【1−8】別れはあっさりと
「ここが俺の家だ」
三人は少し離れた小さな集落に着いた。ラスカが案内したのは、平家の小さな家だった。
「おばさん、ただいま。客人を連れてきたから何か食べ物ある?」
「客人かい、珍しいね。ちょうど今昼飯を作ってるからそれをあげな」
小太りで優しそうな威厳があるおばさんは言った。
「お邪魔します、ん〜いい匂い〜」
「ほらそこに座ってくれ、今持ってくるから」
ラビナの家より小さなテーブルに案内された。アトレとバルが座って待っていると、匂いの正体がやってきた。
とても豪華とは言えないがキャベツやにんじんを詰め込んだ野菜炒めが机に置かれた。
「お客さん、こんなのしかないけどいっぱい食ってくれよな」
「ありがとうございます! もう待ちきれない、いただきます!」
「いただきます」
空腹に満ちたアトレは勢いよく食べ始めた。
だが、側から見たら到底空腹の少女が食べる所作ではなく、高貴なお嬢様の優雅な食事の姿であった。
もっとも、本人は今まで以上にかきこんでいるつもりなのだが。
「なあ、お前たち旅に出てるって言ってたよな。少し話を聞かせてくれないか」
ラスカは同じ野菜炒めを持って向かいに座った。食べ終わったアトレが口を拭く。
「話って理由のこと? そうね、恥ずかしいことじゃないから言うけど……私、魔法が使えないの。そのせいで学校を退学になっちゃって。ついこの間まで引きこもってたの」
「最近まで引きこもってたのに、よくこのテンションでいられるな……」
「と、に、か、く、私はこのまま殻に閉じこもってばかりじゃいけないって思って旅に出たの。まあ、旅先から紆余曲折してたけどね」
指を振って説明するアトレを、食べながらもラスカは興味深そうに聞いていた。
「ラスカ様、私からひとつお聞きしても良いですか」
「別にいいが?」
ラスカは口に野菜を運びながら話した。
「失礼ながら、何故借金を背負っていたのです?」
バルの問いに、ラスカは食べるのをやめた。
「本当は、俺の借金じゃないんだ」
「それはどうゆうこと?」
「実を言うと、俺は孤児なんだ。昔から俺の家は貧乏でさ、両親があいつらに借金をしてしまったんだ。もちろん、あんな輩に借りたわけだから利子も膨れ上がって。そしたら父親が夜逃げしてしまって、残った母親は俺の兄弟たちと心中をしようといってきたんだ。まあ俺だけが生き残って、たまたまおばさんに拾ってもらって今に至るってこと。今になっては笑い話だけどな」
最後は笑っているように見えたが、彼の目だけは深淵に沈んだような暗い目をしていた。
きっと、笑って誤魔化そうとしているのだろう。
他人も、自分も。
「なあ、俺もお前たちの旅についていいか? これ以上おばさんに迷惑をかけたくないんだ。もちろんお金は返す」
アトレは悩んだ。自分の未計画の旅に他の人を巻き込んで良いものか。
悩んだ末、とりあえず会話を繋げて、ラスカの動向を伺うことにする。
「あんなはした金、別に返さなくてもいいわよ」
(路銀の半分使っちゃった〜!)
すると、ラスカはアトレの前に出て跪いた。
「公爵様、お願いします! 俺を貴女様の旅に連れていってください!」
ラスカは結構強引に頼んだ。おかげでアトレは迷いを吹っ切ることができた。
礼には礼を、アトレは席を立ち彼の前に立った。
「ラスカ、貴方を私『アトレ・エマニュエリ』の側近として任命する。これでいいでしょ!」
最後は普通の女の子らしく可愛く言った。
「ありがとうございます、閣下!」
アトレは内心嬉しかった。旅に新しい仲間ができたこと、それも非常に頼もしい仲間ができたことが。
「あの、お嬢様。見ず知らずのお方を側近にするのはいかがなものかと」
バルが耳打ちする。
「いいのよ、形式的なものだから形式的なもの。それじゃ行きましょ。ラスカ、頼りにしてるからね」
「ああ。出発しますか」
もちろん、この会話はおばさんにも聞かれていた。
「お食事ありがとうございました。私たちはこれで失礼します」
「行ってくるぜ、おばさん」
「ラスカ! くれぐれもこのお嬢ちゃんたちを困らせるんじゃないよ。あんたたち、このガキンチョをよろしくな」
「ったく、俺はもう十七だぞ」
「あたしから見りゃあんたなんていつまでもガキだよ。ハハッ。ほら、さっさと行きな。借りた分、ちゃんと働いて返すんだよ」
「うい」
ラスカは背中越しに手を振って歩き出した。
アトレの無計画な旅に一人の少年が加わった。唯一決まっていたのは次に向かうべき場所と旅の終点だけであった。
満腹でルンルンなお嬢様とこの後が心配な執事、そして貧乏だが優秀な魔法使いの少年による旅が始まった。
「お前って本当に貴族なんだな」
「は? 疑ってたわけ?!」
やはり心配だ。




