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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

赤い魔女の血縁、断罪現場を凍らせる

作者: 赤川ココ
掲載日:2026/02/25

手慰み、第数弾でございます。

今回、他の気まぐれ企画でも出演しなかった奴が、久しぶりに登場いたします。

恋愛にしていますが……心をズタボロにしてしまう言葉が、多々出てまいりますので、御覚悟を。

 ……この間も、こういうポーズしてたな。

 店番は、赤い魔女の元を訪れてすぐ、そう思った。

 店の控室でもある応接室で、店主の魔女がソファに座って、悩ましく唸っている所に出くわしたのだ。

 一度目なら心配するが、同じような状態が連続で続くと、これはもう、ただのポーズにしか見えない。

 気づかぬふりでやり過ごそうかとも思うが、数少ない、しかも年かさの親族を、このまま悩ませるのも心苦しいため、店番は台所の方へと向かい、お茶と茶請けを用意した。

 魔女の店を通じて、店番の身近にいる者が数名、次元を跨いだ商売に乗り出した。

 大まかな区分は、これから発展する予定で、今のところは大工業と飲食、服飾系、養護、介護系を中心にした事業を立ち上げるのだと、張り切っている。

 各世界ごとに顔のきく貴族や商人に渡りをつけ、徐々に手を広げられそうだという話は、伝え聞いてはいた。

 その顔のきく貴族や商人を紹介したのが、当の赤い魔女だから、その過程で何か、困ったことになっているのかもしれない。

 紹介の見返りに、無理難題を吹っ掛けられている、というのも、有り得ない話ではない。

 でも、あの人に、無理難題なこと、あるかなあ。

 無感情のまま考えつつ、店番はお茶と茶菓子を盆にのせて、応接室に戻った。

 声をかけるまでもなく、魔女は顔を上げて店番を迎えた。

「いらっしゃい。向こうの方は、落ち着いたのか?」

「はい、何とか。店主は、お疲れのようですね? 今回の休暇は、長めにしますか?」

「うーん」

 店の扉の鍵は修繕され、休店日に無暗に客が入り込むことはなくなったが、火急の注文や、取り置きの引き渡しなどを取り扱うため、店番は度々呼び出されていた。

 今日も、元々出勤日だったから、やってきたのだが……。

 魔女は、困ったように答えた。

「先に、片付けておきたい件があるから、まだ休めないなあ」

 天井を仰いで言い、ちらりとこちらを一瞥する。

「……あの」

 店番は、平坦な声で言った。

「思わせぶりは、通用しませんよ。店を閉めないのなら、今日は帰ります」

「あ……酷い」

 弱弱しい声が呟く。

 振りだと知っていても、思わずたじろいでしまいそうになる、頼りない声だ。

 目を細めてしまった店番を上目遣いで見ながら、魔女は言った。

「お前の父親夫婦が、やらかしたことが、原因なのに」

「……」

 縋るような言い方なのに、完全に当てこすりだ。

「……あの銀髪小父さんが、何処かの世界を滅ぼしたというのでないのなら、そう大変ではないはずですが?」

 言いながらも聞く姿勢になってしまうあたり、自分は甘いなと店番は溜息を吐いた。


 赤い魔女の店が現れる世界の多くは、地球の中世ヨーロッパに近い街並みと風習のところが、多い。

 その世界でもそうで、商売の手を広げるためには、貴族の後見が一番力になるし、手を組みやすい。

 今回多分野での人材あっせん事業を立ち上げるにあたり、責任者を押し付けられたのは、長く放浪していた上に、一時期目を患って子供宅に居候していた、銀髪の男だった。

 丁度、男の身近な者たちが、戸籍替えのために待機中で、暇を持て余し始めていたのもあって、男は最愛の女と共に重い腰を上げたのだった。

 先の騒動で懇意になったとある国の公爵家に、いくつかの屋敷を手配してもらってから、親族である赤い魔女に、手ごろな後見人を紹介してもらうことになったのだが、それがまた別のある国の宰相を務める、公爵位を持つ貴族で、その国を中心にして、人材と取引先の確保に動き出した。

 問題が起きたのは、隣国での契約の申し込みを受け、取引に向かった先の、王城での社交場だった。

 他国の貴族や王族が集い、その国の王太子と男たちがいる国の第一王女の、婚約披露目も兼ねていたため、装飾も料理も豪華なものだったのだが、そこで、その国の王子がやらかしたのだ。


 飲食系担当の男と、服飾系担当の女も招待されていたその社交場で、盛大にやらかしたのはこの国の第二王子らしい。

「王太子の婚約者にあるまじき行為、目に余るっっ」 

 和気あいあいと、貴族たちと交流を深めていた男女は、突如聞こえたその声に、つい顔を見合わせてしまった。

 静まり返る会場の目立つ舞台上に、目立つ五人組がいる。

 はて、まだこの国の王は、登場していないはずだと首を傾げた時、その五人組の真ん中の男が、声高に舞台すぐ下に立つ女性を指さした。

「あ」

 傍に立つ服飾系担当で、飲食系担当の男の妻である女が、思わず小さく声を上げる。

 それは、この国に嫁ぐ予定の王女だった。

 自分たちが立ち上げた事業を、全面的に信頼してくれた国王が、第一王女の嫁入りの行軍に、自分たちの商隊も加えてくれたのだ。

 愛らしい王女を指さした男は、再び声高に言った。

「あなたのその態度、この国にはふさわしくないっ」

「……?」

 突然指をさされた王女は、心底困惑していた。

 他の招待客たちも、全く事情が分からず、ただどよめいているしかない。

 何せ、舞台に立つ五人が、どこの誰かも分からなかったのだ。

 よその国からやってきた男女も、眉を寄せて目を交わし合っていると、この国の貴族らしき招待客が、ひっそりと会話する声が聞こえた。

「っ。あれは、第二王子と、その婚約者の侯爵令嬢では?」

「……ああ、成程。よほど、気に食わなかったんですな。他国の王女を娶る第一王子が、王太子になることが」

 それで、正体が知れた上にどういうつもりかも知れたが、二人は心底呆れてしまった。

 舞台に立つ第二王子と侯爵令嬢は、取り巻きだか側近だかとともに、来たばかりの他国の王女を見下ろし、何やらののしっている。

 よくよく聞けば、挨拶回りしている王女の歩き方や姿勢を、事細かに駄目だししている。

 困惑した王女が口を開こうとすると、それを取り巻きだか側近だかが怒鳴って遮り、黙らせている。

 傍に立つ女が、静かに扇で口元を隠した。

 目は際限まで細まり、今にも動きそうな気配だ。

 気持ちはわかるが、同行している宰相子息の顔を立てて、大人しくしていなければならない立場だ。

 強張る肩にそっと手を置き、顔を上げた女に首を振りながら、女の父親で、自分の舅に当たる人を思い出していた。

 ここに、今は亡きあの人がいなくて、本当に良かった。

 あの人ならば、優しい笑顔のまま……。

「うわ、きっしょ」

 そう、こう言うだろう。

 そして、さっさと王女を背に庇い、優しく鋭い棘を吐き、逆上して攻撃してきた相手を、ぼこぼこにするだろう。

 そうなったら、止められないよなあ、と思わず現実逃避をした男は、強張っていた女の肩が、別な強張り方をしたのに気づいた。

 怒りのためではなく、焦りのための強張りに変わっている。

 その女の目は、騒動の方から移動していた。

 その視線の先で……自分たちの商会の会長が、焦っていた。


 それは、完全に嫌悪が乗った言葉だった。

 そして、はっきりと王子たちの耳にも入ってしまった。

 ひそひそとしたざわめきすらも消えた会場を見回し、王子が怒気の滲む目を声の方に向けると、銀色が目に飛び込んだ。

 会場のまばゆい光を吸って、白い光を放つかのような、銀色の髪の大男が、そこにいた。

 男は、長身の黒髪の女性の口元を、大きな手でふさいでいた。

 完全に整った顔には、引きつった笑いがある。

「し、失礼。私の妻が……」

「どうやら、この料理の胡椒が、効きすぎていたんですな」

 どもりながらの謝罪を補足するのは、隣国の宰相の子息だ。

「胡椒が効いていて美味な料理ですが、慣れないとくしゃみが止まらないのですよ。ははは」

「話を中断させてしまい、申し訳ありません」

 睨む王子に笑いかけつつ、大男はそのまま退場しようとしている。

 聞き違いかと、気を取り直した王子は、自分の婚約者の腰を抱きながら、改めて王女を見下ろした。

「ああ……無理。吐く」

 静まり返った会場に、女の吐き出すような声が響き、それに男の声が答える。

「分かった、もう出よう。子息殿、この国での取引は、白紙で」

「分かりました」

 声を潜めての言葉だったが、静まり返っていた会場では無意味だった。

 それに気づいているのか否か、宰相子息がついでのように言う。

「第一王女も共に、国に連れ帰ることにいたします」

「ああ、その方がいいですね」

 宰相子息の言葉に頷く男女の代わりに、全く別な男が答えた。

 いつの間にか傍に寄った、黒髪の東洋の顔立ちの優しい顔立ちの男だ。

「商売するのも、政略で縁を結ぶのも、不安な国ですからね、ここは」

「……公共の場で、他人に過度に接触する男女に、それを当然のように指摘せずに笑っている奴ら……こんなの、花街でしか見ねえぞ」

 先程銀髪の男に口を塞がれていた女が、嫌そうに大きな手を叩き落とし、吐き捨てた。

 嫌悪の混じった声で言う女は、本当に吐きそうだったようで、顔色も悪い。

 それを見て、優男が意外そうに呟く。

「ああ、そちらですか。オレは、てっきり……」

「?」

「ナイト気取りな割に、寄ってたかって一人の女性を叩くチキン野郎共に、吐き気を覚えたのだとばかり、思ってました」

 続いた穏やかな声が、場を凍らせた。

 宰相子息が目を見開く中、少し立ち直った女が眉を寄せる。

「そんな奴ら、珍しくはないだろう? 私の妹に当たった子の幼馴染も、似たような被害にあっていたし」

「そうなんですか?」

「ああ。まあ、あの子の場合、女同士の喧嘩に、相手が男を数人連れてきて、暴力を振るってきたんで、返り討ちにしていたが」

「でしょうね」

 軽く話す女も、相槌を打つ男も、何処か可笑しい。

 宰相子息は天井を仰いで、何とか話を理解しようとしているようだが、それより先に女が首を傾げた。

「だがこの国は、その点でも遅れているんじゃないか? 私の妹の幼馴染の話は、確か五歳の時だったぞ?」

 そして、ようやく舞台の方へと目を向けた。

 そこには、固まった第二王子と婚約者、側近だか取り巻きだかが、断罪を続けられなくなって、立ち尽くしている。

「……ここまで低知能だったら、商いの取引は、出来ないんじゃないか?」

「ああ。だから、撤収するんだ。国同士で縁を紡ぐのも、無駄な国だろう」

 商会の会長である、銀髪の男が言い切ると、宰相子息も頷いた。


 それからが大変で、王女の帰国後、隣国からは泣き言が入った謝罪と、復縁の懇願があった。

「でもねえ、その国、王太子と王位継承者二位の間には、能力の差が殆どないんだって。第一王女でもいいから、嫁にくれというのを、嫌々送り出したのにこの仕打ちだったもんだから、国王ももう聞く耳を持たないって」

「? 第一王女でもって……隣国側は、別な王女を希望していたんですか?」

 魔女の説明に首を傾げた店番に、女は苦い顔になって答えた。

「隣国の王太子の釣書をもらったのは、第二王女の方だ。第一王女とは十歳違いの」

「……第一王女の、年齢は?」

「十六歳」

「……アウトですね」

 例の社交に参加した面々の話では、王太子はお披露目時にはいたが直に王女から離れて、断罪の時のも姿を見せなかったという。

 その点でも、こちらの国王は許せなかったようだ。

「あの国の王には、王女は二人だけなんだよ」

 それを知っている優男夫婦は、旦那が会長の元へ向かい、話を膨らませて王子たちが興味を向けている間に、妻の方が王女を連れて速やかにその場を去った。

 場を凍らせて退場した一同を見送り、我に返った時には、断罪していた王女は消え、王子と侯爵令嬢は煮え切らないまま、すごすごと舞台を降りたと、別な知り合いから聞いた。

「……王家は慌てて、色々と立て直しに動き始めたらしいよ」

「へえ」

 いつものように軽く相槌を打つ店番は、天井を仰いで考えた。

 何を、困ることがあったんだろうか?

 そんな様子の薄色の金髪の人物に、魔女は真顔で言った。

「宰相から、使いが来たんだ。あちらの王族全員の記憶を、例の断罪騒動まで消してほしいと」

 理由は、被害者側の罪悪感回避のため、だ。

「いや、成すすべなく国が崩壊するのは、目に見えてるんだけどね、自覚させちゃっただろ? 自国の王子たちの低脳さを。そのせいで隣国の王率いる貴族が、方々の国に救済を求めてるんだって」

 大々的な社交の場で、次代の国王たちの無能ぶりを知られたからか、それともあの場でようやくその無能さを知ったからか、とにかく、方々の国はなりふり構わず縋ってくる、崩壊寸前の国家に辟易していた。

「……これなら、本人たちがやらかしたことに気付かぬまま、消滅してもらった方がいいという判断らしい」

「……面倒ですね」

「だろ?」

 思わず本音を漏らした店番に、身を乗り出して頷いた魔女は、期待を込めた目で訊いた。

「手っ取り早く、あの国の重鎮たちの記憶を改ざんする方法、ないか? もとはと言えば、お前の母親の失言が原因なんだから、尻拭いしてくれても、バチは当たらないぞ?」

 ……どちらかというと、女の本音よりも、兄貴分の意図した毒舌の方が、場を凍らせていたように感じたが、どうなのだろう?

 そう思いつつも、店番は答えた。

「手っ取り早い方法は忘却ではなく、吸収でしょう」

「へ?」

 平坦な声の答えに目を瞬く魔女に、店番は茶請けを差し出しながら微笑んで見せた。

「どうぞ、ご要望にあった、長芋でできた和菓子です。これも、いずれこちらで展開したいと、飲食担当が言っていました」

 悩んだ頭には、甘いものがいい。

 目を輝かせた魔女に、皿に乗った丸く白い和菓子を差し出しつつ、店番は先の言葉の意味を語りだした。


 一年持たずに隣国は消滅したが、その地に住む住民たちには、殆ど被害はなかった。

 それはひとえに、周囲の国々の援助の賜物だった。

 国自体への援助ではなく、近場の地をそれぞれ領地として吸収し、管理を始めた各国の対処が、国家が崩壊したのにも関わらず、住民への打撃を少なくしたのだ。

 消滅した後の、かの国の王家がどうなったのかは、出回っていないが……。

 逆恨みで、銀髪の男率いる商会に害を及ぼしたら、完全に人生が終わるだろう。

 そうならないよう、精進して余生を過ごしてほしいなと、店番は切に願うのだった。


もやもやをついつい形にして、吐き出してしまいました。


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