【2−3】酔っ払いは少女に見栄を張る
「さて、この後どうする?」
ラスカが背筋を伸ばしながら二人に訊いた。
「もちろん、竜を倒すに決まってるでしょ。私も動けるようになったし」
「お前本気か?」
「私たちがやらなくて誰がやるのよ」
アトレの負傷の問題は解決したが、竜の出現という大きな問題だけは残っているままだ。
それに、ラスカは医者を最優先で探し回っていたため、有力な情報はまだ手に入れていない。
「お嬢様、今の私たちでは情報があまりにも少なすぎます。今ここは、街最大の情報の集積地になっています。まずは情報共有が最優先でしょう」
バルに促されてアトレは辺りの冒険者たちに話を聞き込むことにしようとした。
だが、三人一緒で動くのは効率が悪いと思ったアトレが、手分けして聞き込みをしようと提案する。
その結果、アトレは冒険者に、ラスカは情報屋に、バルはそれら以外の一般客に当たることとなった。
* * *
(誰に話しかければいいの〜! 冒険者なら見た目でわかるはず……なら、あの筋肉もりもりの人に話しかけてみよう)
アトレはカウンターで何かを食べている男を見つけた。
背中に大きな剣を担いでいたので冒険者だと一目でわかる。いかにも屈強そうで、歴戦の猛者みたいな冒険者だ。
近づいてみると、彼の肩幅はアトレの二倍もあり、とても頑丈そうな体付きをしていた。
そこで、勇気を振り絞り彼の肩をトントン叩いた。
「すいません、竜について何か知ってることはあるかしら。よかったら教えて欲しいの」
「竜か? ハハッ、すまないが俺はなんも知らねえ。できるならそいつと力比べしたいもんだ。そういや、隣のあんちゃんが竜と戦ったことがあるって言ってたな。ちょっとこいつに聞かせてやってくれよ」
「おっ! いいぜ、聞かせてやるよ。一年前な、俺様はでらデケェやつと戦ったんや。んでな、そいつの首に斧を叩き込んだやわ。そりゃまぁ硬くって刃は入らねえっちゅうもんや。だからそいつに氷魔法を浴びせてやったわ。そしたら効くわ効くわで、ハハハ!」
「あはは……。あ、ありがとうございました……」
隣の男の話は嘘臭かった。なんせ竜なんてものはついさっきまでこの世から絶滅していたからだ。
それに彼の頬は赤く、酒臭い。酔っているに違いない。
でも、アトレはその話を信じた。
きっと彼が言っている竜とは巨大な蜥蜴なんだろうが、倒し方のヒントになるかもしれない。
だからその証言を記憶の片隅に置き、信じてみることにした。
他にも冒険者らしき人には片っ端から聞いてみた。
けれど、全員「竜は見たけど他は知らない」とか、可愛い少女を前にして、ありもしないホラ話を始めるとかで、なんの収穫もなかった。
結局、あの屈強な筋肉男の隣にいた酔っぱらい以外、役に立つようなものは得られなかった。
* * *
「ノワール・デ・ロコアーノをください」
その頃、バルはカウンターで紅茶を頼んでいた。
この店はカウンターが二つあり、アトレとは違うカウンターに来た。どちらかといえば、アトレの方は酒を出すバーカウンターといったところだろう。
思っていたより早く紅茶が出来上がった。
他の紅茶より紅みが強く、ほど良い香り。口に含むとスッキリとした味わいで、ショートケーキに合いそうだ。
さすが豊穣神のお膝元、ロコモアだ。紅茶も美味い。しかも高くないとは、お買い得だ。
バルは紅茶に気を取られて本来の目的を忘れそうになったため、忘れないうちに聞くことにした。
「ここの紅茶はとても美味ですね。話が変わるのですが、竜について何かご存知のことはありますでしょうか」
「竜ですか? うーん……強いて言えば、竜の遺骸が出土したことくらい、ですかね。半年前のことですよ。それが今回の竜事件に繋がっているとは思いませんが」
「その遺骸ってどこで発見されたかわかりますでしょうか」
「小麦畑の方らしいですよ。あっそれで思い出したのですが、竜はどうやらそちらの方から来たらしいです」
話を聞いているうちに紅茶を飲み干してしまった。最後まで味だけを楽しみたかった。
「ご馳走様でした。有力な情報ありがとうございます。あと、紅茶の葉を一セットいただけますか?」
「ありがとうございます。すぐにご用意いたしますね」
バーテンダーは嬉しそうに言った。
美味しい紅茶はまた楽しみたい。もしかしたら二度と楽しめないかもしれない。だから、バルは紅茶を買った。
お嬢様や旅の仲間と楽しむために。
* * *
(情報屋、情報屋。あのテーブルで酒を嗜んでいる奴らかな)
アトレたちと別れたあと、角にあるテーブルに向かった。さっき医者を探した時に目星をつけていたところだ。
そこでは何やら二人組がコソコソ話しているではないか。その中でも肩幅が広く、大きな黒のジャケットを羽織った赤茶の髪の男に聞くことにした。
正直、奴らが情報屋かどうかはよくわからない。まあでも、こんな時に端っこでコソコソしているなんて情報屋に違いない。
ラスカはそう思い、とりあえず運と勘に任せて聞いてみる。
「ちょっといいか? あんたら、さっきの竜について知ってることはあるか?」
「あ?」
彼は振り返って手でお金の形を作った。ビンゴ。彼は情報屋だった。
「金ならある。いくらだ」
男は威圧感に塗れた低い声で喋る。
「今は需要がある情報だ、それなりの金はもらうぞ。そうだな、金貨一枚ってとこかな」
(高すぎだろ……でも今は背に腹は変えられない)
ラスカはポケットから金貨を一枚出した。
でも、これはラスカが実費で出しているわけではない。そもそも金貨一枚も貯金なんてあるはずない。
ではどこから来た金貨なのか。何を隠そう、アトレの小遣いからだ。
金貨一枚あれば大抵の情報は買えると何故か知っていたアトレは、とりあえずラスカに金貨を持たせたのだ。
「まさか本当に出せるとは。そこに座れ、全部教えてやるよ」
言われるがまま座った。隣に座っていた人も彼の仲間のようで一枚の紙を広げていた。
「グザヴィエ、彼にその資料を見せてやれ」
「イエス、ボス」
ラスカはもらった資料に目を通した。そこには、シャリエール伯爵軍の人数、軍事行動の計画、さらには竜の発生場所まで事細かく書かれていた。
「こいつはこれから始まる竜討伐作戦の情報だ。たった今入ってきたばかりのものだから必ず確実なものとは限らない」
「なあ、これには竜の弱点とかはないのか? 今一番欲しいんだ」
「残念ながらないな。竜なんてものは絶滅したものだから情報が何一つ無い。お前、ロコモアの竜伝説を知っているか?」
「ああ、もちろん知っているぞ。ケレースの話だろ」
事実、ケレースは実在した。彼女は神であると同時に、街に住む普通の女性でもあった。そのおかげか、口伝えの伝承も、文字で書かれた確かな記録も残っていた。
「そうだ。それが竜についての最初で最後の史実だ。それ以外は、ほぼ口承になって真実かどうか怪しい」
「つまり、あんたは何が言いたいんだ」
「これ以上、奴に関しての情報は無い。要するに、我々に対抗策は無いってことだ」
ラスカは思った。じゃあケレースが復活すればいいんじゃね、と。
でもそんなことはできっこないとも思っていた……
* * *
アトレは先に戻って椅子に座っていた。
バルたちを待つ間、冷えたブドウジュースを飲んでいる。ロコモアで採れた葡萄を使ったジュースだ。
「じいやおかえり。遅かったじゃないの。うん? それは?」
アトレが真っ先に目が向いたのは、バルが持っていた紙袋だった。
「こちらはここの特産品の紅茶です。時間が空いたら飲もうかと」
「私にはある?」
「ええもちろんとも」
ジュースを一口飲む。
「それで、何か手に入れた情報は?」
「どうやら半年前に竜の遺骸が出土したらしいです。お嬢様は何か?」
「私は特に何も……」
強いて言えば、竜は爬虫類かもしれないという憶測しかなかった。
硬い木の椅子を揺らしながら天井を見上げた。冒険者によれば、大きな蜥蜴ですら硬いのだから、それより大きな竜はとんでもなく頑丈なのだろう。
正確には見ていないが、きっと鱗もありそうだ。
ならどうする。腹とかの柔らかいとこを狙う? それとも毒を一服盛る? 竜に効くような毒なんてあるのかな? それにそれがあるのなら、触っただけでも手がかぶれそう。アトレがそんなことを考えていると、なんか騒がしい奴らがアトレのテーブルにやってきた。
「お前、面白い奴だな!」
「ケレースって可愛いと思わないか? 女神なら絶対可愛いと思うぞ。そういう感じの彼女とか欲しいぜ」
「俺も早く綺麗なお姉さんと結婚してーな〜」
アトレが振り向くと金髪の少年と、ジャケットを羽織った肩幅の広い男が、肩を組んで歩いてこっちに向かっていた。それに何やら書類を抱えた若い男もいる。
「フン、可愛くない仲間でごめんなさいね」
アトレは不貞腐れたように声に出した。完全に拗ねちゃった。
「ごめんて。それに、いい情報をもらってきたぜ」
ラスカはそう言うとジャケットを羽織った男——情報屋のボスを紹介した。
「お前がこいつの雇い主か、アトレ・エマニュエリ」
アトレは驚いて、思わず顔を上げて彼の顔を見た。自分がここにいることを知っている人はほぼいないのに、彼は名前を当ててきたからだ。
「なんで知ってるの?」
「それは企業秘密だ。グザヴィエ、彼女たちに例のものを」
情報屋のボスの部下——グザヴィエはバックを開けて、何やら大きな角の骨のようなものを取り出した。丸っこくて先が尖っており、まるでサイの角のようだった。
「こちらが古竜の遺骸として半年前に出土した竜の牙です。ボス、こんな貴重なものを彼らに差し上げてもよろしいのですか」
グザヴィエは紳士的な口調で聞いた。どうやら彼ら曰く、竜の牙のようだ。
「別にいいさ。良き友に贈り物をするのが当たり前だろ?」
ボスは笑って答えた。
漢らしい風貌で荒っぽい口調のボスに、紳士的な佇まいの部下。
グザヴィエの口調からして、相当上司を尊敬しているようだ。また、ボスも部下を相当信頼しているみたい。
そうして、アトレは牙を受け取った。何やら無骨で禍々しい雰囲気を纏っていたが、多分気のせいだろう。
二人はそれを渡すと店を出ていった。金貨一枚も儲けられたんだから、文句はない。
アトレは、少し考え込んでから、あることを思いついた。
(年代測定魔法……授業で習ったことあるけど、それを使えば何か特徴がわかるはず。でもどうやって)
「……年代測定魔法って誰か使える?」
アトレは二人に聞いてみた。こんな限定的で学術的な魔法なんて研究者くらいしか使えないけど。
「あのぉ〜僕なら使えますよ」
茶髪の青年——アークが聞き耳を立てて、後ろにいた。




