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フラグ×メンド  作者: 竹中 とと
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02


 恋愛シミュレーションゲーム――それは読んで字の如く、架空のキャラクターとの恋愛を楽しむゲームである。男性向けを俗にギャルゲー、女性向けを乙女ゲーなどと呼称する。

 基本的なシステムはストーリーを読み進め、時折出現する選択肢で適切なものを選んで意中の相手の好感度を上げていくものだが、振り向かせるのに必要なものとして学力や魅力といったステータスが用意されていたり、簡単なミニゲームからモンスターとの本格バトルがあったりと、昨今では様々な要素が盛り込まれているものも珍しくない。

 システムにちなんでお相手も多種多様だ。学生、教師と身近なものから、殺し屋、勇者、はたまたお化けに神様、擬人化等々。人外なんてなんのその、八百万の精神はこうして継がれていく。

 ……ここでそんなゲームについて触れるのには訳がある。それは私自身についてと、この世界について大変重要なことであるからだ。

 私には、朧気ながら“前世”とやらの記憶がある。思い出したのは中学一年の時で、それはふとした弾みで私の脳内に飛び出してきたものだった。

 それらは断片的だったけれど、本来なら知り得ない記憶に、しかし私は特に混乱や疑問を持つことなく、ずっと昔の自分の記憶の欠片であることをすんなり受け入れていた。「あ、なるほどね」と。我ながら随分と冷静な判断である。感覚的には記憶というよりも記録に近かったからかもしれない。

 私が手にした欠片は、上記に説明したジャンルのゲームに関するものだった。

 現在の私もゲームはする。恋愛ものも何本か持っている。……が、記憶のフラグメントは持ち物のどれとも当てはまらない乙女ゲームを教えてくる。

 現在いまの私ではない、過去むかしの私の記憶。しかし私は確かに、そのゲームをプレイしていた。

 ――まあ問題はプレイの有無よりも、そのゲームの世界観が、現実のものと酷似している(・・・・・・・・・・・・)点なのだが。

 タイトルについては断片の中にはなかったが(さして重大なものでもない)、架空と現実が共有しているものに、世界に特別な能力を持つ人間が普通に存在している点が挙げられる。

 歴史によれば数百年も昔から不思議な力は現れていたらしく、その力を得た一部の獣や植物は伝承の怪物のような変化を遂げ、異能を手にした人々はこれを神の如き力によって退け、時に人を導き、滅ぼしたともいう。

 現在、その不可思議な力は総じて“アビリティ”と呼ばれている。登校中、歩夢が私の目前にいきなり出現してきたのは、この“アビリティ”を使用したからである。

 今は五つのタイプに分けられるアビリティ……それらを持つ者を“アバター”と、人々は畏怖を込めて名付けた。

 その人が“アバター”であるかどうかの判断は簡単だ。能力を宿していれば、証として身体のどこかに特異な形の痣が刻まれている。それを探せばいい。

 聖痕と言われるそれは、呼び名こそ重々しいが、実は結構残念な形状をしている。どんなって、売り物に付き物のあのバーコード(・・・・・)にである。世間一般では聖痕は“バーコード”呼ばわりされているのだ。なんというチープ具合。こちらの方が馴染み深いので特に反感はない。

 アルカディア学園に通う生徒は一部を除いてアビリティ持ちだ。斯く言う私もアバターの一人である。バーコードは左腕の関節付近。

 これがフィクションでしかなかったものと、ノンフィクションとなっているものの同じ特異点である。

 他にも、東京がアバター及び関係者が集まる学園都市と化していること、同じ学園が各国にも建立されていること、バーチャルでしか見たことのないモンスターが敵としてマジで存在していることなど、類似点は沢山ある。

 だが私が一番衝撃を受けたのは、記憶でしか知らなかった人物が本当に実在していたことを知った瞬間だった。誰って、ゲームにおける攻略対象である。超のつくイケメンは存在したのだ……!

 落とせる……恋のお相手は隠れ対象も入れて九人。残念ながらまだ全員分を思い出せていない。あ、でも、朝に会った竜崎拓人が攻略対象なのは承知済みだ。

 ここまでつらつらと語ったが、別に私は世界の半分がファンタジックで出来ていることが怖いのではなく、ましてや乙女ゲームそっくりだからとイケメン達ときゃっきゃっウフフ、な展開を望んでいるわけではない。……あ、いや、決してときめきが要らないというわけではない。むしろギブミー。私だって女の子です。

 ただ。――ただ。

 もし、ここがゲームと同じ運命システムを持つならば。彼らと恋をするであろうヒロインが選んだ選択によっては、この世界が終わりを迎えかねない危険を孕んでいることが、私には最も恐ろしい。

 ……世界に対して死亡フラグを立たせる(かもしれない)ヒロインなんて一体誰得なの。

 なまじファンタジー要素を織り交ぜてしまうからこうなるんだ……ゲームが先か世界が先か、わからないけども。

 困ったことに、何がどうしてそのような結果に至るのかさっぱり謎な私には、ヒロインなんとか頑張って! と、背景の一部のモブの一人として、せめて真っ当な恋路を歩んでくれることを願う他ないのである。


「つきましては生徒会長から、新入生への祝いの言葉を――」


 延々と思考していた脳内にストップをかける。ただ空を見ていただけの目を講堂のステージへ持っていけば、ちょうど我が校の生徒会長がマイクに向き直っているところだった。入学式は滞りなく進んでいるらしい。

 ここからだと遠目だからわかりづらいが、話を聞くに生徒会長は超絶美形であるそうな。私は顔が判別できる距離では会ったことがないので、精々金髪であることくらいしか記憶にない。あとは生徒会に入る者の習わしとして、制服の色が通常とは違って黒なことか。

 ああ、あと、この学園の生徒会は役職を少々変わった形で呼んでいて――


「……新入生の皆さん。ようこそ、アルカディア学園高等部へ」


 ――また別の場所へ飛びかけた意識が、強制的に引き戻される。

 まだたった一文。しかしそれだけで耳は彼の声に、意識は言葉に囚われる。

 男の人にこんなことを言うと怒られるだろうか……とにかく、それは綺麗な声だった。そよ風のような柔らかさをもって、せせらぎのような心地好さと花のような艶やかさを含んだ、まさしく天上の調べ。つまりとんでもなく美声。

 ……断っておくが、私の感性がおかしいのではない。会長の声がおかしいのだ。現に彼の冒頭の台詞に、初めて耳にしたであろう新入生と保護者がいる席が一瞬ざわついた。式が終わった後はきっと女子が黙っちゃいない。

 声だけで人を惹き付ける。さすがは歴代生徒会長の中で最高のスペックを持つと謳われるお人である。顔なんて見たら私死んじゃうじゃないかと、ちょっとバカなことを考えた。

 ……出会っただけで死ぬ目に遭う危険性があるのはむしろあの人の方だろうか……。


「どうかこの学園での日々が、皆さんに実りあるものであるように。……以上を、私からの祝いの言葉として贈らせていただきます」


 聞き惚れている間に、スーパー会長はいつの間にか講壇からフェードアウトしていた。

 ううむ、格式ばった集まりは苦手だけど、会長の声は嫌いじゃないので、その内アナウンス全部を会長が務めてくれたりしないだろうか。退屈に変わりはないだろうけど、こっそり眠りこける生徒は減ると思う。

 そういえば新入生代表の挨拶はもう終わってしまったのかしら、とステージを凝視する。……どうやらぼやっとしている合間に聞き逃していたらしい。式は終わり間近だった。

 どのみち遠くて対象者かどうか、はっきり確かめられなかっただろう。なるべく名前と顔はセットである方がピンとくる。

 そろそろ新入生が退場しようとするなか、私は堪えていた欠伸を手のひらの中でそっと噛み殺した。



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