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reasons reasoning

 ユーリはちらと時計を確認する。この店に入ってからはゆうに一時間は経っている。考え事をしていると、長いようであっという間に時が過ぎているものだ。それなら確かに、酔っぱらったとはいえ、カレンが起きてきても特に不思議は無い、と思った。

 カレンはほぼ夜行性の人間だ。朝から昼にかけて睡眠をとり、夕方から本領発揮していくのである。仕事が無ければ布団から一日出てこない。基本的には室内ではベビードール一丁という煽情的な格好であるが、ジャージ姿の時もある。

 今の服装は、白黒の市松模様がびっしりで見ていると目がチカチカしてきそうな長袖のシャツに、胸の大きく開いた、少し煤けたホワイトのドレープアウターをだらしなく着合わせている。正面右側には平行に幾つか安全ピンが留めてあるり、左腕のアウターの捲った袖はベルトで固定されている。下半身は左右非対称のデザインのパンツ、右裾を白いふくらはぎが見える辺りまで折り返し足元はスタッズのアンクレット。靴はヒール高めのラバーソール。全体的にモノトーンでコーディネートされた、ロックだかパンクだか言った所のやんちゃ盛りな刺々しさの中にも、どこか可愛らしさが見え隠れする、そんな見た目である。服装に対して栗毛色の長い髪が良く映える。

 対するユーリは薄いストライプの入ったYシャツに地味なループタイをぶら下げ、まあサラリーマンとでも言うような風情が漂っている。モノトーンと言う点では共通しているが、並んで見るとどうも落ち着かない感じがする。

 夜型人間と言う奴が真昼間から人を殺しまくっておきながらなんだが、つまりあれでも本調子ではない、と言うかカレンにとっては寝起きの準備体操にもならなかっただろう。

 純粋無垢なる狂気。笑顔だけ見れば、カレンは天使と異名を取るほどの立派な造作の持ち主である。自身でもそれは認めている所でもあり、すなわち女としての武器でもある。口を開きさえしなければ、可憐な天使そのものだ。

 ――ユーリはため息をついた。もちろん、彼はこの小さな奥さんを心から愛しているし、彼女のために死ぬくらいの覚悟は常にしているが、正直どこかでフラストレーションを抱えていないとも限らない。見ての通り、カレンはスレンダーで無駄な肉は付いていない。それはカウンターの向こうのブルーベルにも当てはまるが、こちらは背が高いので見た目はかなり上品で優雅な所がある。ユーリはもちろん大きな胸も好きだったが、近頃そういったものを全く目にしていないのだった。

「いやさあ、ふと目が覚めたんだけどね、目に入ってきたのは事務所の天井だったわけ。あたしはソファの上で寝ていたんだね。ちょっと美味しいお酒飲んで良い気持ちになって、うとうとっ……としちゃったような気はしてる。でね、次に周りを見るでしょう。誰がいるのか確認。そしたらブローディアしかいないじゃないの。だから、ユーリはどこって聞いたよねまず。うん。だってあたしが寝てる間にさ、一人で仕事に行ってたりしたら大変だ。そんなわけで先ずはユーリはどうしたのか、聞くよね」

「この通りカフェでお茶してたよ」と、ユーリは氷だけになったグラスを傾けストローをすすって見せる。氷が融けた水が喉を通った。

 ……カレンのやつ、寝る前の記憶が少し飛んでるんだろうか。いつもの事であるが、流石に心配になる。

「そうだよ、ブローディアから聞いたよ、一人で仕事に行こうとしたって言うじゃない、駄目だよ。ユーリの行動を束縛するつもりは無いけどもさ、あたしたちは二人で一人みたいなものじゃない? 心配しちゃうってのは解るよね?」

「だから、ここでお茶してるんだからいいじゃないか……」

「それでね、もう一つ確認。そう言えば今日は最新のアニソンが配信される日だったって事を思い出したんだよぅ。事務所のパソコンでダウンロードしたの。ブローディアに頼んで。でもここでは聞くなって言うじゃないか。けちんぼだよな」

「あははは、お姉ちゃん仕事中は音楽とか聞かないタイプですからねー」

「……待てカレン、俺が心配だったんだよな」

「そうだよ、全く一人でふらふらしないでもらいたいよ」

「で、つい先ほど仕事中のブローディアにアニソンをダウンロードしてもらったと?」

「ちょっとユーリ、勘違いしないでよね、ちゃんとプリカ使ったんだからねっ」

「そんな事はどうでもいいけど、俺の次にアニソンが大事なわけか」

「だってカフェに居るはずだってブローディアに聞いたからな。それならまあ大丈夫だろうと思ったのでアニソンをダウンロードしてもらったのさー。簡単でしょ?」

「…………ブルーベル、こいつ何か軽いと思わない?」

「どうでしょうね、カレンちゃんマイペースだから……あははは」

「まあいいや。で、何で車のキーが要るんだって?」

「あぁあぁあぁ、そうだよぉユーリぃ、その質問に答えようとしていたんじゃないさーもー」

「じゃあそれを聞こうじゃないか」

 続きを促されるとカレンは胸を張って、得意顔で鼻を鳴らしてから、「だからー、ダウソしたアニソンを聞きたかったのにさー、ブローディアがここでは聞くなーって言うもんたからさ、あたしはその他の方法を知らないから必然携帯音楽ぷれいやあに入れて聞くしかないわけじゃないの、だから繋いで同期しようとするでしょう、でもポケットまさぐってもこれが入って無いのです。で、それを最後にどこに置いたかって言えば、思い返してみるとあたしは確かにネイキッドちゃんの中でアニソン聞いてたじゃないか。つまり、置き忘れてきたって事だね。――完璧だよぉーこの推理はーっ」と、大げさな身振り手振りも交えながら一気に名推理を披瀝した。

 名探偵カレンの片鱗を見せつけられたユーリとブルーベルは、お互い顔を見合わせてから、まだ得意顔で胸を張っているカレンの方へ視線を戻した。

 ちなみに、二人の愛車のネイキッドは闇屋の改造車なので、携帯音楽プレーヤーから無線でカーステレオに曲を流せるのである。見た目以外の中身は原型を留めていないようだ。

「いや、驚いた。凄い名推理を聞かせてもらったよ。オスカーも真っ青だ」軽く拍手をしながら、ユーリは棒読みでカレンを讃えた。どうやら酒で記憶が飛んだ訳でもないらしい。

「だろ? だぁから、車のキーを渡してちょうらいよ」

 そう言って、ユーリの隣の席に腰掛けて手を差し出すカレン。

「まあ、待て。――確かに推理は見事なもんだった。とても論理的だ、聞いている限り間違いはなさそうだ」ユーリは憮然として答えるだけだった。そしてポケットに手を差し入れる。

「お前の推理は正しい。車内に忘れて来たって所までは、完璧だ。だが根本的な見落としがある」

「なななななな、な、なんだって」

 不満そうな顔をしてユーリの顔を覗き込む。長い睫毛が、瞬きとともに上下に揺れる。

「それは、車に乗ってたのが、お前一人だけじゃないって事だ」

 ユーリがポケットから取り出したのは、車のキーではなく、カレンの音楽プレーヤーだった。

「おおー、さすがユーリくん、カレンちゃんの事わかってますねーっ」

「ぐ、ぐぬぬぬ…………」

「どうした? お前が忘れて行ったものをちゃんと持っててやったってのに、礼もなしか? くっくっく」

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