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divide energy?

 良く分からん言葉があったもんである。

 あった、と言うのはちょっと違う。作ったと言うのが正しい。

 ユーリはストローを加えカフェオレをすすりながら、その言葉を頭の中で反芻する。

 ――月のご加護がありますように。

 foolish funeral sways the moon…

 先ほどブルーベルが呟いたものだ。

 これは、ちょっとした合言葉おまじないのようなものだった。今日も無事に過ごせますように。そんな意味を込めて、月に祈りをささげるのだ。月に魅せられた狂人――Lunacy――の祈り。

 考案者と言うのか、言いだしっぺは、トレーシー・P・ファルド。

 ユーリやカレンと同様に、この街に生活の拠点をおいていた無法者の一人であり、仕事仲間でもあった。言動に救い難い軽さがにじみ出ているが、陽気で憎めない奴だった。

 月に魅せられた狂人。これはトレーシーが自称していた自分の通り名のようなもので、勿論自称なのでほかの人間はそんな呼称は用いない。そんな彼の口癖が、foolish funeral sways the moon、いつぞや酔っている時に言い出した。語感が良いので、仲間内で気に入って同様に呟く連中が何人かいる。

 愚かな葬式、月を揺らす。大体、そんな意味だろう。彼に言わせれば、ぶっ殺した連中は、月まで魂がぶっ飛ぶのである。

 死人の魂を喰らって月は輝く。だから、俺が人を殺すと月は喜んで震えるのだ。と。

 あいつは、本当にどうかしてる。

 こんな世界で過ごしている以上、いつ死ぬとも解らない身である。それは誰もが心の中で承知している事だった。

 ――二年間を普通の人々と変わらない平和な日常として享受したユーリとカレンでさえ、自活の道を求めたのは結局はこの薄汚れた世界なのである。

 もう、抗えない。そう言う所まで来ているのだ。

 トレーシーは死んだ。

 殺人サークルとかいう良く分からん馬鹿どもに、死の淵に叩き込まれた。

 ――いや、それとも、あいつ自身が月までぶっ飛んだのかもしれない。

 そうか、それならそれで結構じゃないか、月に祈る甲斐があるってものだ、なあ、見ていてくれよ、そっちに美味い酒があるかは知らないが、お前を殺した連中も、すぐにそっちに送ってやるからよ。

 そんな事を考えて、またカフェオレをすする。その冷たさに身が引き締まる。

 まあ、誰にも平等に死は訪れるものだ。時として理不尽に、不条理に、しかし死だけは、平等で確実だ。わかっているんだ、あいつは陽気な奴ではあったが、殺しの手口は残忍だった。いつだってそうだった。

 やることが凄惨を極めると言ったらカレンとどっこいか、しかしその行為自体を楽しんでいる点では、トレーシーの方が残虐と言える。カレンは純粋なだけ。あいつはずっとイノセントなの。可愛い顔してやることは閻魔より性質が悪い。

 ――純粋無垢なる狂気、トレーシーに言わせればカレンはそれだ。自称で無いだけ、その点は的を射ているかもしれない。まあ、彼以外そのような呼称を用いないのは変わらないが。

 ……だからこそ、トレーシーの最期は、彼自身にとって相応しい末路だったのかもしれない。その死体は無残なものだった。

 体中の肉を食い千切られていた。その表情は、苦痛に耐え忍び絶命する直前に安らかな笑みを浮かべた、そういう経緯が見てとれるものだった。飛び散った腸と血で、彼をこんな目に合わせた連中のシンボルマークがこれ見よがしに残されていた。ああ、似たような馬鹿がいるのだ。類は友を、いや、死神を連れてきたか。

 生きたまま腹を喰い破られ、苦しみながら、死の瞬間には笑みを浮かべる。死様までたっぷりと狂気染みている。それでその死に顔はいつもの陽気なトレーシーそのものなのだから、何と言っていいか解らない。どう考えても、笑って死ねる状況ではないのだが、月では楽しくやっているんだろうか。前途洋々ってか。

 付き合いの長かったユーリにも、その笑みの意味が解らなかった。どうしてそこまで安らかに逝けるものかと。

 正直、カフェオレを飲みながら考える事ではない、とユーリは思った。

 生きたまま身体の肉を食い千切られるなんてのは、想像を絶するもんだ。しかも、傷口から考えると、彼を喰ったのは人間だって事だ。本当に人間の仕業なのかと疑いたくもなるが、現実にそう言う検視結果が出てるんだから仕方が無い。

 トレーシーが死んだのはほんの四日前だ。その凄惨な現場を目撃したのは、その日、酒を飲む約束をしていたユーリと、ブローディアである。この街では警察がそれほど機能している訳ではないので、見つかった死体は、適当に死体安置所に送られるが、トレーシーはしっかり検視をさせた。

 ユーリは、つまんだストローを揺らしてグラスの中の氷を回した。もうカフェオレは半分飲んでしまった。

 ちらと、目の前の美しい少女を眺めて、そのまだ未成熟な肢体を目線でなぞる。ブルーベル・R・トリガーハートはまだ15そこそこだ。世間一般で言えば、学生をしているのが妥当だという年齢である。

 それがこんな街で――まあ、この界隈は高級住宅地であり、そのためだけに警備の行き届いた有る程度の安全地帯ではあるが、仕事場と、自分たち職業人たちのやっている事を考えたら、まあ似つかわしくない花がこんな所に咲いている物である。

 もちろん、それなりの事情は有る。彼女の姉が、ユーリと共にトレーシーの遺体を発見したブローディア・R・トリガーハート、さきほど事務所で仕事に追われていた女性なのだから。

 勿論、ユーリにはカレンと言うとってもかわいらしい奥さんがいるので、亡きトレーシーが吹聴したブローディアとの関係など根も葉もない話であった。

 ブルーベルに対しても同様に、上司の妹であり、馴染みのカフェの店員さんというような意識なのだろう。

 ユーリは先ほどブルーベルにキスを求められた形になっていたが、別にそんなのは挨拶みたいなものだ。ただ煙草を吸っていなければ、ユーリは普通にそれをしていただろう。カレンが見ていなければの話ではあるが。

「ブルーベル」

「なんですか、ユーリくん」

「キスしようか」

 ブルーベルは、くすりと笑みを浮かべ、再びカウンター越しに、その腕をユーリへと伸ばし、身を預ける。

「じゃ、私の元気、分けてあげますね。――」

 その瞬間。

「ユぅうううリぃい! 車のキーかしてよぉおお!」

 ばーん、とけたたましく木戸を開け放ち、カレンがカフェに入ってきた。見計らったようなタイミングである。

「…………あらあら」

「…………おっと、これはこれは。どうした、酔いは醒めたのかな?」

「んんむ、……うぅ、まだ酔ってるのかなぁ、……あたしのユーリくんがブルーベルとキス……してたような、幻覚が見えた気がするんだが……」その目が据わっている。

「気のせいじゃないかしら? うふふ」

「ああ、そうみたいだな、で、車のキーがどうしたって?」

 カレンは、どうやらまだ酔っているらしかった。触れ合った唇を離した先ほどからユーリの言動は、こんな状況でも落ち着いている。こういう事にも、どうやら慣れているらしい。

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