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第四話

 庭園を通り過ぎ、玄関で無造作に踏み散らかすように靴を脱いで上がり、右手に中庭のある一階の廊下を安藤は大股で歩いていた。

 職員室の奥にある「校長室」と札のかかった部屋の前で、御三人の住まう「空城」を後にしてから、もう何度目か分からないため息をつく。

 「いや、あまり面倒くさがるのもここらへんで止めといたほうがいいか・・・・・・。逆にあの御三人があれだけ期待する逸材の『大目付』とあれば、もしかしたらもしかするかもしれん」

 「おい、そこに誰かおるのか?」校長室の中から、安藤の長い独り言を耳にした人物から声がかかり、すみませんと慌てて引き戸を開けた。

 「お初にお目にかかります、私式部省式部大輔であります安藤と申すものです」

 「おうおう、わざわざ式部大輔を派遣してくるとは・・・」保己一は社長が座るような立派な椅子から立ち上がると、応接用のソファまで移動し、安藤に座るよう促した。

 「わしは塙保己一じゃ。以後よろしく頼むぞ」

 「これはこれは・・・・・・もしかして天国からわざわざお越しになられたので?」

 「こんな陰気な国、誰も好き好んで来ないが、あの方の頼みとあれば断れんわい」

 そして二人は、ここまでの経緯を簡単に話した。特に保己一は、安藤が見た実際の男の様子を仔細に聞き取った。

 「ふうむ。『魂の刻印』はわしも見せてもろうたんじゃが、理由は何にせよ老人が嫌いとはのう。いやはや現世は戦乱の世より荒れているのかもしれん」

 「現世は日本人の精神構造に、何かしらの変化が出てきているのかもしれませんね・・・・・・」

安藤は何処か懐かしむように言った。

 「長生きも考え物か」保己一は快活に笑った。

 「しかし・・・・・・。何故わしが呼ばれたんじゃ?この国はそんなに人材不足なのか?」

 「いや、そんなことはないはず・・・・・・あっそういえば」

 安藤は徐に革ジャンの内ポケットを弄ると、一通の書簡を取り出した。

 「文を道真公から預かっていました。読み上げても・・・?」盲目を気遣うように保己一に問う。

「そうか。頼む」

 安藤は文を広げると、朗読し始めた。

 『保己一へ

  そうや、お前を校長として招聘した理由を教えるの忘れとった。お前、まだ天国で「続群書類従」の編纂やっているらしいなあ。そこまで熱心なのは真に賞賛に値するぞえ。よってお前には歴史を変える男に出会わせてやることにしたのだ。きっと「合戦部」に新たな項目が増えることやろう。ありがたく思いなさいよ」

 「以上です。押し付けがましいというか何と言うか・・・・・・」安藤は文をたたみ直して、保己一の手に握らせた。

 「・・・なるほどのう」腕を組み、噛み締めるような返事をした。

 「ええ。どうかされましたか?」

 「はっはっは」またも保己一は快活に笑った。

 「これ即ち、道真公の自信は相当だということへの証明じゃの」

 「言われてみれば・・・・・・先ほど謁見した時も期待しているような発言が多々ありました・・・・・・」

 先ほど読んだ文を述懐し思い直した。確かにあの男は現世ではそれなりのカリスマ性を持っていたようだが、まだ何か歴史に残るような業績を築いたとは到底言いがたい。それにたとえ「魂の記憶」では素質有りと見做されても、大成しなかった奴らはたくさんいる中で、わざわざ道真公がここまで推す人材と言うのは、本当に久しぶりである・・・と。

「どうせわしはその男並びにあやつらが卒業するまでやってくれと言われた身じゃ。陰ながら期待しつつ、記録もさせてもらおうかね」

保己一は立ち上がると、引き戸に向かって歩いていく。すかさず安藤は先回りして、引き戸を開けた。

「どちらへ?」

「なに、ちょっくら挨拶しに行こうと思っての。件の男の尊顔は見られないが、雰囲気だけでも味わってくるわい。お前は職員室にでも行っておいたらどうじゃ?」

 保己一は安藤の腰あたりを軽く叩くと、ゆったりと校長室を出て行った。安藤はどうせ出席簿を取りに行かなければならないからと、隣の職員室に向かった。

 「どーも」引き戸を開けると、中に居た職員達が一斉に立ち上がり、「お疲れ様です!」と声をかけてきた。

 「おいおい、そんな気を使わなくていいぞ・・・・・・今俺は君らと同じ一教師だからな」苦笑しながら、出入り口付近に居た職員に自分の席の所在を聞くと、教頭が使っている机を使うように言われ、安藤は図らずも全体が見渡せる場所に陣を構えることとなった。

 「これはこれは・・・『特別威令』、ご苦労をお察しします」

 席に座ると、権力者に縋り付く様を如実に表すような手揉みをしながら、禿散らかした小柄の中年男性が近寄ってきた。

 「おう、全く大変だわ・・・あんたは?」

 「私はこの学校の教頭であります津上鉄男と申す者です」一礼しながら、津上は名乗った。

 「ほー、あんた『字有り』なのか。そこそこ、器量はあるようやな」

 「いえいえ、決してそんなことは・・・」

 安藤は諂ういかにもひ弱そうな津上をしげしげと眺めた。「字有り」は、全人口の中で一割いるかいないかの存在であり、主に空国入国後に一定以上の功績を築いた者が授与される「名字」を持つ者を指す言葉である。翻って、殆どの者は名字を名乗ることは許されておらず、所謂「名前」しか持たない。

 「今校長が例のクラスを見に行っておられるから、その後に俺も行ってくるわ。出席簿と名札はどこだ?」

 「ちょっと取ってきます」津上は他の職員と遜色ない安藤の机の四分の一程度の大きさの自席まで戻ると、所望した物を取ってきた。

 「ご苦労さん。ほなまだ話は終わってないかもしれんが、とりあえず教室までちょっくら行ってこようかね」

 「では案内させて頂きますので・・・・・・」津上は素早く引き戸に向かい、丁寧に開けた。

 出席簿と名札を手に取り立ち上がると、呼応するかのように職員も立ち上がり一礼をしてきたので、安藤は困ったように、

 「だからいいって・・・・・・これだから封建主義は面倒だよ・・・・・・」

 深々とした一礼をあまり見ないようにして、足早に職員室を出ると、津上の一歩後ろを着いていく。

 「その・・・例の男はそれほどの人材なのですか?一応資料には目を通しましたが、私、この学校に赴任してからこのようなことは初めてなものですので・・・」階段を登りながら、津上がそう言った。

 「決して恥ずかしいことではねえよ。あんた、西暦何年に死んだんだ?」

 「1991年です」

 「91年・・・確かバブル崩壊した年だな・・・・・・」

 丁度登り終えたところで安藤が何気なくそう答えると、津上ははたと立ち止まった。

 「私、恥ずかしながらそれが原因で自殺したんです・・・・・・。いやはや、一平民が不動産投機なんかに手を出してはいけないって身を持って理解しましたよ・・・・・・」

 多少俯きながら津上が淡々とした口調で、自分の死の原因を語ると、途端に壁に飾ってあった水墨画が落ち、木の床に縦割れが走り、安藤の靴紐がするりと解けた。

 「おい津上!『力』が漏れ出しているぞ!」安藤は津上の肩を力強く掴んだ。

 「はっ!」津上は首を振り、目が覚めた様子で安藤の方を向くと、すみませんすみませんと平身低頭し、それと同時に周囲の異変も収束した。

 「お前・・・・・・。雰囲気に依らずなかなかの器量だってことは実感できたが、逆に制御ができていなければ話にならんぞ・・・・・・」

 「申し訳ございません・・・・・・。『内勤』になってから未だ日が浅いものでつい・・・・・・」

 尚も謝り続ける津上の右手の数珠を安藤はちらりと視認した。それは、赤の単線―第二級―であった。それならば最初のうちは仕方ないかと思い直し、津上に修練しておけと告げた。

 そしてその時「一年0組」の引き戸が開き、保己一が出てきた。

 「校長、安藤式部大輔をこちらまでお連れ致しました」

 津上は保己一が出てきた途端に擦り寄るように近づき、あからさまに尻尾を振る対象を変えたようだ。その様に、こいつは現世ではしがないサラリーマンだったのだろうと安藤は慮るしかなかった。

 「ご苦労さん」保己一は津上の腰当たりを叩くと、安藤の傍まで行き耳を貸せと取れるジェスチャーをすると、

 「彼の男・・・・・・盲目のわしでも、十分すぎるほど見えたわい」

 「『見えた』ですか?」

 「そうじゃ。大層臭ったからのう・・・・・・お前やそこにいる教頭からの悪臭とは比べ物にならんぐらいの血生臭さじゃったぞ・・・・・・それでわしから見て一番後ろの左に座っているのが分かった。そして、その姿も何となくじゃが感じ取れた・・・・・・ま、あくまでわしの妄想上の姿じゃろうけども」

 「どんな姿だったのですか?」津上がさも興味深そうに尋ねた。

 「そうじゃのう。陳腐な表現で悪いが、『悪魔』かのう」

 「悪魔・・・・・・」安藤は先ほどの自分の印象とは似ても似つかぬ保己一のイメージに唖然とした。確かに悪臭は「お迎えの滝」で初めて会った時に自分でも感じることができたが、天国から来た者が感じたそれは恐らく圧倒的に強烈なものであっただろう。霊学校に入学させられること自体、それなりの見込みあってのことなのだが、最初から居場所が分かるほどの悪臭を放つ存在は早々居るものではない。やはりそうなのか・・・と安藤は何処か未だに頭の片隅で疑っていた彼の男の力を認めようと腹を括った。

 「安藤、これから教室に行くのか?」

 「ええ、そのつもりですが・・・・・・」

 「彼の男、久々に現世を乱す存在になるやもしれんのう。生かすも殺すも、お前次第じゃ。はっはっは」

 保己一は満足そうに歩みを始め、特に目立つ障害物もないのに津上が露払いを必死に行いながら帯同していった。

 意味深な言葉を頭の中で反芻しながら、解かされた靴紐を結い、引き戸を開けた。


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