めくるめく捲る―3
と、馴れない敬語を宮杜が使う時は内容が決まっていて、宿題を見せてほしいというのがその答えだ。横目で宮杜を見ると昔の商人が悪代官に頼み事をする時のように手を揉んでいた。
「また宿題していないのか?」
ぎくっと大袈裟に動きを止めた宮杜だが、構わず歩き続ける僕を見てとことこと後を付いてきた。
「私には難解なんだよー。憂鬱満天なんだよー」
予想外でもなんでもなく、宮杜は宿題に関わると元気をなくしているようだ。だからといって一日中元気がないようなことは絶対に無いと思うのだけど。なにせ、彼女は僕の宿題を宛にしている。
「宮杜、このままじゃあ留年するぞ?」
「留年は困るかなー」
明後日の方向に目を逸らしている宮杜に溜息を吐く。こんな騒々しい女の子でも高校で初めて出来た僕の友達だ。お陰様で僕は孤立することなく学園生活を送っているのかもしれない、というのは過言ではない。
家族が死んでから暫く立ち直れなかった僕だが、一年の時間を経てゆっくりとだが立ち直る兆しが見られた。丁度その頃には小学から中学に上がっていて、新しいクラスになっていた。当然知り合いも友達もいるのだから新しい、といっても馴染みはある。それなのに僕は孤立した。
一人の昼食。一人の休み時間。一人の登下校に一人の休日。
友達もクラスの皆も仲良くしようとしてくれていた。けれど僕は、素直にそれらを受け取れなかった。
そんな僕だからこそ宮杜には感謝している。それに、宮杜が違う学年になって疎遠となるのも、下手をすれば高校を辞めてしまうのも純粋に嫌だ。だからこそ、留年という問題にだけは真剣に向き合って欲しいのだ。
「宿題は俺が見せてやれる。けど、テストはどうするんだ? このままじゃ全てのテスト用紙が真っ赤に染まるぞ?」
「赤点らっしゅ? うげげー」
心底落ち込んだ様子ではあるが油断は出来ない。宮杜は一喜一憂する人間だ。つまりそれは、過去を踏みしめていない傾向がある。だから、今の苦悩も直ぐに忘れてしまうだろう。
と、急に宮杜の顔がぱっと明るくなる。
「その時はさ、大地。私に勉強教えてよ!」
さーっと血の気が引いた。勉強する気がない人間に勉強を教える時間程不毛なものはない。だが――
「いいぞ」
「やったー!」
「そのかわり、金は貰う」
「え……えぇー!? お金取るのー?」
「当たり前だろう? 時は金成りと言うじゃないか」
「せ、世知辛い……渡る世間は金ばかりだー」
渡る世間が金ばかりなら日本は不景気にならないだろうな。代わりに仕事する意欲が無くなって生産率が減少して日本が滅ぶかもしれないけど。と、明らかに感情と発言を間違えたであろう宮杜に「それじゃあ意味が違ってるぞ」と指摘した。
お金を少しでも貰えば宮杜もその時だけは真剣に勉強をしてくれる筈、という安直な僕の考えだ。といっても、弁当一つ、だとか簡単に済むものしか貰うつもりはないけれど。
全く、感謝はているのだからお返しをするのは構わないのだがとんだ利息だ。宮杜の卒業までを見なくちゃいけないなんて。
僕はその事をかなり軽く見ていた。世の中は世知辛いのだから何事も不利に考えなくては足元を掬われるというにも関わらず。
「それで、一体なんの宿題なんだ?」
「そりゃ勿論、数学ですよ!」
一体何がどうなって勿論なのかは知らないが、先程準備の時に数学の宿題を入れた時のことを思い出し、小声でやれやれと溜息混じりに呟いた。