第69話 二つの国の外交官
【ジパング大使館・応接室】
テーブルを挟み、ソファに腰掛けたジェームズ・グラバーと梅原ナオ、茅森ノノ。
三人の対談が始まっていた。
グラバー「早速なんだが、君に会ったら聞いてみたいことがあったのだよ」
ナオ「なんでしょうか?」
グラバーはスーツの内側から折りたたまれた新聞を取り出し、テーブルの上に広げた。
見出しには大きくこう書かれている。
『エサリカ村近郊で超大型トロール出現!謎の“鉄の大蛇”が戦場を横断 事態収束』
挿絵には、討伐戦の最中に森を高速で横断した巨大な鉄の塊――
通勤電車らしきものが描かれていた。
それを見たナオは、帽子のツバを軽くつまみながら小さく声を漏らす。
ナオ「あー……」
グラバー「全長二百メートル近い、鉄でできた巨大な蛇が、ドラゴンよりも速い速度で戦場を駆け抜けた――と書かれている」
グラバーは楽しそうに口元を緩めた。
グラバー「帝都の魔術大学の専門家に聞いてみたがね。そんな召喚獣の話は聞いたことがない、と」
そしてナオのシルクハットを指さす。
グラバー「となると……」
ニッと笑う。
グラバー「その帽子から出てきた“何か”なのではないか、と思ってね」
ナオは苦笑いを浮かべる。
ナオ「ええ……まあ、おっしゃる通りで」
少し思い出すように、軽く息を吐く。
ナオ「あの時は、帽子が裂けたんやないかと本気で思いましたわ」
グラバー「フハハハハ!では、やっぱりそうなのかね!?」
ナオ「正直言いますと、あの鉄の塊が何だったのか、私にもよう分かってないんですけどね」
そう言って、帽子越しに頭を擦るジェスチャーをする。
ナオ「そのあと仲間の冒険者に、頭おもっくそゲンコツされましたわ」
グラバー「ハハハハ!そらそうだろうねえ!!」
ナオ「『アンタの帽子、ほんとどうなってるのよ!?』って毎度のように言われとります」
その言葉を聞いたグラバーは、楽しそうに喉を鳴らした。
グラバー「ハハ!いい仲間じゃないか」
新聞をたたみながら続ける。
グラバー「そんな突拍子もないものが飛び出す帽子を被りながら、それでも仲間に拳骨をもらえる程度には、この村に馴染んでいる」
ナオは小さく笑った。
ナオ「まあ……基本巻き込んでばっかりですけどね」
グラバー「それでも皆離れない」
指で机を軽く叩く。
グラバー「それは一人の人間として、なかなか大したことだ!」
ノノは横でぴくりと肩を揺らし、慌てて姿勢を正した。
ノノ「そ、それは……その……。梅原様は……えっと……」
ナオが横目でちらりと見て、少し笑う。
ナオ「ノノ、無理してフォローせんでもええで」
ノノ「ち、違います……!」
思わず少し声が大きくなる。
ノノ「う、梅原様は、その……帽子のことでいつも変なことを起こしますけど……」
そこまで言って、少し俯く。
ノノ「でも、起きたことをちゃんと最後まで収めようとされますし……」
バッと顔を上げた。
ノノ「……みんな、それを分かっているからだと思います!」
応接室に、ほんの一瞬だけ静かな間が落ちた。
グラバーはその様子を見て、ゆっくりと口元を緩める。
グラバー「なるほど」
グラバーはナオを見る。
グラバー「君はいい補佐官を持っているようだね」
ノノ「ひゃっ……!?」
ナオは帽子のツバを摘まんで少し笑う。
ナオ「過大評価ですわ。ただまあ……この帽子被っとる以上、出てきたもんの後始末くらいは、ちゃんとせんとあきませんからね」
グラバーは面白そうに目を細めた。
グラバー「ハハ……なるほど!帽子も大概だが、それを平然と被っている君も、なかなかの変わり者らしい」
ナオ「周りからはよく言われますね」
グラバー「私もこんな感じだからね、元老院では変わり者扱いをされてはいる。だが、普通すぎる奴などつまらんと思わんかね?」
ナオ「まあ……普通かどうかはともかく」
ニッと笑って、軽く帽子を叩く。
ナオ「こんなん頭に乗せとる以上、普通な奴にはなれんもんで」
グラバーは声を出して笑った。
グラバー「違いない!いやはや、君とは気が合いそうだ」
ノノは相変わらずタジタジしながら、愛想笑いとも苦笑いともとれる表情を浮かべている。
ひとしきり笑ったあと、グラバーはふっとソファの背もたれに体を預けた。
グラバー「ところで梅原くん。いや、ナオくんと呼んでも構わんかね?」
ナオは一瞬きょとんとするが、すぐに穏やかな笑顔に戻る。
ナオ「ええ、構いませんけど……帝国の官僚様にそう呼ばれると、ちょっと偉そうに聞こえますね」
グラバーはソファーの背もたれの縁に片腕を置いた。
グラバー「肩書きなど気にしていては面白い話はできんよ。少なくとも、君は退屈な男ではなさそうだ」
ナオ「光栄の極みですわ」
グラバーは軽く指を鳴らした。
グラバー「そう、それでだ。ナオくん。君と会った時から、ずっと気になっていたことがあるのだよ」
ナオ「と、いいますと?」
グラバーは少し身を乗り出し、ナオの腰元を指さした。
そこには一本の刀が差してある。
グラバー「君は常に刀を携えているようだが……」
興味深そうに目を細める。
グラバー「武器を持った外交官という者に、私はこれまで会ったことがなくてね」
ナオは一瞬視線を落とし、自分の腰の刀に目をやる。
グラバーは続けた。
グラバー「これは単なる飾りなのかね?それとも――」
少し口角を上げ、指で刀の柄を軽く示す。
グラバー「必要とあれば、実際に振るうこともあるのかね?」
応接室の空気が、ほんの少しだけ静まり、ノノが横で思わず背筋を伸ばした。




