8時~11時の刻
「・・・・」
「・・・・」
沈黙、ただ重苦しい沈黙がそこには流れていた。
食事を必要とする者が大広間に集まり
飯を食らうが、いつもなら賑やかな時間のはずが
今日に限って静まり返っていた。
というのも、原因は忌み子様だ。
社の主にして、ここの住人の支配者。
ゆえに彼女の言う事成す事は絶対だった。
いつもなら、“話しても良い”という雰囲気を出すが
今日に至っては“何も喋るな”と言わんばかりに
食事をする者を睨んでいた。
・・・今日の忌み子様は不機嫌だ。
それを感じさせるだけには十分な様子であった。
「・・・マミラ、私に言う事があるんじゃない?」
「は、はい・・・忌み子様」
不意に辛すぎる沈黙が破られ
私はホっと一息ついた。
「忌み子様、生け花の用意は出来ております」
「よろしい、差し出すが良い」
これも1日にすべき仕事の一つ。
生け花、といっても華道の事ではない。
文字通り“生きた花”を用意しなければならない。
それは神社の裏側から忌み子様を襲撃した時に
済ませておいたので、あとは忌み子様に捧げるだけだ。
袖の中から畳んだ白い紙を取り出し、
それを開くとそこには根ごと私が引き抜いた花があった。
可憐な、青い花。
忌み子様はその花を摘むと
自分の顔の前に持ってくる。
すると、花は見る見る内に輝きを増してゆく。
花が、美しい結晶に変化していたのだ。
茎から変質していって、見る間に結晶が拡大していくと
終いに花は完璧な結晶に変わっていた。
花の姿をした質の良い宝石。
忌み子様が作り出す、この石がこの神社を支える資金源であった。
あとはこれを山の外の町で売ればお金になる。
「やるべき仕事は皆で終えてしまったわ
あとは暇なはず、ラルー? ハロウィンの宴をしたって良いでしょう?」
花が美しい結晶に変化したのを見届けた蝶亡は
大胆にももう一度、忌み子様にハロウィンの話をする。
「ほうか、それはご苦労であったな」
忌み子様は上品な、西洋人のような物言いと
神の威厳を保つため、古風な物言いの2つを使い分けている。
忌み子様の仕事をこなした直後であったため
後者の物言いのままだ。
思えば、この社に住む皆はクセのある喋り方を好むな・・・。
「一体、ハロウィンの何が悪いと言うの?
ほら、ご覧なさい
パーバションとマミラは貴女に抗議するという意味で
未だに制服とドレスのままよ?」
「いや・・・ただたんに着替える時間が無かっただけだが・・・」
「しっー! そういう事にしておくのよ・・・」
蝶亡は策士である。
言葉巧みに、状況を利用して忌み子様を説得しようと言うのだ。
詐欺師の才があると前々から思っていたが
やはり、間違いはなかった。
「・・・抗議、のう
パーバションはともかく、仮装というのなら
マミラのそれは雑ではないのか?」
「これでも十分、恥ずかしいのに
他にも何か着ろと?」
「まあ、それでも良いが
・・・勝手にせい」
「え」
「ハロウィンの宴をしたくば、勝手にせい」
「え、良いのですか!?」
「 勝 手 に す る が 良 い !」
「!?」
・・・・・
「忌み子様―!!」
私は目の前の固く閉ざされた岩戸を
ぺちぺちと叩き、叫んだ。
やっとの思いでハロウィンをする許可が貰えたものの
明らかに不機嫌な忌み子様は朝食も食べずに
山の麓の湖にある洞窟に逃げ込むと、
その力を持って岩で入り口を塞いで閉じこもってしまったのだ。
「とんだ“天の岩戸”ね
私とした事がうっかり、除け者問題を解決し忘れてしまったわ」
蝶亡はその光景を見ながら呟いた。
正に日本神話に出て来る逸話みたいな光景だから致し方ない。
忌み子様が洞窟に閉じ込もってしまった理由は一つ。
ハロウィンに参加したくても
私たちが除け者にしていると勘違いしたから。
・・・こうして見ると、忌み子様も子供だったのだと思えるな。
確かに、忌み子様は変わろうとしているのだ。
結果がこれとはいえ、かつての姿からここまで変われたのは凄い。
私もすっかり忘れていた。
忌み子様の正体が、人と少し違うだけの少女に過ぎない事を。
「主様がどうなされたのですか~?」
「狐、この岩をどうにか出来ないかしら」
「ああ~・・・固い術で封じられてますね
よりにもよって私の嫌いな陰陽の術だし
私には解けないですね」
「そう・・・いよいよ、逸話になぞらえるしか無いのかしら
斬新さに欠けるけれど」
「でも、それで本当に出て来るでしょうかねぇ?
主様が拗ねた原因が除け者問題ではなく、他にあるかも知れないですし」
「いいえ、私には分かるの
除け者問題は私たちがあの子に対して抱く気持ちが原因
あの子が誤解するというのなら、十分過ぎる要因だわ」
妖しい者たちの中でも
特に忌み子様に可愛がられている“狐”が呼ばれてきた。
9つに裂けた尾と、整った形の狐の耳が揺れる。
どうやら、彼女は妖しい者たちの中でも
ずば抜けて強い力を持っているようだ。
「ですが・・・本当にこの中に入るつもりですか?」
「あら、どうしてかしら
この中に拗ねた神様が居るんだから入らない手は無いわ?」
「・・・岩の隙間から、血の匂いがします」
「血の、匂いですって? 不吉ね」
「はい、不吉です」
「・・・狐が不吉だと断言するなんて、余程ね
心に留めておくわ」
そんな狐が警告を発した。
“この洞窟は不吉だ”
その言葉には不思議な重みがあった。
野生の感なのか、論理的な直感なのか、定かではないが
何の偶然か、この洞窟は昔から“よくない何かがいる”と言われていた。
所謂、“出る”場所であった。
「さて、蝶亡? どうする?
このままアイツを放っておいて
私たちだけでもハロウィンをしても良いのだぞ?
アイツ直々の許可も貰っているしな」
「だけど目覚めが良くないわ
この社の宴なら尚さら社の主がいなければならないでしょう?
何が何でも思い改めて貰うから」
「妙なところで律儀だな、まあ良い
何かが出てきても私が倒してやる」
確かに、パーバションの
忌み子様を放っておくという選択肢も無くはない。
だが、“半端者”と呼ばれる私のいい加減なところが出て来てしまっていた。
“こんな寒い場所に仮にも神といえども子供を置いておくなんて”
善人の仮面を被った私が言う。
だが、その横で悪人の仮面を被った私が囁いた。
“私の人生を奪った小娘だぞ? 見捨てたってそれくらい許されるだろう
むしろ凍えて飢え死んでしまえ!
あんな怪物!”
私は巫女
神である彼女に尽くすのは当然。
そう思って尽くしてきたが
尽くしすぎたがゆえに、私はかの“事件”に巻き込まれ
恐らくもっとも辛い役目を負う事になったのだろう
おかげで私の人生は確かに、滅茶苦茶になった。
だから私は忌み子様を許せないし
恨んでいる。
・・・だが、その権利が私にはあるのか?
“彼女は子供だ、自分の意思で神になったわけではないなど明白だ!
彼女にだって情けを掛けるべき側面があるのだから
こんなところで見捨てるなんて事、してはならない!”
“いやいや、お前は何を言っているんだ!?
見てわからんのか! あれは怪物だぞ、子供の皮を被った化け物!
化け物は殺せ! 殺すんだ!! 殺せ!!”
善人の仮面と、悪人の仮面が言い争う。
私は未熟者だ。
未熟ゆえに2つもある顔を使え分けられない。
だから、どちらか一方に専念せよ とあの御方は言われた。
・・・私は、あの御方を敬っている。
・・・私は、あの御方を恨んでいる。
なれば、私はどちらを選ぶ?
あの御方に対し、どの面を被って接する?
善人の面か、悪人の面か。
私は・・・。
「パーバション、私も援護する
蝶亡、策はなんだ? 早く聞かせてくれ」
「その意気だ、マミラ!」
「乗り気ではないかと思ったけれど、そうでもなかったわね
ええ、策は天の岩戸に則り・・・」
善人の面を、取った。