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※その場のノリと勢いで始めたお粗末な話。暇潰し程度にどうぞ…
何かが燃える音がする。
何かが爆ぜる音がする。
その中に沢山の――がある。
その中心に立つ誰かが、己の存在を際立たせるように、声高にこう叫ぶ。
“見ろ。これがお前たちの造った理想の果てだ”と――
ふと目が覚める。黒い微睡みの中から脱した意識が、ふわふわと浮上していく。
暫くぼーっとして、布団の中に埋もれていた手を抜き出して、視界のはっきりしない目を擦った。
次いで体を正面に持っていく。白い天井を一度捉えて、重い溜め息を吐いた後、またゴロンと半回転。すると、あるはずのない壁にぶつかった。私だけが寝ている筈の一人用のベッドには、もう一人、でかい奴が寝そべっていた。
頭を反らして相手の顔を見上げる。無造作に伸びた白い髪をさらに無造作にベッドに寝させたまま、鮮やかな赤い目はこちらを見ているようで焦点が合っていない。今起きました、といったところか。
「……はよ、アル」
身を起こすことなく声をかける。完璧寝起きの弱々しく掠れた声だった。
アルフォンス(アルは愛称だ)は、眠たそうにコクコクと頷く。マスクのようなものに覆われた口元からは、何の音も発しない。
いつもの朝のやりとりに満足した私は、重たく感じる体をようやく起こした。くあっと欠伸を溢して、気にすることなく背伸びを一つ。首や上体をストレッチのように捻って、惰眠を貪りたがる身体を叩き起こしてから、私はやっとベッドから立った。
立ち上がり様に見た目覚まし時計がちょうど七時を指す。ベルが鳴り出した瞬間にスイッチを押して黙らせた。
のそのそ向かった洗面所でいつも通りの準備を始める。肩口までの髪を、手首に通したままだったゴムで適当に一纏めにしてから洗顔。さっぱりしてから歯を磨き、ゴムを外して寝癖でモサモサしていた焦げ茶の髪をブラシで整え、ダボダボの寝巻きからアイロン掛けのお蔭でシワ一つないシャツ、灰色のスカートにささっと身を通す。胸元を指定の真っ赤なリボンで飾ると、入って来たときとは違い、ブラシを手に軽い足取りで洗面所を出た。
ベッドに舞い戻ればアルはまだ横になっていた。まるで捨て置かれた抱き枕のように。ぼんやりとしているが目は開かれているので、惰性で横たわっているのだろう。
「おいこら。起きたまえ、アルフォンスくん」
片手を腰に、ブラシをビシッと突きつける。するとアルはこちらを見たのち、腹筋の力だけで軽々と起き上がった。
口が自由ではないアルフォンス。彼は上半身も自由じゃない。その両腕は幾重にも巻かれた黒いベルトで縛られている。それが初期状態であるかどうかは、私にはわからない。出会った時から、彼はこの姿だった。
真っ白い髪に合わせてか、アルが着ている服は何の装飾もなくただ白い。どこかチャイナ服を思わせる形だが、ベルトによる拘束のせいか、さながら囚人服のようでもある。因みに、靴は履いていない。
跳ね起きたアルは眠気を払うように頭を振り、その最中に――文字通り、そこから忽然と姿を消した。そして瞬きの間もなく、アルはベッド下の床に再び現れる。ちょこんと正座して、髪を整えられるのを待っている。 疑問に思うことなく、私は白い頭にブラシを這わせた。洗っているわけでもないのに、アルの髪の毛はサラサラしていて指通りがいい。お蔭で一度も絡まることなく、ブラッシングは終了した。
「はい、これで良し。……次は朝食かー」
パンにするかご飯にするか悩みながら、ハンガーに掛けていたグレーの上着に手を伸ばす。
……その時、なんとなく目覚める前の夢を思い出した。幻の海から脱け出せば、手のひらを滑る砂のようにただ去り行くそれを、まだ朧気ながら覚えている。
燃える背景。爆ぜるSE。辺りを埋め尽くす肉塊に、中央に一人分の黒い影。
あの人影が誰なのかを、私は知らない。……いや、思い出せない。ただあの光景が、現実に起こり得る可能性がある(・・・・・・・・・・・・・・)ことを、私はどこかで確信している。
時刻も場所も経緯も曖昧。しかし漠然と、誰かの運命の延長線上にある出来事だと理解している。
「ついに二年か……知ってる通りなら今年からだけど、どうなるかなあ」
上着を羽織って部屋を出る。ドアを閉じる寸前に見えた室内には、誰の姿もなかった。