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第七話

 それで意識が深遠なる闇に支配される寸前に、彼がこちらを振り向く顔を見たわ。恐怖と混乱と矮小な安堵を浮かべた顔を。彼は警察に事情聴取されたとは思うけど、私の死因はどう見ても事故死だし、しかも殺そうとして追いかけていたのは私、彼の嘘偽りの言動や行動を証言できるのも私だけど、死人に口無しだから無理だし。結局不問で終わったでしょうね。まああの女とは破局したかもしれないけど、そんなこと、もう今の私にはどうだっていいの。早くこちらに来てくれないかなあ。できるなら、私が迎えに行ってあげたいわ。今度は、極限までじっくりと反省させるつもりだけどね。


「・・・・・・というわけで、お前ら、いや俺もそうだが、この国に居る奴らはみんな『怨霊』なんだわ。どうだ?」

ノゾミは回想から意識を自分に回帰させた。今やってみた限りでは、自分を含めたほぼ全ての人物の顔と名前が思い出せなかった。顔には靄のようなものがかかり、名前は欠片さえ出てこない。どうやってやったのかは知らないが、完全に記憶を消されている。

「でも結局、何故私達がこの国に来ることになったのかがよく分からないのですが・・・」

小学生の右隣に座っている中年男性がおずおずと質問をした。彼の言うとおり、いきなり「怨霊になった」と宣告されても、おいそれと納得できるわけではない。何故怨霊扱いなのかもれっきとした問題である。

「あー・・・お前ら自分自身で分かってるだろ?内に秘めたるその『怨み』の感情は、未だに生前と同じく消え去っていないことを」 

 怨み・・・その感情は、ノゾミには言うに及ばずであった。だからさっき、庭園で会ったあの男の関西弁にも過剰反応してしまったのだ。ちらりと男のほうを見遣る。名前は何なのだろう。あの男の怨みとはどんなものなのだろうか。

 「例えばあんた」安藤は名簿を開いて、質問をした中年男性を指差した「ふーん、『20年来の友人に10日で返すからと金を貸したところ、音信不通になり今度は自分が金策に走らなければならなくなり、家族にも逃げられ、さらに友人から連帯保証人扱いされていたことから、取立てをされるようになり、裏切られた悲しみとこれからに絶望し自殺・・・』最近査定が甘くなったんじゃねえのか?普通だなあこれ」

 一字一句読み上げ、名簿を閉じた。中年男性は肩を震わせている。それが悲しみによるものなのか、怒りによるものなのかは分からぬままだったが。

 「こんな感じで、お前ら全員が漏れなく死ぬまでに他人とか社会全体とか何かしらの対象に向かって怨みを抱いて、そしてそれを解消できぬまま死んだわけ。そういう奴の魂っていうのは、それはもう見るのを躊躇うぐらいどす黒いらしいぞ。俺もまだ魂そのものを見たことはないんだけどな。がはは!」

 愛想笑いには聞こえない笑い声を安藤は発した。シゲルはといえば、相変わらず肘をつきながらそれを聞いて、わけのわからんところで笑う奴だなと呆れていた。

 「でな、そういうどす黒い魂を昔は天国は受け入れていたんだが、『ある事件』をきっかけにお断りするようになった。じゃあ地獄かと考えるかもしれんが、お前らは純然なる悪行を犯した奴とは違って、多分に同情できる面があったり、自殺なんかでとりあえず他人に罪と呼べるような害を与えずに死んだりで、生前そこまで苦しみを感じたのに、死して尚地獄は余りに惨くないか?という論争が起きたそうだ。それらを起こしたのが、この国のお偉いさんだけどな・・・・・・まあそれはまた追々。結局、そう言った魂の行き場として、この『空国』が創られたってわけだ」

 なるほどとシゲルは合点がいった。つまり、ここは怨みを抱いた人間の巣窟であり、立ち位置としては天国と地獄の間と解釈して差し支えなさそうだ。外で見た人々も、ここで座っている人々も、前で頼んでもいない鞭撻を揮う安藤も、そしてシゲル自身も・・・・・・皆底知れぬ怨みを抱いている。現世では怨みというのはあまり歓迎される感情ではなく、犯罪にも関係することから、表立って語られることは少ないものだった。しかしそれが、ここではむしろ基本理念ですらある。シゲルは、いよいよ異質な世界だということを痛感せざるを得なかった。これから関わる人、ここまでに関わった人は保己一以外は全員同類なことを意識する必要があるだろう。また、それだけ心に歪みがある可能性が高いことも忘れてはならない事実だ。例えばあの女のような。

 「ま、そういうわけで俺たち内実は違えど皆同類というわけだ。よし!それじゃあ皆の親睦を深めるためにも、自己紹介をしてもらおうかね!」

 ここにきて安藤はありがちな学校行事のひとつを持ち出した。教室にまたもざわめきが訪れる。そして便乗したかのように緑髪が、

 「自己紹介だってさ。兄ちゃん・・・あ、もう名前あるよね?何だった?」

 「『シゲル』や。あんたは?」

 「俺は『ダイジロウ』だって・・・・・・。神に誓って、これは絶対偽名だよ・・・・・・」

 首を傾げ、名札を見つめたままダイジロウと名付けられた緑髪は言った。恐らく、その違和感はほぼ全員が抱いているものだろうが、ダイジロウはちょっとかわいそうだとシゲルは同情した。

 「あーすまんすまん、自己紹介というのはちょっと語弊があった」ざわめきを抑えるかのように安藤は声を上げた「今この場を使ってわざわざお前らの好きな食い物とか趣味とか聞いても何の意味もないからな。ここでは飯を食う必要もないし趣味を満喫する場所もない。天国でなければ地獄でもないという事実はこういうところに影響してくるんだ。現にお前ら、腹も減らないし眠くもならないしムラムラもしない・・・・・・おっと最後は教育上よろしくないってか!がははは!」

 安藤はさぞ愉快そうに笑うと、

 「で、自己紹介ではなければ何をするかというと・・・即ち『死因紹介だ』」

今度はにたりと声を出さない笑みを浮かべた。

 「しいんしょうかいってなんですか」小学生が、言葉の意味から分からないと言った様子で質問をした。

 「おう、噛み砕いて言えば『何で死んだのか。またそれにどのような怨みが関係しているのか』ということを紹介してもらおうと言うことだ。ただ全員やると時間かかるし、取り立てて聞きたいと思えない奴のもあるしなあ・・・。まあ数人だけここで発表してもらおうかね。しなかった奴は、後で適当にその時々で各々言うなり言わないなり好きにしてくれればいい」

 「なんでそんなこと言わなきゃいけないのよ!」

 多少のざわつきが残る教室で、三十路を少し過ぎたと思われる女の唐突な反発の声が殊更に響いた。いよいよ我慢の限界と言った様子である。

 「おい、おばさんいきなりでかい声出すから小僧がびっくりしちまったじゃねえか」ノゾミが真横の小学生を見ると、確かに大きな瞳を見開いて三十路の女を凝視していた。周りのざわつきもいつの間にか静まっている。

 「そんなことどうだっていい。それよりあたしは絶対やらないからそんなの!ふざけないでよもう!こんな胡散臭いところに閉じ込めてさ、何が空国よ!馬鹿じゃないの!信じられない!」

 シゲルは頭を抱えた。この教室には少なくとも二人ヒステリックな女がいることが分かっているからである。元来女が苦手なシゲルは、特にこのタイプの女が嫌いであった。

「まあまあ、そう癇癪起こすなって。これは大切なことなんだ。俺たちはある意味一蓮托生でもあるから、仲良くすることに越したことはないんだわ。だから・・・」

「だから嫌だと言ってるでしょ!」安藤の懐柔策は焼け石に水のようで、立ち上がり教室を出て行こうとした。

 安藤は大きくため息をすると、

 「席に戻れ」

 と右手を女に向けながら言った。

 女は途端に、まるで逆再生した映像の如く、出入り口の前からそのまま後ろ歩きをするような格好で戻り始めた。その表情は困惑と言う他ないほどで、明らかに「当人の意志が介在しない」状態であることが視認できた。

 シゲルはやはり安藤には何かしらの能力が備わっているという予想を、先ほど教室が静まり返った時よりも強固に抱いた。ただひとつ気になったのは、安藤が軽く顔を顰め心臓のあたりを左手で押さえていたことである。能力には痛みが伴うのだろうか。既に死んでいるというのに。

 女はと言えば沈黙したまま元の席におとなしく着席し、その瞬間身体の自由を取り返したようで、長めの茶髪にしきりに触っている。啖呵を切った時の勢いは道中で既に失われていた。

安藤は何事もなかったように、

「えー、ちょっと脇道に逸れてしまったが、では死因紹介してもらう人を選ぼうかね」

安藤が名簿を参照するのを見ながら、シゲルは自分が当てられたら嫌やなと思いつつも、他方で他人の死因と内在する恨みには漠然とした興味が沸いてきていた。それは、悪趣味とは言われればそれまでなのだが、この世界では「死」が前提なのだから、これまでの常識や概念の見直しを早期に図ることが肝要なのかもしれないことに、シゲルは確かに勘付き始めていることの証明でもあったのだ。

 「おし、全部で12人だから、4人にしてもらおうか」安藤は何か別の目的があるかのような素振りで勘定をした。

 「えー、それでは『ユウト』『アキオ』『ナツミ』それから『シゲル』、全員前に出てきてくれ」

 ひとつ舌打ちをして、シゲルは立ち上がった。ダイジロウが「頑張れ」と応援の一言を発し、力なくそれに応えて教壇へと向かう。

 教壇に4人が揃った時、安藤が発表者以外は端に寄ってくれと言い、ユウトを除いた3人は入り口側、安藤は窓際に移動した。発表はどうやら名前を呼ばれた順のようなので、シゲルは最後となった。


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