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【2−1】女神祭

「はえ〜、でかい街だな〜」

 旧貴族の少女、アトレ率いる一行は、アルノールから約一週間歩いたところにある都市、シャリエール伯爵領ロコモアに着いた。

 ここはアルノールほど大きな街ではないが、田舎者のラスカから見れば、都会の中の都会に見えるくらいは大きな街である。

 ここに来るまで色々大変だった。

 アトレにとって野宿で一夜を過ごすのは初めてだったため、地面で寝る事と風呂に入れない事に駄々を捏ねてしまい、想定の二日早く着くことになってしまった。

 今日中に着こうと頑張って走ったため、おかげですっかり夜になってしまった。

「早く宿を取ろう! あんな痛くて硬い地面なんかで寝てらんないよ」

「お嬢様! お待ちください! 走ったら危ないですよ!」

 アトレは街に着いた途端、急に元気が湧いてきて走り出した。もちろん、今日のベッドのために。

「アトレー、こっちにいい感じの宿があるぞー」

 バルとラスカは街の大通りにあった宿に入っていった。無論、アトレはその言葉を聞き逃さなかった。だからマグロのように宿に走った。


「すいませーん、今夜ここに泊まれる?」

 ラスカはオーナーの男に話しかけた。

「ああ、何部屋か余ってるがいくつ希望だい?」

「一つで——」

「三つ、それか二つ」

 ラスカの声を遮ってアトレは言った。

「三つって、一つで十分だろ」

「あなた、レディの気持ちがわからないの? 私と同じ部屋で寝たいなら百年待っても早いわよ」

「ハハハ、面白いお嬢ちゃんだね。ちょうど三部屋貸せるからそこに泊まりな」

 部屋を教えてもらったアトレは誰よりも早く階段をのぼり自室に入った。もちろんすることは一つ、ふかふかのベッドに飛び込むことだ。

 だが予想とは裏腹にそこは硬かった。それでも土よりはマシなので、飛び込んだまま眠ってしまう。


* * *


 フロントではいなくなったアトレを横目にバルとラスカが残っていた。そこで店主が話しかける。

「あんたたち、明日の女神祭の観光客だろ。今はどの宿も満員だがウチが空いてて運がよかったな」

「女神祭? その祭は一体どのようなものなのでしょうか」

「白髪のお客さんは知っていると思ったが。ざっくり言うと豊穣の女神ケレースに今年の豊作を祈る祭だ。この街に来る途中、小麦畑がたくさんあっただろう? 収穫の時期が近いここら一帯の伝統だ。よかったら見てきな、アルノールの祭より派手だぞ」

「祭か。俺、初めてだなそうゆうの」

「では行ってみますかラスカ様。この手の祭祀はなかなか参加できませんからね」

 

* * *


 二人は階段を上がって自室に入ろうとした。しかしどう見ても部屋が一つしかなかった。近づいたところ、壁のように見えたのは実はドアだった。


 バルは恐る恐る開いているドアの部屋の中を覗く。中ではアトレがベットに顔から倒れこんでいた。

 急いで部屋に駆け込みアトレを起こした。

「お嬢様、起きてください! お食事の時間です! まだお休みの時間ではありません!」

「……まだ寝る……すぅ」

 何度ゆすっても起きない。

「そのままにしといてやってもいいんじゃないか、バルさん。あいつだって歩き疲れているだろうし」

「はあ、そうですね。私たちだけで食べに行きましょうか」


 次の日、バルとラスカは少女の声に起こされた。

「なんで起こしてくれなかったの! お夕食を食べてないじゃない!」

 アトレはバルのベットに手を掛け、耳元でワンワンと喚き散らかす。

「……お嬢様、お静かに……お嬢様?! おおおはようございます!」

「ねえじいや、なんで起こしてくれないの?」

「何度も起こしましたとも。ですが毎回『まだ寝る……』などとおっしゃるものですから、起こすのも失礼かと思い、ラスカ様と二人で……」

 布団に下半身を潜らせあわあわ焦りながらも丁寧に答えた。しかし、アトレはそんなことはつゆ知らずと、ずっと喚いている。

 何度説明しても聞き入れてもらえないバルは、ついにあるものを取り出し、アトレの口に詰め込んだ。そう、お菓子である。

 空腹の怪獣は甘いお菓子をもぐもぐ食べると静かになった。そしてバルは絶え間なく餌を口に放り込む。

 すると、アトレの声で起きたラスカが枕を持って、あくびをしながらバルの部屋にやってきた。

「ふわぁ〜……なあアトレ、朝からうるさいんだけど。まだ寝かせてくれないかな。…………何これ?」

「餌付けです」

「……」

 部屋にはアトレの咀嚼音だけが響き渡った。

 そして増えた声に気づいたアトレは、ラスカにも同じことを言う。

「ん〜まふま! まんへほほひへふへはひも?! (あっラスカ! なんで起こしてくれないの?!)」

 すかさずバルが「食べ終わってから話してください。はしたないですよ」と言うと、アトレはごっくんとお菓子を飲み込み、もう一度同じことを言った。

「ラスカ! なんで起こしてくれなかったの?」

「何度も起こしたよ。でも、お前が気持ちよさそうに寝てたからつい……」

「やっぱり何度も起こしてくれてたんだ。ごめんなさい、私が起きれなくて」

 礼儀正しく頭を下げてみんなに謝った。二人はアトレがこんなにも素直に謝ると思ってもいなかったので驚いた。

「いいのですよ。昨日は皆さん疲れていましたし。十分に休めましたか?」

「おかげさまでね!」

 久しぶりのベッドは最高だった。

 空から落ちるように眠ってしまった自分にとって、どれだけ起こされても起きれないことは、ベッドが悪いのだ。

 そんなことを思っていると、バルはアトレに今日の祭のことを話した。

 もちろん、昨夜から何も食べていないアトレは急いで身支度を整えた。


* * *


 宿を出ると昨日とは打って変わって、たくさんの人々が忙しそうに動いていた。

 木箱を運んだり、人を誘導したり。朝からやっている酒場やレストランも多い。

 昨日は暗くて気が付かなかったが、道の通りにはたくさんの屋台が出ていた。パンや串焼肉の屋台から娯楽遊芸の屋台まで。

 どれも午後の開催のために設営準備で忙しそうにしている。

 その中でも観光客だけは、誰から見てもわかるくらいのんびりとした朝を過ごしていた。

 アトレたちもそのうちの一人である。

 のんびりとした朝を過ごし朝食を食べ、街一番の広場に向かった。

 広場には、女神ケレースの大きな石像が、噴水の中心に鎮座している。

 周囲には今年の収穫物であろう小麦の束が奉納されていた。

「これが女神、ケレースの像なのね。なんか、小麦の布団で寝てるみたい」

 アトレは腰に手を置いて、女神像を見上げて言った。

「豊穣神……アルノールではこういった祭が無いので楽しみですね」

「どうやらケレースって女神はめちゃんこ強かったらしいぜ。なんせ、街を竜から守ったらしいな」

「竜って何百年前の話よ」

 三人が石像の前で雑談していると、次第に人が集まってきた。

 どうやら祭が始まるらしい。急いで後ろの方に下り、祭の開始を待った。

 しばらくすると、老いた男が石像の前に出てきて杖を一振りし、祝詞を唱えた。

「女神ケレースよ。我らに祝福を与えたまえ、我らに繁栄をもたらしたまえ、我らに安寧を与えたまえ」

 きっと彼は街の司祭で、今回の祭事の責任者なのだろう。

 そう考えていると、周りにいた人々も同じように詠唱し出した。みんなが唱えているのに自分だけ……と、なんだか決まりが悪くなり、アトレも目を閉じて同じように言ってみる。

「女神ケレースよ。我らに祝福を与えたまえ、我らに繁栄をもたらしたまえ、我らに安寧を与えたまえ」


 ——空力音が辺りに響いた。


 急に静まり返ったことに違和感を覚え、目を開くとあたりの景色が変わっていた。

 なぜか視点が地面に近い。

 よく見ると、人は倒れ、女神像は粉々に破壊されていた。


えっ、どうゆうこと? 何が起こったの?


「……アト、……レ、アトレ!」


ラスカ? なんで叫んでいるの?


「お嬢様! 起きてください!」


地面が……近い…………


 ハッとしてついに目を覚ます。

「……じいや、ここはどこ?」

「やっと起きられましたか。よかったです。お怪我はありませんか?」

 バルに体を支えられて起き上がった。

「ええ、多分。でもこの状況はなんなの?」


「竜が現れたんだ」

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