05
前後で次へのタイミングが違うのは改ページに悩んでいる証ですすみません…。
起床なう。
目覚まし時計をセットし忘れていたらしく、本日はアルののしかかりにより目が覚めた。感謝半分、もう少し丁重だったらという希望が混じる目覚ましでした。正直ダイブはいかんと思う。
いつものように身支度を整えて部屋を出る。左手首にタグを着けながら、のろのろ食堂を目指す。
辿り着いたそこでは、既に何人もの寮生が朝食を取っていた。
共学であるアルカディア学園は当然女子寮と男子寮の二つがある。ここ食堂と共有ラウンジがそれらの寮舎を結んでおり、空から見ると少々歪曲しているがどこかアルファベットのHの形に似ている。もちろん、余程の緊急事態でもない限り互いの寮舎への往来は禁止されているのでご注意をば。
今朝はホカホカの白米をチョイス。それに合わせて味噌汁に焼き魚にと、まさに日本の古き良き朝食と言えるメニューだった。立ち上る湯気といい香りに、空っぽな胃袋が刺激される。
空いた席にトレーと腰を下ろして……両手を合わせて、では、いただきます。
箸を片手に、白銀の輝きを魅せるお米を口に放り、噛み締める。……炊きたての熱さと噛むほどに滲み出る甘さにほっとする。
パンのもっちり感とサクサク感もいいが、どちらかと言えば食べていてどこか安心感のある白米の方が私は好きだ。と、前に歩夢に話したら「透の感性はよくわからない」と一蹴された。
……お米美味しいじゃない……。
ちょっぴりさみしい気持ちになって、白味噌のお味噌汁に慰めてもらっていると。
「ここ、座ってもいい?」
正面から声を掛けられる。
誰だ、と思って顔を上げれば、なんとそこには昨日転入してきたばかりの月村さんの姿があった。トレーを両手に、小首を傾げてこちらを見ている。
彼女はどちらの寮だったのかという疑問は、この瞬間に解決した。
美少女にいいかと問われて断るような人間がいるだろうか。いや、いまい。即座に「どうぞどうぞ」と座るよう促した。月村さんはありがとうと微笑んで、私の対面に座す。
彼女の朝ご飯のメニューは私と同じだった。まあ基本パンとご飯の二種類しかないのだから、確率的には二分の一なわけだが。
お箸と茶碗を手にした彼女はふと、おずおずといった様子で私を見つめる。
「あの、同じクラス……よね?」
「ん? そうだよ。――ああ、これは失礼」
魚の身を解す手を止め、箸を置いて会釈する。
「クラスメートの里中透です。どうぞよろしくお願いします」
「あ、いや、こ、こちらこそ」
手に取ったばかりの食器を慌てて戻しながら、月村さんも軽く頭を下げてくれた。お見合いの空気ってこんな感じなんだろうか。
そんなわけで食事を再開。
一緒に食べていてわかったが、彼女の食べ方はとても綺麗だった。焼き魚なんか特に。アメリカにいたにしては、その所作は繊細な日本のそれである。というか、見た目からしていかにも大和撫子なんだよなあ、この子。
「月村さんは、生まれはこっちなんだよね? いつから海外に?」
「ええと、六歳頃かな。私のアビリティがね、今までになかったタイプのものだったらしくて、それの詳しい研究のために両親とアメリカに行くことになったの」
「へー」
となると、学園への入学前か。
十年間もということは、今の人生の半分以上はアメリカでの時間と言うことになるが……そこまで考えて、唐突に彼女に関するいくつかの記憶が脳裏に浮かび上がった。新たに得た情報に、思わず眉根が寄る。
彼女のアビリティは“治癒”らしい。あらゆる怪我を瞬時に治す、かなり重宝されるだろう力。……だが何故だろう。断絶されたはずの過去の欠片がキラリと光る。それだけじゃない(・・・・・・・・)と、現在の私へ訴える。
それは月村陽向を月村陽向足らしめるもの。彼女がここを訪れることになった、本当の理由。
……私はまだ、全てを思い出せていない。
「ねえ、里中さん。よかったら一緒に登校しない?」
「あ、うん。いいよ、喜んで」
まあ、ただ甘いだけの恋愛で済むなら、世界が破滅に向かうことはないよね。
登校中、例の如く私の一歩前へ瞬間移動してきた歩夢と合流して三人で通学路を行く。
先程から、月村さんに興味津々な歩夢が矢継ぎ早に質問を繰り返している。
「月村さんってモテるでしょ。だって可愛いもん。恋人とかいなかったの? もしくはいる? 遠距離恋愛?」
「そんなことありませんっ。正直、初恋もまだですー」
「えーっ、嘘だあ」
「嘘じゃないって。そう言う七瀬さんこそどうなの」
「彼氏はいないよ……。あ、でも初恋は覚えてるよ。初等部で同じクラスだった男子」
「……あれ。スーパーでレジ打ちしてたお兄さんじゃなかった?」
「え? そんなこと言った?」
「ああはいはい、恋多き幼女だったんですね君は」
こんな感じにキャピキャピしている。ついでに言うと私の初恋は近所のお兄さんでした。たぶん。
「……綺麗な、黒髪」
所謂ガールズトークに花を咲かせていると、背後からそんな声が聞こえてきた。それは誉め言葉だった筈なのに、どこか冷めた響きを持っていた。
顔を確認してやろうと振り返る。そこには、ピンク色の短い髪にカラフルなヘアバンドを巻いた男子が、ぼうっとした顔で立っていた。金色の目がこちら……恐らく月村さん……をじっと凝視している。ブレザーが地味なグレーだからか、首から上の鮮やかさがよく目を引いた。
つい足を止める。少し見つめ過ぎただろうか、その時少年とはっきり目が合う。
「……あ。――へへ、おはようございますっ!」
呆けていた顔つきがパッと切り替わる。一転して眩しい笑顔に変わった。
「……おはようございます?」
その変化が私にはちょっといきなりで、返した声は語尾が僅かに上がっていた。
「ね、何年生ですか?」
「二年ですが」
「あ、なら同じだ。三年生かと思っちゃった。君、大人っぽいんだね」
「はあ。そうですかね?」
あれ、会話しちゃうの?
てっきり挨拶で終わるものかと思っていたのに、カラフルボーイ(仮)はさり気なく隣へやって来る。
覗き込むようにしてこちらを見る顔に、脳内にカッと光が差した。もちろん比喩だ。記憶が記録として再生されただけである。
少年の名前は土宮涼太。ゲームでの、ヒロインの恋の相手の一人である。
「せっかくだから、名前聞いてもいいかな? あ、僕は土宮涼太。よろしくねっ」
「里中透です。よろしくどうぞ」
とりあえず自己紹介をしておいた。私がついてきていないことに気がつき駆け寄って来た歩夢と月村さんも、一緒に紹介しておく。そもそも彼が気に留めたのは月村さんの筈だし。
「あれ? えーっと、七瀬さんって二組だよね?」
「そうだけど、何で知って……あ、そっか、同じクラス?」
「うん、そう! 仲良くしてね」
にっこり。と彼は笑う。太陽のような笑顔というのはこういうのを言うのだろう。見ていてこちらの気持ちも明るくなる、可愛く元気のある笑みである。
「月村さんも、里中さんも、クラスは違うけど僕と仲良くしてほしいな。可愛い子と友達になれるのは嬉しいからさ」
「はあ」
「そういうことなら、私からもお願いしたいな。まだこっちのお友達は里中さん達くらいだから」
可愛い、という単語が自分の中で引っ掛かって、つい間の抜けた返答をしてしまった。
それに比べて月村さんの返事はパーフェクトだ。これが天然かそうじゃないのか、また別のものかはお好きに想像してほしい。
私にはわからない。この辺りが美少女と凡人の差だろうか。
いつまでも立ち止まっているわけにもいかないので、土宮くんを交えて四人で登校する。
その間彼についてわかったことは、随分と元気なお喋りさんで、道中入れ替わり立ち替わり女の子からの挨拶があったことだった。皆知り合いらしい。……この女友達の多さをどう捉えるかは、各人にお任せしたいと思う。