foolish funeral sways the moon
そのまま一階に下りたユーリは何の気も無しに、煙草の煙をくゆらせ空を仰ぐ。お天道様は今日も全てを見ていらっしゃる。昼間限定で。今宵は狩りに奔走せねばならない。潜入を試みるなど柄にもない事を言ったものだが、特に後悔している訳ではない。
「大丈夫だ、ユーリ。心配は無い、月はいつだって俺たち狂人の味方さ」
と、言って気付いたが、自分がこれから相手にする連中も狂人なのではないだろうか。
いや、問題は生粋かどうかだ。――俺はまだ狂い切れていない。生粋ではない。狂人同士が貪り合うなら、月はどちらに微笑む?
ぼんやりと取りとめない事を考えながら、一頻り吸い終わった所で、ポケットから取り出した携帯灰皿に吸い殻をねじ込む。いや、待てよ。ねじ込む必要は無いじゃあないか、目の前にはfrighten fouがあるのだから。
「一杯頂くついでに、吸い殻、捨てさせてもらおう……」
一言呟きながら、ユーリはのそのそとカフェの中へと入る。
「いらっしゃいませ、――あ、ユーリくんだ。こんにちはっ」
明るく利発な声が響く。
長い黒髪がふわりとさざめく、笑顔が素敵な店員の女の子が一人出迎えてくれた。黒いパフスリーブのブラウスにロングスカート、白いエプロンと言うシンプルな出で立ち。背が高く細身な彼女には、良く似合う。これがここの制服のようなものである。彼女――ブルーベルを入れて、従業員は三人の少数精鋭だ。無論、色んな意味で。
「ん。君はいつも元気だねえ」そう言いながら、ユーリはカウンター席に腰を下ろした。ぼんやりと、並べられたボトルやグラスを眺める。整然としているなあ。
ユーリはさっき飲み屋を一つお釈迦にして来たばかりなので、それを見ていると何となく落ち着かない気分になるのだった。
「ふっふっふー、もちろんです、本日晴天なり、私も営業スマイル全開で頑張りますよ! でもユーリくんは元気がなさそうですね、良かったら分けて上げましょうか?」そしてカウンター内側に入り、いつでも注文を受けられる体勢に。
「いや、こう見えて有り余ってるよ。けど分けるってどうやって」
「そうですね、なんかこう注入するイメージですよね。うーん。――あ、じゃあキスとかどうですか」と、カウンターに身を乗り出す。前屈みにになり、胸元の白い肌が露わになっている。ユーリが少し首をのばせば、お互いの距離はあっという間にゼロだが、ユーリは特に関心も無さげに応答する。
「今、煙草吸ってきた所からヤニ臭いよ。って、そうだ、吸い殻を捨てたいんだけどな」
「む、駄目ですよ、ここは禁煙なんですから」
それを聞いて、ユーリはきょとんとした。
「……あれ、そうだったっけ?」改めて、店内を見回してみる。テラス席は言わずもがなだが、六つ並んだセンスの良いテーブルには、灰皿が一つも置いていない。
「おかしいな、先週来た時は灰皿置いてあったよね?」
「それはそうですが、三日前からうちは禁煙になったのですっ」
「……突然だね?」
「これには理由がありまして、店長が、しばらく煙草はやめる! って宣言して、それだと他人が吸ってるの見るとイライラするから、店も全面禁煙する! って事がありまして」
「……でも突然ってとこに変わりは無いよね」
「店長は吸い過ぎですから、ちょうどいいんです」
「確かに一理あると言うか、正しいような、でも店が禁煙になるのは納得は出来ない理由だな。でもま、それは良い心がけだと思うよ。この店だと分煙は難しいもんな。俺はどうしても吸わなきゃいられないって性質でもないから、吸えたって吸えなくなって、別にどうでもいいんだけども。で店長とアリアは?」
「あー、二人はちょっと隣町まで買い出しに行ってます。だから私一人です。ほら、ほらっ、キスするなら今ですよ、大丈夫、誰にも言いませんから」
「また今度ね。カフェオレ一つ頼む、アイスで。これが一番手っ取り早く元気の補給が出来る当てなのさ。あと、吸い殻捨てといてくれ、これ俺の灰皿。捨てるのなら構わないだろ?」
「はーい。あれ、何かかわいい灰皿ですね」
「だろ、日本製だ」
そこは店員さんらしく、注文を受けた通りにお飲物をご用意。吸い殻もゴミ箱へ。ユーリは頬杖をつきその手際を眺めているが、またぼけっとしているようにしか見えない。
「でも、そうやって紳士ぶってるけど、ユーリくん、お姉ちゃんにも手を出しているんじゃないんですか?」と、出来あがったアイスカフェオレをユーリの前に置きながら、ブルーベルは妙な事を言った。
「おーいこら、誰がそんな事を言いだしたのかな、ちょっと連れて来てくれるかな」
「えー。だってこの前トレーシーさんが言ってたんですよお……ユーリの奴、遂にブローディアにも手を出しやがったぞ! って」
「ったく、えー、はこっちのセリフだよ。何なのアイツもう……殴りたい。……死んじまったけど」
「だから連れてくるのは無理ですよお。あ、ストローいりますか」
「いや、このままでいいよ」そのままグラスに口を付ける。いつものカフェオレが喉を通る。冷たい。
一瞬の沈黙。
ユーリがグラスを置くと、中の氷が、パキパキっと鳴った。
「……やっぱりストロー要るわ、氷が冷たい」
「だから言ったのに……」すとん、とストローがグラスに落とされる。
「――ブルーベル、俺たち今晩、ちょっとトレーシーの仇討ってくる積りでいる」
「――そうですか。ではご武運をお祈りしています、月のご加護がありますように――foolish funeral sways the moon――でも、カレンちゃんはどうしたんですか? 今さらですけど」
「んん、確かに今さらだなその質問。もちろんさっきまでは一緒に。だけど昼間っからあいつ酔っぱらったんだ、今は上でぐっすり寝てるよ。酒に弱そうだけど、なんでか酔いが回るのは遅いんだよなぁ」
「ああ……じゃあ今お姉ちゃんと一緒に居るんですね。お姉ちゃん、今日は何だか忙しそうだったなぁ」
「うちも店長がすぐフラフラするからねえ……」
「む。うちの店長はフラフラじゃなくて、買い出しに行ったんですよ。あの人と一緒にしたら怒られますよ」
「へいへい」