校正者のざれごと――学校保健安全法が涙を誘う
私は、フリーランスの校正者をしている。
年末はとにかく忙しい。そんななか、先日まで担当していた仕事はかなり細かい調べものが必要なものだった。法改正情報やその年にあった重要な出来事を何年分もまとめた表のようなもので、法律名、改正日、その内容などをおもにネットを使ってあたっていく。これを一つひとつ検索してくのは大変だな、などと憂鬱に思っていたら、法改正は衆議院のホームページにほぼまとめてあった。まあ、国会は唯一の立法機関だからそれもそうか。
――2009年8月の衆議院議員選挙。圧勝した民主党が政権交代で第一党になる。
そういえば、そんなこともあったな。彼らの選挙におけるマニフェストの目玉は、15歳までの子ども一人につき月2万6千円を支給するといういわゆる「子ども手当」だった。その代わりに年少扶養控除・配偶者控除を廃止するという。ふうん、ひとり2万6千円なら、うちは2人だから月5万2千円か。悪くない。
ところが、このマニフェストは結局実現されなかった。おもな問題は財源の確保。翌2010年3月31日に「平成二十二年度における子ども手当の支給に関する法律」が公布され、その年は子ども一人につき月1万3千円が支給されることになった。え、半分だけ? 2011年からは約束どおり2万6千円にするという。まあ、それならいいか。しかし翌年、2011年3月11日の東日本大震災の影響などもあり、政府は子ども手当支給を断念。その一方で2011年からは予定通り、年少扶養控除は廃止された。年少扶養控除というのは、0歳から15歳までの扶養家族一人につき38万円を所得から控除するというものだった。これが廃止されると、子を持つ親の税金が増えることになる。子ども手当が児童手当に戻ったあとも、年少扶養控除は廃止されたまま。ひどい話だ。これには、今でもひそかにキレている。
――2008年6月18日、学校保健法等の一部を改正する法律が施行される。題名を次のように改める。「学校保健安全法」
法律名に「安全」が追加されたかたちだ。この法律名を見ると、ある事件を思い出す。それは2001年6月8日、大阪府の池田小学校で起きた。刃物を持った男が学校に侵入し、児童8人を刺殺、教員含む15人を負傷させた事件。当時、学校の門は開いていて、誰でも入れる状態だった。本来なら子どもたちが不安なく過ごせるはずの学校という場所で、こんなにも痛ましい事件が起きた。学校は安全な場所でなければならない――この事件の影響もあり、学校保健法は学校保健安全法となり、安全に対する規定が整備された。
この事件を扱った本の校正をしたことがある。そこには、負傷者に対する「トリアージ」について書かれていた。トリアージというのは、災害や事故などで多数の負傷者が発生した際に、その状態を素早く識別し、治療・搬送の優先順位をつける手法だ。池田小の事件でも、このトリアージが行われた。この事件で犠牲になったある女児の母親は、自分の娘に黒のトリアージタグがつけられているのを見たという。黒は助かる見込みがない場合につけられる。ひどい傷を負った自分の娘ではなく、「助かる見込みのある」別の子が運ばれていく姿を、母親はどんな思いで見ていたのか。もし、それが自分の子だったら……思わず身勝手なことを考えてしまう。この話を思い出し、仕事中であるにもかかわらず涙が溢れてきてしまった。
――2011年4月、「焼肉酒家えびす」で集団食中毒事件が発生。5人が亡くなる。
これも衝撃を受けた事件だ。原因は生で提供されるユッケが、本来必要である適切な処理がされていなかったこと。この事件では、誕生祝いで訪れた14歳の男児も犠牲になっている。食べ盛りの息子を連れて焼き肉店へ。よくある日常の光景だ。子どもの誕生日に好きなものをたくさん食べさせたい、そんな親の思いがあったのではないか。子を持つ親として、この事件を目にするたび、胸のつぶれる思いがする。そしてこの事件のあと、肉の生食に関する基準が厳格になり、牛の生レバーは提供が禁止された。
ふう。出来事を淡々と書き連ねているゲラの校正なのに、こんなにいちいち感情的になっていたら進まないよな。我に返る。もうあと数ページ。集中しないと。
調べものはある意味、好奇心というか、知りたいという欲求との戦いになる。仕事として冷静に作業しながら、いつしかゾーンに入る感覚があり、深みにはまっていく。でも、あくまで仕事である以上、時間の制約がある。ある程度調べてみて、それ以上確認が難しいと思ったら諦める判断も時には必要だ。
そして今回、なかなか適当なサイトが見つからなかった内容について、AIにも調べさせてみた。もしかしたら、思いがけない収穫があるかもしれない。ところが、私が苦労して調べた以上の情報は出てこなかった。残念なような、ほっとしたような。
「校正者のざれごと――AIに仕事を奪われる日」ではAIではできないことを必死に探そうとしていたが、やっぱりまだまだ大丈夫、などと考える。でも、こんなふうに油断していると、すぐに足元をすくわれてしまうかも。
――2026年1月。年末にこの文章を書き始めて、最後は「よいお年を」で終わるはずが、気づくと年を越していた。昨年も例年通り、大掃除に励む家族に疎まれながらゲラと戦い、新年早々、締め切りに怯えながら文章を書いている。今年は、もっとていねいに仕事をしたいし、いい文章も書きたい。いい年になるといいな。今年もよろしくお願いします。




