西へ、東へ、
サブタイトルはファイル保存の為に適当なタイトルを何時も付けてます。
今回は「あのち~へい~せ~ん~」
内容に関係ないどころか、どんな内容なのか予想できない状態になってますよ。
あの事件から3日馬車に揺られてようやくエレミヤ領へとついた。
サファイア曰くあと一回馬車を変える予定だったが、あのような事態に会うのは嫌だとお互いの相談の結果サファイアが不慣れな道を馬車で走ると言う結果しか残らなかった。
夜は危ないから森の中に隠れるように夜を過ごし、昼間の間はひたすら走ると言うお馬さん達には苦行の行程となった。
俺はその間役立たずでサファイアの話し相手になったり、惰眠をむさぼったりとほんと役立たずだった。
そんな3日の後に森の高台から開けた街並みに俺は目を見開く。
「ごらんなさい。これがエレミヤ領。
国を沈めた王女の嫁ぎ先の地…」
穏やかな海岸線と溶け合せるかのような青空。
白い雲にキラキラと光る水面に飛び交う海鳥たち。
そして
幾筋もの黒い煙がたなびく街並み。
「領民にここまで恨まれるとは…」
さすがのサファイアも絶句だった。
「ですが、ここで止まっていても仕方ありません。行きましょう」
ピシリと馬に鞭を振るって走り出せば町から離れた大きな、今も煙をくすぶらせる屋敷へと向かう。
「あそこが?」
「ええ、エレミヤ領エレミヤ本宅。
白い大理石の美しい屋敷だったのに…」
苦痛を伴うかのようなその表情から視線を反らせて初めて見るエレミヤ本宅の煤けだった最後の姿を眺めていれば、行先は屋敷へとは向かわない。
「少し外れた所の店で前の家令のアルターと落ち合う約束をしています。
ただ、かなり遅れてしまったので無事かどうか…」
屋敷に向かう道を大きく外れどんどんと海へと向かっていく。
途中いくつもの家が燃え尽き、きっと明るく賑やかだっただろう街並みはどこか虚ろな人たちであふれていた。
そして…
「ブルトランの兵です。隠れて」
サファイアの声に馬車の窓のカーテンを引いて頭から毛布をすっぽりとかぶって寝たふりをする。
勿論毛布の中には盗賊を切りつけた時の物騒な剣を隠して。
ぽっくりぽっくりと緩やかな足並みでブルトラン兵とすれ違うもまた新たなブルトラン兵。
窓の隙間から外を伺えば戦争の勝者は堂々と戦利品を奪い取っていたようだった。
「サファイア!」
「今は敗者として耐えなさい。
それよりもこの光景をよく見ておきなさい。
私達が勝者となった時…このような景色を作らない為に何をするかを」
厳しい声に俺は息を呑む。
敵討ちが叶ったとしよう。
その時はきっと一人ではないと仮定しよう。
仲間はよしとするも自称友人、自称仲間が発生するはず。
対応によっては俺達を敵として殺しに来る人が居るはず。
そしてその連鎖。
「今はこの光景を脳裏にしっかりと刻みなさい」
お年寄りがやめてくれと手を伸ばして取り返そうとするもブルトラン兵は戦利品を高々と掲げて年寄りを蹴り倒す。
サファイアは耐えろと言ったが…あの時のように飛び出せないのはきっとその老人があかの他人だからだろうか。
気持ちは膨らむも、結局声をかけるどころか見ないふりをして通り過ぎてしまったいつも通りのダメな俺に乾いた笑いだけが零れる。
サファイアには聞こえてないのか、ガラガラと回る車輪、ぽくぽくと馬の蹄が響く馬車の中から町を眺めながら港へと抜けて行った。
ある煉瓦造りの町並みの一角で馬車を止めて、窓のない、どこかバーの様な雰囲気さえある木製の扉をノックする。
「こんにちは。船の時間まで食事は出来るかしら?」
何の気兼ねのなさに入っていけばそこには老人がカウンターの中でグラスを磨く作業をし続けているだけ。
「こんな御時世だ。簡単な物しかできないよ」
グラスを置いてフライパンを取り上げた老人に
「かまいません。この子に何か適当にたべさせてあげて。
あ、そうそう。
こちらではアルターと言う銘柄のワインは置いてあるかしら?」
聞けばおやじは溜息を零して床を二度ほど蹴る。
そして店の奥へと続く扉を開ければ
「すばらしい!これは見事なワインセラー。
少々拝見しても?」
「どうせ閑古鳥だ。食事ができるまで見ても構わんよ」
「ならばちょっと失礼して。さ、あなたもおいでなさい」
「ワインは…」
ワインよりも焼酎か日本酒。できたらビールがいいなと未成年ながらにじいちゃんの晩酌に付き合っていた身としては、あのほろ苦いよく冷えたきつい炭酸を思い出してはつばを飲み込んでしまう。
だけど、そんな物は知らないサファイアに引きづり込まれるようにワインセラーに連れて行かれて…デジャブ。
いや、ちょっとまて。
こんな状況ちょっと前になかったか?
考えるよりも反射的に抵抗するように足はワインセラーから逃げ出そうとするもそれでびくともするサファイア様ではない。
俺の抵抗虚しくずるずるとワインセラーの奥に連れ込まれれば
「もうちょっとおとなしくなさい。ワインたちが驚いて目を覚ましてしまうではないですか」
「なにそれ?!ワインが目が覚めるってどういう意味だよ!!」
想像するのはワインカラーのスライム。
ぶよぶよな体に丸のみで吸い込まれてそのまま消化される…王都でもうちの庭にも時折見かける事のある一般的かつ最弱のモンスター。
ただし食べられるとトラウマ間違いなしの視覚的恐怖のモンスター。
なんせ半スケルトンの体の中で消化されていくお食事達。
雑食だがたまにお肉を召しあがったスライムと遭遇した時は夢に見るほどのショックがある。
まぁ、消化スピードが速いし、消化中のスライムは姿を隠すから滅多に出会う事はないのだが。
学部るしながらそんな想像をする合間にもサファイアはどんどんワインセラーの奥へと向かう。
と言うか…
「なんで床が地面に…」
抵抗は無駄だと分かって自分の足で歩くようにして気が付く。
ヒヤリとした空気に天井を見上げればそこはくりぬかれた洞窟のような、所々支柱を張り巡らして崩れない対策もしている。
「ここはかつて私が掘り進めた天然のワインセラーです」
いつの間にか手を繋いで案内するサファイアを見上げながら
「じゃあ、さっきの人。ひょっとして仲間?」
聞くも
「とは言い難いでしょう。恩は有れど関りたくないと言う態度は見てわかったでしょ?」
「そりゃそうだけど」
「それに今の私達に関わったらどんな目に合うかここに来る途中で理解できるでしょう。
私達としても今は関ってほしくないのであの態度の方がありがたいですね」
「だけど…」
思わず尻すぼみになってしまう言葉を最後に、でも無言は続かない。
「で、この洞窟はどこにつながってるの?」
「この近辺の酒場に…商業ギルド、特にお酒を扱う飲食店のギルドに参加する店たちが総て共用してます。
その中でも元締めをする本部へと今は向かっています」
「ギルド…本部?」
「このギルドと言う組織自体はかつて私がアルカーディア国へと使節団の一員として向かった折に学んだ組織です。
それまでは王が居て貴族が居て、その下に平民が居て。
暮す領土の領主の指図に従い、町長、村長が支持すると言うのが一般的でしたが、小父様に試験的にギルドと言う平民が平民による平民の為の組織運営をして自立を促す事業として提案させていただいたものです。
今までは領主による指示の下、ただ言われるままになってみな平等の生活を与えられていた、言い方は悪いけど家畜と言っても間違いない暮らしの改革ですね。
お互いが競争しあいながら、でもお互いが監視する事で不正を見抜き、そして頑張った分その見返りが手元に来ると言う…最初は諍いもありましたが今では何とか形になり、実験としてこの商業ギルドを作りでしたが、今では見よう見まねで幾つものギルドが誕生しました。
まだ改革の余地のある実験だったのに…惜しいですね」
きっとブルトラン国の属国としてこのギルド運営は消え去ってしまうと言う結果にだろうか。
共産主義から民主主義に代わりようやく成果が現れ出したと言うのに実に惜しいといった所。
映画や小説でもよく見るギルドと言う言葉に一瞬ときめいたけど、まだ手探り状態の組織運営に自立できると良いなと、文化はもちろん生活の暮らしの部分でも発達の遅いこの世界の行く末に不安は尽きない。
「さて、着きました。
後はこの扉の向こう側にブルトラン兵が居ない事を祈りましょう」
言いながらドアを開け広げた場所は倉庫の一室だった。
「居ないね」
「私とした事が二重の対策をしていたのを忘れました」
ワインセラーのその奥につながる洞窟と言うようにどの店もワンクッションを置いての洞窟になっているのかと思うも、今度はちゃんと扉に耳を当て外の音を聞く。
隙間から外を覗くように開ける辺り、ちゃんと覚えていて俺を驚かせようとしていた事に少しだけ腹を立てた。
だけどそんなことお構いなしにそっと扉を開ければブルーを基調とした室内には一人の年齢を重ねた身ぎれいな男性が居た。
雪兎は初対面だけどリーディックは知っている。
「げ、アルター…」
反射的に言ってしまうのは共に屋敷で過ごしていた出来事の積み重ねだろう。
「坊ちゃま、よくご無事で」
涙ぐむアルターに俺はサファイアへとどうすればいいか視線を向ければ
「アルターこそよく無事で。
再会は嬉しいですが、準備は滞りなく?」
「はい。できればすぐにでもお急ぎを。
今日の便で港はしばらく閉鎖されます」
「間に合ってよかった」
心から安堵するサファイアから視線を外し、もう一度アルターを眺めれば違和感が。
「随分やせたね」
ビア樽の腹はだいぶ小さくなり、いつも身なりをきちんとしていたはずなのに、その靴には泥がついている。
リーディックから引き継いだ記憶の限りではもっと貫禄のある人だと思ったのだがとその腹を見ていれば小さく苦笑。
「私も年を取りましたし、お屋敷で庭仕事をさせていただいて痩せたと言うより締まったと言って欲しいですね」
笑みを崩さず言うが、首周りの合わないシャツ。そして痩せたならズボンもすぐに新調できるぐらいには給料をもらってるはずなのに変える事の出来ない理由。
数年にわたると言っていた戦争に文字通り身を削って領民に嫌われていただろう母上を、そして母を守るエレミヤを守っていたのは語るよりも明らかだ。
「坊ちゃまも随分と変わられたご様子。
ハウゼル様、マリク様に引けも取らないほどご聡明になられた様子。
アルターは嬉しく思います」
「当然です。この数か月ほど毎日私が躾させて頂いたのですから」
むんと胸を張って言うサファイアにいつ躾けられたんだと俺はただ苦笑を零すだけで。
「はい。坊ちゃまからお世話を頂いたと言うメイド達がこの港から旅立つ時、屋敷の方に足を運んでいただいた折に聞きました。
わざと高価なブローチを壊して結婚資金に充ててくれて本当にもったいないくらい幸せだと。
ああ、他国に仕事を求めて行ったメイドが笑ってました。私には本を書く才能があるのかもと。
それに別のメイドが船を待つ間にたまたま作った料理が外国の貴族の目に留まってそのままその貴族のお屋敷に仕える事になったとか。
別れ際に手にしていた刺繍が見事でお針子の仕事が見つかった娘が居たり、なかなかの知識を持っていた娘が貴族の養子になったとか。
なかなかどうして坊ちゃまと繋がりのある娘達はこうも幸運に恵まれてるのやら」
まさかの彼女達のその後の話に驚きに目を見開いてしまえばサファイアの手がそっと肩に乗せられる。
「彼女達の未来が楽しみですね」
笑みを浮かべるサファイアの瞳は本当い優しい物で、だけどすぐにいつものどこかきつい印象を持つ視線に戻る。
「さ、ここから港はすぐそこです。ギルドに迷惑がかかる前に行きましょう」
旅の間にすっかり地味な姿になった俺達はどう見てもちょっとした良家の姉と弟ぐらいの姿に変わっている。
そして旅疲れた姿もあいなって、馬車の窓からのぞいた人達と変わらない雰囲気になっていた。
「ではアルター。ごきげんよう」
短いサファイアの別れだけど俺はしばらくの間アルターを見上げ、そして痩せ細った腹に突進する。
「どうか生きて」
判れともいえないような短い言葉を落として振り向きもせずサファイアの後に続いて部屋を出る。
外で待機してくれていたのかサファイアの知り合いらしき男性が船に乗るまで護衛に着いてくれるらしく、俺達はその場を去る事になった。
だけど耳がアルターの声を拾う。
すすり泣くようなそんな嗚咽。
堪えていたような別れの場の止めを刺したのはたぶん俺だ。
だけどリーディックだって知っている。
誰も叱る事のなかった屋敷の中で唯一叱ってくれた人。
怖いけど誰よりも心配をしてくれた人。
別れを選べなかった言葉はたぶんリーディックの思いだから。
きっとまた会えると信じての言葉は未来が限られているアルターにとっては守る事の出来ないつらい言葉だっただろう。
振り切るようにその場を後にすれば昼でも賑やかな酒場にでる。
そして一瞬沈黙が走り、じろじろと見られるのもお構いなく胸を張って歩くサファイアを見習い、その後に続く。
途中水をかけられたり、パンを投げられたりするが、案内する男が小さな声で「悪く思わんでくれ」と謝罪にもならない謝罪をしてくれた。
別にそれぐらい構わない。
疫病神が出て行くのだから道を開けてくれるだけでいい。
案内する男が慎重に外を見回してから外へ出るように促してくれる。
人気のない路地に出て、人の目をかいくぐるように港へと向かう。
潮の香りからもすぐそばだと分かれば案内は足を止めて俺達が乗る予定の船を指さす。
「あれだ。アルターさんの言葉通りブルトランの兵士の入る事の出来ないフリュゼールの国の船だ」
「ありがとう。ここまでで結構」
言ってサファイアは小さな袋を手渡す。
男はしかめっ面をして
「あんたには恩もある。俺がここまで成り上がれたのも半分あんたのおかげだ。
本当にこんなガキ連れて逃げなきゃいけないのかよ」
男はサファイアの手を掴んで
「俺が、あんたぐらい守って…」
「私より弱いくせに。笑わせるつもりですか?」
くいっと口の端を釣り上げて男を見上げる。
男は少し気圧されたようにわずかにのけぞるが
「女が子連れで何の保証もない外の国で中暮せていけると思ってんのかよ」
腹の底から唸るように言うが
「思ってますよ?
当然でしょ。私ほどの優秀な魔法使いなら各国垂涎の的なのをご存じ?
それに全く当てがないわけではないのです。
なんせ宮廷魔導師として各国を訪問した折には各国の王族貴族に名前は売って来たつもりですから」
驚き目を瞠る男に笑みを向けるも、もう片方のその手はその男の頭を引き寄せて抱きしめる。
「心配してくれてありがとう。だけど、これは私の義。
すべて捨てた以上あなたの優しさに甘えるわけはいかないの。判って」
言ってその頭を離し、繋がっていた手を押し返して俺の手を取り船へと向かう。
当然周囲にはブルトランの兵が居て、俺達を取り囲むも、サファイアが出したチケットといつの間に作っていたのか彼女と俺の偽身分証明書を見せて船へと乗り込む。
船の乗組員にチケットを見せて無事乗り込めばデッキから初めて訪れたエレミヤ領を海側から見渡す。
港にはふらふらと出てきた案内人の男が名前を呼ぶ事も許されない代わりに一生懸命手を振っていた。
「いいの?あんな優しい人捨てて」
戻れるなら構わないと遠回しに言えば
「彼はハウゼルがこのエレミヤ領に滞在してる間のお付の者なの。
幼馴染の私がハウゼルにここに連れてきてもらった時に知り合ったのですが、それだけなのです。
なのに、思い込みの激しい人ですね」
ちょっと困った人と言って笑うあたり随分と悪女だなと思うが
「ハウゼルが居なくなった程度で私が学問の習得も魔法どころか剣を学ぼうともしない愚か者に興味を持つとでも本当に思ってるのかしら」
訂正。
これはいわゆるストーカーの一種で、サファイアはただ迷惑をしてるだけの人だ。
怯えてない辺りが彼女らしいのだが、鬱陶しいと思ってはいるようで手を振る彼へと手を振りかえす事もなく船内に入って行ってしまった。
俺もつられるように船内に入っていくが、ちらりと見た男は最後まで手を振り続けて、そして俺を子供相手にすごい視線で睨んでいた。
思わず先を行くサファイアの後ろに駆け寄って沈黙のまま広い船内を客室まで動悸を抑えるように歩いた。




