【1−9】無理無理無理無理ぃぃぃぃ!!!!
ラスカの家を出て数時間、太陽も傾き始め、そろそろ野生の動物達が眠る頃、アトレとバル、ラスカの三人は寝床を探していた。
「もう黄昏時ですので、ここらで就寝の準備を致しませんか?」
少し木々が多くなった森の中。夕暮れの森は辺りが薄暗く不気味な雰囲気を醸し出す。たまに聞こえる小鳥の鳴き声も不快に感じる。
辺りを見ても宿どころか人の気配も無い。というわけで、ここで野宿をすることはほぼ確定だろう。
だがしかし、三人の中で納得できない者がいた。
「寝るってどこ? 宿なんて見つからないし……。もしかして……」
「その『もしかして』だ」
「嘘でしょ?! こんなかっったい地面で寝るってわけ?!」
アトレはしゃがんで地面を叩き、こんな場所で落ち着けるはずがない、と言わんばかりにアピールをした。
「お嬢様、旅というものはそんなものです。野外で寝泊まりをし、自給自足は当たり前。快適な環境で寝られるのは滅多にないことなのです。お分かりいただけますでしょうか」
「コホン、まぁいいわ。百歩譲って寝床がないにしろ、お夕食はあるのよね?」
「今から釣りに行くんだ!」
後ろから声がして振り返ると、長い木の棒を持ったラスカが仁王立ちしていた。
どうやらこの会話の合間に作ったらしい。森の中だったので木の棒は容易く見つけることができた。だが糸と針はどうしたのだろうか。
気になって聞くと、その辺の蜘蛛から糸を拝借したのだとか。釣り針に関してはなぜかもっていたらしい。
このメンバーの中で一番サバイバルスキルが高そうだ。
「ほら、お前も行くぞ」
ラスカがアトレに、作った釣竿を差し出した。
「え? 私もやるの?」
「もちろん、寝床の準備はバルさんがやってくれるらしいからな」
えっと思いバルの方を見ると、自分の仕事を見つけているようで、すでに黙々と作業に取り掛かっていた。
(じいやに裏切られた……)
唖然としていると、ラスカに腕を掴まれて早く行くぞと言われてしまった。
「い〜や〜だ〜! 濡れたくない!」
引きずられながら反抗する。
「お前はどこかのお嬢様か!」
「お嬢様だもん!」
* * *
諦めて素直についていくことにした。数分歩くと幅が少し広く、丸い大きな石がたくさん転がっている川辺に着いた。水が流れる音がとても気持ちよく、夕日に染まる橙色の小川の景色は息を呑むほどであった。
川につくなり、ラスカは気が狂ったように石をひっくり返しては戻し、それを別の石に移ってはを、何回も繰り返していた。
「何やってるの?」
「餌を探してる……見つけた!」
アトレは転ばないようにと、小走りでラスカの元へ向かった。
「餌って、何を見つけたの? 私にもくれないかしら」
ラスカが「はい」と言って黒っぽい何かをアトレに渡そうとした瞬間、アトレはそれを見た途端、急いで後ずさりして距離を取った。よっぽど恐ろしいものなのだろう。
慣れた手つきでそれを持つラスカに対し、アトレはビクビクと怯えている。
魚釣りで簡単に採れる餌——それは川虫だ。
「ちょっと待って! 無理無理無理無理無理ぃぃぃぃ!!!!」
「別に噛まないし大丈夫だから。ほら」
「こっちこないで!!!!」
そこらへんの石を雑に投げまくり、川虫の接近を全力で拒んだ。
「いたた……そんなに怖いのか? 魚を釣るんだからしょうがないだろ……」
「しょうがないも何も、無理なものは無理なの!」
「はぁ、わかったからその釣竿を俺に貸せ。餌、付けてやるからこれで勘弁してくれ」
多分これ以上逃げても逃れられないと思ったのか、アトレは渋々釣竿を渡した。
ラスカは虫を簡単に針に付けて釣竿を返したが、振り子のように揺れて迫ってくる虫に怯えて、アトレは釣竿を投げ捨てて逃げた。
それでもちゃんとすぐに帰ってきたが。偉い子。
* * *
「岩の隙間に魚が居るからそこに目掛けて投げるんだ」
指で水の段差になっている岩を指した。
そして竿を振ると、一切のズレなく目掛けたポイントに着水した。
これを見てアトレがおおっと感心してると、「お前もやれ」と言われてしまった。
虫が体につくのが怖くてへっぴり腰になりながらも、勇気を出して竿を投げた。
意外にも狙いが良かったのか、岩の影に着水した。
「ねぇ、まだ魚かからないの?」
「まだ投げて十秒も立ってないぞー」
ラスカがジトーっとこっちを見てきた。
すると、竿が急に重くなり、引き摺り込まれるような感触がアトレの手から伝わった。
「かかったかも! ラスカ! この後どうすればいい!」
「そのまま竿を立てて! 俺が取りに行く!」
言われるがまま竿を立てた。そのうちにラスカが靴を脱いで冷たい川に足を入れた。
グウっといった感触はまだ続いている。魚の重みでしなる竿が、怖いくらい曲がっていた。もう今にも糸が切れてしまいそうだ。
「もう少し……取った! 取ったぞアトレ!」
竿を地面に丁寧に置くと、アトレは走り寄った。
「やっっったぁ!! 釣れた! 私が釣った!!」
「今、針外すから待ってろぉ。よし取れた。ほら、持ってみろよ」
彼女の両手には黄金に輝く大きな鱒が。水飛沫を撒き散らし暴れる鱒にアトレは興奮を隠しきれなかった。
(これが……私が釣った魚……)
少しぬるぬるしているがそんなことは気にもならない。今は、自分が釣ったこの鱒に感動している。
(じいやが言っていた自給自足って、こうゆうことだったんだ……)
鱒の余韻に浸っているとラスカが話しかけてきた。
「早くしないと晩飯がそいつ一匹になっちゃうぞー。夕マズメを逃したらもう釣れなくなるからな」
アトレの針に新しく餌を付けてくれた。
「うん!」
元気いっぱいに応えた。
夕日で光る瞳は、太陽に負けじと翡翠のように輝いていた。
* * *
帰る頃にはすっかり暗くなっていた。ラスカは木に火を付けて松明を作った。バケツに釣った鱒を入れ、アトレはそれを持ちながらルンルンと歩いた。
「ただいまーじいやー」
椅子のためか、さっきまでなかった丸太が用意されていて、少し広めの空間に石で囲まれた焚き火が焚かれていた。
「おお、やっとお戻りになりましたか。たくさん釣ってこられたのですね」
バケツに大量に入った鱒を見て驚いた。今にも溢れそうだ。
バケツについては、さっき持って帰る時ラスカが魔法で出してくれた。魔法とは便利なものだ。
「私が釣ったのよ! お父様に自慢したいわ!」
「ええ、きっとセレオ様も喜んでくれるでしょう。では、早速夕食を作りましょう」
バルはハンカチで涙を拭くと、魚に串を刺し、塩をまぶして焚き火に並べた。それと同時に、三人は焚き火を囲むように座った。
少しずつ香ばしい匂いがしてきた。
焼けた魚の口から汁が溢れ、焚き火の火に触れてジュワッといい音がする。
「もう焼けましたかね。では、皆さんでいただきましょう」
焼き魚がみんなに配られた。待てと言われるのが苦痛になるほど、とても旨そうだ。
『いただきます!』
アトレは手を添えて、上品に魚の腹から食べた。周りを見ても一番大きいこの魚は、さっき自分が初めて釣ったものだった。
程よい塩加減とホクホクした身が、今まで食べてきたどんな料理よりも美味しかった。
とてもじゃないけど、店で食べられるようなものじゃない。自分で釣った苦労が味を引き立てるのだと、思った。
「……美味しい」
自然と口から言葉が溢れた。
「まだまだあるぞ! 二本目もーらい!」
「ちょっと! 私の分も残してよね!」
※現実世界の河川では漁業権の購入が必要な場合があります。違法な漁は法律に抵触する可能性があります。釣りに行かれる際はよく調べてから楽しんでください。




