06
一時間目のLHRでは残りの委員を決める時間となった。しかしそれだけではなく、決定する合間にちょっとした検査がある。
「里中さん、次だよ」
「はーい」
すんなり図書委員に決まった私は、教室に戻ってきた前の席の子の呼び掛けに立ち上がる。
入れ替わるように廊下へ出れば、窓際に天童先生がバインダー片手に立っていた。
「次は里中、な……ATは自立型か。よし、左腕だな?」
「はい」
そのまま左腕を差し出す。すると先生は小さな長方形の機械を、関節辺りに翳した。三秒程でピピッと軽快な電子音が鳴る。
先生が機械の画面に目を通した後、軽い検査が開始した。
「コードグラフに変化はないな。……春休み中はどうだった?」
「特に変わりはないですね。今年もD判定は取れそうにないです」
もうわかったとは思うが、検査とはアビリティに関するものである。休み中に何かしら変化があったかどうかを調べる為だ。
先生が言ったATとは“アビリティタイプ”の略称だ。
アビリティは現在、全部で五つの種類に分けられる。簡単に言うと以下の通りだ。
・装備型……剣や盾といった、身につけて扱うタイプ。
・自立型……アビリティ自体が別に意思を持ち、顕現するタイプ。
・超能力型……アビリティが形を持って表面化しないタイプ。
・元素型……四大元素(地水火風)の内どれかを操れるタイプ。
・特殊型……上記のものに当てはまらないタイプ。
これらの選別の仕方は先程の機器……簡易版だが……で行える。聖痕をスキャンして表れる(ますますバーコード染みている)グラフのパターンからどれに当てはまるかを確かめるのだ。
因みに最終判断はお偉いさんが下すので、特殊型に思えたものが装備型だったり、超能力型っぽいのに特殊型だったりと、さじ加減で決まっている節があるのではと思う時がある。いや、グラフが同パターンを示したからの結果なのだろうが。
因みにこのコードグラフは人が持つ聖痕にしか現れない。正確には定まったパターンのアビリティを計測できるのが人間のものだけなのだ。
エネミーと称される、アビリティによって姿形を変え特殊な力を得た怪物達はバーコードがない。なので的確なスキャンは不可能の為、どのような能力を持つかは戦ってみるまでわからない。
が、それは昔の話で、今ではある程度なら見た目によって判別が可能だ。彼らの中でも形態は決まっているようで、完全消滅には心臓といえる核を破壊すればいいのは共通事項である。
そんないろーんな種類がいるエネミーを討伐するのが我らアバターだ。通常の武器・兵器ではほぼ効果がないので、目には目をということか、アビリティにはアビリティなのである。といってもあくまで学生なので、討伐可能なレベルならいざ知らず、大物の相手はアバターを中心に形成された防衛軍の役目だ。
アルカディア学園は、アバターである子供達に一般の教育を受けさせつつ、力の扱いを学ばせていく専門学校なのである(しかし将来アビリティ関連の仕事に就きたい! と本気で思っている子も実は入学可能だ)。
まあ私はD判定を食らっているので、判定が取れるまでは通常の授業は受けられても討伐任務に振られることはないのだが。
アルフォンスのあの状態が私にはもう普通のことなのだが、天童先生は困り顔になった。
「今年は始まったばかりだぞ? そう諦めたように決めつけるには早いんじゃないか?」
「そう言われましても……出てこない・応えないがすっかり板についているので」
……別にディスアビリティはそう珍しいことじゃない。私の他にも何名かいることは知っている。
何故上手く使えないのかについては、使用者の心理面が影響しているのではないかと言われているが、ぶっちゃけ不明だ。
「里中は後天性なんだったか」
「そうですよ」
「お前の場合はその辺が関係してるのかもなあ」
「ですかねえ」
それは思わないでもない。
本来アビリティとは生まれ持ってくるものだ。先天的にアバターであることが多い中、私は後天的にアビリティを得ている。これは珍しい例なのだそうだ。
ある日突然、という場合もあれば、エネミーに襲われたことで聖痕が現れたという話もある。私の場合、アルフォンスに出逢ったことが原因なのだと思う。
「……まあ、アビリティなんてのは、使えない方がいいのかもしれないけどな」
ぽつり、と先生は呟いた。
私は自分の左腕を見下ろす。
これは善くも悪くも大きな力だ。後天性であることに加え、少しばかりといえどこんな力の無かった前世を知っているだけに、私にはこの世界の異常さが際立つ。
より奇妙なのが、何百年も前からこんな力がありながら、この世界の歴史に前世との差異がほとんど見られないことだ。
それはやはりここがゲームと酷似しているからなのだろうか。あれはあくまで恋愛ゲームだったので、世界の歴史(細かい背景)までは語られていなかった。
そう考えると。ますます世界の破滅の可能性は現実味を帯びる。
機械仕掛けの神様――システム(・・・・)が生きているのではと思えてしまう。
「……ん、こんなところか。里中、次の奴呼んできてもらっていいか?」
「了解です」
……デウスエクスマキナ(色々あったが無事に終了した)、で終わってくれたりしないだろうか。
なんて都合のいいことを考えながら、私は教室へ戻ろうと天童先生から背を向けた。
長い休みの後のダルく感じる授業を終えて、掃除の時間になった。帰りのHRまでの十五分くらいの、時折先生が見回りにくる、中々気の抜けない時間である。
私は今、保健室の扉の前にいる。別に怪我をしたわけでも、具合が悪いわけでもない。
普通ならこの時間にここへ来る必要性はないのだが、私の掃除担当場所がここだった。
だが本来、それはおかしいのだ。
一応指定場所だし、気になることも解決すべく、私は「失礼します」と戸を引いた。
入った先、机に向かう校医の姿が目についた。遅れてふわりと、薬品の香りが私を包む。
短く切られた青みがかった黒髪が、さらりと揺れる。次いで切れ長の青い目が、冷たさを感じる目付きでこちらを向いた。――この、彫刻のように整った顔立ちの、綺麗という表現がぴったりな男性が、保健室の主である。
「来たか」
その一声に感情はない。温暖さはないが、寒冷さもない、見事な機械のような声音だった。
クルリと椅子を半回転させ、しかしそこから立つことなく、白衣の男は私に向き直る。長い足を組み替えながら腕を組んで、私を観察するように見つめると、納得したように頷いた。
「あの時の一年で間違いないな。よし、ではさっさと掃除に取りかかれ。あの時のように無駄な行動をすることなくな」
「その前に、一つだけで質問してもいいでしょうか」
言うだけ言って作業に戻ろうとする彼――錦織祥司先生を引き止める。
眉間に皺を寄せて、ちょっと嫌そうな顔をしながらも「なんだ」と発言は許された。
「保健室は三年生の担当だったと思うのですが、何故二年の自分に割り振られているんでしょう」
そうなのだ。実はここ、本当なら三年がやるべき掃除場なのである。その筈が、教室に貼られていた担当区域に私の名があったのはここ保健室。思わず二度、いや三度見した。
これを貼っていった天童先生は近くにいないし、万が一、この紙による通達が間違いでないのなら、すぐさま向かわねば錦織先生に絶対零度の視線を食らう羽目になる。それは嫌だと思わず駆けつけたわけだが、気になることは気になる。
私の疑問に、錦織先生は眉間の皺をそのままにこう仰った。
「それは俺個人の事情だ。去年、受験の関係でここを担当していた三年がいなかった際、代わりに遣わされたお前の仕事ぶりに俺はいたく感心した。
話しかけてくることも、独り言もなく、またちらっちらとこちらを見ることもない。雑用を頼めば了解の返事のみ。女子の持つ細やかな気配りをしつつも、要らんことは一切しない。俺にとっては理想の仕事具合だったわけだ。
最早お前以外にここを任せることは考えられなかった俺は、他の教師や理事長などに掛け合い、お前を保健室担当にしてもらった。所詮一人だけだ。結構すんなり了承されたな。
さて、他に質問はあるか」
…………。えーっと、つまり貴方の我が儘でこうなったと。そういうことでいいのか。
ありません、と首を振った。これ以上余計なことを訊くと睨まれる。
そそくさとロッカーの中の掃除道具を手に取る。そして、机の上のパソコンに視線を注いでいるだろう先生に、バレないようにため息をついた。
錦織祥司――淡々とした態度と、無駄を嫌う、冷たささえあるその思考。氷のようで、能面のような顔つきに、ついたあだ名は“魔王様”。
そんな、具合の悪い者がさらに顔を青くさせる、皆が恐れる保険医と、これから毎日顔を合わせることになるとは、その……正直気が重い……。
そんな彼も攻略対象なのだが、一体何をどうすれば、あまーい関係になれるのか、今のところさっぱりわからなかった。