赤い魔女の血縁、断罪現場を凍らせる
手慰み、第数弾でございます。
今回、他の気まぐれ企画でも出演しなかった奴が、久しぶりに登場いたします。
恋愛にしていますが……心をズタボロにしてしまう言葉が、多々出てまいりますので、御覚悟を。
……この間も、こういうポーズしてたな。
店番は、赤い魔女の元を訪れてすぐ、そう思った。
店の控室でもある応接室で、店主の魔女がソファに座って、悩ましく唸っている所に出くわしたのだ。
一度目なら心配するが、同じような状態が連続で続くと、これはもう、ただのポーズにしか見えない。
気づかぬふりでやり過ごそうかとも思うが、数少ない、しかも年かさの親族を、このまま悩ませるのも心苦しいため、店番は台所の方へと向かい、お茶と茶請けを用意した。
魔女の店を通じて、店番の身近にいる者が数名、次元を跨いだ商売に乗り出した。
大まかな区分は、これから発展する予定で、今のところは大工業と飲食、服飾系、養護、介護系を中心にした事業を立ち上げるのだと、張り切っている。
各世界ごとに顔のきく貴族や商人に渡りをつけ、徐々に手を広げられそうだという話は、伝え聞いてはいた。
その顔のきく貴族や商人を紹介したのが、当の赤い魔女だから、その過程で何か、困ったことになっているのかもしれない。
紹介の見返りに、無理難題を吹っ掛けられている、というのも、有り得ない話ではない。
でも、あの人に、無理難題なこと、あるかなあ。
無感情のまま考えつつ、店番はお茶と茶菓子を盆にのせて、応接室に戻った。
声をかけるまでもなく、魔女は顔を上げて店番を迎えた。
「いらっしゃい。向こうの方は、落ち着いたのか?」
「はい、何とか。店主は、お疲れのようですね? 今回の休暇は、長めにしますか?」
「うーん」
店の扉の鍵は修繕され、休店日に無暗に客が入り込むことはなくなったが、火急の注文や、取り置きの引き渡しなどを取り扱うため、店番は度々呼び出されていた。
今日も、元々出勤日だったから、やってきたのだが……。
魔女は、困ったように答えた。
「先に、片付けておきたい件があるから、まだ休めないなあ」
天井を仰いで言い、ちらりとこちらを一瞥する。
「……あの」
店番は、平坦な声で言った。
「思わせぶりは、通用しませんよ。店を閉めないのなら、今日は帰ります」
「あ……酷い」
弱弱しい声が呟く。
振りだと知っていても、思わずたじろいでしまいそうになる、頼りない声だ。
目を細めてしまった店番を上目遣いで見ながら、魔女は言った。
「お前の父親夫婦が、やらかしたことが、原因なのに」
「……」
縋るような言い方なのに、完全に当てこすりだ。
「……あの銀髪小父さんが、何処かの世界を滅ぼしたというのでないのなら、そう大変ではないはずですが?」
言いながらも聞く姿勢になってしまうあたり、自分は甘いなと店番は溜息を吐いた。
赤い魔女の店が現れる世界の多くは、地球の中世ヨーロッパに近い街並みと風習のところが、多い。
その世界でもそうで、商売の手を広げるためには、貴族の後見が一番力になるし、手を組みやすい。
今回多分野での人材あっせん事業を立ち上げるにあたり、責任者を押し付けられたのは、長く放浪していた上に、一時期目を患って子供宅に居候していた、銀髪の男だった。
丁度、男の身近な者たちが、戸籍替えのために待機中で、暇を持て余し始めていたのもあって、男は最愛の女と共に重い腰を上げたのだった。
先の騒動で懇意になったとある国の公爵家に、いくつかの屋敷を手配してもらってから、親族である赤い魔女に、手ごろな後見人を紹介してもらうことになったのだが、それがまた別のある国の宰相を務める、公爵位を持つ貴族で、その国を中心にして、人材と取引先の確保に動き出した。
問題が起きたのは、隣国での契約の申し込みを受け、取引に向かった先の、王城での社交場だった。
他国の貴族や王族が集い、その国の王太子と男たちがいる国の第一王女の、婚約披露目も兼ねていたため、装飾も料理も豪華なものだったのだが、そこで、その国の王子がやらかしたのだ。
飲食系担当の男と、服飾系担当の女も招待されていたその社交場で、盛大にやらかしたのはこの国の第二王子らしい。
「王太子の婚約者にあるまじき行為、目に余るっっ」
和気あいあいと、貴族たちと交流を深めていた男女は、突如聞こえたその声に、つい顔を見合わせてしまった。
静まり返る会場の目立つ舞台上に、目立つ五人組がいる。
はて、まだこの国の王は、登場していないはずだと首を傾げた時、その五人組の真ん中の男が、声高に舞台すぐ下に立つ女性を指さした。
「あ」
傍に立つ服飾系担当で、飲食系担当の男の妻である女が、思わず小さく声を上げる。
それは、この国に嫁ぐ予定の王女だった。
自分たちが立ち上げた事業を、全面的に信頼してくれた国王が、第一王女の嫁入りの行軍に、自分たちの商隊も加えてくれたのだ。
愛らしい王女を指さした男は、再び声高に言った。
「あなたのその態度、この国にはふさわしくないっ」
「……?」
突然指をさされた王女は、心底困惑していた。
他の招待客たちも、全く事情が分からず、ただどよめいているしかない。
何せ、舞台に立つ五人が、どこの誰かも分からなかったのだ。
よその国からやってきた男女も、眉を寄せて目を交わし合っていると、この国の貴族らしき招待客が、ひっそりと会話する声が聞こえた。
「っ。あれは、第二王子と、その婚約者の侯爵令嬢では?」
「……ああ、成程。よほど、気に食わなかったんですな。他国の王女を娶る第一王子が、王太子になることが」
それで、正体が知れた上にどういうつもりかも知れたが、二人は心底呆れてしまった。
舞台に立つ第二王子と侯爵令嬢は、取り巻きだか側近だかとともに、来たばかりの他国の王女を見下ろし、何やらののしっている。
よくよく聞けば、挨拶回りしている王女の歩き方や姿勢を、事細かに駄目だししている。
困惑した王女が口を開こうとすると、それを取り巻きだか側近だかが怒鳴って遮り、黙らせている。
傍に立つ女が、静かに扇で口元を隠した。
目は際限まで細まり、今にも動きそうな気配だ。
気持ちはわかるが、同行している宰相子息の顔を立てて、大人しくしていなければならない立場だ。
強張る肩にそっと手を置き、顔を上げた女に首を振りながら、女の父親で、自分の舅に当たる人を思い出していた。
ここに、今は亡きあの人がいなくて、本当に良かった。
あの人ならば、優しい笑顔のまま……。
「うわ、きっしょ」
そう、こう言うだろう。
そして、さっさと王女を背に庇い、優しく鋭い棘を吐き、逆上して攻撃してきた相手を、ぼこぼこにするだろう。
そうなったら、止められないよなあ、と思わず現実逃避をした男は、強張っていた女の肩が、別な強張り方をしたのに気づいた。
怒りのためではなく、焦りのための強張りに変わっている。
その女の目は、騒動の方から移動していた。
その視線の先で……自分たちの商会の会長が、焦っていた。
それは、完全に嫌悪が乗った言葉だった。
そして、はっきりと王子たちの耳にも入ってしまった。
ひそひそとしたざわめきすらも消えた会場を見回し、王子が怒気の滲む目を声の方に向けると、銀色が目に飛び込んだ。
会場のまばゆい光を吸って、白い光を放つかのような、銀色の髪の大男が、そこにいた。
男は、長身の黒髪の女性の口元を、大きな手でふさいでいた。
完全に整った顔には、引きつった笑いがある。
「し、失礼。私の妻が……」
「どうやら、この料理の胡椒が、効きすぎていたんですな」
どもりながらの謝罪を補足するのは、隣国の宰相の子息だ。
「胡椒が効いていて美味な料理ですが、慣れないとくしゃみが止まらないのですよ。ははは」
「話を中断させてしまい、申し訳ありません」
睨む王子に笑いかけつつ、大男はそのまま退場しようとしている。
聞き違いかと、気を取り直した王子は、自分の婚約者の腰を抱きながら、改めて王女を見下ろした。
「ああ……無理。吐く」
静まり返った会場に、女の吐き出すような声が響き、それに男の声が答える。
「分かった、もう出よう。子息殿、この国での取引は、白紙で」
「分かりました」
声を潜めての言葉だったが、静まり返っていた会場では無意味だった。
それに気づいているのか否か、宰相子息がついでのように言う。
「第一王女も共に、国に連れ帰ることにいたします」
「ああ、その方がいいですね」
宰相子息の言葉に頷く男女の代わりに、全く別な男が答えた。
いつの間にか傍に寄った、黒髪の東洋の顔立ちの優しい顔立ちの男だ。
「商売するのも、政略で縁を結ぶのも、不安な国ですからね、ここは」
「……公共の場で、他人に過度に接触する男女に、それを当然のように指摘せずに笑っている奴ら……こんなの、花街でしか見ねえぞ」
先程銀髪の男に口を塞がれていた女が、嫌そうに大きな手を叩き落とし、吐き捨てた。
嫌悪の混じった声で言う女は、本当に吐きそうだったようで、顔色も悪い。
それを見て、優男が意外そうに呟く。
「ああ、そちらですか。オレは、てっきり……」
「?」
「ナイト気取りな割に、寄ってたかって一人の女性を叩くチキン野郎共に、吐き気を覚えたのだとばかり、思ってました」
続いた穏やかな声が、場を凍らせた。
宰相子息が目を見開く中、少し立ち直った女が眉を寄せる。
「そんな奴ら、珍しくはないだろう? 私の妹に当たった子の幼馴染も、似たような被害にあっていたし」
「そうなんですか?」
「ああ。まあ、あの子の場合、女同士の喧嘩に、相手が男を数人連れてきて、暴力を振るってきたんで、返り討ちにしていたが」
「でしょうね」
軽く話す女も、相槌を打つ男も、何処か可笑しい。
宰相子息は天井を仰いで、何とか話を理解しようとしているようだが、それより先に女が首を傾げた。
「だがこの国は、その点でも遅れているんじゃないか? 私の妹の幼馴染の話は、確か五歳の時だったぞ?」
そして、ようやく舞台の方へと目を向けた。
そこには、固まった第二王子と婚約者、側近だか取り巻きだかが、断罪を続けられなくなって、立ち尽くしている。
「……ここまで低知能だったら、商いの取引は、出来ないんじゃないか?」
「ああ。だから、撤収するんだ。国同士で縁を紡ぐのも、無駄な国だろう」
商会の会長である、銀髪の男が言い切ると、宰相子息も頷いた。
それからが大変で、王女の帰国後、隣国からは泣き言が入った謝罪と、復縁の懇願があった。
「でもねえ、その国、王太子と王位継承者二位の間には、能力の差が殆どないんだって。第一王女でもいいから、嫁にくれというのを、嫌々送り出したのにこの仕打ちだったもんだから、国王ももう聞く耳を持たないって」
「? 第一王女でもって……隣国側は、別な王女を希望していたんですか?」
魔女の説明に首を傾げた店番に、女は苦い顔になって答えた。
「隣国の王太子の釣書をもらったのは、第二王女の方だ。第一王女とは十歳違いの」
「……第一王女の、年齢は?」
「十六歳」
「……アウトですね」
例の社交に参加した面々の話では、王太子はお披露目時にはいたが直に王女から離れて、断罪の時のも姿を見せなかったという。
その点でも、こちらの国王は許せなかったようだ。
「あの国の王には、王女は二人だけなんだよ」
それを知っている優男夫婦は、旦那が会長の元へ向かい、話を膨らませて王子たちが興味を向けている間に、妻の方が王女を連れて速やかにその場を去った。
場を凍らせて退場した一同を見送り、我に返った時には、断罪していた王女は消え、王子と侯爵令嬢は煮え切らないまま、すごすごと舞台を降りたと、別な知り合いから聞いた。
「……王家は慌てて、色々と立て直しに動き始めたらしいよ」
「へえ」
いつものように軽く相槌を打つ店番は、天井を仰いで考えた。
何を、困ることがあったんだろうか?
そんな様子の薄色の金髪の人物に、魔女は真顔で言った。
「宰相から、使いが来たんだ。あちらの王族全員の記憶を、例の断罪騒動まで消してほしいと」
理由は、被害者側の罪悪感回避のため、だ。
「いや、成すすべなく国が崩壊するのは、目に見えてるんだけどね、自覚させちゃっただろ? 自国の王子たちの低脳さを。そのせいで隣国の王率いる貴族が、方々の国に救済を求めてるんだって」
大々的な社交の場で、次代の国王たちの無能ぶりを知られたからか、それともあの場でようやくその無能さを知ったからか、とにかく、方々の国はなりふり構わず縋ってくる、崩壊寸前の国家に辟易していた。
「……これなら、本人たちがやらかしたことに気付かぬまま、消滅してもらった方がいいという判断らしい」
「……面倒ですね」
「だろ?」
思わず本音を漏らした店番に、身を乗り出して頷いた魔女は、期待を込めた目で訊いた。
「手っ取り早く、あの国の重鎮たちの記憶を改ざんする方法、ないか? もとはと言えば、お前の母親の失言が原因なんだから、尻拭いしてくれても、バチは当たらないぞ?」
……どちらかというと、女の本音よりも、兄貴分の意図した毒舌の方が、場を凍らせていたように感じたが、どうなのだろう?
そう思いつつも、店番は答えた。
「手っ取り早い方法は忘却ではなく、吸収でしょう」
「へ?」
平坦な声の答えに目を瞬く魔女に、店番は茶請けを差し出しながら微笑んで見せた。
「どうぞ、ご要望にあった、長芋でできた和菓子です。これも、いずれこちらで展開したいと、飲食担当が言っていました」
悩んだ頭には、甘いものがいい。
目を輝かせた魔女に、皿に乗った丸く白い和菓子を差し出しつつ、店番は先の言葉の意味を語りだした。
一年持たずに隣国は消滅したが、その地に住む住民たちには、殆ど被害はなかった。
それはひとえに、周囲の国々の援助の賜物だった。
国自体への援助ではなく、近場の地をそれぞれ領地として吸収し、管理を始めた各国の対処が、国家が崩壊したのにも関わらず、住民への打撃を少なくしたのだ。
消滅した後の、かの国の王家がどうなったのかは、出回っていないが……。
逆恨みで、銀髪の男率いる商会に害を及ぼしたら、完全に人生が終わるだろう。
そうならないよう、精進して余生を過ごしてほしいなと、店番は切に願うのだった。
もやもやをついつい形にして、吐き出してしまいました。




