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【1−7】超絶ジリ貧の天才魔術師

 街を出たアトレは振り返らなかった。

 そんなアトレを気遣ってか、バルは一言も話さなかった。だが、二人の沈黙の旅は、一匹の魔物で終わりを迎えた。

 「ぽとっ」という音と同時に、木から何かが落ちてきた。赤くてむちむちした丸い大福みたいな身体——スライムであった。

「何この丸い生き物、もしかしてこれがスライム!? かわいい〜! ねえ、撫でていい? ねえ、いいでしょ!」

「お嬢様、それには触らないほうが——」

 バルの忠告はアトレの耳に入らず、スライムに触ってしまった。むにっとした感触は確かに気持ちの良いのだが、すぐに手を離してしまう。

「熱っ! なんでこんなに熱いのよ!」

「それは、炎スライムでございます」

「炎スライム?」

「そうです。彼らは自身の身体を、炎の魔法で構成しています。だから一般的なスライムと違って、飼う人がいないのです」

「どうりで熱いわけね。でも、スライムって魔物なのよね? なら倒していいのよね」

 アトレは剣を鞘から抜いた。彼女にとっても、剣にとってもこれが初めての実戦だ。

 剣を強く握り炎スライム目掛けて、剣を振り下ろす。にゅるんとした感触が剣に伝わった。

「やったわ! スライムを倒した!」

 嬉しさのあまり飛び跳ねた。しかし、何か柔らかい物を踏んで転んだ。

「うへっ」

 自分の足元を見ると、なぜかスライムが二匹に増えていた。

「どういうこと? さっき剣で切ったはずじゃ……」

 焦ったアトレは、なりふり構わず剣を振り回した。しかし、その度にスライムが増える。

「ちょっとちょっとどういうことなの! なんでスライムが増えているわけ!? じいや、なんとかして〜!」

 バルは落ち着いて銃を出した。

「何、その黒い筒は?」

「お嬢様、危険ですのでお下がりください!」

 アトレが離れたのを確認し、引き金を引く。

 火薬の匂いと炎の熱気が辺りを包んだ。

 そして、一度の射撃で全てのスライムに命中した。スライムに当たった衝撃で、辺りに砂煙が立ちこめた。

「これで大丈夫です」

「ゴホッゴホッ、ねえ、さっきの黒い筒はなんなの?」

「これですか? 昔の友人から譲り受けた物です。友人曰く、これは銃と言われる武器で、ショットガンというものらしいのです」

「すごくいいわね、その『ショットガン』? ってやつ。まるで小型の大砲だわ。それでスライムはどうなったのかしら」

 後ろを振り返った。だが、何かがおかしい。スライムは倒れるどころか、さらに増えていて、しかも大きくなっていた。

「ちょっと本当にどういうこと!? なんでスライムが大きくなってんの!? まさか……スライムが炎魔法を吸収して強くなったの? そんなことより、早くなんとかして〜! なんかほら、水魔法とか使えないの?」

「水ですか……長年使ってないため忘れてしまいました」

「てへっ、じゃないわよ!」

 無駄話をしているうちにどんどんスライムが迫ってきた。刃物も使えない、魔法も効かない、絶体絶命の状況。逃げるしかない。

 だが不運にも、背後にも炎スライムが回り込んできた。

 刹那、一匹のスライムが謎の蒸発をした。それが一匹、また一匹と。アトレは目を凝らした。

 よく見るとスライムの上に何か針のようなものが、蒸発の瞬間に浮いていたのだ。ほんの一瞬だったが。

 そしてアトレはあることに気づいた。

 これは上級魔法などではなく、誰でも使える超初級の水魔法であると。

 それに、小さなスライムの上に正確に水の針を落とすには、相当な空間把握能力が必要だ。使用者はとんでもなく魔力操作に優れた人物に違いない。


 魔法は魔力を練り、イメージの世界で対象を思い描いて発動する一種の奇跡だ。対象を見ない限りイメージすることはできない。

 例え視認しても、小さなスライム一匹でも動き回るとなれば、正確に攻撃することは難しい。

 その、針に糸を通すような奇跡を、一瞬だがアトレは見た。


「チッ、埒が開かないな」

突如、アトレたちの周りに防御結界が張られた。

「お前ら、死にたいのか!」

 近くの崖から誰かが飛び出し、巨大な水の柱をアトレたちに向かって放った。それは見事にスライムをアトレごと撃ち抜いた。

「スライム相手に刃物と、同じ種類の魔法を使うなんて。学校で教わらなかったのか?」

 皮肉混じりに言った言葉が聞こえると、淡い小麦色の髪の男が目の前に立っていた。彼はアトレと同世代に見える。

「失礼ね。そ、れ、に、急に飛び出して嫌味なんて何様のつもりよ」

 腰に腕を当てて彼に指を差す。助けてくれた救世主とはいえ、この態度には流石に腹が立つ。

「ここはお嬢さまが来るようなとこじゃないぞ。帰って寝てな」

 アトレは更に怒りを募らせ文句を言おうとしたが、その必要がなくなった。

「いたぞ! 捕まえろ!」

 何やら四、五人くらいの見るからにヤバそうな集団が、彼を追いかけて走ってこっちに向かってきている。

「くそっ」

 淡い小麦色の髪の彼はそう言い残し飛んでいった。

「こら! 待ちなさい! じいや、追いかけるわよ」

「承知しました。全速力で追いかけます!」

 アトレの体が浮く。瞬きすると、そこはもう空の上だった。

「いた! ちょっと待ちなさい! さっきの話、まだ終わってないわよ!」

「なんでついてくるんだ……」

 アトレは物のように浮かされて運ばれたが、そんなことはどうでも良かった。しばらく追うと、その男が降りていくのが見えた。二人はそこに降りた。


「お前らいったいなんなんだよ……」

 片手で顔を隠して、とても困ったような仕草をした。

「急に現れて名乗らず消えるなんて、礼儀がなってないわよ。まず、あなたは誰」

「名乗ればいいんだろ。俺はラスカだ。ほら、お前たちも名乗れ」

「アトレ・エマニュエリよ」

「執事のバル・ミッテランでございます」

 なんなのこいつ、と思いつつぷんすか怒りながらアトレは名乗った。だが、側から見るとヘンテコな二人組でしかなかった。

「お前ら本当にお嬢さまなんだな」

ラスカはヘラヘラ笑っていた。

「それで、なんで逃げたの」

「ちょっとした知り合い同士の鬼ごっこだよ」

「あれ、借金取りでしょ」

「……なんでわかったんだ」

「あんな世紀末的風貌の輩、借金取りに決まってるでしょ」

「当たりだよ」

 アトレの借金取りへのイメージがおかしいのか、なぜかすぐわかった。

 アトレが読んだ物語で見る借金取りは、なんかゴテゴテしい風貌だったので、実際見た事のないアトレは偶然一致していたことに気づかなかった。

「ラスカ様、失礼ですがおいくつなのですか」

「十七だ」

「私の一つ上ね」

「十七歳で借金があるとは……何か、私たちに手伝えることはありませんか」

「初対面の奴らに借りるかりはねぇ」

 ラスカは立ち去ろうとした。すると、「おっとファビウス君、奇遇だね。次は君が鬼だよ」とラスカの背中を叩いてから声が聞こえた。

 どうやら世紀末的風貌の借金取りに追いつかれてしまったようだ。その中でもボスと思わしき人物がラスカを拘束魔法で動けなくし、アトレとバルも囲まれてしまった。

「今は持ってないから家に帰らないと。だから離してくれないか」

「それは無理な話だ。今までに何回も逃げられたからね」

「そこのお姉ちゃんはお前さんの女か? 身なりも良くて、顔もいい。お前さんみたいな奴が、釣り合うような物じゃないな。今までの分、こいつを担保のしてもらわないと困りますよ、お兄さん」

 奴らの視線がアトレに向いた。

「……彼女は関係ない。ただの通りすがりだ」

「なら、この女は人質にさせてもらうぞ。見ず知らずの人を捨てて、逃げるような奴じゃないといいがな。ハハっ」

 彼らはアトレにも拘束魔法をかけた。

「……あんた、こいつらにいくら借りてんの」

「金貨二十枚だ」

「それならあるわ。ほら、これでいいでしょ」

「なんでこいつは、こんな大金を持ち歩いてるんだ。……まあいい、これで全額返済だ。優しい通りすがりに救われて良かったな。だが、この女はもらっていくぞ。今までの迷惑料の担保としてな。人様に迷惑かけたくないなら明後日までに金貨十枚を払うんだな」

 ボスはアトレに近づいた。手を引かれ、アトレが連れていかれそうになった時、一発の銃声が響いた。

「グハッ! 何すんだジジイ」

「うちのお嬢様に手は出させません」

 バルの撃った弾が、ボスの右足に命中した。

「返済したと思ったら、迷惑料として見ず知らずの少女に手を出す。実に強欲なお方だ。とても紳士的とは言えませんね」

 バルは目にも止まらぬ速さでボスの裏に回り込んでいた。そして、銃口をボスの頭に突きつけた。

「お前ら、こいつらに思い知らせてやれ!」

「いいんですか? これ以上動いたら、次は頭に撃ちます。十秒待つので今すぐ離れなさい」

「クソッ、お前ら! ずらかるぞ!」

 借金取りたちは慌てて逃げていった。ラスカは自分で拘束魔法を解くと、立ち上がった。

「なんで俺なんかを助けたんだ」

「ただの気まぐれ」

 アトレはそう言い残し去ろうとした。

「ちょっと待ってくれ! お前たちは、いったい何者なんだ」

「どこにでもいる旧貴族よ」

 ラスカは離れていく二人を追った。

「なあ、お礼をさせてくれ。もちろん、これで恩を返せるとは思ってない」

「そんなの、もらえるわけないよ。だって、あなたは私の命の恩人。これで十分返せたでしょ」

(ぐう〜)

 アトレの腹が返事をする。今は昼すぎだったので、何かお礼が欲しいようだった。

「…………うちで飯でも食うか?」

  ラスカは頭を掻きむしりながら、目を逸らす。

「……うん」


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