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第72話 刀を抜かない理由

【ジパング大使館・応接室】

梅原ナオは自身の被る帽子の上で、やりとりする三人を指差して笑った。


ナオ「まあ、こんな具合でして。自分がこれを被っていると、こういう訳の分からんもんが勝手に出てくるんですよ」


帽子の上ではまだ給油が続いていた。


店員「はい!ハイオク満タン入りまーす!」


店員はバイクの給油口を開けて、帽子の中から伸びたノズルをつっこむ。


ハードボイルド男「……いいか若いの。ガソリンてのはな、男の夢と同じだ」


店員「え……?どういう意味ですかそれ」


ハードボイルド男はサングラスの奥の目を細め、口角を少しあげる。


ハードボイルド男「入れておかねえと、途中で止まっちまうのさ」


サングラスがキラリと反射する。


店員「いや、大してうまくないんですけど……。なんで妙にドヤ顔なんすか、この人」


その横で店長はうんうんと頷く。


店長「心のエレメントも定期点検するべきだぜ?新入り」


店員「いや店長まで乗らないでくださいよ!?いちいちセリフがくさいんすよ、アンタら!」


その光景をみて、襖の向こうの三人は半目で顔を揃えてため息をついた。


ステラ「また出てきたわね……ハードボイルドのおっさん」


カイ「あ、あれ何なんすかねぇ...?あの跨ってる黒い馬……。鉄でできた馬の魔道具なんて見たことないっすけど」


リラ「馬...ではないような......。でも……ほんとに何なんでしょう、あの乗り物……」


ナオの頭の上で起こるカオスをみて、グラバーはゲラゲラと笑う。


グラバー「ハッハッハッ!!ほんとに賑やかな帽子だなそれは!」


ナオ「グラバー卿のように笑い飛ばしてくれる方は、ある意味珍しいですね……」


ナオは握りしめていた刀を、静かに卓上へ置いた。


ナオ「大体の人間は、まずこの光景を目の当たりにすると困惑します。……そこのノノのように」


ノノは相変わらず目をグルグル回しながら帽子のクラウンを閉じようとする。


ノノ「お、お願いだから閉まってくださいぃぃぃ!!!」


グラバーはノノを少し見てから、興味深そうに耳を傾ける。


グラバー「そういうものかね?」


ナオ「ええ。人間は想定外の事態が起こると、まず困惑します」


そこまでいうとナオは膝に手を置いて、少し前に出る。


ナオ「最初から敵対する気で来た相手でも、こういう想定外に放り込まれると、一瞬だけ判断が鈍るもんです。ほんのわずかですが、“交渉できる隙”が生まれるんです」


ナオは卓上の刀に視線を落とす。


ナオ「ですが......自分が刀を抜いてしまうと、そこで"交渉の余地"はなくなってしまう。

その隙――武器を抜こうとするのを、ほんの少し躊躇するその間に話し合いを持ちかける」


再びグラバーへ視線を戻す。


ナオ「それが一番、平和に事を収められる手段やと思っとるんです」


グラバーは指でカイゼル髭を撫でながら、軽く頷く。


グラバー「ほほう。極力武器を抜かずに、腹を割って話し合おうと持ちかけるわけかね?」


ナオ「そういうことです」


グラバーは顎に手を当て、しばし考えるようにナオを見つめた。

そして、ふっと口元を緩める。


グラバー「なるほど……なかなかのこじつけにも聞こえるが、嫌いではない」


そのまま小さく肩を揺らして笑う。


グラバー「"混沌"という名の"想定外"で相手の判断を鈍らせ、その隙に言葉を差し込む。

理屈としては強引だが……現実に機能しているなら、それは立派な交渉術だ」


ナオは帽子のツバをつまんで、穏やかな笑顔を浮かべる。


ナオ「まあ、わりかし偶然に助けられてる部分も多いんですけどね」


店員「ハイオク満タンでーす!!」


――カチン、と給油ノズルが外れる音がした。


ハードボイルド男はゆっくりと視線を上げる。

サングラスの奥で、何かを決めたように。


ハードボイルド男「……満たすってのはなあ」


店員「いやもう嫌な予感しかしないんすけど」


ハードボイルド男は気にせず、バイクのハンドルに手を添える。


ハードボイルド男「空っぽだったものに、何かを注ぎ込むことじゃねえ」


店員「え、違うんすか!?」


ナオ「いや違わんやろ。またなにわけわからんこと言いよんねんな」


ナオは白けた目で帽子を見上げ、気だるげにツッコむ。ハードボイルド男は構わず続ける。


ハードボイルド男「走り続ける理由を――失わないためにやるものなのさ」


サングラスが、またキラリと光る。


店員「いやバイクが走らなくなるからでしょ!?」


店長「フッ。いい言葉だ……染みるぜ」


店員「なんで店長は毎回乗るんすか!!」


ハードボイルド男がバイクのハンドルを握る。ブルン...ブルン...とエンジンが唸る。


グラバー「ブハハハッ!!確かにこれは厄介だな!この帽子は話の腰を見事に折ってくる」


ナオは帽子のツバをつまんだまま、にこやかに笑う。


ナオ「まあある意味、刀を抜かないのは自分の信念でもあるんですよ」


ハードボイルド男「……今宵は夜風が少し冷えるぜ」


店員「お客さん、今真っ昼間なんですが……」


ナオはそのやりとりをスルーして、平然と続けた。


ナオ「それに――」


卓上の刀へ視線を落とす。


ナオ「これは将軍様との約束でもありますので」


その言葉に、グラバーの表情がわずかに変わった。


グラバー「将軍......」


目をわずかに細め、グラバーは少し声を低くして問いかけた。



グラバー「"覇王" ーー豊臣ヨシムネ殿かね?」



応接室内だけでなく、襖の向こうの三人までもがほんの少し背筋を伸ばした。

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