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西暦2020年。
宇宙開発が進み人類が地球以外の惑星――月や火星に次々と基地を建設し更なる飛躍を求め外宇宙へと飛び出そうと躍起になっている激動の時代。
地球の日本皇国にある武兵基地では数多くの軍人や技術者達が世話しなく行き交い『ゲート』と呼ばれている量子テレポーテーション装置の起動に向けて動いている。
そんな喧騒に満ちた基地の中で2人の男女が別れの時間を過ごしていた。
「……」
「……」
だが2人の間に会話はなくただ沈黙が広がっていた。
「ご主人様、そろそろ」
「あぁ、分かった。今行く。……それじゃあ行ってくる」
体にピッタリとフィットするパイロットスーツの上にパワードスーツのような厳つい強化外骨格を装着しフルフェイスタイプのヘルメットを携えた日本皇国陸軍所属の霧島遥斗少尉は幼馴染みから任官した際の祝いに贈られたパイロット支援用ガノノイド――相棒の伊吹に声を掛けられ量子テレポーテーション装置を通る順番が近付いてきたことに気が付き名残惜しそうに言った。
「……っ!!」
遥斗の別れの言葉に遥斗の幼馴染みにして旧家のお嬢様でもある北上榛名は軍事基地には似合わない華やかな服の裾を握り締めじっと何かを堪えるように俯き黙っていた。
「榛名様、よろしいのですか?」
そんな榛名の様子を見かねて榛名の専属侍女である秋月綾香が声を掛ける。
「――いよ」
「ん?」
「無事に帰ってこいっ!!って言ってんの!!」
綾香に声を掛けられたことを切っ掛けにようやく顔を上げた榛名は長い黒髪を振り乱しながら潤んだ瞳で遥斗を見据えて言った。
「あぁ、分かってる。そんなに心配しなくてもたった1年の任期だしすぐに帰ってくるよ」
遥斗は榛名を安心させようと笑みを浮かべながらそう告げる。
「でも、火星は今っ!!」
「ご主人様」
「榛名様」
だが、遥斗の事が余程心配なのか榛名が更に言い募ろうとすると伊吹と綾香がその先を遮った。
見れば今すぐにでも準備を済まし量子テレポーテーション装置に向かわなければ遥斗は自分の順番に間に合わなくなっていた。
「すまん、行ってくる」
「待って!!」
慌てて駆け出そうとした遥斗の背に榛名の制止の声が届く。
その声で遥斗が足を止め振り返ってみるとそこには涙を流しながらも無理矢理に作った笑顔で遥斗に別れを告げる榛名がいた。
「行ってらっしゃい。待ってるから」
「あぁ、行ってくる」
そして遥斗はその言葉を最後に伊吹と共に駆け出した。
その後ろ姿を榛名は綾香の手を握りながらずっと見詰めていた。
「少尉、急いで下さい!!」
「悪い待たせた」
遥斗は整備兵に謝りつつも格納庫に収まっている鉄の巨人のコックピットに滑り込む。
「起動シークエンス、オーケー。各部に異常なし。起動する」
コックピット内のボタンやレバーを手慣れた様子で操作し遥斗は鉄の巨人を眠りから醒ませた。
「さてと、行きますか」
誘導灯を振る整備兵の指示に従い遥斗は操縦桿を動かすと鉄の巨人を操り量子テレポーテーション装置に向かって歩き始めた。
遥斗が乗る鉄の巨人の名は『アサルトアーマー』(AA)といい。元々はアメリカ連邦の宇宙開発局が地球外惑星を開拓するために『誰にでも使用出来て何にでも使える』というコンセプトの下、30年ほど前に既存の技術を集めて片手間に開発したただの人型作業用ロボットだったのだが地球で試作機の試験運用をしてみると当の開発者達が驚くほど汎用性・利便性・整備性・習熟容易性・製造の容易性・他の兵器との相互運用性が高く、それに気が付いた連邦軍が急遽軍用化したという経緯を持つ人型機動兵器である。
そしてアメリカ連邦がアサルトアーマーを実戦配備したことにより世界各国でもアサルトアーマーを開発、運用する機運が高まり、今では世界中でアサルトアーマーが使用されている。
ちなみに遥斗が乗り込んだアサルトアーマーは日本皇国軍が独自開発した純国産の10式突撃装甲騎という最新式(第4世代型)の量産型アサルトアーマーで全高は5メートル。動力は小型の大容量バッテリーと超電磁モーターを搭載、全身にはアルミニウム合金装甲と電磁装甲の2種が施され銃弾はもちろん砲弾やミサイルなどもほぼ完璧に防ぐことが出来る重装甲となっている。
しかし重装甲ながら、脚部――足の裏に内蔵している球体の高速駆動輪のお陰で他のアサルトアーマーと負けず劣らずの機動力を誇っている。
他にも任務内容やパイロットの好みに合わせて様々な武器や装備品を着脱できるように各所に多数の兵装マウントが設置されている。固定武装は頭部の対歩兵用M134 7.62mmガトリング銃2門と近接戦闘用のカーボン製高周波振動コンバットナイフ2本。
これらの固定武装を含め遥斗の機体にはケースレス弾化された12.7x99mm NATO弾が1万発入ったドラムマガジンを取り付けられ毎分1000発の発射速度を誇るGAU-19ガトリング銃を両手に装備。
右肩の兵装マウントには軽量高腔圧砲身の44口径120mm滑腔砲
左肩の兵装マウントには中距離多目的誘導弾が8発入ったランチャー
両肩側面の兵装マウントにはM261ハイドラ70ロケット弾が入ったランチャーを計4基、装備した基本的な10式突撃装甲騎の機体となっている。
――――――――――――
「………………嘘だろ?」
頬を涙で濡らす榛名との別れを終え10式突撃装甲騎に乗り量子テレポーテーション装置を通った遥斗はコックピットの中で外部の映像を映しているモニターに釘付けになっていた。
何故ならモニターに映っているのは転送先の火星にある基地内部の映像ではなく辺り一面砂と岩の砂漠だったからだ。
「………………伊吹いるか?」
自分の状況が理解出来ない遥斗は相棒の名を呼んだ。
『御側にご主人様』
10式突撃装甲機の通信機を介して外にいる伊吹の声が遥斗の耳に届いた。
「現在地は何処だ?」
『軍のネットワークに接続出来ないため現在地を確認することが出来ません。ですが少なくとも地球や月、火星ではないと思われます。恐らく……』
「恐らく?」
『量子テレポーテーション装置を通った際、装置に何らかの異常が発生したせいで座標が狂い、火星の基地ではないこのような場所にランダム転送されたのだと思われます』
「マジか……」
無情ともいえる知らせに遥斗はコックピット内で静かに項垂れていた。
「……まさか自分が迷い人になろうとはな。クソッ」
量子テレポーテーション装置を使用する際に何百億分の一の確率で発生する異常によって本来とは異なる座標に転移させられた人、つまり迷い人となってしまったことに遥斗は強い絶望感を感じていた。
何故、遥斗が強い絶望感を感じているかというと、これまでに迷い人となった人は10人程存在したが、そのすべてが行方不明となり生還していないからである。
「帰る手段もなし、食い物や飲み物も緊急用に積まれている1日分だけ……。まだ酸素があって人間が暮らすことの出来る惑星に転送されただけマシだが……。万事休すだな。榛名に会わす顔が――いや、もう会えないか」
そんな自虐的な言葉を漏らし遥斗がこれからどうしようかと悩んでいると伊吹から声を掛けられた。
『ご主人様』
「……なんだ?」
『今確認したところ、私の記録媒体に量子化された武器・弾薬・食料・資材等のありとあらゆる物資が存在しています』
「なに?」
『これらは私達の後に火星の基地に転送される予定だった筈の物資ですが、それが何故か私の記録媒体へと入っています。そのせいで私の記憶媒体の容量はオバーフローしそうになっていますが……。とにかく品目のデータを送ります』
「……」
伊吹から送られてきた品目のデータに目を通した遥斗は目を剥いて絶句した。
目の前のモニターに表示されたのは品目の数もさることながら量も豊富で個人では一生掛かっても使いきれない程の無数の物資があった。
「……帰還は出来そうにないが、生きていくのは出来そうだな」
『はい』
遥斗が若干引きつったような笑みを浮かべ伊吹が遥斗の言葉に賛同した。
「……とりあえず移動するぞ。いつまでもここでじっとしていてもしょうがない」
『了解しました』
人間いないかなぁ。そんな願望を抱きつつも遥斗は伊吹と共に果てのない砂漠をゆっくりと進み始めた。
――――――――――――
果てのない砂漠を歩き始めてすでに3日。遥斗はうんざりとした顔で10式突撃装甲騎――突甲騎の操縦を続けていた。
モニターに映るのは見渡す限りの砂、砂、岩の乾いた不毛な大地。
「……伊吹」
「なんでしょうかご主人様?」
不毛な大地を眺めていることに飽きた遥斗は開かれたコックピットの入り口に佇む伊吹に声を掛けた。
「お前のレーダーに反応は?」
「私のレーダー感知範囲内に動体反応及び生体反応ありません」
「そうか……」
10式に積まれているような官給品のレーダーではなく特別性のレーダーを搭載している伊吹に確認の言葉を掛けた遥斗は重苦しいため息をついた。
3日間歩き続けても何もなし。いい加減キツいな……。しかし伊吹が居てくれて本当に助かった。一人ぼっちでこんな砂漠をさ迷っていたら遅かれ早かれ気が狂っていただろうし、伊吹の記憶媒体にある量子化された物資がない状態だったら飢え死にしていただろうからな。
伊吹の存在(伊吹の記憶媒体に存在している量子化された物資)に感謝の念を捧げている最中、遥斗はあることに気が付いた。
微笑んでいる?
短く切り揃えられた人工の黒髪を風に靡かせ、見るもの全てを魅了するような美を誇る伊吹。
だがガノノイドであるはずの彼女の口元は今の状況を楽しむかのように歪んでいた。
「いぶ――」
そのことを遥斗が確かめようとした時だった。
「ご主人様!!あれを!!」
伊吹の鋭い声が辺りにこだまする。
遥斗はその声に先程抱いた疑問を確かめることなど忘れ伊吹の指差す方に目を向けた。
伊吹の指し示す先には幾つもの黒煙がゆらゆらと立ち上っていた。