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7時~8時の刻








「え、真面目にこういうので良いの?」


「大丈夫だろ、蝶亡は何でも似合うし」


「・・・パーバション、今の台詞

もう一度!」


「・・・」


「うん、黙ると思った」


「蝶亡さんも静かにしてください!

とっくに気づかれていてもおかしくはないんですから!」


「あ、はぁい・・・」



私たちは今、山の森を通って

神社の裏側に来ていた。


裏から回り込んで行く他、奇襲する方法は無いからだ。


物音を立てないよう

私たちは忍び足で神社に近寄る。

外に剥き出しとなっている高床をよじ登り

障子に影が映らないように体制を低めながら進む。



「・・・煙の匂いがするな」


「最近、あの子に特製の刻み煙草をあげたら

だいぶ気に入ったみたいでよくキセルで吸っていたわね・・・」


「どこから香りがするんだ?

そこを辿れば、忌み子様が居るに違いない・・・!」


「こっちだ」



やたらと良い香りが辺りに充満しているかと思いきや

蝶亡の勧めで忌み子様はタバコを吸うようになったみたいだ。


なんていかがわしい事か・・・。

曲がりなりにも、忌み子様は未成年。

年端も行かぬ幼女だと言うのに・・・!


と、そんな説教みたいな事を後回しだ。

私は香りの元が分かるというパーバションの背を追う。


ぐるりと、拝殿周りの廊下を進んで

正面から見て左手にある一室の前にパーバションが止まった。

どうやら忌み子様はそこにいるようだ。


私は生唾を飲み込み、直ちに

障子を引いた。




「「「Trick or Treat!!」」」




私たちの掛け声が一室に響いた。


蝶亡が提案したプレゼンテーションとは

先に私たちが仮装をして、ハロウィンの習わしに則り

忌み子様を襲撃するというものだ。


実際に体験しない事にはハロウィンの良さなどは分からないだろう

という蝶亡の計らいであった。



・・・が、私たちは計画を実行に移したは良いものの

予想外の事態に唖然としていた。


何故なら



そこに忌み子様の姿は無かったからだ。




「お、おい・・・パーバション

ここに居るという話はどうしたんだ

このような恥ずかしい格好で恥ずかしい思いをさせたかったのか・・・!」


「いやいや、そんな悪意などない!

間違いなくここから煙が漏れていたのに・・・」


「・・・パーバション、マミラ

ちょっと水を差すようで悪いけれど後ろを見た方が良いわよ・・・?」


「え」



私はパーバションを問い詰めた。

当のパーバション自身も動揺していたところを見るに

確信していたのだろう。


一体、どういう事なのだ?


そう首を傾げていると

蝶亡は言う。



“後ろを見ろ”



・・・まさか、そんなわけは。

私はそんな、ささやかな私たちの悪戯を遥かに凌ぐ恐怖を覚えながら

すぐさま振り返った。


その瞬間


物凄い力が全身を襲った

あまりもの力に抵抗する間もなく、空の部屋に押し込まれてしまう。

次いでパーバションが私の上に倒れ込んできた。


彼女も私同様に“押された”のだろう



「一枚上手だったわね、ラルー」


「あら、抵抗するというのなら

私も襲撃された手前、容赦しないけれど?」


「まさか! 抵抗して無事に済まないとは知っているもの

黙って捕まってあげるわよ

だけれど、パーバションとマミラの弁解ぐらいは聞いておやりなさいな」



廊下に未だ佇んでいる蝶亡は語りかける。

一枚上手だった忌み子様に。


本来ならばこの部屋に居るはずの忌み子様は

蝶亡の背後に立っており

その上、あの一瞬で蝶亡の事を麻縄で縛り上げていた。


有り得ない、と呼ばずしてどう呼ぼう・・・。


後ろ手に縛られた蝶亡は自由な足で

ゆっくりと部屋に入って来ると

倒れている私とパーバションの後ろに座った。


それを見届けた忌み子様はやっと部屋に入ると

部屋の障子を閉ざした。


・・・逃げ道を塞がれた・・・!



「ええ、弁解を聴かなきゃ納得出来ないもの

何なのかしら? そのふざけた格好は?」



十中八九、忌み子様が居るはずの無い室内におらず

先に私たちの背後を取ったわけは私の懸念通りだろう。


単純に、私たちは気付かれていただけなのだ。


上手く気配を消していたつもりでも

この人は異常に感覚が鋭い。

足音の種類を聞き取って、それが誰のものか認識出来るくらいだ。

むしろ気付かれないわけがなかったか・・・。



「ふざけた格好をするのがハロウィンだ

・・・本当にここにいる人間は皆、ハロウィンを知らないのか??」


「そういう態度を驕りと言うのよ

ハロウィンを知らない程度で馬鹿にされる筋合いはないわ

ねえ? そうでしょう、蝶亡にマミラ?」



今、私は恥ずかしながら

かつてこの神社で働いていた女子高校生アルバイト

置き忘れていった制服を拝借させて貰っている。


・・・つまり、今私は女子高生に扮していると言う事。


恥ずかしすぎる・・・!



一方、パーバションはイギリスの有名な幽霊に扮していた。


綺麗な貴婦人のようなドレスを着ており

大きく晒した首には赤い跡が一周している。

なんでも“アン・ブーリン”と言う幽霊の仮装らしい。


ドレスは服を作る能力を有する者に言って

急遽、作らせたモノなので決して質の良い物とは言えない。



そして蝶亡は“前々から来てみたかった”

という理由で私の巫女服を着ている。

巫女服に蝶亡が憧れていたとはビックリしたものだ。


いつもの琥珀の髪飾りを外して

巫女らしく髪を縛っているという徹底ぶりだ。



「でも、知らないのなら知れば良い

少なくとも私はそう思って楽しんでいるけれど?」


「・・・正論ね、蝶亡

いいわ、さあ弁解なさい


話次第ではどうにかなるかもよ?」



蝶亡は文化や歴史を重んじる者たちが多い中

アグレッシブにも西洋文化に手を出して

ミニ丈の着物や着物生地で作られたボレロをよく着るぐらいだ。


英語には弱いが、何だかんだで

彼女は西洋かぶれしている。


その強い好奇心を伺わせるたくましい言葉を放つ蝶亡に

忌み子様は関心した様子を見せた。

が、次の瞬間には冷酷にも弁解を求めてきた。


さて、ハロウィンをどれだけ魅力的に伝えられるだろうか?

私には上手く説明出来る自信はない。


助けを求めるように私はパーバションに目やる。


すると、私の視線を感じたパーバションは

当たり前のように口を開いた。



「ラルー、ハロウィンとは菓子が貰える祭りなんだ

チョコレートに飴、綿菓子に茶菓子、ガムにクッキー!

欲しい菓子なら何でも貰っても良い祭りなんだ!」


「!?」



え、パーバションが言うには

ハロウィンとは悪魔祓いの祭りでは無かったのか?

欲しい菓子を貰える祭りでは無かったはず。


というより、菓子を推すとは何の考えがあっ・・・。


そこまで思考したところで私は思い出した。



『あの子は子供よ?

除け者にされて気分良く感じるわけが無いわ!』



蝶亡は忌み子様の事をそう言っていた。

私からすれば邪悪な存在にしか見えない彼女を“子供”だと言っていた。

それをパーバションは真に受けたんだ。


子供ならきっと菓子が好き。

そんな偏った考えで、菓子を推している・・・!



「まあ、それは素敵な祭りね

菓子の神様のお祭りなのかしら?」


「いや、元は悪魔祓いの祭りだが・・・」


「・・・悪魔、ですって?」


「え?」



忌み子様は貴婦人の装いをしているパーバションに尋ねた。


炎のような赤毛が交じる茶髪は綺麗だが

パーバションはそれを短く切り揃えているから

今の貴婦人の格好が少し似合わない。


少なくとも、貴婦人はそんな現代的な髪型はしないと思う。


そのおかしな貴婦人は忌み子様に問われて

ハロウィンが悪魔祓いの祭りだと伝える。

すると、それを聞いた忌み子様が口調を強くして再確認した。


明らかに様子が豹変した。

じろり、と紅い瞳が赤毛の少女を睨む。



「忌み子様は悪魔など恐れる人ではありません!

それに、現在この祭りは形を変え

悪魔祓いとは銘打ちながら子供だって気楽に参加出来る祭りなんです

決して悪い祭りではないと私は思います」


「マミラ、嗚呼・・・私の巫女よ

どうしてそこまでパーバションの肩を持つようになったの?

それとも、今のマミラは“優しい方”のマミラ?」


「っ・・・」


「ええ、ええ、私とした事が忘れていたわ

マミラはこの上ない“半端者”だって」


「私はただっ・・・! パーバションのために!」


「それは本当?

なら証明してごらんなさい

ハロウィンも良いけど、1日の仕事もお忘れなく」


「くっ・・・!」



そう言うと、忌み子様はにっこりと笑う。

薄気味悪い歪んだ笑み。

それは、彼女の勝利の確信に見えた。









・・・・・













ことこと、と独特の音を立てる鍋を掛けまわし

金の粉を吹き上げる釜戸をパーバションに任せていた。


あのあと、結果のみを言えば

案の定、追い返された。


パーバションの偏見通り、忌み子様は菓子が好きみたいで

菓子を強く推していた時は興味があるようだった。

だが“悪魔祓い”の言葉が出た途端に風行が変わってしまう。


相変わらず良く分からない御人・・・。


巫女として何年も彼女に仕えてきた私でも、

こういうところになるとまるで分からなくなってしまう。


今回、追い返された理由は

ハロウィンにうつつを抜かし、仕事を疎かにした事と

“悪魔祓い”というキーワードが気に入らなかったから。

と思われる・・・。


そのため、私たちはハロウィンを行う前に

1日にすべき仕事をちゃっちゃと終えようとしていた。



「マミラ、洗濯物を干してきたわ

あとは何をすれば良いのかしら?」


「すみません、蝶亡さん・・・

こんな雑用をやらせてしまって」


「まあ、何を言っているの

私はこういう事が大好きなのよ?

ありがとう、私に楽しい雑用をさせてくれて」


「・・・蝶亡さん」



台所の窓から顔を覗かせる蝶亡は

外の物干し竿に服を掛け終えた事を知らせる。


本来ならば、こういう1日の仕事は全て私一人でするのだが

今日に限っては早く終わらせるために

パーバションと蝶亡、そして蝶亡の権限を用いて他の者たちも動かした。


台所の奥にある拝殿裏の廊下を兎の耳を生やした少女と

右手から見ると艶やかな女性に見えるが

左手から見ると骨が剥き出しになっている、人(?)が雑巾掃きしている。


見て分かる通りに妖しいことこの上ない者らだ。

私には何も分からないが、少なくとも彼らが人間ではないくらい分かる。

信じ難いが“妖怪”の可能性が高いと私は考えている。



「マミラ、“味噌汁”とやらはこんな感じで良いのか?」


「どれ、味見をしよう」



料理を作っていたパーバションが言うものだから

私は小さな器に作りかけの味噌汁をすくい

一口、口に運んだ。


・・・味が薄い、薄すぎる。

まさか。



「味噌汁なのに、味噌を加えていないじゃないか!

パーバション! 日本語の意味を理解出来ているのか?」


「・・・ミソ?」



西洋人に和食を作らせるモノではなかった。

今さら私は己の失態を恥じた。


私はパーバションの代わりに味噌汁作りをする。

パーバションに味噌汁の作り方を教えながら

片手で鍋をかき回す。



「マミラ」


「なんだ、質問か」


「いや、違うが・・・」



一通り味噌汁の作り方を教え終えた頃

パーバションは気まずそうに口を開いた。



「半端者、とはどういう事だ?」


「っ・・・」



それは先ほどの

忌み子様の言葉を受けての疑問だった。



「・・・初めて会った時から、そう言われている

“半端者”だと」


「何故だ?」


「私はパーバションのように意思を貫き通せるほど強くない

蝶亡のように自由気ままに過ごせる程、図太くもない

だから私は周りの人間に流されながら生きてきた


が、この社に来てからは違った」


「・・・どう違ったんだ?」


「外なら周りに流されていればそれだけで生きていられたが

社では自分の事は全て自分でしなければならなかった

始めて自分なりに動く事を求められた


だから私は私なりに動いた。

皆に嫌われぬよう正しい人であれるように

そして巫女として完璧であれるように」



思い返すのはあの日の事。


いつの頃だったか、もう思い出せないが

“新しい忌み子様”が

やっと忌み子様らしい行動が出来るようになった頃だ。



「あるとき、私は忌み子様に様々な術を教わっていた時

私は巫女であると同時に忌み子様の弟子でもあった

忌み子様はふと、仰られた

その言葉は始めて“私”に掛けられた言葉だったと記憶している


“お前は半端者だ

傍から見ればそなたは善良で気持ちの良い女だろう

だが、私に言わせればそなたこそがもっとも冷酷な女だ

優しい時と、残酷な時がある

その2つの顔を持ち続ける限りそなたは何時までたっても半端者だ”


強い口調で言われた言葉だった」


「・・・どういう意味なんだ、それは」


「つまり・・・2つの顔を持つ人間である事を止めろ

完全に優しい人になるか、完全に残酷な人になるか

どちらかにしなさい、と・・・」


「どうしてそんな事を言う?

2つの顔など、人間誰しもが持つものだろうに!」


「普通なら、2つの顔を上手く使い分けられるのだろう

だが私の場合だとそうはいかないんだ


つまり、忌み子様が言いたかった事とは

“2つの顔を使え分けられる程、優れていない

むしろ未熟者なのだ、だからどちらかに専念しなさい”


私は2つの顔を持ちながら、その顔を使いこなせていなかった

完璧に優しくもなく、かといって完全に残酷でもない

“未熟な半端者”だと私の本性を言い表した」



嫌な話だった。


忌み子様に始めてそんな事を言われて

私は戸惑ったが、怒るなんて事はしなかった。


何故なら、それは事実だったからだ。


“半端者”

そんな簡潔な言葉が、私にはしっくり来た。


忌み子様にはきっと悪意などないのだろう

彼女はあくまでも、私の悪いところを改めさせようとしているだけなのだ。

だから、どこまでも正しい言葉だった。


だけれど、それが

私の忌み子様に対して抱く感情を悪くした原因になるとは

思ってもいなかったはず。

理由は、


それが、出会って間もなく発せられた言葉だったからだ。


出会って間もないのに、私の本質を見抜いていた。

それが出来るなんてほとんど、“読心”されているようなものだ。


考えても見て欲しい

人生で最も薄気味悪いと感じる相手が

常に自分の心を読んでいたとしたら、そう思う?


きっと皆が同じような感情を抱くはず。

現に私もそうだった。


恐怖、ただただ恐怖。


私はそれ以降、忌み子様の事を敬いながらも

恐れ続けていた。


圧倒的な力は“畏怖”に値する。



「・・・すまない、嫌な事を聞いて」


「いや、良い

もう慣れてしまったし、半端者というのは事実だ

私は甘いし、かと言って優しいわけでもない

芯がしっかりしていないのは間違いない」


「・・・だが、私にはそれが羨ましく聞こえるよ」


「え?」


「・・・ああ、こんな辛気臭いのは止めにして

朝食にしよう!

マミラ! 食器はどこだ? 私が全部、運んでやる!」


「・・・そこの下の棚だ

食器を割らないよう気をつけてくれ」



すっかり、朝食の時間か。

・・・って、忌み子様も食事の時間だという事でもある。

どう考えても気まずい時間になりそうではないか!


誤字脱字、ご容赦を。

報告して頂ければ訂正いたします。

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