Revenge is a farewell gift
「なぁに、新入り? 新しいのが入るの久しぶりじゃん」
「へえ、良い面構えだな兄ちゃん」
「女の子かわいいねえ、君の彼女?」
「…………よろしく」
「病院行った方がいいかなこれ、ねえ、これ病院行った方が良いかな? えっ新入りさん? ごめんね、よろしくね、僕はね――」
「うるさい…………」
「ご、ごめん」
「――ふぅー。可愛らしいお嬢さんとお兄さんか。二人連れとはまた」
サークルの集会に参加する事自体は容易かった。適当に挨拶を済ませればすんなりと輪の中に入る事が出来た。
六人がそれぞれの反応を見せる。誰が何を言っていたかなど、瑣末な問題だ。ユーリとカレンは落ち付いて静かに愛想笑いを浮かべる。
愛想を作っているのはもちろん、だがこれは決して作り笑顔ではない。心の底から二人は笑顔だった。とっても御機嫌だ。
この六人と外の受付、そしてリーダーのアイアトン。そのうち誰がトレーシーを殺したか、それは重要だが、こいつらがどこの誰かなんて事は全くの埒外なのである。
どうせ全員殺すのだから。
「えへへ、あたしたちラブラブなんですう。ねえ、ユー――」いつもの通り腕にしがみついて、その名前を呼ぼうとしてしまったカレンであるが、一瞬ユーリの視線がとても恐ろしく煌いた事で、「――クリッド!」と続けた。
「ふぅ、全く困った小娘だぜ、お前は。初対面の相手の前でもこれだからなあ。っと、初めましてみなさん、ユークリッド・セイリオスって言います。こちらはパートナーのリリーナ・ヴァルツ」
これから全員殺す。予定の上では。ならば、二人がわざわざ偽名を用いる必要もないのでは、と思われるのだが、しかしそれでもお互いいつもどおりに呼び合う事は、一つの綻びに他ならない。
それには理由がある。
油断をしたら、どうなるか解ったものではないからだ。出来る事なら相手に違和感を与えてはならない。必要が無くても、自衛のために手段を講じる。
カレン、いやリリーナの頭を撫でながら、ユークリッドは静かにその場の人間を見定める。
――どいつがトレーシーをぶっ殺した奴なのだろう?
例えば全員を殺すと言うのは、どこか他所から私怨を買わないようにするためだ。一人でも生き残らせれば、情報が漏れたり、下らない復讐の連鎖が始まる事にもなりかねない。
昼間の店での皆殺しはそれだ。
しかしこんな世界では、復讐だの仇討ちだのそんな動機で動くことほど下らない物は無いのだ。裏切りは世の常、とかく金が絡むと人間目が眩んでしまうもの。
――当然仲間を殺されたら心理としては普通は怒るだろう。だがそれは、仲間の死に対してではなく、組織の体面、面目を保つための怒りである。恥は自分らで雪がなければ、けじめが待っている。
ややもすると殺人狂には仁も義もなく付ける薬も無いのである。
その点、トレーシーを殺された事でユークリッドは正直かなり頭に来ていた。
仲間が死ぬくらいで動じはしないのが当然望ましいが、仇討や復讐と言うのは彼の感情からすれば望む所であり、正当な行為である。
後に残る虚しさなんてのは考えもしない。
心の靄は跡形も無く晴れやかな気分が待っている。そして復讐の果て、死んだトレーシーは復讐なんて喜ばない――どころか、手を叩いて大はしゃぎに喝采するに違いないからだ。
最高のハナムケって奴ね。
復讐心は冷徹な刃である。トレーシーが殺されおっ死んで、だがそれをやった奴が生きている。この地上で息をしている。ただそれがムカつくのである。だから殺す。
ユークリッドの原動力は自身の怒りである。野郎が死んだ後の事は知らない。しかしせっかくぶち殺すのだから、月に吹っ飛んでもらうのが望ましい。
実際友人と言えどトレーシーはゲス野郎だったし、特別仲良しな訳でもなかった。しかしいなくなってみるとつまらないものである。
――仮名リリーナにとってはどうだろうか。彼女の場合は、これも当然ながら隣の相棒以外の人間がどうなろうと知ったこっちゃない、という考えが基本的スタンスではあるが、そうは言っても友人を失うのは寂しい。
彼女だとて、二年間のカタギの生活に身をヤツした事で、人並みの愛だとか、なんかそういう恥ずかしいものをちゃんと手に入れているのだから。
トレーシーだけではない。
知っている人間が世界から全く居なくなってしまうのは虚しいものだった。彼女にとっては――育ての親、ユークリッドの母、闇医者のじっちゃん。この世ではもう見つかりはしない大切な人たち。
雑魚チンピラどもの命と、彼らや仲間の命が等しく同じ重さだとか、彼女の倫理には到底かすりもしないお話だ。
だから、仇討と言う気分はちゃんと存在する。口は悪いが何だかんだで人懐っこく仲間思い、寂しがり屋。そんな所が彼女のかわいいところだったりするのだ。
そして、ユークリッドたちに組織の体面なんて概念は最初から存在しない。
彼らの活動は完全に秘匿されている。
そのために、名前を隠しているのだから。世話になっている今の仲間たちに、迷惑はかけたくない。
――ちなみに、この場の六人はそれぞれアルベルト、ルヴェン、坂田、クラーク、ルーク、エミルと名乗った。エミルと坂田が女性だ。そしてリリーナ……もといカレンは日本人の坂田にキョウミシンシンであった。
その様子にユーリは内心ため息をついた。なるほど間違いなく日本人らしい。
どうしてこんな街にいるのか彼も興味が出て来てしまった。
見た目はちょっと暗い雰囲気の無口な娘だ。ぬばたまの黒髪。それだけなら美しくもあるが、前髪が鬱蒼と表情を隠している。しかしどうやら意外と美人らしい。……もっとも、こういう手合いに限って血を見るとハイになったりするんだから困る。
……しかし、カレンの様子を見る限り、――よしんばトレーシーを殺した犯人では無い確証が持てたとしても、坂田を殺すのが筋ではあるが、……そうであったらば、彼女を殺すのは最後にしようとユーリは思うのだった。
もし、話し合いで何とかなりそうだったら、殺さずないで済むようにしたって良い。なぜならカレンが坂田を気に入ってしまったら、殺すのは面倒だからである。
この一件はブローディア経由のため任務は任務とも言えるが、復讐となれば私的なものだ。目撃者を消すのは組織に迷惑をかけない最低限の配慮だが、よって必ずしも全員殺す必要も無い場合に、一応該当している。
ユーリは個人的に、坂田の件は様子見と言う方向に落ちつけた。
――時刻。午後二十二時。受付男も店内に入ってきた。サークルの集会、予定時刻だった。
リーダーは、アイアトンはどこだろうか?