頑張るなんて無理!
今週奇跡の二度目のアップです……
ほんと遅くてごめんなさい。
冬の厳しさを乗り切る為に鍛え上げられた肉体は俺の一撃すら容易く受け止め、俺よりも大きな体から力を乗せて容赦なく払いのける。
エンバーとも違いランとも違う戦い方に転びそうになる足元に追い打ちをかける様に切り付けてきた。
驚きのまま流れに逆らわず無様なまでにも転びながら何とかしてその場から離れて立ち上がる。
素直に驚いた。
一国の王がこんなにも強いなんて聞いたことないぞと思うも良いも悪いも見本がすぐ後ろに居たなと、この世界の王様は椅子にふんぞり返っていればいいわけじゃないのかと妙な関心をしてしまう合間にニ手三手と切り結ぶ事になる。
と言うか地味に強い。
俺にはない強い力を乗せての一撃一撃が重くてだんだんと手がしびれてくる。
剣を握っている握力が段々と麻痺してくる。
あれほど魔物を仕留めてきたと言うのに勝手が全く違う。
思う様に剣が振れなくて、戸惑いさえ浮かぶ中で
「ルゥ姉、どういう事?
なんでディはここまで来て人を殺した事がないの?」
剣戟が響く室内でランの質問が静かに響き渡る。
「人を殺した所は見た事あっただろ……」
ブレッドの声がすぐさま否定するが
「剣で人をって事だよ。
魔術じゃ全然違うから。
魔物の命でもじゃなくてって意味でだよ」
返答にルゥ姉は沈黙を通していた。
だけど剣を交えている相手が剣を通して理解する。
「我が前に立つと言うのにまだ剣で人を殺した事がないのか」
ニヤリと笑うブルトラン王の顔に勝利を見付けた狂気の喜びが浮かぶ。
寒気を覚えるその笑みに本能は守りと逃げに入ってしまうように足が勝手に後ろに下がってしまった。
怖い
改めてこの男をそう評価してしまう。
目的の為に、愛する人の為に国を人を容易く壊して殺すのもためらわなく死にまみれた男に何を勝つ気で居たのかと心の中の弱い俺が悲鳴を上げる。
本能からの拒絶
なんとなくわかってしまった。
母は愛に溺れたと言うわけではない事を。
多分だがこの男の許に嫁ぐ事は決定だった事は王族なのだから承知していたはずだ。
だが実際に会ってこの男の内に住まう狂気と本性に逃げ出さずにはいられなかったのだろう。
国の関係が悪化する事になっても母はこの男の狂気から逃げ出すために愛に溺れた女の役を演じ、良き母良き妻そしてたった一人の男に愛を捧げる女の役を演じきったのだろう。
騎士団を、そして国を動かして、国を滅ぼしてまでもこの男を拒絶する理由がわかってしまった。
最終的に母の訴えを呑み込んでしまったハウオルティアが最後まで拒絶した呪いと言う物で形作られた男の本性を!
悍ましい
遠めに見た事はあるが、こうやって剣を交えて会話を重ねれば重ねるほど恐怖に身体が心がすくむ。
決して剣で切り付けられていると言う恐怖ではなく、男の纏う総てから逃げろと本能が今も訴えていて、こんな初めての恐怖に本能に任せてとにかく逃げる事にする。
そうなると場の空気がブルトラン側に流れて行く。
よろしくないのは判っている。
だけど足が前に進まないのはどうしようもなくて持久戦に持ち込むようにと逃げ回るも体力を消費するのは俺ばかり。
なんなんだと戦うには広いとは言い切れない玉座の間を走りながらブルトラン王の持つ剣が不意に怪しく光った。
魔剣……
柔らかな金で作られた豪奢な装飾が施され、大きな宝石すら幾つもついている実戦向きではない剣。
何だ?
何の効果を……と考えた所で理解が出来た。
この薄気味悪い正体を!
力いっぱい剣を振り回してブルトランの王と距離を取り肩で息をしながら
「随分立派な剣を持ち出してきましたね」
ニヤリと笑ったのはブルトランでなくランだった。
まるでやっと気づいたかというような顔を視界の端でとらえれば正解を見付けて心に余裕が生まれる。
「代々我が冬と氷に閉ざされたブルトランを治めるに当たり受け継いできた魔剣。
ハウオルティア最後の王という役目のお前にはこの剣の錆びになるにふさわしい存在だからな」
当然と言う様に言う言葉にこの男も剣が持つ効果を知っていて使用している。
「フリューゲル王への暴言と言い、剣の相手を畏怖させる効果を持つ剣を使うといい、ほんとあんたせこい王様だな」
「さて、なんの事だか」
良く出回る魔剣の大半が力を向上させる効果なり属性効果の付与されているが、この剣においては相対する者の心を揺さぶるような効果を持つ弱体化を狙ったもののようだ。
毒だったり痺れたりとか判りやすい物でなく、肉体的にではなく相対する者の心を恐怖に陥れ、そして本当の実力を悟られる事無く本当の実力も出させず、相手を強く大きな存在と見せるたぶんそんな効果。
気付かなかったらやばかったよなーと気づいても俺の心に作用する辺り相当性質の悪い剣だが、対策はとれる。
恐れるなと心の中の俺が両腕を振りかざして応援してくれれば後ろばかりに進む足は辛うじて踏みとどまる事は出来る。
「いいや、ただの想像の話し。
貴方は俺の母のお披露目の時にその剣と類似するような何かを持ってたんだろ?
例えば心を奪うような、たとえば魅入るような何かを」
ざわりとざわめき立つこの場に氷の男は無表情のまま
「当然だ。
我が王族は力ある石の力を増幅させる能力のある一族。
その力をもってあの極寒の地を治め民を導いてきた一族が使って何がいけないのか?
その力を使ってなぜ友好国の結婚相手に、いち早く我が国に来てもらう為に心を動かすのは当然だろ?」
至極当然と言う言葉に誰かの息をのむ音がやけに響いた。
「本当ならそのまま連れて帰らなければブルトランはすぐに雪と氷に閉ざされてしまう。
共に来てもらわないとまた一年の時間を有する事になる。
だと言うのにあの男が、古い王家の血を引く一族のたかだか公爵家の男に奪われるなど言語道断!」
気迫迫る勢いに力いっぱい振り下ろされた剣を受け流さなくてはいけないのに、一瞬すくんだ心が思わず受け止めようとしてそのまま剣を弾き飛ばされてしまった……
そのまま流れる動作のまま喉元に剣を突きつけられ、歪に笑ったかと思えばゆっくりと懐から取り出した長い鎖の付いたペンダントを俺の首にかけた。
なんだ?
冷たい鎖が首にまとわりついたと思った瞬間、吐き気と眩暈に襲われて何かの呪いと気づいた。
同時に眩暈が起きて視界が定まらないぐるぐるとまわる世界の中、ぺたんと膝が崩れ落ちた。
俺を見守る人達が次々に俺の名を懸命に呼ぶ中から一つの美しい声を聞いた。
瞬間視界が定まり呼吸が楽になった。動悸と眩暈が収まれば、一瞬で吹き出した嫌な汗だけが服を湿らせていた不快感だけが残った事で誰にも気づかれないように安堵の溜息を落した。
ああ、また助けられた……
感謝する顔を悟られないように俯いていればブルトランは俺から剣を引き
「お前には我が娘と子を生してもらう。
そしてグローリアがこの地に再び生を受ける姿を見せてから殺そう。
ああグローリア。
今度こそあなたが愛したこの地で我らが王国を築こうじゃないか……」
耳を疑うような言葉に周囲を見回せば、それが目的だと言う様に壁際に立つブルトランの兵は俯き加減でこのふざけた目的にただ押さえつけられるかのように従がい、玉座の背後で待機していた宰相はそのまま奥の部屋へと下がってしまっていた。
そんな馬鹿なと言うか
「何てふざけた狂言の為にあなたは二つの国をそしてロンサールさえも沈めたのですか!」
俺の心を代弁するかのようにルゥ姉が叫べばブルトランはニヤリと笑い
「それが王に許された特権と言う物だよ」
「そんなわけあるか!」
クロームでさえ叫ばずにはいられなかったようだ。
「だがな、ハウオルティアの王は私の言う事を理解してくれる。
そうだろ?
我らは手を取り合って、助け合って隣接するウィスタリアと言う強国への対策に、名もなき国の鎮圧に我が武力を、そして恵み少なき我が国へ施しを。
そうやって手を取り合いながら何百年と共に過ごしてきたのだ。
もはや一つの国としてなんの不都合がある?」
俺から叩き落とした剣を拾い上げてもう一度俺にその剣を手渡し
「躾の行き届いてない配下は王である君がお仕置きしなくては、ね?」
ゆっくりと顔を上げれば首にかけられたこのペンダントを一撫でしてから肩を軽く叩かれて行けと命令する言葉を聞き一歩足を踏み出せば、この石が持つ力を理解してか誰もの顔が青ざめて行く中
「つまり、貴方は滅びゆくこの二つの国と共に沈むと言うのだね」
ランの言葉を詰まらないと言う様に見返すブルトランの王。
「因みに僕にはそんな呪いの剣なんて怖くないよ。
ハウオルティアの王が負ければ僕が貴方を殺し国を滅ぼすだけ。
ハウオルティアの王が襲い掛かってくれば倒して貴方を殺す、ただそれだけ。
これは貴方には死んでもらうと言う決められていた予定調和と言う奴だからどのみち貴方はここで終わりだ」
眉間を狭めながら
「そんな刃もない棒切れで私を殺す?
笑わせるな」
ふふふと笑うブルトランに合わせてランもふふふと笑う。
「刃もないから死ぬ時はものすごく苦しむ事になるから覚悟しろ」
貴方の部下のように気絶だけじゃ終わらせないとニヤリと笑えばブルトランの王はそれが単なるおどしでなくただの事実だと言う事に気づいて顔を歪め
「まずはあの醜い化け物からだ。
殺せ!!!」
そんな指示に俺は剣を構えて
「何度も助けてもらった人に剣を向けるなんてできるわけがないだろう!!!」
振り返って俺は力いっぱい剣で薙ぎ払った!
鎧を容易く貫いて大量の返り血を全身に浴びる事になったけど、それを気にする事もないほどの怒りが声となって俺の口から迸る!
「うおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!!!」
獣のような雄叫びにもう一度剣を振り払ってブルトランの持つ剣を叩き折りながら再度その体に剣筋を刻み込みつけ、更に首にぶら下げられたペンダントを鎖を引きちぎって床に叩き付けて剣で中央に嵌められた大粒の石を砕いた。
パキン……
涼やかな音と共に台座の内側に刻まれた魔法陣にこれがブルトランと言う一族が民を導いた、もとい。
民を隷属させてきた証なのだろう。
「ルゥ姉!」
台座を剣でゴルフのようにルゥ姉に向かって打てばエンバーがオスヴァルトの顔面にあたる直前でキャッチしてくれた。
オスヴァルトでなくとも俺も良かった……と、慣れない事はするもんじゃないと改めてほっとしながらも深手の傷を負って膝をつき、剣を手から離し呼てまともに吸も出来なくなっている男に剣を向ける。
「俺の勝ちだ」
忌々しげな顔で俺を睨み上げるブルトランの口から血が溢れるも俺は動じずに眉間に剣を突き付けていた。
「我はまたしてもエレミヤに負けるのか……」
「人を強制的に支配しようとする人間に反発するのは人間の当然の防衛本能だ。
まして隷属するような奴からは逃げるのは当然だろ。
母がそうだったようにだ!」
眉間にこれでもかという深い皺を縒らせる顔に向かって
「ブルトランが石の力を引き出して増幅させると言うのならハウオルティアの力を考えてみた。
豊かな恵の大地、この地での集結、何よりこの環境に誰もが希望を、未来を望んでいた!
それこそがハウオルティアを象徴するものだとするのなら、隷属させられただ従うだけの運命なんて拒絶の一択だ!
ハウオルティアの王族直系の血の母なら反発するのは当然だ!
国を沈める事になってもブルトランに、誰にも屈しないそれがハウオルティア王族の誇りだ!」
何を隠そう母の両親は従兄妹同士なのだ。
王家の血を守る為にとかよく聞くパターンを地で行く血縁関係は父親でさえ王家の落し種と噂されるのが子供の耳に入るくらいの公の秘密なのだろう。
ブルトランを毛嫌いするのは母にならって当然と言う物か。
王族へのやっかみ、公爵家への嫌味に真実はもう誰も判らないかもしれないが、俺に本当にハウオルティアの正しい王族の血が流れているとするなら、到底ブルトランななんて受け入れる事なんてできない。
「まさか、グローリアに早く来てほしくて、早く貴女の為に建てたあの城を見てほしい為に使った宝石のせいだとは……」
クククと笑うたびに口から溢れる血に染まるブルトランが
「そなたの勝ちだ。
殺せ」
目を閉じて自らの最後を決めた男はただ静かな笑みを浮かべるだけ。
策に策を重ねれば重ねるほど拒絶される運命にすら気付けずに国を滅ぼし、自国すら崩壊させてしまった男はこれがケジメだと言う様に身勝手にも殺せと言う。
俺は眉間に当てていた剣をゆっくりと下へと移動して首筋に刃を当てる。
ランからもらったこの剣はブルトランの見事な鎧でさえ紙のように切り裂いていた。
反射する刀身は鏡のようにブルトランの姿を映し、ゆるゆると刃を押し当てて行く。
眩暈がする。
これから自分の手で人を殺そうとしている。
血流だけが耳音で大きくなって、走ってもないのに乱れるように息が上がって行く。
ただ剣を持っているだけなのに手が震えて、視界が歪んでいく。
やってはいけない!
ユキトが培った常識が理性となって体が石のようになって動かなくなってしまった。
何時までも殺されない事にブルトランはゆっくりと開いて行く瞳に映った自分の姿を見て理解した。
人を殺す恐怖に怖気づいて震えあがっている自分の姿を見てしまって俺は剣を捨て去っていた。
「あああああああああっっっっっ!!!!!
人を殺すなんて出来るかあああっっっ!!!!!!」
気が付けば声を上げて泣き叫んでいた。
この展開は予測できなかったと言わんばかりに冬のような氷の瞳がこれでもかと驚きに見開いていたがそれすら構わず俺はぼろぼろのブルトランを掴みあげ
「何で俺があんたを殺さなきゃいけないんだよ!
殺さなくて済む方法だってあるだろ!
殺す理由って一体なんなんだよ!
殺さなくて済む方法を探す事こそ俺達は始めなくちゃいけないんだろ!
殺してお終いなんておかしすぎるだろ!!!」
ブルトランに向かって吐き出すように問うも応じた声は背後から静かに言う。
「それでも殺さなくちゃいけないんだ。
戦争の結末は張本人達で責任を取らなくてはいけない。
この戦争の総ての恨みを背負う者こそ新たな王となる者の務め。
夢描いた国の生い立ちと言う物は奪い合って殺し合って滅ぼし合って初めて得る物だから。
混乱の中で絶対の勝利者と恐怖者として民を従え、総てを失くして生き残った者の為の恨みを買う事で罪なき民を生かす餌にならなくてはいけない。
王となるからには、戦争が生み出した負の感情さえ受け入れて責任を取らなくてはいけない。
だから、まずは勝ち負けをはっきりした形で知らしめる。
それにはハウオルティアはブルトランを殺す事で初めて形として世界に知らしめなくてはいけない」
投げ出した剣を拾い上げてランは俺の手に剣を握らせる。
何言ってるんだよと頭が真っ白になる中、ランの手によってブルトランの首筋に再度刃を当てる。
「これ以上命を弄ぶと言うのは王に失礼だ。
怖いのなら目を瞑ればいい。
目を瞑って剣を引けば既に大量の出血をしている彼の命は時間の問題。
彼も王だ。
今も相応の覚悟をもって無抵抗と言う恥を曝している。
王と名乗るのなら覚悟を決めろ」
無理だ。
むりだ。
ムリダ。
ムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリ……
「覚悟何て決めれるか!」
「それでもやらなくちゃいけない事だってあるんだ!」
「自分が出来るからって俺にまでやれって言う理由にはならないだろ!」
「僕だって殺したくて殺してきたわけじゃない!
何時だってみんなに生きて欲しいと願っているからこそ僕はなんだってできるんだ!」
「だからってそれが殺す理由になるわけないだろ!
王家の血筋だからって、中身が別人で実年齢プラス18だからって、転生して人より知識が豊富だからって思ってるかもしれないけど、みんなお前が今更だなんて思ってるかもしれないけど人殺しだけは頑張ったって出来るかよ!!!
この手で人殺しだけは!!!
人を殺す為の頑張るなんて俺には絶対無理だ!!!」
握らされた剣を再度床に叩き付けてその手でランの襟首を引き寄せて鼻水垂れ流しで泣きじゃくりながらその胸元に頭を押し付ける。
もう無理だ、これ以上はどうしてもできないと……
散々魔法で人を殺して来たくせにと今まで魔法で殺してきた誰かが俺に囁くも、直接人の命を、この手で断ち切る感触に触れる事が出来なかった此処が俺の限界だった。
大量の出血に顔を真っ白にしながらも呆然とした顔で俺を見上げるブルトランの王。
ついに言っちまったかというようなブレッドとジルとルゥ姉。
わけのわからない言葉の意味にざわつく周囲の中音もなく一人の影が近寄って来た。
「そうです。
ディック様が頑張る必要なんてないのです」
リーナだった。
ランの胸元で泣きじゃくりながらも優しげな彼女の声に俺は頭を上げる事が出来ない。
「本来なら、これは私達の問題なのですから……
ディック様がここまで心を病めてまでの問題ではないのです」
カタリーナ?
ランの声が頭上でその名前を紡ぐ。
しがみつく俺を押しのけようとするランに突き飛ばされた所で俺は何が起きているか、目の前の出来事を理解できないでいた。
タイトル回収回でした。
転生しても最後の一線だけは越えられない主人公の叫びでした。