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Regular homicide meeting

 ぱち、ぱち、ぱち。

 乾いた拍手の音。その場の全員がバー・カウンターに視線を移す。

 そこにいたのは。

 首輪に繋がれ縛られた少女を小脇に抱えて涼やかな笑みを浮かべる若いバーテンダー。ユーリとカレンの周りの七人はそれぞれ身振り手振りで挨拶をした。それに合わせて二人も軽く会釈する。

 こいつが、グリス・アイアトン――

「さぁ、みんな揃ったな。今日は新入りさんも二人も居る。歓迎しようじゃあないか。歓迎するよ、やあ、ようこそ、ようこそ。あ、君たちは座ったままで良いから。良いから良いから、大丈夫。ごゆっくり。主催者が司会もこなさなきゃね。新入りさんもゆっくりしてていいから」

 小気味良い、透き通った声が響く。何よりも異様なのは、小脇に抱えられた少女であるが。

「ん~ッ、むぅ~ッ!」

 猿轡をはめられてくぐもった気勢を上げ脚をじたばたさせ抵抗するが、パァン、と一喝するかのように男の平手が少女の頬を打つ。空気が打ちつけられたかのよう、静寂が場を支配した。

「こら、客人の前だ。静かにしなさい」それきり少女は静かになった。

 アイアトンは、ただ一度平手打ちをしただけ。しかしサークルの七名は凍りついたように動かない。その表情も然りだ。だが、張り付いているのは恐怖ではない。

 ユーリはそれで理解した。この男の機嫌を損ねると、良くない事になるに違いない。そしてこいつらはそれを知っている。ただ恐怖で支配しているというのではない。それ以上の何かだ。こいつらの顔に張り付いているのは、羨望ーードス黒い狂気である。

 一方、カレンはアイアトンなんかより、坂田が気になって仕方ない。

 彼女フルネームは坂田露子さかたつゆこらしい。坂田はカレンを鬱陶しそうに睨んでいるが、カレンは頓着しない。

 全員を座に付かせ、アイアトンは少女を脇に抱えて立ったままで、話を始める。

「あらためて名乗らしてもらおうかな、サークルkills as suitableの主催者、グリス・アイアトンと言います、よろしくお二人さん。いやあ、新入りが増えると嬉しい。同じ気持ちを分かつ仲間だよ。一昨日も坂田くんが加わったばかりなんだ。そこのお譲さん二人でもう仲良くしているようでなによりだ。ふふふ」

「つゆこはいいやつだな!」

 アイアトンの言葉に満面の笑みで答えるカレン。実に無邪気。天真爛漫という形容が相応しかろう。

 うん。誰かが言った、天真爛漫とは、アホかわいいと言う意味であると。

「…………うざい」

 坂田はボソッと不満げに毒吐いた。この無愛想な娘のどの辺がいいやつなのかユーリには良く分からなかった。

 ――しかし、トレーシーが殺されたのは四日前だ。このサークルに坂田が加わったのは一昨日。それを信ずるならば、殺す必要はなくて済むかもしれない。

 復讐はする。嫁の機嫌もとる。両方こなさなくっちゃあならない。この様子じゃあ、カレンも坂田を殺すつもりは毛頭ないだろう。であるなら、もしや坂田が犯人ではないと直観的に感じていたのかもしれない。野生的な嗅覚である。

「そして今日も、いつもの集まりだけど、――それより今日はね、僕の報告からさせてもらいたいと思うんだ。それでいいよね? うん、それじゃあ話すよ。報告と言うのはね、今日の話なんだ。残念な話からになる。まず、僕の行きつけてるバーが一つ閉店してしまったんだ。実に残念だよ」

 ユーリは、一つため息を吐く。昼間潰した店の事を考えながら。

 昼間、アイアトンの事を知ってる、――いや、もし仲間だったら。とにかく、店に居た人間は皆殺しにした上で、ハゲを一人拷問にかけて殺した。それによって自分たちが不利な立場になる可能性も勿論想定内だった。

 あれが仲間だったら、――報復でもするつもりだろうか。

 だったら短期決戦と言う事になる。

 そっちがそう来るなら、全霊を持って答えるまでだ。端からその為にここまで来ている。ユーリの筋肉が俄かに緊張した。しかしそれに気付いたのは、カレンくらいである。

 二人はそして呼吸を合わせて、もしもの展開に備える。

 先手でこの場の支配権を得る為に。

「先日、あの店で僕に因縁をつけてきた男を殺して、バラバラにして溝にぶちまけてやった事があったろう? あれの兄弟が、どうやら僕を付け狙ってるらしくてね。それを、あのバーのマスターが教えてくれたんだ。ーー良い店だったんだけど。

「とにかく、その兄弟のハゲ、ハゲなんだけどさ、殺すだけじゃつまらない、面白い事をして楽しんでやろうと思って朝のうちに準備してたんだ。それで昼に店に行く事になったんだけどね、行ってみると、いつもは騒がしいビルが、何やら森閑として人の気配も無い。おかしいなと思いながら店に入ってみると、真っ赤な血の海だった。

「店の客も店員も皆殺しになってた。ハゲ諸共。すぐ見つかったんだ、首が転がっててね。胴体がどこにあるのかちょっと良く分からなかったけど、ハゲが死んだのは確認できた。……いやあ、参ったよ。これには流石の僕も面喰らった。しかし鮮やかな手口の残虐な惨状、僕にとっては正直素晴らしい光景には違いなかったけど、一応世話になってる人もその中には混じっていたからね。少しイラッときた。

「――とにもかくにも、そのせいで不運にもさ、僕は第一発見者だなんて面倒ごとを背負い込む羽目になんてなってしまったものだから、誰が通報したのかあっというまに警察は来るし、昼間っからとんでもなく嫌な思いをしてしまった。僕の足跡が現場に残ってるとか、見当外れないちゃもん付けてくるんだものね、困った話だよ。そりゃ、まだ血が乾いて無かったから仕方ない、ハゲの死体を探すのに歩き回ったのがいけなかった。僕も少し動揺していたんだ。そう言う事も有って、とにかく不快な一日だった」

 そこまで話を聞いて、脳内で反芻したユーリは、早くも自分の行いに公開を感じ始めていた。

 ――そうか、あのハゲはアイアトンを殺そうとしていたわけか。だからアイアトンの名を出した時に逃げたわけである。

 ……何だか、そいつは悪い事をしたな。カレンに任せるんじゃなかった。まあ終わっちまったものは仕方ない。しかしこいつが、第一発見者。俺たちはあのバーで、入れ違いになったのか。

 危ない所だった、いや、惜しかったと言うべきか?

「まあ、そんなこんなで僕はぶっ殺そうと思っていたハゲをこの手で始末してやる事ができなかった。その理由は午前中に準備に手間取っちゃったからさ。僕の自己責任だから反省はするよ。とりあえずあのバーを潰したのが誰かは知らない。それはもう過ぎた事だからね。

「でもこの件はまだフィナーレを迎える訳にはいかない。今日はひどい一日だったけど、この場で素敵な締めくくりをしたい。何度も言ったけど、僕が午前中にして来た準備と言うのは、これなんだ!」

「むぐぅッ!」

 アイアトンが、抱えてた少女を床に落とした。首輪の鎖が金属音で騒ぐ。少女は重力によって叩きつけられ、苦しそうに声にならない叫びを発した。その少女の頭を踏みつけながら、さっきまでとは調子の違う抑揚の無い声で、アイアトンは言う。

「これは、僕が今日殺し損ねたハゲの――実の娘さんなんだ」

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