【2-5】 魔法の根源
元々この国……というより前王朝ができるよりずっと前、人々は強大な力を持つ竜に怯えて暮らしていた。
この頃の竜への対抗手段に魔法というものはなく、剣や弓などで戦っていた。
しかし、竜の厚い皮膚と鱗に阻まれて攻撃が通らない分、戦闘が長引き、毎回の戦闘に犠牲者はつきものだった。
翼の生えた竜に攻撃できるのは地上に降りた時か、弓での非力な狙い撃ちだけだった。
さらに、竜害も酷かった。竜のような巨体を飛ばすためには多くの揚力が必要となる。そのため、竜の通り道にある家は倒壊し、木が薙ぎ倒される事も多かった。
それに、この問題を抱えていたのは人間だけではなかった。
——魔族も同じだった。
魔力操作に長けていた彼らは、一時的に人間と休戦をし、手を組んで竜の根絶に乗り切った。
だが、人間側はこれに反発し、取引を持ち込んだ。
人間が要求したのは魔族の持つ「魔法」。その代わりに人間は「知恵」を代価として差し出した。
この交渉は妥結。人間は「魔法」を研究し攻撃手段を得た。魔族は「知恵」を使い、文明の発展を果たした。
そして人間が魔法を手に入れたある日。どこからともなく、魔族でも人間でもない、魔力操作に優れ、竜より強靭で非常に聡明な種族が現れた。
彼らはどちらかといえば人間側だったが、ほとんど中立的な立場だった。
その上彼らは非常に強かった。竜なんて箸を使う事よりも簡単に倒すことができる。
その後、人々は口を揃えて言う。
「神が降りた」と。
* * *
竜の詳細な情報が分かったアークの研究室には、重苦しい空気が流れていた。
果たして本当に倒せるのだろうか。魔法が効きにくい以上、接近戦や物理による攻撃は避けられない。
この中で唯一、物理攻撃ができるのはアトレだけ。
きっと来るはずの都からの軍を待つか、伯爵の軍に混ざって戦うか。どちらにせよ時間が掛かるのは間違いなかった。
ボスの情報によると伯爵の軍の行動は早くて三日後。
それまでいつ竜が街に飛来するか分からないし、それまで持たないかもしれない。
誰もがそう思っていた——彼女を除いて。
「やるよ。明日、みんなで戦うの」
「明日って……いくらなんでも早すぎるぞ。それに竜を倒すなんて無謀すぎる」
ラスカは頭を抱えて抗議した。
この中の主戦力はアトレたった一人。それにスライム如きで手こずっていたのだ。倒せるはずがない。そもそも戦いにすらならないだろう。
「私たちがやらなくて誰がするの? 今も街のみんなは怯えてる。しかも負傷者まで出てるのよ。こんなの見過ごせるはずがないわ!」
「だからってこんな真似は無茶だ! 奴は少数で戦っていい相手じゃない!」
ラスカはバルに助けを求めた。一番彼女のことを分かっている彼なら、きっとアトレを止めてくれる。そうだろうと。だが、バルは助け舟を出さなかった。
でもバルはなにも言わなかった。
実は旅に出る前、アトレの父セレオから、「娘の意志を第一に」と言われていた。
十歳頃から自信を失い、自分の意見を持たなかったアトレが、勇気を出して告白してくれた旅だ。彼女の夢を壊したくなかったのだろう。
だからバルは何もしなかった。実際、バルもアトレの意見には反対だった。
でも、彼女に任せることにした。何か策があると信じていたからだ。
「……分かった。でも最後に、この案だけ聞いて欲しいの」
全員が静まり返り、アトレを見た。
彼女の目は、自信と決意に満ちていた。
「竜って多分爬虫類に似てると思うの。そうよね、アーク」
みんなはコイツ、急に何言ってるんだ? と思ったに違いない。実際そうだろう。策があるっていうから聞いたのに種の話をしているからだ。
「そうですねぇ。確かに、今の蜥蜴と同じ要素は持ち合わせていますし〜。爬虫類、またはその近辺種と言っても過言ではないでしょぉ」
アトレは納得したかのようにうんうん頷くと、深呼吸をした。
「なら勝てる……」
「勝てると言われましても、爬虫類の話とどんなご関係が……?」
「竜を凍らせるの。爬虫類は変温動物だから寒さに弱いの。だから凍らせれば倒せる。ラスカ、氷魔法は使える?」
「得意ではないけど一応使えるぜ」
ラスカは手を重ね、氷の塊を出した。
「うん、任せたわよ。ラスカ」
ラスカは「おう」と言って胸を張った。
「そのぉ〜明日、僕も参加していいですかぁ? ここまで聞いといて僕だけ参加しないのもなんだし……。それに、治療は僕に任せてください」
アークは指先をつつきながら、恥ずかしそうに言う。
「もちろんいいわよ! アークさん、明日頑張りましょうね!」
誰も彼を拒まなかった。治療魔法が使えるのはアークだけであり、竜の生態を理解しているのもアークだけだったからだ。
それに、戦う人は多い方が良い。なんならアークにも参加してほしいくらいだった。
「それじゃあ、今日は早く寝て明日に備えましょう。じゃあね、アークさん」
「ええ。皆さんもしっかりとお休みください〜」
手を振って研究所から退出した。
外に出ると、辺りはすっかり夕暮れに染まっていた。
明日は大事な決戦の日。
アトレは剣を磨き、窓辺に置いて静かに眠った。
* * *
蒸し蒸しした暑い朝。時刻は午前六時、暖かな陽射しを浴び、アトレ・エマニュエリは目を覚ました。
(ふわぁ〜。今日も暑いなぁ〜。歯磨きしたら紅茶でも飲もうかしら)
まだ眠い身体を起こし、大きく背伸びをする。
顔を洗い、シルクのパジャマを脱いで、いつものワンピースに着替えた。
(今日の朝食は〜、昨日のお店で買ったバターブレッド! 美味しそうだなぁ)
窓辺の椅子に座り、一口、また一口と頬張る。
自分で淹れた紅茶を飲み、窓の外を眺める。時間がまだ早いせいか、外はまだ静かだ。
食べ終わって時計を見ると、もう七時近い。約束の時間である。
窓辺に置いた剣を取り、部屋を出た。
「おはようございます。お嬢様」
「おはよう、じいや」
いつもと変わらぬ黒いスーツ姿のバル。その姿を見ると、自然と安心する。
だが、ラスカがいない。
まだ起きていないのかな。
「やっべ! 寝過ごした!」
ドンと大きな音を立て、部屋から少年が飛び出した。まだ朝食を食べていないのか、パンを片手に持っていた。今までも散々寝坊していたため、これもいつも通りの光景だった。
「全員揃ったわね。それじゃあ、行きましょう」
宿を出て、約束の地に向かう。ロコモアから北に一時間弱、辺りの木が枯れ、草は少し焦げている場所についた。
その場所の近くに、一人、白衣を着た茶髪の青年が立っていた。
彼の目線の先には、赤い竜が体を丸めて眠っている。
「おはよう、アークさん」
「おはようございますぅ〜。皆さん体調の方はどうですか?」
「寝不足……」
ラスカが大きく欠伸をする。
「大丈夫そぉで何よりですね〜」
それでいいのか、アーク。
その後、四人は集まって作戦の内容を確認した。
多くの命が関わる計画だ。失敗は許されない。
竜がまだ寝ているのを確認すると、アトレは人数を数えて宣言する。
「みんないるわね。では——作戦開始よ」
午前八時二十分、竜討伐作戦、開始。




