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フラグ×メンド  作者: 竹中 とと
4/8

03


 さあ教室へ戻ろうと生徒の群衆に紛れていると、誰かに背中を思いきりバーンっ! とぶっ叩かれた。堪らず「ぐふっ」と呻く。


「透ーっ、キングの声はちゃんと聞いてた!?」

「う、うん」


 誰かは歩夢だった。上気した頬とちょっと高めの声のトーン、そして満面の笑みに、今の彼女のテンションがアゲアゲな状態であることが見て取れる。随分と楽しそうだ。だからって勢い任せに人にアタックしないでほしい。


「キングってホントいい声してるよねー」

「ソーダネ」


 痛む背中を押さえながら適当に返答する。どんなに棒でも相槌があればよかったのか、歩夢の機嫌は良いままだ。

 さっと辺りを見回したが、他の女子生徒も概ね彼女と同様なハイテンションだった。恐るべし、キング。

 キング、というのは先程美声を披露していた生徒会長のことである。あのような厳かな集まりでは口にされないが、通称、高等部は生徒会執行部の役職をチェスの駒で言い表す。会長・副会長をキング・クイーン、会長ら補佐役をナイト、書記・会計・庶務をそれぞれビショップ・ルーク・ポーン……という具合だ。数十代前の会長がチェス好きだったことに由来するらしい。数も合わせて十六名である。名称による性別の縛りなんかは特にない。

 余談だが生徒会に入るにはただ立候補するだけではいけない。候補者の人柄や成績、アビリティも選出の基準となる。しかも投票権は生徒のみならず、学園の上層部――お偉いさん方も含まれている。

 ぶっちゃけ、生徒会=(イコール)エリート集団と思っていい。グレーではなくブラックの制服を見かけたら粗相のないようにすべし。

 気をつけろ、という点では白いブレザーを身に纏う風紀委員執行部も忘れてはいけない。むしろこちらの方が身近な分、厄介かもしれない。定期的に校門前で行われる身嗜みチェックは本当心臓に悪い……

 ん? そういえば生徒会に務めている者の中に攻略対象者はいただろうか? はて、と首を傾げるが、まあ必ず知っておかなきゃならない義務もない。

 前世の記憶なんて物珍しいものがあるから、攻略対象なんてワードに傾いた関心を持ってしまうだけなのだ。私が別に彼らと恋をするわけでもなし、気にしすぎてもよくないか。……世界が終わるかもしれないのは、勘弁してほしいが。

 熱冷めやらぬ友の相手を……結構ぞんざいに……しながら、講堂からゾロゾロと校舎へ移動する。

 校舎は四階建てが三つ、川の字ように建っている。それぞれ渡り廊下で繋がっており、行き来だけなら簡単だ。

 ちなみに第一校舎が一年生や他いくつかの特別教室、第二校舎が職員室や化学室や調理室など特別な用途の教室が多く、第三校舎は二・三年生の教室が中心になっている。広いので休み時間中の移動は余裕を持って行うのが良い。

 後は特別校舎として、集会によく使われる講堂、図書館、食堂、体育館、アビリティ専用の鍛練場などがある。


「お、里中に七瀬」


 第二校舎の廊下で、知り合ったばかりの声音が耳に入る。ポロリと呟いただけなのだろう言葉を、こちらが拾う形で声をかけた。


「さっきぶり、竜崎くん」

「おーう。……この後って何があるっけ?」


 彼は眠たそうに目元を擦っている。生真面目な行事は段々暇に感じるタイプと見た。


「明日の連絡事項? くらいじゃないかなー?」

「クラスによっては学級委員くらいは決めるかもね」

「そか。ま、なんにせよ、長くはねえよな」


 その後もいくつか言葉を交わして歩夢と別れ、竜崎くんと一緒に二年三組の教室へ入る。

 ふと目にした黒板には白のチョークで、席順は出席番号通り(確認はタグにて)、時間になったら講堂へ向かうよう、綺麗な字で書かれていた。忘れていたがこのクラス、まだ担任に会っていませんでしたね。

 ざわめきの中、自分の席を見つけてそのまま歩こうとした時、隣にいた竜崎くんがそう言えばと話題を振ってきた。


「あの噂って本当なんかな」

「噂って」

「あれ、知らないか? 春休み前から言われてたんだけど、なんでもアメリカの学園からこっちに転入してくる奴がいるって話だぞ」

「……アメリカから?」

「噂じゃな。俺達と同じ二年らしい」

「へえ」


 話が男子か女子か、にまで発展する前に竜崎くんは別の知り合いに呼ばれていった。席は離れているので、互いにじゃあ、と着席していく。彼は窓側で、私は中央の真ん中だ。正直後ろがよかった。

 よいしょと座って一息ついて、先の会話を思い返す。――実際に噂を耳にしたことはなかったが、彼が言っていたのは恐らくヒロインのことだろう。ゲームではヒロインが転校してくるところから開始される。

 ということは、世界滅亡のカウントダウンは間近に迫っているのか……。この一年は果たして無事に終わるだろうか? ルート通りである保障はどこにもない。滅亡が半年早まることもありえる。なにせマジで怪物がいる世界である。

 くっ、架空が現実になるというのはこうも恐ろしいものなのか……っ。平和な前世が羨ましい。

 一人悶々としている最中、まだ落ち着きのない教室に、黒いシャツに白のズボンとラフな格好の男性が、出席簿片手に颯爽と入ってきた。


「ほいほい皆席に着けー」


 なんと、イケメンである。

 癖の強そうなオレンジの髪を後ろで纏めているのか、日焼けしていない首筋が露になっていて、襟元からチラリと覗く鎖骨と相まってほんのり色気を演出している。なのに縁の無い眼鏡の奥は穏やかな茶色で、ニコリと笑う表情は少々あどけなくて人好きのする顔だった。

 どうやら、彼がこのクラスの担任らしい。


「……おし、全員いるな。今朝は出てこれなくて悪かったな。別件で手間取っちゃって」


 そう言って苦笑いする先生はとてもかっこいい。それもその筈か、彼もまた攻略対象なのである。たぶん女子は今ので印象を変えただろう。ついでに目の色も。


「じゃあ自己紹介な。俺の名前は天童李星てんどうりせい。天空の天に児童の童、李は桃李の……後ですももって携帯で打ってみろ。星は星空の星だ。

 担当は現国だが、受け持ちは二・三年だから、お前らとこうして対面するのは初めてだな。二年は三組と四組だから、これからは現国の授業でも顔を合わせることになるぞ。これから一年どうぞよろしく! じゃあ、何か質問あるか?」


 愛想の良い先生だ。笑みを崩すことなく、教卓から生徒達を見渡している。


「はいはい! 先生歳いくつ?」

「二十七歳。おっさん呼ばわりは勘弁なー」

「恋人はいますかー!」

「残念、募集中だ」

「その顔で彼女いないとか詐欺だと思いまーす」

「人間顔だけじゃないって先生信じてるから」

「アビリティはーっ?」

「精神干渉系なんで、超能力型だな」


 天童先生の笑顔と気さくな雰囲気のお陰か、教室の空気は随分明るい。クラスの担任に対する第一印象は概ね良好だろう。実際の授業で最終的にどうなるか気になるところ。

 先生はちらほら出てくる質問にちゃんと答えていったのち、切りのいいところで「そうそう」と話題を変えてきた。


「このクラスには、今日からアメリカの学園からこの学園に通うことになった生徒がいるんだ。別件ってのはこのことでな、ちょっと時間が合わなくて、今廊下で待ってもらってる。……てなわけで、入って来ていいぞー」


 楽しさで騒がしかった教室の空気が、疑問と期待のざわめきに書き換えられる。

 大方、何故わざわざ日本に来たのかと思っているに違いない。どこのアルカディア学園でもその中身に大差はないと聞く。完全全寮制なので、別に親の都合云々は関係ない。アバターと判明している者はほぼ強制的にこの学園に入らねばならないし、つまりアメリカの学園から出る必要性はないはずなのだ。

 まあ、これは本来関係のないことが関係しているからなのだが……。

 カラカラとドアの開く音にそちらを向く。ジッと見守っていると、彼女はようやくその姿を現した。――喜べ男子諸君。美少女のお出ましだ。

 彼女の登場にクラスが押し黙る。その中で注目を集める人物は、長く艶やかな黒髪を揺らし、ぱちりと大きな黒い瞳をこちらに向けて、ふっくらとした桃色の唇を弧の形に浮かべたのち、楚楚とした態度で綺麗なお辞儀を披露した。


「初めまして。ニューヨークの学園から転入してきました。月村陽向つきむらひなたと言います」

「――――、」


 思わず戦慄する。こ、これがゲームではヒロインの肩書きを持っていた者の輝きか――!

 記憶の中の彼女も美人だと思っていたが、本物は二割増しだった。私が男だったらこの瞬間に恋に落ちていただろう。例え面食い野郎と謗られようとも。

 さすが乙女ゲームそっくりの世界。見ようによってはこの学園は楽園じゃないのか。なんという眼福。まあ、なんだかんだで容姿の重要性にも気づかされるが。


「月村は生まれは日本でな。両親がアビリティの研究者で、こっちの研究所への移動要請に伴って月村も一緒に来たんだ」

「……え? でも先生、学園は全寮制ですよね? だったら別に……」


 尤もな問いだ。しかし天童先生は困った表情でこう続ける。


「ごめんなー。詳しくは機密事項に触れるとかで、俺もよくは知らないんだ。でもそれは月村もだったよな?」

「はい。上から突然言い渡されたので……私もよくは。アビリティの研究の一環としか」


 先生の困り顔が移ったのか、月村さんも眉尻を下げている。

 わからないと言った彼女。しかしそれは嘘だ。前世の記憶が教えてくれる。

 研究の一環――環境の異なる場所での活動にアビリティに何らかの変化かがあるかどうかの調査……というのが確か表向きのそれっぽい理由で、本来は全く別だ。三割が両親の我が儘、七割が――……まことに残念なことに、実は全然思い出せていない。さもありなんと語ろうとしていてなんなのだが。

 ただ彼女には何かしらの責任があって、任務としてこの学園にやって来る……はずなのだ。記憶では。責任が何なのかも、どんな任務なのかも、今のところさっぱり謎ですが。

 結構記憶は穴あきな状態なのだった。ふとした弾みで思い出すこともあるので、その瞬間に期待したい。

 でも、少なくとも私には関係のないことだろう。所詮は群衆の一人。上からの仕事だなんてとんでもないことには無縁の位置にいる。モブはモブらしく生きます。

「ま、細かいことは気にしない! 俺的には月村は転入生であると皆が理解していてくれればそれでいいと思ってるからな」

「……確かにそうかもなあ。どんな理由でも学園に通うからには俺らと何の違いもないし」


 真理である。天童先生のの台詞にうんうん頷く竜崎くんだった。私もそう思う。

 二人の言葉に皆それぞれ納得したのか、少しばかり重かった空間は霧散した。代わりにぎこちなくも転入生歓迎ムードに切り替わる。

 先生に促されて控え目な拍手が起こるなか、これにて(ゲームでは)ヒロイン・月村陽向は二年三組のクラスメートと相成った。

 因みに、彼女の席は中央付近の一番後ろである。ちょっと羨ましく思ってしまった。




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