でリンヴェルって精霊って誰だよ?

 会って、お礼を言いたいって言うか、知らない精霊なんだ。

 任して大丈夫って言うか……」


見た事も聞いた事もない名前の精霊に総てを託していいのかと思うも


「リンヴェルは僕と盟約してる精霊の一人だ。

 だからこの国の王と契約はしない。

 この土地に縁があって、この国の人達の人間性やブルトランとの関係も僕達以上に詳しく知っている。

 彼女は自分が手を上げる事で僕の憂いを少しでも取り除けるならと名乗りを上げてくれたんだ。

 二つ分の国土の面倒を見るのだから、精霊としてもそれだけで大半の能力がそれに注がれてしまうから本当に大した事はできないけどそれでもよければって言ってくれたんだ」


ランの提案の後、ランの後ろに控えていたカヤが一歩前に足を運び


「改めまして、リンヴェルと申します。

 リンヴェル・ハァヲルティーアと言う二つの名前持ちの為に二つ分の国土の守護に耐える事が出来ましょう」


カヤを知る俺達はえ?と目を見開いていれば、彼女の姿が光に溶けた。

上質なメイド服に身を包んでいた彼女はその姿とは全く違う背中に豊かに波打つ髪を広げ、シュネルの服にも似た、でも少しだけ簡素になった女性らしい明るく可愛らしい服装から覗くすらりとした手足はとても働き者の手とは縁のない美しい形で、森の中に見つけた陽だまりの中に咲く花の様な優しげな視線を俺へと向けていた。


「え?カヤ?

 どういうこと?ねえ。ラン兄!」


思わずランの所に足を運ぼうとするもブレッドが剣を鞘に収めたまま俺の前にそれ以上は進ませないと立ちはだかる。


「随分都合のいい時だけ兄呼ばわりだな?」


ブレッドの冷たい声に背中に汗が流れる。


「それがどれだけ傷つけているか理解してから口を開け」


頭を殴られるほどのショックな言葉を理解した。

ブレッドの背後で「それほどでもないんだけど……」と言葉を濁すランの様子すら俺には目に入らないしツッコミも聞こえないし周囲はランの言葉に沈黙で静まり返っているのも全て気付かないでいた。

ランを化け物を見る目で見た事も、それを償う為に勝手に兄弟を止めてしまった事も、理不尽なまでの戦闘力をなぜもっと早く使ってくれなかったのかと恨んでしまった事をこの空色の瞳は総て見抜いていた事を理解して、それはもう彼らには許されない所まで来てしまった事に今更ながらに突きつけられて気が付いた。


ランを守る様にシュネルとブリューグラードの立ち位置に私は知らんと苦笑するロンサールに助けを求める事も出来ない。

だけど、どういう事かカヤが、リンヴェルがランに代わって説明してくれた。


「私はブルトランとこのような状況に陥ってから王室の状態、そして原因の貴方の母親の事を見にメイドとしてエレミヤのお屋敷に潜り込みました。

 もちろん、あの日貴方とリーディック様が入れ替わってしまったのも気が付いておりました。

 どうなるかしばらく様子を見るつもりでしたが、ロンサールの獣暴の乱によりロンサールの様子も気になり早々に旅立たなくては行けなくなりました。

 ブリューグラードからフリューゲルへと、その精霊騎士様に助けを求めたと言う言葉も聞いたので一度、戦う力も私を守る妖精もいない我がこの身の安全の為にもロンサールで身を隠す事に決めました。

 しかし、数年の後にロンサールで再会できた縁に私も最後までハウオルティアの最後を見届けようと決意しましたが……

 ブルトラン王の手によって私はこの地と繋がりが切れてしまいました。

 繋がりが切れる。

 本来精霊界で生きる我々はその繋がりから精霊としての力を得る為の魔素を取り込む事が出来ます。

 それが出来なくなる。

 水の中に沈められ呼吸が出来ないように、もがきながらも食物などから僅かに得る事の出来る僅かな魔素で辛うじて呼吸が出来、精霊としての意識を何とか留めて来ました。

 そんな中フリューゲル王とお会いしました。

 ハウオルティアの王家の始まりの地の庭には私と初代のハウオルティアが契約した折りに王と私の絆の証として一つの木の実を頂きました。

 その木の実はとても不思議な木の実で、匂いから想像もつかないとてもおいしいとは言えない物ですが思い出の味なのですね。

 私を愛してくれたあの小さな子供を思い出してしまい、そしてハウオルティア最後の日に始まりの日を思い出してくれたラン陛下を重ねてしまい……

 私は陛下を我が精霊騎士として盟約する事を誓わせていただきました。

 私には戦う牙もなければ敵を切り裂く爪もありません。

 逃げる足は遅く、そしてこの身を守る為の妖精も居らず、思い出に心が揺らぐらいの無力な精霊です。

 ですが、陛下は断る事も出来るはずなのに私の手を取ってくれました。

 それだけで私の世界は光に満ちます。

 あれほど魔素を取り込めず苦しみ意識さえ何度も失い、大人しくして魔物とならないように、少しでも魔物に変るのを遅らせる為にただ耐えていた苦しみから一瞬にして解放してくれました。

 この光溢れる世界を再び知ってしまった私はもう後戻りなんてする事は出来ません」


涙を流して俺の手を取り


「ハウオルティア最後の子、ここでお別れです。

 私は精霊騎士と共に去りますが、この地を愛し、始まりの子を愛したあの日の約束にこの地を遠くからいつまでも見守りましょう。

 この約束を持ってリンヴェルはこの地に名を刻みましょう」


長い旅だと思った。

精霊の長い寿命から考えると一瞬かもしれないが、そのわずかな間に詰まった生き様は人と何ら変わりなく駆け抜けるような生き様だった。


「行かないで。

 俺は本当ならそう言ってみっともなく縋りつかないといけないんだと思う」


俺よりも何倍いい男を見付けて行ってしまった彼女に俺はみっともなく縋りつきたくもなるが


「再会して一年。

 その間何百年も見守って来たカヤからしたらきっと、こんな事してる場合じゃないって思ってたんだろうな」


視線を反らすも、床に落とす影がそうだと頷いていた。

俺は人として何も間違った事をしていないと胸を張って言える。

だけど次なる王として、この地の契約する者としてはただ見守る事だけのカヤにしたら歯がゆく見えたかもしれない。


「だけど、俺は見捨てる事が出来なかったんだ。

 俺は、この世界の厳しさなんて理解できないくらいの平和な国で育った人間だから、助けを求める人が居たら助けてあげたい。

 何かできるなら何かしてあげたい。

 どれだけ平和ボケした国育ちの発想かもしれないけど、それでもこんなふうに導きたかったんだ。

 たとえ、本来俺が言う様に導くには当分先の未来の話かもしれないけど、それでも拾えるなら拾って進みたかったんだ」


「ですが、結局見捨てる結果になってしまいました」

「ほんとだね。

 ラン兄が、ラン陛下が来てくれなかったら拾って来た彼らもまた搾取されるだけの人になってしまっていたんだろうな……」


何もできない無力な俺。

それが結果だった。


「そうかな?

 僕はディが何もできなかったとは思わないよ」


何の気兼ねもなく会話に混ざった言葉に俺はその声の方へと顔を向ける。


「僕はディから色んな事を教えてもらったから知ってる。

 塩の事や算盤の事。

 毛糸の事から他にも色んな事を教えてくれたよね?

 それってこの戦いに必要あった事?

 ちゃんと役に立ってるよ。

 運搬の途中の支援の準備に誰もが莫大な計算に算盤を使って計算していた。

 物資の塩を始めとした物から魔物の毛で作った布もディのアイディアだ。

 すぐに結果が目に見えてないだけだけど、こうやって当たり前のように誰もが扱うぐらい沢山の事が浸透している。

 浸透しすぎて始まりを忘れてしまうぐらい馴染んでるんだ。

 ディから教えてもらった事は目に見えない所で沢山使われている。

 ハウオルティアでの畑だってそうだ。

 イエンティの農業指導の人達も言ってた。

 潜り込んだ時には一歩60ゼールって言う基盤がすでの出来ていた。

 一から教えるのがどれだけ難しいか知っているからどうするか悩んでいたみたいだけど最初の最初に基盤があったから、誰もが当たり前のように使っていたって驚いてたって。

 精霊に守られた土地だから虫の駆除や堆肥の大切さを理解してもらえないと思ってたみたいだけど、それも既に確立されていたから本当に助かったって言ってた。

 こう言った事は国を作ってから作業に入る事かもしれないけど、でもね、僕は知ってるよ。

 戦争の途中で僅かな食料も、やっと畑に実った野菜も、総て強者に奪われるだけの物だって事を。

 食べる物がなくって毒だと判ってても口に入れずにはいられなくって、あまりの喉の渇きに淀んだ水だって吐いてでも飲んでしまうくらい死にたくないって願う心に逆らえないんだ。

 奪われるかもしれないって判っていても食べる物を育てずにはいられない。

 食べ物じゃないと判ってても口に入れずにはいられない。

 屈辱だと我慢して隣で寝ていた子がそのまま二度と起きる事はなかった事になったのを僕は何度も知ってるから……

 僕はこの戦争で、こんなにも豊かな国で僕が経験したような事を体験しないようにってずっと願ってた!

 あんな事は知らない方がいいに決まってるから真っ先にディが食糧問題を解決しようとしてる所に嬉しくって泣きそうになった!

 それにちゃんと屋根と壁のある家も用意してくれて洞穴で一人で寝るあんな寂しい思いをしなくて済んでるって、あんな心まで凍える寒い思いをしなくて済んでるって僕は嬉しくって……

 だからディは何もできてないわけじゃない。

 ちゃんとやって来たよ。

 見捨てて来たわけでもない。

 ディが居なくなってもみんないつもの暮らしをしている。

 『見捨てた』じゃなくってちゃんとみんなの中に『残ってる』んだ。

 リンヴェルは今じゃなくてもって思うかもしれないけどその今に、この今に必要なんだ。

 だって本当になくなったら何もできないんだから。

 リンヴェルだって知らないわけじゃないだろ?」


誰の視線とも顔を合わせずにただ握りしめた手をじっと睨みつけながらの長い言葉はランの悲しい過去も包み隠さずにさわり、そして何よりも俺が推し進めた食料支援が一番大切な物だと言ってくれた事を。

それがあってみんな生きる事が出来るって認めてくれて……


救われた


間違ってないって言われて思わず力が抜けてぺたんと座り込んでしまう。


「リンヴェルの物語を君は希望とかそう言った事を言ったけど、あれはどんなに過酷でも一人でも耐えて未来に繋げる旅の話しなんだ。

 だから君の役目は、みんなが未来に、頑張った証を繋いでいく事を見守るのが役目なんだ。

 よければそっと手助けしてもらえると僕は嬉しいし、技術って言うのは発展していく物だって言うから、その成長を見守っててほしい」

 

それだけを言いきってふらりと一人で部屋を出て行ってしまった。

シュネルが後を追いかけて行くのを見送れば


「あたしを見てたから焦ってたんだろうねぇ。

 ハァヲルティーア、あんたにはずいぶんと助けられたから出来る限りの事はしてあげたいが……」

「ロンサール、貴方は今は自分の事だけを考えていてください」


遠回りに主に窘められたカヤはしゅんとうなだれるもロンサールが苦笑いしながらもすぐに慰めていた。


「あたしはハァヲルティーアに感謝してるんだ。

 人が、人の世界がこんなにも楽しいって事を。

 大して強くもなく、魔力もなく、たかだか100年も生きれないよわっちい存在なのに毎日毎日せわしなく動き回っててじっともしてない。

 こんな面白い存在があるのかって驚いた半面、ちょっと親切にすればどこまでもずっと慕ってくれる危ない位のなつっこさに辟易した事もあった。けど、結局可愛いって思える子供との出会いに感謝している。

 あたしにはもう何も残っちゃいないが、あんたにはやり直すチャンスが与えられた。

 どこまで付き合えるか判らないけど、あんたが教えてくれたこの世界を私ももう少し付き合わせておくれ」


ぽろぽろと涙を零してロンサールの胸に泣きついていた。

こんな優しい精霊に守られた国に生まれてこの優しい精霊の国を守りきれなくて、改めて預かる事になった国の重さを教えられて。


だから、この国の未来を俺は見た気がした。


「なぁブレッド」


呼べばペンを止める事無くなんだと抑揚のない声が返ってきた。


「この国の名前はリンヴェルだ。

 精霊リンヴェルの名前を国名にする」


「まぁ、無難な所だな」


カリカリと美しい石を使った美しいペンで手を休める事無く文字を書きながらの返事。

周囲はそんな簡単にと耳を傾けていたが


「カヤ……違うね。

 リンヴェル、良ければこの地図を使ってフリューゲル王と契約をしてほしい」

「ディック様それは!!!」

「随分と斬新な発想だな」


フリーデルの悲鳴とブレッドの呆れた声。


「皆が言うこの国を救ったのはフリューゲル王だ。

 それは生きてる皆の命が証明したものだ。

 だけどこの新しい国の王には周知に納得させる為に俺が王になる事になる。

 フリューゲル王もたぶんだけどこの国の王にはなりたくないと思う」

「だな。ランは元々寝て起きたら王様になったって身分だ。

 可愛い弟分の援護に行って国を掻っ攫ったんじゃ二度とお前に会いに来る事はないだろうな」


確かにと頷いて


「だけど一つ言える事は希少な精霊を、無償で名前を借りるわけにはいかない。

 精霊の契約者でもあるフリューゲル王へこの地図をお渡しするこれが新たなリンヴェル国の誠意だ」


それは……


誰もがすぐに真っ青な顔でフリューゲル国の隷属と言う言葉が浮かんだろう。

だけどランなら絶対そんな事はしない。

ガーランドみたいにこれでもかとちょっかいを掛けられるのは目に見えるが、それはくすぐったいほどに幸せな親切と言う物で……

出会って一日にも満たない彼らが理解するのは難しいだろうし無理な話だろう。


「皆もこれからでいい。

 巷に流れる噂のフリューゲル王と、今日この日この時の為に駆けつけてくれたフリューゲル王の本当の姿をその目で見極めてほしい。

 だからこの案を黙って呑んでほしい」

「ですが!!!」

「フリューゲル国同様責任は俺の血族がとる。

 この国を導くのは俺達の役目だから、フリューゲル王に責任を負わせたくない。

 それは出来るかな?」

「できる」


カヤもロンサールも力強く頷く。

それを横目にブレッドが


「リンヴェルは一度フリューゲルとランと話をして来い。

 あの二人が承諾すれば後は俺達の仕事だ」


あっさりと承諾すると言うブレッドにカヤは頷いて


「ラン様もフリューゲル様も私の目と耳を通してこの話し合いを終始見ておいででした」


え?と言う様に驚いてどこか悪戯が成功したような顔をしているカヤを全員が見ていただろう。


「私達盟約をした精霊とその主はその目で見た物を、その耳で聞いた事を共通で認識する事が出来ます。

 もちろんお心次第で遮断も出来ますが……

 私は精霊騎士様と初めてお会いしますが、複数の精霊と盟約する精霊騎士様はもちろん初めてで詳しい事までは存じませんでしたが、ラン様が盟約する精霊とも同様に認識の共有化が出来るようです。

 最も、皆様が許可しないと認識できないみたいですが……

 ふふふ、ラン様は笑っておいでですよ。

 ディック様なら絶対こうすると思っていたとおっしゃって喜んでおいでですよ」


くすくすと笑うカヤにどういう事だとブレッドに視線を投げればただ小さく肩をすくめるだけ。

だけどブレッドにとっても予定通りだったのだろう。

何時の間にか大綱を認めた書類の一番最初のページを机の上に置いてリンヴェルを呼んで『リンヴェル』と大陸共通の一番古い文字で書いた名前を俺も手招きして見せてくれた。




フリューゲル国ランセン・レッセラート・フリューゲル王の立会いと精霊リンヴェルの名の下にハウオルティア国ブルトラン国は統合して新たにリンヴェル国とする。

首都は旧ハウオルティ国王都ハウオルティアを王都リンヴェルと改める。

初代国王にリーディック・オーレオ・リンヴェルを据え開国とする。


国王 リーディック・オーレオ・リンヴェル

枢機院長 クローム・フロス

宰相 オスヴァルト・ブランク

騎士団団長 エンバー・ラスト

魔導士団団長 ジーグルト・フェーベル




「ハウオルティアの政治形態を残しつつ開国時のメンバーとする」

「それは今決める物だろうか?」


何気に自分の名前がとエンバーの名前があり首をひねるクロームに


「魚と同じで魔物の処理をするのに出来るだけ早く新鮮な方が価値があると聞く。

 時間を置くと肉も腐り、臓物も匂いを出す。

 それと同じだ。

 国を作るなら少しでも早く決めて確立する方がいい。

 体験談だが、少しでも時間を置くと役にも立たない僅かな寄付金で主要な地位を欲しがる恥知らずが現れる。

 細々とした縁と、会った事さえあるかどうかわからない顔見知りと親族の出没と言う言うふざけた理由で地位や権力を欲しがるアホにくれてやるものは何もない。

 ロンサールもあの地を面倒見たいと言う精霊が出てこない以上現状は変わらないけど国名は残る。どさくさに紛れてロンサールの生き残りをこの国に混ぜる為に今の内に決めるぞ。

 この場に居る者達は覚悟しろ。

 この戦いの中で俺が独断と偏見で勝手に決めるから、決まり次第自分に必要な事はさっさと頭に詰めて行けよ」

「欲しい人材も早い者勝ちでしょうか?」


柔軟な思考を持つセイジの意見には参考意見にさせてもらうとだけ言えば、セイジが余っていた紙に名前を書き綴り始めるのを見てオスヴァルトもフリーデルにせっつかれて名前を書きだしていた。


「所でルゥ姉はどうなるんだよ」


魔導士団の団長ならルゥ姉だろと遠回しに言えば


「ルゥはお前の姉だ。

 王族が兵士になってどうする。

 ルゥには後宮の主になってもらうぞ。

 アメリアだったなお前のフィアンセ。

 どう見ても王妃になるにはまだまだアホだからルゥに教育してもらう事になるだろう。

 新しい体制に女官長が何かと騒ぐのが女と言う生き物だからな。

 あの女に新しい体制を教育させるにはちょうどいい」

「所でリーナは……」


少しだけ沈黙をした後に


「王宮には置かないぞ。

 爵位を与えてどこかの地に幽閉だ。

 親は一切の認知をせずに死んだからな、今更その血の流れは確かめようはない。

 希望にはそうつもりだが……奴隷としては売り飛ばさない。

 見張りと言う名の従者を何人かつけて隠居生活をしてもらう。

 お前が出来なかった事を代わりにしようとした忠臣の一人だから、それなりの報奨は準備する。

 今は王宮の王族の生活区域で休ませている。

 ルゥの精霊達とシルバーが見張りに付いてるから後で顔を出してこい」


聞けば反射的に走り出していた足にガーネットの笑い声が響くも、途中すれ違う人に王族の生活区域を教えてもらい城の廊下を掛けて行く。

途中ハウオルティアの元騎士にすれ違って案内してもらったら扉の前でシルバーが番犬のように眠っていた。

役に立たない番犬の象徴と言う様に丸まって寝ていたが、シルバーと呼べばすぐに飛び起きて俺の胸へとまっすぐ飛んできた。


「ちゃんと番してたか?」

 

聞けばワフンと自信ありげに声を上げるも視線はそっぽ向いたまま暫しお互い視線を合わせずに睨み合っていれば


「ディック様、そこで遊んでないで早く入ってください」

「ディック様、そこで遊ぶのなら中に入って一緒に遊んでください」


現れた二人に手招きされて部屋に入る。


「別に遊びに来たわけじゃないぞ」

「それは残念。ベーチェはお部屋の掃除をしてベッドメイクをしてリーナ様の寝顔を堪能しておりましたのに」

「それは残念。ミュリエルはお菓子をもらったのでお茶を淹れてベーチェの仕事ぶりを監視していたのに」

「ベーチェありがとう。お疲れ様だったね。

 そしてミュリエル。気のせいか最近太ったか?

 ノヴァエスで作ってもらった可愛いドレスが切れなくなるぞ」


小さくても女の子に向けての禁句の一言にミュリエルは顔を真っ青にしてクッキーに伸ばしかけた手をひっこめるのを見て溜息をつく。

ずっと一緒に暮らして同じように育てていたはずなのに何でこんなにも性格が変わったのかと頭を痛めてしまうも、どちらかと言えばこれはシルバーの性格と同じだ。

思わず現況を見てシルバーに変な事を教えないようにと顔の周りのもふを引っ張って注意しておく。


「お前の方が年上なんだからなー。

 悪い事と良い事はちゃんと区別する事」


言えば渋々と言う様にワフッと一声鳴くだけ。

反省の色全然ないんでやんのと呆れてしまえば


「ベーチェもミュリエルもルゥ姉の方を手伝っておいで。

 ここは俺が代わりに引き受けるから」


きっと人手の足りない後宮にルゥ姉の困った顔が想像できないけど、とりあえず手数は欲しかろうと行くように指示をすれば


「ディック様、眠ってる女の子と二人きりに部屋に残すのはどうかと思います」

「ディック様、眠ってる女の子にえっちー事したい気持ちはわかりますが、今はまだ陽の明るい時間帯なのでムードを考えてもう少し待たれるのが良いでしょうかと」

「ベーチェ!ミュリエルを連れてさっさとルゥ姉の所に行け!」


思わず叫べば二人して顔を見合わせて意地悪く笑って消えて行ってしまった。

これはツッコミとボケと言うコンビではなく建前と本音と言うコンビかよととんでもない性格になったなとどう考えてもフリューゲルに住むあの二体の聖獣を思い出さずにはいられなくて少しだけ恨んでしまう。


「ったく、大体リーナはあんな糞男でもたった一人の父親を刺してそれどころじゃないだろう……」


ブルトラン王の首を落すのを躊躇った。

しなくてはいけない事は学んできて、ランからも意味を説明してもらった。

手を添えて一緒に罪をかぶろうとしてくれたし、王としての生き方も聞かされた。

ブルトラン王に恥をかかせてしまったし、結果、リーナが俺が投げ捨てた剣を拾って一突きとしてしまった。

尤も致命傷になるには遠い所を刺した為に一層苦しむ羽目になってしまったが、その苦しみすら俺がちゃんとできてれば死に際の生き恥もリーナの心の負担ももっと違う形だっただろうと考え出したら止まる所を知らなくて、

暖炉によって温められた室内のベットにから覗くリーナの手を握る。

細い指と小さな手。

水仕事に手は荒れて、働き者の手の爪は指よりも短く丸まっている。

本来なら蝶や花やと育てられるはずだったのに親は選べない故の苦しさに彼女の人生とは一体何なんだとベッドヘッドに頭をもたれて目を瞑る。

昨日からいろいろ起きた。

夜通し歩き続けて昼前には決着がついてしまった。

時間的には奇跡的なほどの短さだっただろう。

だけどその短時間の間に総てが詰まっている。

ひょっとしたら何カ月、何年と続く内容になったかもしれない事が半日足らずに凝縮されているのだ。

短いにもほどがあるだろうと思うも、ブレッドは既に宣言していた。一日で終わらせると。

総てを見透かすような瞳は俺達の準備や決意すら総て軽々と乗り越えてランと共に現れた彼の作戦に俺達は必要だったのかと思うも、考えればランは今回誰一人も殺してはいなかったのだ。

まぁ、アウリールの出した被害がどう出るか判らないが、その手で直接手にかけた数は一つもない。

ブルトランの首を切り落としたくないと言うならそこに至るまでの道のりもそうでなくては行けなかったのだろう。


「半端なんだろうな俺……」


ずるずると椅子から滑り落ちる様に床に座り込んで、ちょこんと覗くリーナの指をみつけた。

酷く温かそうなその細い指に俺は手を伸ばして温もりを求める様に指を絡めつける。


少しだけ冷えた指先を温める様にそっと握ればやがてお互いの体温同士で暖まり……



「ディック様、ディック様、そんな所で休まれててはお風邪を召します」


何時の間にだろうか。

ベットから下りて、目の下を真っ赤にはらしたままの顔のリーナが俺の顔を覗き込んでいた。


あ……


いつの間にか目を覚ましていたリーナが目の前にあって驚いたと思う反面、顔色は悪いけどしっかりと俺の顔を見つめてくれるリーナが居てほっとしてしまう。

彼女は見た目通りの少女だと言うのに、倍近く生きている俺の方が子供に見えてしょうがなくて。

その青白い顔に手を伸ばす。

出会った頃は痩せこけていたが女の子らしい丸味を帯びた頬に手を滑らせれば、一瞬にして朱を刺す彼女を抱きしめてしまう。

胸元に彼女の頭を抱きかかえて


「ごめんね!ごめんね!

 リーナにあんな事させてごめんね!

 俺がやらないといけない事なのに!

 謝っても許されない事をさせたんだ俺は!」

「あ、あの、ディック様……」


いきなりの謝罪にきっと目を白黒させているだろうリーナに


「好きなんだ!

 どうしようもない位カッコ悪い俺だけど!

 一緒になれる事が許されなくって、救いようがない位情けなくって、隠し事もいっぱいしている俺だけどリーナが好きな事だけは本気で、だけどそれは許されない事でどうしようも出来なくて……」


おずおずと背中に回された手がポンポンと優しくあやしてくれる。


「リーナもディック様の事が好きです。

 ですが、お互い滅ぼし合う国の王家の出自は共に暮らすは許されない事は理解しております。

 まだ生きている事の方が不思議で、勝者で在らせられるフリューゲル陛下に処分されてない方が驚きで……」

「ラン陛下はそこまで酷い人じゃないよ」


通算人生34年目にして初めての両思いはお互いに許される物ではないけど、穏やかな空気の中思わずくすくすと笑ってしまう。


「だけど、ブレッドが言うにはリーナにも処分が下されるみたいだ」


びくりと震えてから少しおいてから小さな声で「はい」と返事があった。


「どこかの領地に従者を何人かつけて爵位を与えて暮してもらうって。

 リクエストあれば聞くって言ってたから、多分ずっとそこに居なくちゃいけない事になると思し、移動も制限されると思うんだ」

「はい」


言葉少なげに意味する事を理解して返事をしてくれた。


「でしたら、一番最初の村がいいかな?

 長い事暮らしていた気安さもあるし」


国の東寄りにあるとはいえ王都に住まわなくてはいけない俺と国の東の端にある小さな村と言う距離は一晩では辿り着かない距離があり、気安く会う事すらままなくなる。


「一年に一度ぐらいは会いにいくから……」

「何言ってるんですか。王となればよほどの事がない限りずっと王都暮らしですよ。

 王都から出る事はそれだけで大事です。

 ディック様はもっと王としての役目を理解しなくてはいけません」


何故か窘められてしまった。

確かにそうかもしれないけど、ひょっとして会いたいとか思われてないとかと不安になってしまうも


「もし次にお会いする事があれば、それは王のお役目を終えた後になります。

 ずっと遠い先になりましょう。

 もしその時にまだ憶えてらっしゃれば一度ぐらいは会いに来てくださいまし」


ぽろぽろと胸元で涙を流す彼女の決別の言葉に俺は強く抱きしめる事しか出来なくて、だけど思いはそこで止まる事は出来ずに指先でリーナの唇に触れてしまう。

ぴくりと震える体だけど腕の中でじっとしている。

柔らかな唇には化粧を施してなくても淡い可愛らしい淡い色に吸い込まれそうで、長い別れになるだろう悲しみの瞳のリーナと視線が合えば、後はただ真っ白できっとまともに働いていない頭がゆっくりと閉ざされる瞳に応える様に唇を重ねていた。






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