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Pleasant safety NAKED driver

 ビルから出てくる二人組を、街の雑踏が出迎えた。ならず者の街。日に何度も銃声が空に轟く、法を外れた者たちの巣窟。

 路駐しておいた車に乗り込みエンジンをかけると、カーステレオからは日本のアニソンが鳴り響いた。

「ふっふっふ~! へい! へい!」

 カレンは手を叩きながら、その曲に合いの手を入れてはしゃいでいる。

「おい、車内で暴れるな」

「最近のアニソンは声優さんが歌ってるのが多いんだよなぁ。いいなぁ、ライブ行きたいなあ。日本に行きたいなぁ、うふっふふっふー!」

「…………ああ、いつかな」

 二人が乗っているこの車も、どうやら日本の車らしい。カレンが古い車の本(子供が読むような日本のじどうしゃずかんである)で見初めた、ネイキッドとかいう車種だそうで、これを欲しがって仕方なかったので、ユーリが方々駆けずり回ってようやく手に入れた中古車である。

 これの現物を目の当たりにしたカレンは一日中興奮しッきりで、後部座席で布団にくるまって寝る程であった。もう三年ほど乗っているが、闇屋でメンテナンスを繰り返してまだ現役である。ユーリには、これがいつ作られた車なのかもさっぱりわからないし特に興味も無かった。

「それにしても、この車が人気なかったなんて絶対おかしいよー」

「日本人の趣味に合わなかったんだろう」

 それで二人の会話は終り、カレンはアニソンに合いの手を入れ続ける。

 二人を乗せたネイキッドは、そのまま街道を抜けて寂れた郊外へ向かって行った。

 今頃、客が入って先のバーの惨状が知れている頃だろうか。

 もとから銃声に耳慣れた住民しかいないこの町だが、昼間っから酒飲みが騒いでいる店を一つ潰すくらいの事をすれば、当然それなりの騒ぎにはなる。だから、二人とも、銃は使わなかった。


 ――こんな天気の良い昼間から、真っ黒いレインコートを羽織った男女が店に入ると、店内の雰囲気はそれまでの喧騒とがらりと変わった。酔って殴り合いをする連中も少なくは無いが、そんなのは遊戯である。この二人が放つ殺気に気付かない愚か者ばかりではなかった。静寂。

「聞きたい事が有る。近頃この街で調子に乗ってる似非サイコキラーのぼんくら野郎についてだ、何っつったかな、グリス・アイアトンとか言う――知ってる奴だけ答えろ」

「なんだ、オニーチャン、いきなり入ってきて――」

 入口の近くの座席から立ち上がってきた大柄なイレズミの男が、レインコートの男の肩に触れようとした刹那。小柄なレインコートのもう一人が、サバイバルナイフをイレズミの首に突き立て、撥ね上げた。

「知ってる奴だけ答えろ。でなきゃあ――」イレズミの男の頭部が飲み客のテーブルに落下し食器をはね上げると同時に、大柄な首なし死体が崩れ落ちた。この街の荒くれ者は、掃いて捨てるほどいる。命の重さなど、便所のクソと同じ程度の問題である。

 しかしそれよりも早く、店内から真っ先に逃げ出そうとする男が一人。

 もちろん、レインコートの二人組、相方の少女も、それを見逃してはいなかった。

 戦闘開始だ。目の前で人が死んで叫び声を上げるような間抜け野郎はここにはいない。各々が得物を閃かせレインコートの二人組に襲いかかる。仕留めたやつは今日は酒がうまく飲める。それだけの理由だ。しかし、この闖入者の眼中にはもはや周りのチンピラどもは映っていなかった。

「――カレン、アイアトンの名前を出したとたん一人逃げた。あいつ以外皆殺しだ」

「らじゃー」

 どいつもこいつも、自慢の一丁やらを持ってはいるが、カレンには関係ない。銃弾の雨が降り注ぐより早く、肉壁がそれを防ぐ。

 俊敏な猫の様に飛び回る少女は得物であるサバイバルナイフ四本で、思う様斬り付け、店内はさながら屠殺場と化した。レインコートがあっという間に真っ赤に染まって行く。

「はい、逃げるのやめようねー」

「ぐあっ」

 非常階段に通じる裏口の戸を開けようとしていた髪の薄い男に、ユーリは蹴りを浴びせた。

「アイアトンの事を知ってるようだな」

「お、お、俺は何も喋らねえぞ」

「どうしてだ、別にいいじゃないか、何か問題あるのか」

「話す必要は無い」

「……カレン、ふんじばれ」

「おりゃー!」

「ぎゃあぁああぁ」いつの間にかユーリの背後に付いてきていたカレン――レインコートは脱いでいる――が、髪の薄い男の残りわずかな毛髪を乱暴に引きちぎった。

「いや、髪を抜けと言ったんじゃないんだが」

「往生際が悪いんだよー、これっぽっちのくせして。うぇー、ばっちい」カレンは手のひらの髪の毛を払い落すと、ポケットから通販で買った簡易手錠を取り出し、元薄毛のハゲの手を拘束し、再び店内へ引きずって行った。

 鋸は、店のカウンター内に置いてあった。誰の持ち物か知らないが、バーにこんなものは必要ない。日曜大工でもいたのだろうか。それに目を付けたカレンは目を輝かせる。

「いいもの、はっけーん!」


 ――結局、ハゲは何も情報をもたらしてはくれなかった訳だが。また一カ月もすればああいう店はそこいら中にできるし、悪党もわんさか湧きでてくる。どういうシステムかは知らないが、言うなればここは、どこにも存在しない場所なのである。

 住めば都と言うか、この二人も同様に今はこのガラの悪いにもほどが有る町での暮らしを満喫している所であった。

 傍目には、田舎者めいた新参者――行き先を間違った子連れの青年にしか見えない風情――であるが、ユーリもあの頃とはすっかり趣を異にしている。カレンを嫁にした時が、彼女が一六歳ぐらいの時であったから、もう六年近くが過ぎようとしている。

 当時田舎暮らしの二年近くなった頃で、誰に襲われたと言うのでもなく、ユーリの母親も闇医者院長も病気でこの世を去っていった。とても幸せな二年間は、二人の心の中で燦然と刻み込まれている。

 ……二人が再びこの暗黒の社会に身を投じることになったのはそれからである。


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