第76話 橋渡しという使命
【エサリカ村・ジパング大使館】
葉巻の煙が揺れ、ハードボイルド男のバイクのエンジン音が響く中――ナオは静かに口を開いた。
ナオ「ヨシムネ様は、今のジパング国はまだ世界に通用できるほど強い国ではない、と言い切ってはります」
グラバー「ほう?」
ナオ「自分一人だけが強いだけの国家に、ほんまの意味での強さはない、とも」
ナオは静かに言葉を続けた。
ナオ「実際、ジパング国は長い長い鎖国の中で、独自の文化を育ててきました。大陸の争いや厄介ごとに深く巻き込まれない、泰平の世も築いてきた。
せやけど、その代わりに遅れてしもたものもあります。そのひとつが、魔術の発展です」
ナオはもう一度、卓上の刀に触れる。
ナオ「刀をはじめとする武の分野においては、世界各国にも引けを取らんだけの力はあると自負しています。
……ですが、魔術という点においては。正直、まだ大きな差があると言わざるを得ません」
そこまで言うと、顔を上げて窓の外を見渡す。
ナオ「それに、ジパングの民の九割は人間種です。
大陸では当たり前に共に生きとるエルフやドワーフ、オークのような多種族に対して、慣れも理解も十分とは言えない」
再びグラバーの方に目を向ける。
ナオ「……正直に申しますと、自分もノノも、この地に初めて来た頃は、多種族の方々を前にして畏れを隠しきれませんでした」
ノノもその言葉に、申し訳なさげにこくりと頷く。
ナオ「そしてもうひとつ驚かされたんが……。魔術や魔導工学が、なんら特別なものやなく、文明の中にごく自然に組み込まれとることです」
ナオは一瞬だけ、襖の方に視線を移す。
ナオ「私の使節団にも、人間とドワーフの血を引く魔導工学技士がおります。彼の作る魔道具の数々を見るたび……自分は未だに驚かされます」
その言葉を聞いて、襖の向こうのカイは思わず背筋を伸ばした。
ステラとリラは顔を見合わせ、カイをちらりと見る。
ノノは小さく頷き、どこか誇らしげに目を細めていた。
ナオは、静かに息を整え言葉を続ける。
ナオ「あの方は、武力で人を強制的に従わせることを良しとしないお方です」
そう言うと、卓上に置いた刀を手に取り、グラバーに示す。
ナオ「その統治で生まれるのは……人々の僻みや恐れです。恐れで縛られた国は、長くは持ちません」
グラバー「ふむ」
葉巻の煙をくゆらせる。
ナオ「せやからあの方は、他国と対等に手を取り合える共存の道を探りよるんです」
再び刀を卓上へと置いた。
ナオ「その理想があるからこそ、ヨシムネ様は……いえ、ジパング国は、開国に踏み切ったんです。そして、私はその両国間の橋渡し役として、この地におるんです」
そこまで聞いて。
グラバー「ハハハハハッ!!」
葉巻を手に持ち、グラバーは豪快に笑った。
グラバー「いや失礼。覇王殿が武力よりも共存を重んじる理想主義者ということは、元から知っていて聞いてみたのだが……」
そう言うと、吸い終わった葉巻を灰皿に落とす。
グラバー「なるほど……。ほんとに主君に対する忠誠心が高い男なのだな、君は」
ナオ「恐縮です」
その時。
ブルン……ブルルルン……
帽子の上で、ハードボイルド男がバイクのスロットルを回した。
ハードボイルド男「行くか……。夜明けはまだ遠い」
店員「いやお客さん……だから今、真昼間なんですけど……」
ガソリンスタンドの店員のツッコミをよそに、ハードボイルド男は静かにハンドルを握る。
ドドドドドドドド……!
次の瞬間、バイクは勢いよく発進し、そのまま帽子の中へと滑り込むように消えていった。
開いたクラウンの奥から、エンジン音だけが遠ざかっていく。
ドドド……ドド……ド……
やがて、その音も小さくなった。
しばらくして。
店員「店長、あの人ハイオクって言い張ってましたけど……あのバイク、レギュラー車っすよね?」
店長「ああ、俺も分かってた。だがな、新入り。そういうのは合わせるもんだ」
そう言うと店長は腕を組み、ドヤ顔で言い放つ。
店長「『ハイオクは男のロマン』ってやつだ」
店員「なんで店長、ずっとあの人側なんすか……」
そのやり取りを最後に、二人の姿もまた帽子の奥へと引っ込んでいった。
パタン
帽子が静かに閉じる。
やかましいエンジン音が響き渡っていた応接室に、静寂が戻った。
外からは、小鳥のさえずりだけが聞こえている。
グラバー「……フッ」
肩を揺らし、小さく笑う。
グラバー「魔術が遅れているとは言うが」
グラバーはナオの被る帽子を指さす。
グラバー「そんな代物は、我が国の技術でも作れんぞ?ハッハッハ!!」
ナオは帽子を脱ぎ、両手でそっと抱えた。
ナオ「それは……センポさんの技術力だけが、異次元レベルなだけですわ」
二本目の葉巻を取り出しながら、豪快に笑う。
グラバー「ハハハハハッ!それは違いない!」
ナオは、ふっと肩の力を抜いて笑う。
ナオ「それにこれ、センポさん曰く――空間魔法の研究段階で生じた副作用が、制御しきれてへんらしいんですわ」
グラバーはマッチを擦り、葉巻に火をつける。
小さく煙を吐き出してから、口元を緩めた。
グラバー「ああ……本人も、そんなことを言っていたな。……懐かしいねえ」
足を組み直し、どこか遠くを見るように天井を仰いだ。




