白の国の物語
ブックマークと評価ありがとうございます!<遅!
週一のかなりゆっくりな旅ですが、終わりも何とか見えてきたのでどうぞお付き合いください。
ランもケーキも食べ終わり、揃って装備の点検をしていたり、大きな予定の変更の為に物資の移動もしたり、逃げてきた国民の皆様を保護したりと瞬く間に時間は過ぎて行く。
ブレッドもフリーデルに呼ばれて作戦会議に参加する中ランは一人テーブルでうとうとしてた。
その度にブレッドから「まだ寝るなよ」と叱咤が飛ぶ度にびくりと体を震わして頭を上げているあたり瞬間的にオチては覚ますのを繰り返しているようだ。
さっきの一戦はよほど体に疲労を与えているようで、あれだけの食事でも身体の調子を戻すには足りないようだった。
少し空腹を覚えるものの、命の危機を覚えるほどの飢餓状態ではない。
限界をいまだに覚えていて一人苦笑。
まさかイゾルデのところに置いてあった食事を出来上がってた分とはいえ全部持ってきても足りないとはなかなか言い出せない。
とりあえず知らない人ばかりの場所で不安だけど大人しくしてるしかないと眠気と戦うしかないと諦めていた。
背後にはアウリールが居るから安全は保障済みというか、ドラゴン相手にケンカ売ろうとする勇者はさすがに居ない。
再度うとうとしかけたそんな時、一人の少女が勇敢にもランの目の前に現れた。
「お久しぶりです。レツ……
ではなくフリューゲル王陛下でしたのね」
どこか泣き出しそうな、でも無理やり作った笑顔のリーナの顔を見てランは笑みを浮かべた。
「僕も最初は目を疑ったよ。えーと……」
「今はリーナと名乗っています。さすがにあの男の娘とは言えないので」
「だよね……」
ランはリーナに椅子を進めたものの、途切れた会話に居心地悪そうにアイテムボックスから少ししなびたリンゴを取り出し、器用にナイフで切り分けはじめた。
「どうしてここにって聞いてもいいのかな?」
リンゴを食べる間だけお話ししましょうと言う誘いに、リーナは少ししなびてパサついたリンゴを一口かじる。
瑞々しさもなく、甘さも抜けてしまったリンゴだが、この空気にはふさわしいと言う様に口の中に広がる砂のようなリンゴの居心地悪さ加減はリーナの心情を表していたような気がした。
「フリュゲール滞在の後、一度は国に戻りました。
ですが、戻ってすぐ父にお役目としてハウオルティアへ赴く事になりました。
そこからはロンサールの獣暴の乱の発生地に近い場所にいた事もあり、命からがら逃げて何とか落ち着いたり、ロンサールの国境あたりに移り住んだりしたりとしている間にディック様とルーティア様にお会いしました」
詳しい事は言えない。
あの時を向き合う勇気はまだ時間が私には必要だ。
あの時あなたが私を追い返さなければと恨みもした日も何度もあった。
だけどこれだけ敵対感情がはっきりしている相手によくもまあ娘を嫁に出したなと考えれるようになった今、あの日の恨みは筋違いな事を理解できた。
「遅くなりましたが、フリュゲールの滞在の間大変お世話になりました。
今も大切な思い出として心に留めております」
「そう言ってもらえると僕も気が楽になるよ。
顔も出さずに君を追い返したから……」
「いえ、先触れよりも先にやってきた挙句突然現れた娘に結婚しろと言われた陛下にはさぞ失礼だったと今でも反省してます。
追い返すのは当然でしょう」
恥かしそうに顔を赤めてしまう私は何故あの時結婚してもらえて当然だと思っていたのか今でも不思議で思い出すたびに顔から火が出そうになり、そんな私を見てあの日の事を陛下は笑い飛ばしてくれた。
「世の中っていくら勉強しても判らない事って沢山あると思わない?」
「はい。
使用人に傅かれる生活から傅く生活に変りました。
ですが、今の方がやりたい事やってみたい事知りたい事がたくさん増えて、一日があっという間に過ぎてどれだけ時間があっても足りません」
「確かに!
ほんと一日ってあっという間に終わっちゃう。
知りたい事ってすぐには判らない事ばっかりだし、いくら本を読んでも実際は全然違うし。
不思議な事だらけなんだよ」
目をキラキラして語りだそうとするランだったがいつの間にだろう、お互い3個ずつに切り分けられた3個目を食べてしまってて空になった皿を見て溜息を落す。
もう少しお話がしたかった。
いつかの、彼が誰だか知らなかった日の淡い思いを少しだけ懐かしく思い、だけど今側に居たい人とは違うと言う様に席を立つ。
「あれから私もお料理が出来るようになりました。
フリュゲールのお料理程ではないがぜひこの滞在中は食べて行ってください」
フリューゲル王に食べてもらいたいなんておこがましい願いだけど
「うん。楽しみにしてるね!」
満面の笑顔で言われたら期待に添わなくてはならない。
滞在中に彼に連れて行ってもらった店を思い出し、彼が好んで食べた料理を今ある材料でどうすれば近しい物に再現出来るか頭の中はいっぱいだ。
最近でこそ褒められたり、認められたりするようになって少しずつ勇気を持ち出したリーナは少しだけ興奮するかのように次の食事の為のメニューを考え直すのだった。
静かになったテーブルには未だに淡いリンゴの匂いが漂っていた。
瑞々しさも甘みどころか香りも少ない季節外れの物だがそれでも一緒に思い出と食べたリンゴは甘酸っぱさを含んでいた。
知っている女の子達とは全く違うタイプの彼女の顔を初めて見た時はボロボロと涙を流す泣き顔だった。
せめて滞在中はオルトルートで滞在してもらおうよとシュネルに言うも珍しく彼はきっぱりとランのお願いを拒絶したのだ。
珍しいと思うよりも怒りを露わにするシュネルの様子の方が心配になり、別の方法でせっかくこの美しい国に来たのだ。一つでも良い思い出をと学友にお願いして彼女の保護を願い出たのだ。
身分を教えず、そして経緯を教えなくても少しだけ困った顔の学友は彼女とその騎士を小さな家で歓迎してくれていた。
滞在中は彼らが色んな所を見せて回ってくれていた。
時々混ざっておしゃべりもしたけど、少しずつ彼女の顔が物珍しさに上気したり、そして互いの文化の差で嘆いていたりと言う表様を見せる頃になって帰ると言った。
帰ったらどうなるかなんてわかってるはずなのにこれもお役目と言って国を後にする姿を見送ればシュネルに「おせっかいだな」と笑われてしまった。
少なからず彼女には悪い印象を払しょくしてくれただけましだと忙しい日常に彼女の事を忘れかけた先のこの西の地で再会とはなんの悪戯だと言うのだろうかと言う物だ。
だけど元気で過ごしていた。
清潔な身なりと艶のある美しい髪が物語っている。
ディの側に身を寄せていたのなら安心だとほっとしていれば一人の女性がランを凝視していた。
少し童顔な彼女の年齢をランが計るには経験不足だがそう言う女の子にはちょっと年上のお姉さん位と思っていれば大体気を良くしてくれると言う言葉を信じて
「お姉さんもリンゴ食べる?」
さっきリーナにリンゴを食べさせたのを見て食べたくなったのかな?ぐらいにしか考えずに椅子を勧めた。
一瞬ためらいを見せるも彼女はどうぞと勧められた椅子に誘導されるようにふらふらと椅子に座る間にリンゴを取出す。
リーナの時みたいにという言い方はおかしいが、せめてもうちょっと美味しそうなリンゴを食べさせてあげようといくつかテーブルに並べてから、色違いのリンゴがあるのを思い出して何度か間違えながらも誤魔化すように説明する。
「このリンゴはね、ハウオルティアとウィスタリアの国境近い高い山かな?
その山頂近辺に大きな綺麗な湖が森に囲まれててね、ブレッドがああだったから少し休もうって降りたらその森はこのリンゴをいっぱい生らせてたんだ」
やがて見つけた色違いの黄色っぽいリンゴを見せてどうぞと彼女に差し出す。
「その森の中でも一本だけこの色違いのリンゴが生っていてね、その木だけあまりリンゴが付いてなかったからこの綺麗なリンゴを1個だけ貰って来たんだ。
鳥や他の動物達もこの色違いの美味しそうなリンゴ食べたいだろうしね」
彼女は両手で恭しく受け取った所でランはぎょっとする。
突然涙を流したのだ。
「え?あの、おなか痛いの?
それとも赤いリンゴが欲しかったの?」
あわててアイテムボックスからハンカチを取り出してお姉さんに差し出すも、彼女は首を横に振るだけ。
「またこのリンゴが食べられる。
それが嬉しくって……」
「だったら偶然でも採って来てよかったのかな?」
「はい」
涙を流して嬉しそうに笑う彼女の名前は知らない。
だけどリーナと似たような使用人の衣装を着ているあたりディにとって近しい人だろうと判断して、名前ぐらい後から聞けばいいかと今はそんなささやかな作法を指摘するほど矮小なランではない。
ランが気にしてないと言うのが正解なのだろうが、彼女の喜びようを見てると名前ぐらいどうでもいい小さな事だと思う。
「じゃあ皮でも……」
むいてあげるよと声を掛けようとするも、彼女はリンゴに真っ白な歯を押し当てて、柔らかいとは言い難い果肉を小さな口で頬張るように何度も咀嚼してゆっくりと飲み込んでいた。
あっけにとられながらも彼女が食べているのを見て気づいたのだが、その黄色っぽいリンゴは口元から手を伝って滴り落ちる果汁が言い表すように瑞々しく、しゃくり、しゃくり、と齧る度にランの鼻腔を刺激するくらいの甘い香りに涎が垂れそうになる。
辛うじてそれは防いだものの、ひたすら懸命に、どこか必死な顔で無言のままひたすらリンゴの芯まで食べて行く彼女に圧倒されれば黙ってその様子をランは見守るしか出来なかった。
きっとこういう子の事を大食い系女子とかいう存在なのだろうと勘違いするランは黙ってその食事を邪魔しないように眺めるしか出来ない。
やがて食べ終わった彼女は貪るようにリンゴを食べた事を思い出してか顔を真っ赤なリンゴのように染める理由をランは当然訊ねなかった。
その代わりと言う様にリーナの時みたいにリンゴの皮をむかずに切り分ける。
彼女はリンゴの皮も食べる派だと勝手に解釈して、リンゴの皮を残すなんてもったいない派のランとしてはぜひ一緒に食べようと少数派の仲間を得たと密かに喜びながら切り分けて彼女にリンゴを差し出した。
とは言え、名前も知らない相手。
アウリールはいつの間にか影の中に潜り込んでいるしシルバーも足元で眠りこけている。
シュネルはブレッドの頭の上で今回の作戦内容を覗き込んでいるしと、何か話をしなくてはと考えるも彼女にはそのリンゴの木によく似た話を思い出した。
「昔、聞いた物語なんだけどね……」
小さな口でリンゴをかじる彼女に向かってランは物語を紡ぎだした。
朝を運ぶ鳥の物語の1つに『白の国の物語』があるんだ。
白の国、聞けば大概美しい国と想像をしてしまうかもしれない。
だけど実際は国の植物は寿命を迎え、ついに枯れて一面白色化してしまった悲しい国の姿だったんだ。
朝を運ぶ鳥は誰もいなくなってしまったその白の国にも朝を運ばなくてはいけない。
なぜなら誰ももう住む事もないそんな悲しい白の国の片隅には白くなりかけた物の辛うじてまだ生き残ってた一本の木があったのだ。
朝を運ぶ鳥は他に休む場所の無い白の国を休みなく飛んで通り過ぎなくてはいけない為に先に羽を休める為にいつもその木の枝に立ち寄っていた。
白くなった木は朝を運ぶ鳥が羽を休める為に舞い降りる、そんな僅かな衝撃だけで枝が折れてしまう。
枝が折れた衝撃が伝わって他の木まで倒れてしまう。
砂のようにもろくなってしまった木々を悪戯に壊してしまう事を朝を運ぶ鳥は良しとせず、連れ添って着いて来る者達にもこの国だけは遠回りしてくるようにと言いつけていた。
「それでは貴方に何かあった時我々は守れないではないですか」
地を追う者達はそう訴える。
「その為に共に空を飛ぶ者もいる。
だが、その翼が作る風で木が倒れては可哀想だ。
ついて来るのならずっと高い所から見守っててくれ」
空を共に飛ぶ者も
「それでは安全ではない」
と訴える。
「だが、あの姿が何れのお前達の姿だとする。
我はとてもあの姿を痛めつける事は出来ない」
涙を流して説得する朝を運ぶ鳥の言葉をついに供の者達は了承し、この白の国を通過する時だけは朝を運ぶ鳥は一人ぼっちになっていた。
だが実は決して一人ではなかった。
この羽根を休める木が朝を運ぶ鳥を守り、そしてやってきた朝を運ぶ鳥の喉を潤すようにと毎朝一つだけ実を生らせてくれるのだった。
「おはよう、朝を運ぶ鳥。
今日も無事素敵な朝を迎えて貴方に実りを与えれる事を誇らしく思うわ」
「おはよう。
君の所に近づくと急に喉もかわくし、この実の味を思い出して涎が垂れてくる」
笑いながらの会話の間に木は一つの実を生らして朝を運ぶ鳥に与えた。
「そう言ってくれるのは嬉しいわ。
だけど、それももう何回も出来ないの」
「泣かないで。
君もだいぶ白くなってしまった。
この失ってしまった友のように君も失ってしまうのかと思うと我も悲しくなってしまう。
朝を運んできても分厚い雲に邪魔されて君に会えない事の方が私はもっと悲しくなってしまう」
揃って泣き出すのを見習ってか空からも涙が降って来た。
「ああ、いけない。
友が傷ついてしまうから笑って」
「貴方もよ」
近い別れを誤魔化すように二人が笑い合えば雲はすぐに途切れて眩しい朝の空が広がっていた。
「さて、行かなくては。
君を連れて行けない事だけが我には心残りだ」
これが最後の逢瀬だと言う事をお互い知っているかのように朝を運ぶ鳥は木に寄り添って寂しげに鳴く。
それを抱きしめる様に木は枝をしならせるも、白色化を始めた枝では少し揺らしただけで崩れ落ちてしまい、その小さな体さえ抱きしめてやることも出来ずに涙を流す。
「私はこの地に根付きこの地と共に生きる者。
そして最後の日までこの地に恵みを与える者。
だけど最後の訪問者よ、どうかこの実を連れて行ってもらえないだろうか」
そう言って木が作りだしたのはいつも朝を運ぶ鳥に与えていた実だった。
「どうか私の代わりにこの実を連れて行っておくれ。
この実が別の地で私のような羽を休める事の出来る立派な木になるように連れて行っておくれ。
そして共について行く事が出来ない代わりに色々な土地に育った私の実を連れて行っておくれ。
一緒には行けないかもしれないけど、やがて育つ私の子達が朝を運ぶ鳥の羽を休めましょう。
それまで暫しのお別れとなります。
どうか私の願いを……」
自らを白くしてまで願う木の願いの沿う様に実を受けとり
「このような縁、この実にはあなたの名をつけよう。
今更ながら名を聞いても?」
「私の名は……」
急激に進む白色化は最後に名を名乗ってすぐに真っ白になってしまった。
その証拠に一番太い幹に止まっていたはずなのにその枝が砕けてしまった。
最後の木の実を銜えて朝を運ぶ鳥は白くなってしまった木の周りを別れを惜しむ様に飛んでから夜の世界へと進路を向けた。
朝を運ぶ鳥はやがて辿り着いた美しい湖の近くに願いを託された実を埋めた。
この地に立ち寄る際は必ず埋めた実にその小さなくちばしで水を与えていた。
だからだろうか。
やっと芽吹いたと思った次にはすくすくと木は育って瞬く間に美しい枝葉を広げたのだった。
朝を運ぶ鳥はその慣れ親しんだ美しい木の枝に止まればそっと木が語りかけてきた。
『毎朝水をありがとう。
おかげで立派な木になりました』
木は枝をしなやかに揺らせて朝を運ぶ鳥に感謝を伝える。
「君をこの地に連れて来て、再びこの枝に出会えて嬉しいよ」
『ありがとう。そして感謝を』
そう言って木はあの日貰った黄色の実を朝を運ぶ鳥に差し出した。
懐かしい実で喉を潤した朝を運ぶ鳥は
「良かったらその実をもう一つ貰えないだろうか?」
『なぜ?』
もう食べれないだろうと言う木に朝を運ぶ鳥はあの日の約束を語る。
「私と共に行けない、地に根付いて身動きの取れない貴方の代わりに、貴方の子達にもっとこの世界を見せる為に」
だから木はこの美しい青空を移す鏡のような湖の側で命を授かったのかと喜んで木の実を生らしてくれた。
『最後に1つ』
「何を?」
『よろしければ私に名前を、受け継ぐべき名前を教えて欲しい』
どうかと願う様にさわさわと枝を揺らす心地よい音に耳を傾けながら、過ぎし日の友の姿を思い出す。
この優しい枝葉の音で疲れを癒し、そして実らせてくれる果実でのどを潤し、しなやかな枝でそのわずかな休息の時間を守ってくれた友の名は……
リンヴェル
「そうして朝を運ぶ鳥は行く先々に木の実を埋めて水を与えて行った。
やがて白の国にも辿り着き、不思議な事に新しい木の実はいつの間にか朝を運ぶ鳥の色に染まってしまったけど、その実は白の国にも芽吹く事が出来ました。
奇跡は続きます。
朝を運ぶ鳥は長い月日と世界中に木の実を植えた最後の国の白の国で育った木は朝を飛ぶ鳥とリンゼルしか知らない懐かしい思い出を有しておりました。
そうなのです。
長い月日と旅の先で、ついに朝を運ぶ鳥はリンヴェルと再会する事が出来ました」
お終いと言えば目の前に座る女性は机の上に置いてあった真っ赤なリンゴを両手で包み込み、物語に感動したのか涙を流して静かに耳を傾けていた。
「ちょっと時間を潰すには向かなかった話しかな?」
もっと面白い話を幾つもランは知っていたはずなのに、この黄色いリンゴを見ていたら無性にこの物語を誰かに聞いて欲しくなって語ってしまった。
女の人にはこれぐらいのロマンチックで良かったのだろうかと思うも目の前で物語に耳を向けて涙する彼女はどうか……と口を開く。
「どうかその名前を私にお与えください」
「リンヴェル?
何だか君のような物語だったしね」
リンゴ好きであろう彼女と黄色のリンゴと赤いリンゴを目の前にしただけの話しであるが、この美しい再会の物語のどこに彼女が心を震わせているかランには判らなかったが
「所で、名前ってそうやって増やしてもいい物なの?」
思わぬ疑問だが彼女は笑う。
「はい。
名前は私の存在に刻む物で決して捨てる事は出来ません。
ですが、与えられるとするならこのような恵みと希望、そして再会に由来する名前が欲しいと願っておりました。
それは私の存在そのものです」
「だったらいいよ。
その代り君の名前を僕はまだ知らないんだ。
だから君の事をリンヴェルって名前で呼ぶからね?」
「喜んで。
私はは今日を持ってリンヴェルと名乗りましょう。
リンヴェル・ハァヲルティーアと申します」
「じゃあ、改めてよろしく。
ランセン・レッセラート・フリューゲルです」
今更ながらの改めての自己紹介にどこかで聞いた名前だなと長い話に喉が渇いたと目の前にあったリンゴを一口かじる。
咀嚼しながら考えていれば彼女は僕の齧りかけのリンゴを手の中からそっと取出し、齧ったばかりの同じ場所を齧っていた。
リンゴが欲しければ何も齧りかけのリンゴじゃなくてもいいのにと目の前にあるリンゴに手を伸ばそうとしたらリンヴェルは齧りかけのリンゴを置いたその柔らかな手で、ランがもう一つと伸ばそうとした手を包んで……手の甲にキスを落した。
直後、何か風が二人を中心に舞い上がったような気がした。
実際には風何て吹いてない。吹いていたとしてもそよそよとした気持ちのいい物でもある。
だけど呼んでも居ないのにアウリールが背後に立っていた。
足元ではアウリールにシルバーが踏まれていてキャウンと何度も悲鳴を上げていた。
シュネルもものすごい勢いで大きくなった姿でアウリールの肩に止まっていて炎にも似た魔力が迸っていて、まるで怒っているようだった。
なんでこうなったか理解できない。
「どういう事だ……」
アウリールの硬質な声は彼女に向けられたもの。
だけど彼女は怯える事無くアウリールを見上げて
「リンヴェルの名を持って盟約を。
戦う為の牙もなく、守る為の爪もない無力なこの身なれど、美しき物語と引き換えに生涯この身はランセン・レッセラート・フリューゲルに尽くしましょう」
毅然とした姿勢でアウリールとシュネル、そして僕に向かって宣言した久し振りに聞いた響きに冷や汗が流れる。
ええと……
「二人とも知り合い?」
現実逃避と言う様に聞けば二人でなく、三人そろって小さく頷いた。
まずい。
絶対これブレッドに怒られるパターンだと冷や汗を流す。
森から妖精を連れて帰っては「犬猫じゃないんだから勝手に連れて来てはいけません!」と言う声が耳の奥に響き渡っている。
さすがに懲りてもうそんな事はしてないが、まさか妖精でもなければ犬猫でもない女の子を連れて帰るわけにもいかない。
「あ、あのさ……」
何とか誤魔化さなくては、いや、彼女を含めて理解してもらわねばと三人に手を伸ばせば頭に鋭い痛みが走った。
「一体アウリールも出てきてシュネルも大きくなってシルバーも騒いで何企んでいる……」
半眼になったブレットの顎が頭に突き刺さっていた。
もう見つかったなんて……
ディもルゥ姉も気になってかそばまで来てくれて、何故か食べ物の話しで気のあったエンバーが少ししなびかけたリンゴを美味しそうに食べていた。
まあいいけど……
「ええと、あのね……」
この状況をどうやって説明すればいいのかと考えあぐねいていれば
「ルーティア様、ディック様、突然ですが、カヤはこちらの方、生涯をかけてお供したいご主人様についに出会いました」
深々と頭を下げての突然の言葉に誰もが「はあ?」と小首をかしげる。
「つきまして、新しいご主人様の許へと行くに当たり、ルーティア様とディック様の許でのお勤めを本日ここで終わらせたく存じます」
「いや、それは構わないけど……」
「フリュゲールでしたら一年を通して気候も温暖なので養生するなら一番ですが、お勤めとなると……」
最近の体調不良の事を言ってるのだろうが、新たな盟約は枯渇した魔力を瞬く間に満たしてくれて溢れだす勢いだ。
以前の、それよりも体が軽く、この目に映る世界が美しく光り輝いていた。
「そちらの心配ももう大丈夫です!
新しいご主人様にはご迷惑かけない事をお約束します!」
「でしたら我々が口を挟む事ではありませんが……
その、ランはよろしいのでしょうか?」
チラリと視線を向けられれば力強く頷く。
これはチャンスだ!
衣装からしてメイドさんだと推定すればお城の万年人不足の食堂にでもお仕事を勧めれば住居問題も解決、お給金で自立もしてもらえる、堂々と連れて帰る事も出来る。
完璧だと心の中で今までないガッツポーズを突き上げていれば少しだけディが悲しそうな顔をしていたがルゥ姉と友の彼らの仲間から呼ばれた為にそのまま行ってしまった。
ひょっとして彼女の事が好きだったのかな?
年上好きっぽそうだしといつも隣にルゥ姉がいるから勝手に思い込みをしているランの残念な恋愛経験値だが、それだけを確認して戻って行った二人を見送るも問題は頭上に残っていた。
「で、このパターンだとアウリール達の仲間か?」
「なんか盟約とか言ってたからたぶんそうだと思う」
「そうなのか?」
と三人に向かって確認を取れば
「この姿ではカヤ・エンデと名乗らせていただきました」
「この姿ねえ……」
どうしようもないってぐらい頭が痛そうな顔をするブレッドに
「ですが、今ご主人様に……」
「ご主人様って言う言葉の使い方は禁止だ。
普段はランって呼ぶように。公の場では陛下だ。
ご主人様と呼ぶとランが泣くぞ」
ピシリと注意をするブレッドにそれはどんな脅迫だと思うも、リンヴェルは顔を青くして頭を下げる。
「知らずとは言え申し訳ありませんでした。
でしたらラン様と呼ばせて頂きます。
これはディック様、ルーティア様、他の皆様もそうお呼びしているのでお気になさらないでください。
新たにリンヴェルと言う名前をラン様から頂きました。
リンヴェル・ハァヲルティーアが新しい名前となります」
うふふと少女のように微笑む年齢不詳のリンヴェルの名前を聞いてもう一度ブレッドの顎が頭に突き刺さった……
「痛いよ!
これ以上身長が低くなったらどうしてくれるのさ!」
何故かがっちりと後ろからおぶいさる様にして器用にも後ろから僕のほっぺを摘まみながら
「ハァヲルティーア……
確かブリューグラードがオルトルートに来た時に消えるとか消失してしまうとか言ってた名前だな?」
言われれば確かにそんな名前を言っていたような気もするが、ずいぶん昔の話だ。
すっきりと忘れていたランは辛うじて記憶に残るあの日の出来事を思い出すも、やっぱり残念な事に名前を思い出す事は出来なかった。
仕方がない。
ランは周囲にしごかれて確かに同年代の子供より賢い子かもしれないけど、ブレッドのような天然には逆立ちしたって勝てないのは判っているが……
やっぱり覚えてないのは悔しいのだ。
「すごく嫌な予感と言うか確信を持って改めて聞くが、ハァヲルティーアはハウオルティアの精霊で間違いないんだな?」
三人揃って頷くのを見た僕はブレッドでなくてももう頭を抱えるしかない。
何で他国の精霊と盟約してしまったのか。
他国乗っ取りと思われても仕方がない事をどうしてしてしまったのかと何て言い訳をどうすればいいのか頭を抱えながらもディとルゥを見てごめんなさいと盛大に心の中で謝っていた。
だけど既に繋がってしまった絆。
そんなランの心情を理解する彼女は大切な彼女の子供でもあったはずのディへと冷たい視線を送り
「今まで確かな契約をするチャンスはいくらでもありました。
ですが、彼も周囲も一度もそのような要求はする所か契約の内の1つの約束の貢物を未だに与えてくれません。
ただでさえ地図で繋がった契約が切れてしまいました。
私の事は大切にしていただけたようですが、私が求めるのはそのような事ではありません。
ハウオルシア。
私と初めて契約したまだ舌っ足らずの幼き我が子が私をそう呼び、何度も木から滑り落ちてももいでくれたこのリンゴを差し出してくれた様に、ただ私の為にリンゴを差し出してくれればそれでよかったのに……」
寂しそうに目を伏せる。
ハウオルティアの契約はたぶんどの国よりも容易い物だったのだろう。
想像するに初めて契約した子は男の子で、やがて来る別れに在りし日の思いを繋げるようにその子供のような男の子を望んだのだろう。
今も語ったように一番の思い出の日だろうその日をなぞるようにただリンゴを贈ってくれれば良かった、それだけだと言う。
思い出を繋ぐ継承と継続は彼女にとって何よりも眩しい思い出だったのだろうと想像する事は容易い。
彼女が願うたった一つの物さえ与えられなかったこの国を守護する精霊は、新たな名前と共に旅立つ決意をするまでになってしまっていたのは……知らずにしてしまったとは言え悲しい事ではある。
そして、知らずとは言え旅立つ事を止める事無く祝福してくれた彼を彼女がどんな思いで聞いていたのか僕には理解できなくて……
「いつか、あの湖の所のリンゴを食べに行こうね」
あの古い実をあまり付けれなくなったリンゴの木がきっと約束の木だったのだろう。
一本だけ黄色い色の実をつけるリンゴの木。
彼女にとってのリンヴェル。
沢山の赤いリンゴの木に囲まれた彼女の特別な木を物語の木に重ねてしまう。
「はい。是非連れて行ってくださいまし」
1つの契約を終えて新たな主からの誘いに嬉しそうにはにかみ、前の主を気にも留めない彼女はまさしく精霊だなと思うしかなかった。
それを期にリンヴェルはランをかいがいしく世話を焼く事になった。
とりあえずは周囲が混乱するといけないから精霊であること、そして名前はカヤの名前を継続と言う事でこれからブルトラン王と対面する緊張する空気を壊さないように、総て終わってから話をしようと言う事になった。




